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起きたら20年後なんですけど! ~悪役令嬢のその後のその後~  作者: 遠野九重
第6章 黄金の女神、宰相の代行を果たす
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第45話 グレアム・ディ・フローレンス

途中、一人称と過去話が入ります。


 グレアム、倒れる。

 その報が入ったとき、フィオリアはレガリア帝国を訪問していた。

 第88代皇帝ダルクとの会談が終わるやいなや、すぐさまトリスタン王国へと引き返した。

 

 移動手段は、陸路でも、海路でもない。

 どれもこれも遅すぎる。

 いったい何日かかることやら。

 

 ……だったら、答えはひとつに決まっているでしょう?

 


「《天駆の光翼(オラクル)》!」


 

 フィオリアの背で、光の翼が羽搏(はばた)いた。

 烈風が吹き荒れる。

 黄金の髪を靡(なび)かせながら、少しずつ、天へと昇ってゆく。


 ある程度の高さに達したところで、数秒の停止。

 弾かれたように、飛び出した。

 蒼穹を駆け抜ける。

 音速の壁を突き破り、もっと速く、速く!

 

 向かう先は、トリスタン王国。

 王都トリスターナにある、フローレンス家本邸。


 激烈な速度とは裏腹に、着陸は静かなものだった。

 ゆっくりと翼をはためかせ、音もなく庭に降り立つ。

 

 屋敷に入ると、フィオリアはまっすぐに父親の寝室へと向かった。

 重厚な黒い扉をノックする。


「フィオリアです。いま、よろしいでしょうか?」

「随分と早いな。まあいい、入れ」


 父親のグレアムはベッドの上にいた。

 半身を起した姿勢で、青い寝間着を纏っている。

 

「お父様、身体は大丈夫ですか」

「心配ない。医者の話では、ただの働きすぎ、だそうだ」


 くく、と苦笑を漏らすグレアム。


「まさか、たかが過労ごときで倒れるとはな。私も衰えたものだ」

「今年でもう60歳でしょう。あまり無理をしないでください」


 フィオリアは労(いたわ)わるように声をかける。

 グレアムの姿は、以前よりもずっと小さく見えた。


 頬はここまで痩せていただろうか。

 シワはここまで多かっただろうか。

 かつてのような油断ならない雰囲気はなりを潜め、ひどく穏やかな空気を漂わせていた。


「お父様、そろそろ引退してはいかがでしょう」

「難しいな。ヴィンセント国王の改革はまだ始まったばかりだ。私がここで抜ければ、宮廷は空中分解しかねん」

「復帰したところで、今までと同じだけの働きができますか?」

「……我が娘ながら、ずいぶんと手厳しい」


 グレアムは、深く、深く、ため息を吐く。


「確かに、おまえの言う通りだとも。寄る年波には勝てん。どうやら老いが一気に来たらしい。――私とて、状況が許すのなら宰相職を返上していただろう。だが、後を任せられる者がおらん」

「何を言っているのですか、お父様。代わりなら目の前にいるでしょう」


 そう告げるフィオリアの顔つきは、どこまでも優しげなものだった。


「親のあとは子が継ぐもの。……あとは私に任せて、ゆっくり身体を休めてください」




















 


  * *





 

 私の名は、グレアム・ディ・フローレンス。

 フローレンス公爵家当主にして、トリスタン王国の宰相を務めている。


 公爵家の当主であること。

 王国の宰相であること。


 客観的に見れば、2つともかなりの重責だろう。

 うっかり判断を間違えれば、フローレンス公爵領だけではなく、トリスタン王国そのものが路頭に迷う。


 だが正直なところ、私にとって公爵位も宰相職もそう重い肩書きではない。

 なぜならば、もっと重い責務を抱えているからだ。

 


 ――フィオリア・ディ・フローレンスの父親であること。


 

 その立場は、あまりにも重い。

 ベルガリア大陸全土、いいや、森羅万象すべての未来を背負っているようなものだ。

 




 すこし、昔話を聞いてほしい。


 我が娘フィオリアは、幼少の頃よりあらゆる意味で破格だった。


 無尽蔵に等しい魔力を有し、風のみならず光魔法を使いこなす『聖女』。

 史上四人目となる《神罰の杖》の担い手であり、亡き妻フローラの薫陶のもと、剣術、槍術、弓術、斧術――武芸百般すべてを自らのものにしてみせた。

 容姿端麗なのは言うまでもなく、さらには頭脳も明晰で、3歳にならぬころから歴史書や政治書を読みふけり、他家のぼんくら貴族に論戦を吹っかけてはプライドを粉々に打ち砕く。


 フィオリアは優秀な子供だった。とても優秀だった。あまりにも優秀すぎた。

 それゆえ親としてどう接していいか分からず、知らず知らずのうち、フィオリアを遠ざけていた。


 ……否。


 改めて振り返ってみれば、私はフィオリアに対して劣等感を覚えていたのだろう。


 人間としてあまりにも規格外な我が娘。

 それと比較すれば、己はなんと平凡なことか。


 自分の矮小さ、無能ぶりに胸を掻(か)き毟(むし)りたくなる。

 その屈辱から目を逸らし、なけなしのプライドを守るため――


 私は幼いフィオリアと距離を置いたのだ。


 親として、ほんとうに恥ずべきことだと反省している。




 ……そんな私を変えたのは、亡き妻の遺言だった。




『わたしはフィオリアに、戦(いくさ)に関するすべてを教え込みました。

 兵士としても指揮官としても、あの子以上の逸材はどこにもいないでしょう。

 ですが――



 ごめんなさい。情操教育を、すっかり忘れていました。



 もしかしたら気分次第でうっかり世界を滅ぼしてしまうかもしれません。

 常識や道徳というものを教えてあげてください。あとはよろしくお願いします」




 

 ひどい丸投げもあったものだ。


 ただ、フローラもフローラでかなり破天荒なところがあり、フィオリアの情操教育を任せるには問題が多すぎた。

 本来なら「父親、兼、一般人代表」として私がそれを行うべきだったのだろう。

 しかしながら劣等感に怯え、親としての責務から逃げ出してしまった。



 その結果――


 当時のフィオリアは、さながら破壊神の生まれ変わりのような人間になっていた。

 絶大な力を行使することにまったく躊躇がなく、ふとしたきっかけでベルガリア大陸を消滅させかねない。


 情操教育は急務だった。

 貴族としてのあるべき姿を教えなければ、冗談ではなく、世界が滅ぶ。


 もはや劣等感など覚えている猶予はない。


 私は心底から悔い改め、フィオリアを連れ回すことにした。

 公爵として領政に携わる時も、宰相として采配を振るう時も、常に。


 私自身を手本とし、実地でひたすら「貴族としてのあるべき姿」を教え込む。


 ――持てる者は、持たざる者のため、世界をよりよく変えてゆかねばならない。

 ――それが高貴なる(ノブレス・ )者の義務(オブリージュ)である。


 

 


 あれから月日は流れて、現在。


 世界は滅びることなく、人の営みは続いている。

 であれば、フィオリアへの情操教育は成功だった……と思いたい。

  

「フィオリア・ディ・フローレンスの父親」というのが、いかに重い立場か。

 ほんの少しでも伝わっただろうか?

 

 伝わっていたら感無量だ。

 よければ私を讃えてほしい。

 なにせ人類滅亡の危機を防いだのだから。

 勇者グレアムとでも呼んでくれ。


 ……いや、呼ばなくていい。ただの冗談だ。


 ともあれ、我が娘フィオリアは立派な貴族として育ってくれた。

 貴族の枠を飛び越え、史上初の女教皇になってしまったのは驚きだが、あの子の力量を考えれば納得もできる。


 親として誇らしい。

 だが同時に、わずかばかり、罪悪感がある。


 私が、かつて、幼いフィオリアに冷たくあたっていたこと――。


 後に反省したとはいえ、過去のあやまちが消えるわけではない。

 果たして、フィオリアは私を父親としてどう思っているのだろうか?


 普段なら、そんな疑問は胸のうちに押しとどめていただろう。


 だが、病のせいで気が弱っていたのかもしれん。

 見舞いに来てくれたフィオリアが部屋を去る寸前、私はこう問い掛けていた。

 


「――私は、おまえにとって父親に足る人間だったか?」



 


 

 

 * *



 


 

「――私は、おまえにとって父親に足る人間だったか?」


 去り際、グレアムがふと投げかけてきた問い。

 

 フィオリアは、部屋を出る足を止めた。

 佇まいを直して向き直る。


 あらためて父親の姿を眺めれば、以前よりもずっと白髪が増えている。

 原因は、間違いなく、宰相職に復帰したことだ。

 かなりの激務だったと聞いている。

 トリスタン王国を立て直すため、不眠不休で辣腕を振るってきたのだろう。


 ――持つ者は、持たざる者のために、世界をよりよく変えてゆかねばならない。


 高貴なる(ノブレス・ )者の義務(オブリージュ)を果たさんとする父親を、フィオリアは、心の底から誇りに思っている。

 グレアムの示した生き様は、娘である自分のなかに確(しか)と息づいている。

 

 なればこそ、フィオリアはこのように答えるのだ。



「私は、お父様の子供として生まれて、ほんとうに良かったと思います。

 ……胸を張りなさい、グレアム・ディ・フローレンス。私はきっと歴史に名を残すけれど、私がそう成れたのは、貴方のおかげなのだから」





余談。

フィオリアが人生ではじめて目にした「勇気を出して困難に立ち向かう人間の姿」は、「劣等感を乗り越え、貴族としてのありかたを自分に示そうとするグレアム」だったりします。





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