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第3話 そして物語は動き出す


 この世界の魔法は、6つの系統に分けられる。

 火、水、土、風の四大元素に、光と闇。

 

 魔法を扱う者は誰でも1つ、稀に2つ、得意属性というものを持っている。

 貴族学校で“暴風の女帝”とも呼ばれていたフィオリアの場合は風、だけではない。


 あくまで風属性は2番手、余技のようなもの。

 フィオリアの本領は光属性である。


 光属性に高い適性を示すものは、本来、教会から「聖人」「聖女」の称号を与えられる。

 だが彼女の場合、非常に大きな問題があったために「聖女」の認定を剥奪された。


 魔法の方向性が、完膚なきまでの破壊特化だったのだ。

 たとえば、さきほど無人の平野を焼き尽くした《神罰の杖(ディヴァイン)》。

 太陽の光を収束させ、悪霊どころか有形無形、ありとあらゆる存在を消滅させる。


 ――イソルテ王国に落ちた黄金の破壊光は、ベルトリア大陸全土を眩く照らした。



「天使が降臨したのだ」

「いいや、世界の終わりだ」

「よく分からないけど、すっごくキラキラしてたよね」


 その輝きを祝福と考える者、凶兆と見做す者、美しさにただ見惚れる者……人々の反応は様々だった。






「……やっと目を覚ましたか、フィオリア」


 現トリスタン王国国王、ヴィンセント・ディ・トリスタンは、青に近い黒髪をゆっくりとかきあげた。

 冷然と整った顔立ちには、静かな笑みが浮かんでいる。

 ヴィンセントはもともと第三王子だったが、3年前に先王が死去した際、第二王子マルスの派閥を抑え込んで王位を継承した。

 今年で27歳となる若き青年王は、しかし、いまだ独身である。

 王ならば早くに妻を迎えて跡継ぎを作るべきだろうに、これまですべての縁談を断っていた。

 彼はずっと、初恋の相手を忘れられずにいるのだ。






「ひいいいいいっ! 許して! 許してください! うああああああああああああっ!」


 カナワン侯爵家長男、サイモンは錯乱した。

 彼は20年前、とある子爵家令嬢を手籠めにしようと卑怯な悪事を働いた。

 ところがフィオリアに嗅ぎつけられ、ボコボコに叩きのめされた挙句、最小威力ではあるが『神罰の杖』を落とされた。

 当時のトラウマが蘇り、頭から布団を被って部屋の隅でガタガタと震えていた。

 ちなみに彼は侯爵家の跡継ぎにはなれず、実家で飼い殺しになっていた。






「御覧なさい、きっとお姉様が蘇ったに違いないわ……!」


「綺麗ですね……」


 一組の親子が、陶然とした表情を浮かべていた。

 母親の名前はレオノーラ。

 フィオリアの熱狂的なファンであり、勢いあまって彼女をモデルにした小説を何作品も書き上げていた。

 それらは貴族のみならず平民にも大ヒットし、歴史的なベストセラーとなっている。


「いますぐフローレンス公爵領に向かいます。すぐに支度をしなさい、ジーク」


「はい、お母様!」


 レオノーラの一人息子、ジークフリード。

 燃えるように赤い短髪が特徴的な、16歳の少年である。

 端正な顔立ちで物腰も穏やかなため、貴族学校でも人気が高い。彼に恋する令嬢たちも少なくない。

 しかし彼はありとあらゆるアプローチを断り続けていた。

 というのも、ジークフリードは幼いころから何度も「フィオリアお姉様の物語」を母親から聞かされており、それが理想の女性像となっていた。


 本物のフィオリアに会える。

 その期待を前に、ジークフリードの鼓動は高鳴った。


 

 



 神罰の輝きに心を動かされた者は、他にも数多く存在している。


 かつてフィオリアに不正を暴かれた、元貴族学校の学園長。

 本拠地を『神罰の杖』で蒸発させられた麻薬組織の長。

 かつてアンネローゼの取り巻きだった男子生徒たち。

『眠れる森のアムネジア』の攻略対象だった人物や、その子供。


 

 


 衝撃を受けたのは、人間だけではない。

 東方の黒き森。

 瘴気に満ちた霧の中で暮らすおぞましい魔物たちも、怯え、震え、竦み上がっていた。

 彼らは22年前にフローレンス公爵領へ攻め込み、フィオリアによって壊滅的な被害を受けていたのだ。


「…………ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!」


 しかし、ここに例外が一匹。

 白銀の魔獣が、高らかに歓喜の雄叫びをあげた。

 

 竜殺しの大狼。

 四ツ足の魔王。

 

 その魔物は、東方の人々からはさまざまな呼び名でもって恐れられていた。

 名は、モフモフ。

 もともとはフィオリアの飼い犬である。

 彼は昏睡状態の主を救うため、特効薬を求めて黒き森に足を踏み入れた。

 瘴気の影響によってあまりに巨大な魔獣になってしまったものの、フィオリアへの忠誠は忘れていない。

 

 復活の気配を感じ取り、彼は一路、西へと走り出した。






 * *







 さて、ここで視点をフィオリアに戻そう。

 彼女はイソルテ城に殴り込むなり、《神罰の杖》を用いた穏便な交渉(※フィオリアの主観)に移った。


「さあ、どうするのイソルテ男爵。一回死んでみるのも悪くないわよ。人間、その気になれば意外と蘇れるものだから」


「く、う、う……」


「うう?」


「うわあああああああああああああああああああああああっ! 来るなっ! 来るなぁっ! おまえは、おまえは、アンネが殺したはずだ! どうして生きているんだ!」


「眠っていただけよ。もしかすると対外的には死んだことになってたかもしれないけど、ま、誤差みたいなものでしょう。私はいま生きている。必要な事実はそれだけ。……ねえ男爵、返答はまだかしら?」


「う、うるさいっ! うるさい、うるさい、うるさい! たかが公爵令嬢ごときがワシに逆らうのか! こ、こっちはフローレンス公爵家の秘密だって知っているんだ! それをバラされてもいいのか!」


「好きにしなさい。どんな噂であろうと、私の前では霞んでしまうでしょうけど」


「くっ……! お、 覚えておれ!」 


 フィオリアの手を振り払い、逃げ出そうとするイソルテ国王ブラジア。

 

「そう、交渉は決裂ね」


 肩をすくめるフィオリア。

 あえてブラジアを追いかけるようなことはしなかった。

 代わりに、謁見の間にいる兵士や貴族たちを睥睨し、


「貴方たち、イソルテ男爵を捕まえなさい」


 まるで女王が臣下に命じるかのような当然さで、そう言い放った。

 もちろんフィオリアと彼らのあいだに、そのような関係性は存在しない。

 フローレンス公爵家とは長年に渡って争っているわけで、要するにフィオリアは敵国の人間である。


「どうしたの? そこの小男が貴方たちの王でいいのかしら? それで自分に誇れる? 恋人や子供たちに自慢できる? ――胸を張って生きていきたいというのなら、私に従いなさい」


 フィオリアの言葉。

 それは、居合わせた者たちの心に大きな波紋を投げかけた。


 先程目にした、《神罰の杖》の威力。

 どう考えてもイソルテ王国に未来はない。

 ならばフィオリアに従って、助命を乞うたほうがいいのではないか。

 

 いいや、それ以前の問題だ。

 惨めに逃げ回るブラジアと、堂々と振る舞うフィオリア。

 どちらが忠義を捧げるに相応しいかはあまりにも明白で――


「や、やめろ! お前たち! ワシを裏切るのか!」


 他ならぬ王国民と臣下の手によって、イソルテ王は捕らえられた。

 







 ただし。

 ここで一人だけ、微動だにしない者がいた。

 女軍人のエレナマリアである。


「貴女は何もしなくていいの? ここで働いておいた方が、私の覚えはよくなると思うけれど」


「……自分は軍人です。たとえどのような王であろうと、国を裏切るようなことはできません」


「そう」


 フィオリアはわずかに口元を綻ばせた。

 エレナマリアの真面目さを好ましく感じたのだ。


「私はフィオリア・ディ・フローレンス。フローレンス公爵家の娘よ。貴方は?」


「エレナマリア・ディ・リースレット。イソルテ王国軍、第三騎士団の団長です」


「素敵な名前ね。また後日、家まで遊びに行くわ」


「……えっと」


 エレナマリアは戸惑いの表情を浮かべた。

 自分はフィオリアに逆らったのだ。

 殺されると思っていた。

 名乗り合ったのも、冥土の土産のようなものと思っていたが、違うのだろうか。


「私、貴女みたいなタイプは嫌いじゃないの。よかったら友達になってちょうだい」


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