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第40話 魔女ベアトリス

 更新遅くなって申し訳ないです!


 期間をおいてしまったのでかるく人物紹介


 フィオリア:主人公。

 レクス:主人公の忠実な執事。

 ハインケル:記憶喪失の青年。ちょっと腹黒。

 ワイアルド:小奇麗な騎士。旧教の枢機卿らに恨みがあり脅迫状を送りつけていた。

       現在はフィオリアの配下。

 ベアトリス:300年前、旧教から迫害を受けた魔女。




 黒き森。

 ベルガリア大陸の北東部を占める森林地帯であり、魔物たちの巣窟。

 数十年ごとに大発生(スタンピード)と呼ばれる現象が起こり、何千、何万という魔物が森の外へと溢れ出す。

 それによって滅んだ国は数えきれず、ベルガリア大陸の人々は誰しも黒き森のことを恐れている。


 ――しかし今日、その歴史に終止符が打たれようとしていた。


「形のあるものはいずれ滅びる。私が『いずれ』を『いま』にしましょう」


 フィオリアは長い髪をゆっくり撫で上げると、その細い指で太陽を指差した。

 彼女の周囲では、光の粒子がきらきらと輝きを放っている。

 ぐるぐると回転しながら拡散し、鬱蒼とした黒き森を内側から照らし出す。


(きらめ)く裁きよ、天を焦がして地に至れ」


 詠唱は高らかに、されど、女神が審判を告げるが如く厳かに。


「――《黙示・神罰の杖(アーマゲドン)》」


 蒼穹が黄金に染まる。

 大地が激しく鳴動する。


 大天使たちは互いに手を繋ぎ、荘厳な歌声を響かせた。

 それは人間の可聴域を逸脱した、滅びを告げる讃美歌である。


《神罰の杖》が、森に落ちた。

 暴力的なまでの光熱が、(よど)んだ瘴気ごと、その一角を浄化、灼熱、消滅させる。


 一度だけではない。

 数えきれないほどの《神罰の杖》が、雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。

 (たと)えるならば流星群の激突。

 毎秒ごとに大地が抉り返され、墜落の衝撃波があちこちで生まれた。

 衝撃波と衝撃波が(ひしめ)き合い、黒き森を根こそぎ蹂躙してゆく。


 世界の終焉とは、きっと、このような風景なのだろう。

 裁きの箒星(ほうきぼし)が、天地万物を灰塵に帰す。


 およそ3分。

 たったそれだけの時間で、有史以来ずっと人類を脅かしてきた黒き森は、跡形もなく消滅した。

 地平線の彼方まで、どこまでも、どこまでも、はてしなく荒野が広がっている。


 否。


 空からフワフワと光の粒子が降り注ぎ、地面に落ちるたび、そこに金色の野が生まれる。

 黒き森は、輝ける草原へと生まれ変わりつつあった。


 清らかな風が吹き、フィオリアの頬をくすぐる。


「御主人、ひとついいか」


 コホンと咳払いをして、モフモフが問い掛ける。


「ケルベロスから魔女の居場所は聞き出してある。道順も、目印も。……しかし、森がなくなってしまっては、案内のしようがないぞ」


「大丈夫よ。これは、魔女を燻り出すための作戦だから」


「なぜ目を逸らす、御主人。いつもの病気が出たんじゃないだろうな」


「私は健康体だけど」


「心の問題だ。……我が毛皮をもふりながら聞くといい。考えを当ててやろう」


 フィオリアの身体を、ぽふん、と受け止めつつ、モフモフは語り始める。


「魔女ベアトリスと戦ってから2ヶ月が過ぎた。準備期間を与えたのだし、相手はものすごい準備をしているはずだ。それが楽しみで楽しみで、つい、やりすぎてしまった。……そんなところだろう?」


「ノーコメント」


「つまり正解だな。……レクスもそう思わないか?」


「モフモフ殿の仰る通りかと」


 フィオリアの左後ろ。

 普段とまったく変わらず、ひとりの青年が静やかに控えている。

 黒い燕尾服には皺ひとつなく、容貌はさながら研ぎ極められた芸術品のよう。

 レクスオール・メディアス。

 20年前からずっとフィオリアに仕え続けている、誰よりも忠実な執事である。


「ハインケル殿はどうお考えでしょう」

「レクスと同じだよ。興が乗りすぎて加減を間違えたのだろう。昔と変わらないな、貴女は。……ん?」


 答えたあと、右手をこめかみに当てるハインケル。

 やや色素のうすい金髪をかきあげて、呟く。


「昔? ……昔とは、いつだ?」


 ハインケルは5年より昔の記憶を持っていない。

 20年前、少年期にフィオリアと出会っていたことは忘却の彼方にある……はずだが、あるいは、思い出しつつあるのかもしれない。


「……ふむ」


 そしてこの場にはもうひとり、鎧姿の、小奇麗な騎士が佇んでいる。

 ワイアルド・ヒースクリフ。

 20年前の聖十字軍において、彼は同僚らに裏切られ、瀕死の重傷にまで追い込まれた。

 その後は、旧教皇庁に送り付けた脅迫状のとおりである。

 黒き森に住む魔女に助けられ、復讐のため、ベルガリア大陸へと戻ってきた。


「あの人なら、まあ、大丈夫でしょう」


 かつてワイアルドを助けたのは、魔女ベアトリスではない。

 黒き森には、もうひとり、別の魔女が住んでいる。

 その外見も内面も、ベアトリスとはまったくの別物だ。

 穏やかな老婆で、楽天家の悠々自適。

 いまごろ東方の国々を旅しつつ、各地のグルメに舌鼓を打っているのだろう。

 うっかり《神罰の杖》に巻き込まれている可能性もなくはないが……ひょっこり生き残っているような気もする。


「……ん?」


 ふと、首元で何かが震えた。

 別れ際、老婆に手渡されたペンダントだ。

 正八面体に切り出された紫水晶。

 ワイアルドに危機が迫ったとき、それを知らせてくれるマジックアイテムだった。


 ほとんど反射的に、後ろへ飛び退く。

 それが彼の命を救った。


「くっ!?」


 次の一瞬。

 何の前触れもなく、黒髪の女が現れた。

 魔女ベアトリス。

 その出で立ちは、いつものローブ姿ではない。

 美しい装飾に満ちたドレス。

 デザインは、フィオリアが纏っているような、聖女の正装によく似ていた。

 ただし、色だけが違う。

 清楚な純白ではなく、何もかもを塗り潰すような、暗黒。


 右手には、幅広の剣。

 フォルムは聖剣とまったく同じだが、刃は深淵のごとき暗黒を纏っている。


 ベアトリスは、剣を、左から右へと薙ぐ。

 ワイアルドの首を断つ一閃――しかし、彼はそれを紙一重で躱した。


「ああ、もう! 鬱陶しい!」


 ベアトリスは苛立たしげな表情とともに次の攻撃へと移る。

 くすんだ金髪を振り乱し、二度、三度とワイアルドへと斬りかかった。


「……っ!?」


 防戦一方。

 純粋な剣技で言えばワイアルドのほうが上かもしれないが、ベアトリスに圧倒されている。


 武器の差。

 ベアトリスの持つ黒色の剣は、異様な性質を備えていた。

 刃先が触れるとそこから闇が侵蝕し、万物を食い破っていく。


 たった一合切り結んだだけで、ワイアルドの剣は中ほどで腐り落ちてしまった。

 もしも身体を斬りつけられればどうなることか。その可能性が彼の動きを鈍らせる。


「避けるんじゃないわよ! ――《魔王の魔手(ジェラス)》!」


 ベアトリスの詠唱に応え、足元の影から無数の手が伸びた。

 それはワイアルドの身体を搦め取り、回避不能の危機へと追い込む。


「もらったっ……!」


 暗黒の刃が、首元に迫る。

 その寸前。


「――貴女の相手は、私でしょう?」


 暴風が、ベアトリスを吹き飛ばした。


「ワイアルド、修練が足りないわね。あの程度は軽くいなしてほしいところだけれど」


「……申し訳ありません」


「手本を見せるわ。よく学んでちょうだい」


 フィオリアの声は、決して、咎めるようなものではなかった。

 むしろ教え諭すような温かみさえ溢れている。


「レクス、ハインケル。貴方たちもよ。……この高みに登ってくることを楽しみにしているわ」

「……承知いたしました」

「心掛けよう」

「いい返事ね。――さて」


 正面へと向き直るフィオリア。

 ベアトリスは地面に膝を衝いており、当然、目線はこちらが上になる。


「立ちなさい、魔女。2ヵ月も準備期間をあげたのだから、楽しませてくれるのでしょう?」


「っ、舐めるんじゃないわよ!」


 怒声とともに、暗闇が弾けた。

 ベアトリスは魔法によって身体能力を何倍にも引き上げると、一瞬のうちにフィオリアへと肉薄した。その勢いのまま、体当たりのような斬撃を叩きつける。


「筋は悪くないわね」


 フィオリアは聖剣ソルを抜き、応戦する。

 斬閃が交差し、そのたびに光と闇の粒子が対消滅を起こす。

 状況は拮抗していた……否。


「このっ……! アンタには、アンタだけには、負けられないのよ!」

「合格よ、ベアトリス。闇というのも極みに至れば、光に届く輝きを放つのね。ひとつ勉強になったわ」


 ベアトリスが決死果敢に攻め立てる一方、フィオリアはいまだ余裕の表情。構えらしい構えすら取っていない。


「貴女の剣、見覚えがあるわ。……ハウル3世の持っていた《聖剣》かしら」


「誰が教えるもんですか!」


「なら、勝手に答え合わせをしましょう。もともと私との戦いで《聖剣》の力は尽きかかっていた。貴女はそれを回収して、闇の魔力で染め上げた。違う?」


「っ……!」


「返事が顔に出ているわね、ベアトリス」


「黙れっ! ――そうよ、あたしはアンタを出し抜いて、《聖剣》を回収したの! 闇の魔力で塗り潰してやったわ! これはもう《聖剣》じゃない、《魔剣》よ! これならアンタに届く! アンタを殺せる! 予想もしてなかったでしょう、こんな展開! ざまあみなさい!」


「回答ありがとう。それじゃあ、次は貴女の答え合わせといきましょうか」


 ここで初めて、フィオリアは攻勢に転じた。

 右手の剣でベアトリスの一閃を弾くと、懐へと踏み込みながら左手を伸ばした。

 細い指で、彼女の(おとがい)を、くい、と持ち上げる。

 さながらワインのグラスを掲げるように。


「《聖剣》、いえ、《魔剣》を上手に使ってくれて嬉しいわ。貴女の実力じゃ、互角に戦うのは難しそうだったもの」


「どういう、ことよっ……!?」


「貴女は《雷帝の怒り(ジャッジメント)》だけじゃなく、《雷霆の剣(アストライア)》も防いでみせた。だったら、ご褒美のひとつくらいあってもいいと思うの」


 ベアトリスの耳元。

 まるで悪魔のように甘い声で、フィオリアは囁きかける。


「それに、貴女だって存分に怨念を吐き出したいでしょう? 300年分の怒り、憎しみ、悲しみ……すべてを《魔剣》に籠めなさい。報いも償いも、すべてはそれが終わってからだもの」


「うるさいっ! うるさい、うるさい、うるさい! あたしを見下すなっ! 《邪神の審判(イレイサー)》!」


 大地を突き破り、闇の奔流が天へと牙を剥いた。

 それは極限まで凝縮された負の慟哭。

 呪詛と腐毒を撒き散らして、フィオリアという存在を塗り潰そうとする。


「……この程度かしら?」


 だが、届かない。及ばない。黄金の女神を穢すに至らない。

 フィオリアは左手ひとつで《邪神の審判》を受け止めていた。

 暗黒の洪水が、だんだんと圧縮されてゆく。

 丸く、丸く、手のひらほどの球形になった。

 高密度に押し固められた闇の力。

 常人ならば触れるだけで全身が腐り落ち、あっという間に命を落とすだろう。


「貴女はもっとできる子のはずよ、ベアトリス。もっと本気を出しなさい」


 フィオリアは暗黒色の球体を掴むと、ベアトリスの眼前に掲げてみせた。

 圧倒的な光の力を前に、闇はいっさいの侵蝕を許されない。

 むしろ、だんだんと小さくなり――


 ――ぐしゃりと、握り潰された。


「それとも、もう少し追い詰めたほうがいいのかしらね」

「舐めるなって、言ってるでしょうが……っ! ――《冥界の黒霧(インフェルヌス)》!」


 ベアトリスの叫びとともに、黒い霧があたりを包んだ。

 それはいっさいの攻撃力を持たないかわりに、敵の魔力へと直接的に干渉する。

 魔法殺しの魔法。

 それは対フィオリアのために編み出した切り札である。


「ここは無明の闇。光の届かない深淵。……ここがアンタの死地よ、フィオリア」


《冥界の黒霧》を発動させているあいだ、ベアトリスは身体能力の強化しか行えない。

 だが一方、フィオリアはすべての魔法を封じられている。


 であれば身体スペックの優劣上、こちらが圧倒できるはず。

 なの、だが。


「面白い魔法ね。さすが魔女、と褒めておきましょう。これは心からの賞賛よ」


 フィオリアの表情は、崩れない。

 泰然とした姿のままに、淡々とベアトリスの斬撃を捌いてゆく。


「けれど、根本的な実力が足りないわ。……1年くらい猶予をあげたほうがよかったかしら」


 剣士としての腕。

 フィオリアは幼少時から母フローラに鍛えられ、長じてからは領内の魔物退治も行ってきた。

 光魔法に頼った力押しではなく、純粋な剣技のみで竜種を屠ったこともある。


 他方、ベアトリスは300年間、ひたすら森に篭るばかり。

 まともに何かと戦ったことは、一度としてありはしない。


 潜り抜けた修羅場の数が、絶対的に違いすぎる。

 たかだか魔法を奪った程度では埋めきれない差が存在していた。


 ベアトリスのほうが、腕力はずっと強い。

 だからどうした。

 受けた衝撃は、腕から脚に流せばいい。

 体術で十二分にカバーできる。


 ベアトリスのほうが、動きはずっと早い。

 だからどうした。

 未熟な戦闘者の動きなど、ちょっと誘導してやれば読みに嵌る。

 テクニックの問題だ。


「なんでよ! なんで、斬れないのよ!」


「積み重ねの差、日々の弛まぬ修練の賜物かしら。……逆に訊きたいのだけど、貴女はこの300年、何をやってきたの?」


 もともとベアトリスは聖女であった。

 だが当時の教皇と激しく対立し、異端として処刑される直前、なんとか黒き森に逃げ込んだ。

 深い絶望の中、ベアトリスは闇の魔力に目覚める。

 そうして魔女となり、今日までの300年を生きてきた。


「何をしてきたか、って? 決まってるじゃない! モナド教を潰すために力を蓄えてたのよ!」


「力を蓄えるのはいいけど、具体的にはモナド教をどうやって滅ぼす予定だったの?」


「それは……」


「まったく考えていなかったのでしょう? 貴女、無計画そうな顔をしてるもの。……そもそも、復讐心も失せていたんじゃないかしら。少しでも教会を憎んでいるなら、むしろ私に協力してくれてもいいはずだけれど」


 なにせフィオリアは、旧教淘汰の最先鋒。

 だがベアトリスは新教ではなく、むしろ、かつて己を迫害したはずの旧教の側についた。

 ハウル3世に《聖剣》を渡し、諸国同盟を成立させる。

 それはあまりに矛盾した行動ではないだろうか?


「うるさい! アンタと手を組むくらいなら死んだほうがマシよ!」


 目を剥き、感情的な口調で言い返すベアトリス。


「ええ、そうよ。あたしはもう、モナド教なんてどうだっていい! そんなことよりアンタが嫌いなの! アンタが気に食わないの! 同じ聖女なのに! 《神罰の杖》の使い手なのに! 教皇とも対立してたのに! どうしてあたしみたいにならないの!? おかしいじゃない、道理が通らないわ!」


「理由を教えてあげましょうか。聞いたら最後、逃げ道がなくなってしまうけれど」


 嘆息を挟んで、フィオリアは語り始める。


「貴女のことはすでに調査済みよ。やっぱり、計画性の欠如は致命的ね。聖女だなんだと持ち上げられても、所詮、教皇の気分ひとつで異端扱いにされる身の上だもの。教皇庁内部にシンパを作っておくべきだったわね。そうすれば、教皇と対立しても誰かが防波堤になってくれたはずよ」


「うるさい! 外野が好き勝手なこと言わないでよ!」


「外野じゃないわ。私も貴女も、同じ聖女でしょう? ただし、私は初めからモナド教を壊すつもりだった。そのために動いてきた。これが最初の違いかしら。……次。貴女、《神罰の杖》をロクに活用してなかったみたいね」


「そんなことないわ! あたしはちゃんと《神罰の杖》で魔物を退治してたもの!」


「甘いわね。《神罰の杖》を本気で使えば、教皇庁をまるごと焼き払えるはずよ。だったらそれで武力交渉を行えばいいじゃない。私はそうしてきたわ。……最後に、教皇との対立。どうせ異端審問になるのなら、聖女の特権を使っておけばよかったのに」


 聖女の特権。

 その中には、「自らの破門と引き換えに、教皇を罷免する」というものがある。

 実際、フィオリアは前教皇マルコスと対立した際、この特権を使っていた。


「で、でも、破門なんて……」


「破門されようが何だろうが、光の魔法が消えるわけじゃない。《神罰の杖》はいつでも落とせる。なら、別に大して困りはしないでしょう? 以上、証明終了。これが私と貴女の違いよ。簡単に言えば、覚悟と度胸が足りなかったのね」


「~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ッ!」


 このとき、フィオリアはひたすら防御に徹していた。

 攻めているのはベアトリス。

 にも拘らず、苦渋の表情を浮かべているのは後者である。

 真正面から論破され、反論もできず、ただ剣に訴えることしかできない。


「違いなんて知ったことじゃない! アンタなんか死んでしまえばいい! 20年前だって、アンネローゼの小娘を唆して毒を盛ったのに! ……なのに、なんで、どうして、生きてんのよ! 死ね、死ね、死ね、死んでしまえ! あたしの前からいなくなれ! ――いなくなってよ!」


 もはやそれは悲鳴のような絶叫だった。

 感情の暴走が、本来ありえない限界突破を成し遂げる。

 魔力殺し――《冥界の黒霧》の影響下にも関わらず、ベアトリスの魔法が発動する。


邪神の審判(イレイサー)》の多重詠唱。

 暗黒の蛇が、大地を突き破る。

 フィオリアを取り囲むように、合計で16匹。

 鎌首をもたげ、一斉に圧し掛かった。


 それだけではない。


「《冥王の剣(プルート)》!」


 己の寿命を注ぎ込み、《魔剣》の力を解放する。

 暗黒星のように禍々しい輝きが、邪悪を氾濫させながら、フィオリアという存在を冥府の底へと引きずり落とす。


「やっ、た……?」


 魔力を使い果たし、《冥王の黒霧》が解除される。

 野原は腐毒に汚染され、漆黒の沼地へと変わり果てていた。

 そこにフィオリアの姿はない。


「勝った。勝ったわ。勝てたじゃない! あは、あはははははははっ! ざまあみなさい、たかだか30年か40年しか生きてない小娘に負けるもんですか。いい気味だわ、ええ、いい気味! あははははははははははははははははははっ!」


 勝利の哄笑。

 昂揚した気分とともに、ベアトリスは空を仰ぐ。


「……うそ」


 膝から力が抜ける。

 崩れそうになる身体。

《魔剣》を杖代わりにして、なんとか支えた。


 視線の先――。

 彼女にとっての絶望が、煌々と輝いていた。


「40年じゃないわ、37年よ。眠っていた時間を除外すれば、まだ17歳。そこは間違えないでちょうだい」



 ぴしゃりと言い放つのは、黄金の髪をなびかせた、女神のように美しい少女。

 背中には、光の翼。

 太陽を背負うように、天高く羽搏たいている。


「貴女の全力、見せてもらったわ。本当に素晴らしかった。お母様の剣がなければ、危なかったかもしれないわね」


 フィオリアは、右手の剣を掲げる。

 聖剣ソル・ユースティティア。

 その輝きは、普段に比べるとやや弱い。

 ベアトリスの攻撃を防いだ際、かなり消耗したのだろう。


 ……だが、フィオリアの魔力にはまだまだ余裕があった。


「喜びなさい、あなたの慟哭はここで終わる。もう一度生まれ変わって、やり直せるといいわね」


《神罰の杖》が放たれる。

 魔女の魂を浄化すべく、まばゆい光が落ちてくる。


 もはやベアトリスは精根尽き果て、回避することもできない。

 代わりに《魔剣》を構えた。

 ただ、刃を自分の喉元に向けている。


「アンタに殺されるなんて絶対に嫌。それくらいなら自分で死ぬわ。

 天国なんてお断り、魔女には地獄がお似合いだもの。

 この魂を、闇統べる邪神に捧げるわ」





 ――光が到達するより先に、魔女ベアトリスは自らの命を絶った。






邪神くん「この魂いらないです天国に行ってくださいお願いします (悲壮)」



次回、ベア子さんはフィオリアから逃げられるのか!(予告)

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