第39話 第14次聖十字軍
新教会の名前は、シンプルに「モナド新教」と定められた。
フィオリアとしては「モナモナ教」がイチオシだったが、周囲の大反対によって却下された。
「どうしてかしら。すっごく可愛いのに」
「あのねえフィオリアちゃん。なんでもかんでも可愛くすればいいってものじゃないのよ。おばあちゃんの言うことを聞いてちょうだいな」
穏やかに窘めるのは、シーラ・ホーネット元枢機卿。
現在のポジションは、初代法王。
新教会における、実務上のトップである。
「でも、『モナド新教』って名前もいまひとつ広まってないのよねえ」
「やっぱり『モナモナ教』にすべきだわ。いえ、『モニャモニャ教』というのも……」
「はいはい」
フィオリアのネーミングセンスについて、シーラはとっくに諦めている。
――やっぱり子供って、親に似るのねえ。
シーラは、フィオリアの母……フローラと大親友だった。
フローラもフローラで独特の感性を持っており、はじめ、自分の娘に『マナムスーメ』とか『ミセスレディ』などという名前を付けようとした。
それを大慌てで止め、『フィオリア』という名前を考えたのはシーラである。
「前にも言ったけど、フィオリアちゃん、自分だけで子供の名前を考えちゃだめよ」
「解せないわ」
不思議そうに首をかしげるフィオリア。
「まあ、その話はまた今後にしましょう。……シーラ、しばらくのあいだ教皇庁を留守にさせてもらっていいかしら? 魔女ベアトリスにそろそろ引導を渡してくるわ」
大陸歴1096年、初冬。
モナド新教は聖十字軍を宣言。
女教皇フィオリアを総司令官とし、史上14回目となる黒き森への遠征を開始した。
これと時を同じくして、黒き森では魔物の大発生を起こす。
過去13回に及ぶ聖十字軍。
そのどれもが大発生により壊滅的な打撃を受け、撤退に追い込まれている。
しかし、今回は違った。
「総員、構えなさい。貴方たちのことは私が守るわ。焦らず、よく狙うように 」
戦列に並ぶのは、フローレンス公爵家の兵士たち。
その手には、剣も、槍も、斧も、弓も、携えていない、
ならば魔法使いなのかといえば、それも違う。
彼らは、細長い、筒のようなものを構えた。
……かつてフィオリアが東方から取り入れたのは印刷技術だけではない。
天文知識と羅針盤。
医学、薬学、化学――火薬。
そして、銃。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴンッ!
あちこちで鳴り響くのは、駆動音。
極小の魔法陣が銃口に浮かび、魔力を収束させていゆく。
それは20年前、フィオリアが開発を命じた新兵器。
フローレンス公爵領の技術者らは、長い長い時間をかけ、東方の物理銃にいくつもの悪魔的な改造を施して注文を実現した。
いくつもの技術革新を起こして生まれた、ある種のオーパーツ。
96年式魔導小銃“バタバタ”(命名:フィオリア)。
「――撃ちなさい」
兵士たちは、黒き森の外周部からわずかに離れた平原に布陣していた。
深い闇に閉ざされた木々の向こうから、何百、何千という魔物が飛び出してくる。
スライム、コボルト、ゴブリン、オーク、オーガ、トロール、サイクロプス、ハーピー、ダークスコーピオン、ジャイアントビー、マンティコア、コカトリス、バジリスク、グリフォン、ヒドラ、ケンタウロス、ミノタウロス、ワーム、ケルベロス、オルトロス、フレスヴェルグ、ユニコーン、バイコーン、マタンゴ……。
どのような魔物であろうと、いっさいの区別なく、冥府の門へと送られた。
容赦ない銃弾の雨に晒され、溶けるようにして地面に倒れる。
魔導小銃には、リロードの手間がない。
魔法石を動力源とし、フルオートで魔力弾を撃ち続ける。
「私が出るまでもなかったわね」
半日と経たず、戦いは終わった。
もちろん聖十字軍の圧勝である。
ひとりの被害も出さぬまま、すべての魔物を駆逐していた。
言うまでもなく、歴史的な偉業だろう。
「マジかよ、楽勝すぎだろ」
「魔物ってこんなに弱かったのか?」
呆然とする兵士たち。
彼らにとって魔物は恐ろしい存在であり、大発生といえば、抗いようのない災害のようなもの。……なのに、こうも簡単に、乗り切れてしまうなんて。
「魔導小銃ってよ、ぶっちゃけ、フィオリア様の道楽だと思ってたんだよ」
「俺もだ。でも、すげえわコレ」
「フィオリア様、よくこんな武器を思いついたよな……」
「つーかよ、勝ったんだからもっと喜ぼうぜ! フィオリア様ばんざい!」
「そうだな! フィオリア様ばんざい! 黄金の女神の名のもとに!」
「ばんざい! 踏んでください!」「俺も!」「オレも!」「頑張ったんで罵ってください!」
勝利の凱歌 (一部例外あり)をあげる兵士たち。
彼らに頷きかけながら、フィオリアは次の一手を指示する。
「フローレンス公爵軍はこの地点を拠点として確保してちょうだい。背後から諸国連合が攻めてきた場合は、魔導小銃で迎撃するように。大天使は魔物の死骸を片付けて。浄化もよろしくね。……それじゃあ行きましょうか、モフモフ」
「承知した。黒き森のことならば任せてもらおう」
今回の聖十字軍は、これまでにない編成である。
女教皇フィオリアを総司令官として、フローレンス公爵軍4500名、モフモフならびにその妻レムリスと仔フェンリル99匹、大天使およそ3000名。
あとは直属の護衛として、レクス、ハインケル、ワイアルドを連れている。
頭数だけでいえば過去最少だが、戦力としては過去最大。
一般大衆からの支持もかつてないほど大きなものであった。
なにせ女教皇みずからが先陣に立ち、大天使を率いて黒き森の征伐へと向かうのだ。
あたかも神話のようなシチュエーション。
人々は興奮を抑えられず、次々にモナド新教へと改宗していった。
これがとどめとなり、旧教はベルガリア大陸からほぼ完全に駆逐されることとなる。
* *
「う、うそでしょ……?」
黒き森の最奥にて、魔女ベアトリスは顔面を蒼白にしていた。
今回の大発生は、実のところ、人為的なものである。
フィオリアを返り討ちにするため、黒き森に干渉して引き起こした。
「待ってよ。どういうことなの」
魔女ベアトリスは理解できない。
何万匹もの魔物を差し向けたにも関わらず、足止めにもならないなんて。
「そんな。これじゃ、儀式が間に合わないわ」
前回、フィオリアと対峙してからおよそ2ヶ月が過ぎている。
そのあいだに魔女ベアトリスは、ただ怯えていたわけではない。
300年の集大成ともいえる儀式の準備を進めていた。
――神の召喚。
創造神モナの兄にして、封印されし古の邪神。
凄まじきその力を借り受け、フィオリアを打倒する心算であった。
96年式魔導小銃
光の魔力で駆動する銃。
魔法石にチャージすれば半永久的に魔力弾を撃ち続けることができる。
なお、光の魔力を扱えるのはベルガリア大陸でフィオリアのみ。




