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第34話 聖女フィオリアの日々

第5章スタートです。


 フィオリアとしては、モナド教そのものを否定するつもりはない。




 創造神モナと天使たちを敬い、その恵みに感謝せよ。

 隣人を愛し、親兄弟と子供を慈しみ、日々を健やかに過ごすべし。

 汝、殺すなかれ、姦淫するなかれ、盗むなかれ、欺くなかれ。

 健康のためには1日3食、腹8分目。深夜の甘味は避けねばならない。適度な運動も忘れずに。


 創造神モナは6日で世界を創造し、7日目に休んだ。

 人はモナに及ばないので、5日働いて6、7日目に休むべし。

 1日の労働は8時間、週休2日。

 信賞必罰を正しく行い、労働の対価を惜しまず払え。

 無償の奉仕(サービス残業)を決して強要するなかれ。

 



 ……なぜか労働と健康についての言及が多いが、教えそのものはいたって真っ当なのだ。

 むしろフィオリアとしては、現代日本にモナド教を広めたいくらいである。ブラック企業、ダメ絶対。異端審問にかけて、炎のなかに投げ込んでしまえ。


 そんな彼女の意向を受け、新教はその根本部分においてモナド教を引き継ぐことになった。

 大きく変わったのは、外側――教会組織の構造である。

 

 モナド教は、その拡大につれて内部組織を“建て増し”してきたため、上意下達のシステムがぐちゃぐちゃに混線していた。

 ひとりの新人が、3人や4人の、それぞれ異なる部署の上司から指示を受けることも珍しくない。

 とても非効率的な状況である。


 フィオリアはこれを整理し、新しい教皇庁を設置した。

 場所は、独立商業都市ボルト。

 およそ2ヶ月前、フィオリアがハインケルと再会した街である。


「ねえフィオリアちゃん、どうしてここに教皇庁を置いたの?」


 新教の暫定的なトップ……シーラ・ホーネット枢機卿が尋ねる。


「おばあちゃんに少し教えてほしいわねえ。どうせなら、フローレンス公爵領のどこかに置けばよかったんじゃない?」


「もちろんそれも考えたわ」


 コーヒーを口にしながら答えるフィオリア。

 レクスに豆を挽かせてみたが、なかなかに美味い。

 豊潤な香りが鼻をくすぐる。


「けれどその場合、新教とフローレンス公爵家のつながりが目立ちすぎるのよ」


「とか言ってるけど、フィオリアちゃん、この街を治めてるのは実質的に誰かしら」


「さあ?」


 肩をすくめるフィオリア。

 独立商業都市ボルトは、12人の実力者からなる評議会でもって運営されている。

 その顔触れはというと、グランフォード商会ボルト支店支店長、フランツ銀行ボルト支店支店長、バレンタイン新聞社ボルト支社支社長、リプリント出版ボルト支部支部長などなど。


 バレンタイン新聞社も、リプリント出版も、元を辿ればフィオリアが設立したものである。

 残りの評議会メンバーは有力商人ばかりだが、いずれもフランツ銀行から融資を受けていた。


 ……この街の実質的な支配者が誰なのかは、もはや語るまでもないだろう。

 フィオリア・ディ・フローレンスである。


「他にも訊きたいことがあるのよねえ」


 と呟くシーラ。

 彼女はコーヒーにミルクを混ぜてカフェオレにしていた。

 曰く、香りは好きだが苦味がつらい、と。


「いつまでも新教じゃ()()()が悪いでしょう? 名前を決めないとねえ」


「あら、私のほうで事前に案をいくつか用意していたはずだけど」


「……あれはちょっとダメよ。フィオリアちゃん、悪いことは言わないから子供の名前はおばあちゃんにつけさせてちょうだいね」


「解せないわ」

 

 ちなみにフィオリアの考えた新教の名前は、たとえばこのようなものである。


 モナモナ教、モニャモニャ教、モナドン教、モンナッド教、モモドナナ教――。


 モフモフした犬にモフモフと名付けるだけあって、とてもハイセンスな(婉曲表現)ネーミングセンスといえよう。

 

「なら、どんな名前にすべきかしら。シーラおばさんのことだから、もう、いくつか候補は絞ってあるのでしょう?」


「そうねえ……。枢機卿と各部局のトップで投票をするつもりだけど、たぶん、フィオリア教になるんじゃないかしら」


「……やめてちょうだい。本当に、やめてちょうだい」


 大切なことだから、二度繰り返した。

 いくらフィオリアと言えど、羞恥心というものを多少は持ち合わせている。

 宗教におのれの名前をつけるとか、さすがに人としてどうかと思うの。


「でも、異端審問局の局長がすごい勢いで推してるのよ」


「私は、絶対に反対よ」


 あとで異端審問局に赴いて、根回し (物理) が必要かもしれない。

 フィオリアは、左後ろに控える執事に声をかけた。

 ねえレクス、ちょっと市場でリンゴを買ってきてくれる? それはできませんお嬢様。どうして? 俺もフィオリア教に1票だからです。裏切ったわね貴方給料カットよ。どうです予想外でしょう、これが俺の下剋上です。……下剋上というか私を押し上げてるだけじゃないかしら。

 

「貴方たち、ほんとうに仲良しねえ」


 フィオリアとレクスの会話を聞きながら、シーラはくすくすと笑った。


「そうそう、新教皇の件だけど、ハインケルちゃんに任せていいのかしら」


「ええ。彼ならその立場を誰よりも上手に使えるはずよ。……さて、それじゃあ“営業”に行ってくるわ」


 フィオリアは席を立つ。

 新教を興したからと言って、誰も彼もがすぐモナド教を捨てられるわけではない。

 新聞などを通して情報戦を行ってはいるが、やはり、百聞は一見に如かず。

 

 直接的なパフォーマンスというものは、適切に行えば、爆発的な成果をみせてくれる。

 そのことを、フィオリアはよく理解していた。






 * *






 フィオリアが手をかざすと、中年冒険者コーエンの右腕から傷が消えた。

 

「おおっ、おおおおおおお……っ!」


 コーエンは驚きの声を発しつつ、イスから立ち上がる。

 右腕をブンブンと回して、叫ぶ。


「やった! やったぞ! すげえ、すげえぜ聖女様! 医者からは二度と動かねえって言われてたのに……!」


 コーエンは、昨年、右腕にひどい怪我を負ってしまった。

 ジャイアントオークの攻撃から味方を庇った結果である。

 利き手が動かなくなったためクエストをこなすこともできず、借金まみれの日々を送っていた。


「貴方の借金はフランツ銀行のほうで一本化しておくわ。冒険者に復帰するのもいいけど、もし引退するのなら、グランフォード商会傘下の工場を紹介しましょう。この書状を持っていきなさい」

 

「ありがてえ、ありがてえ……聖女様、マジで聖女様だぜ…………」


 涙を流し、その場にひざまづくコーエン。

 まわりの冒険者も「よかったじゃねえか、おっちゃん!」「心配してたんだぜ!」と暖かい言葉を投げかける。


 

 ――各地の冒険者ギルドに赴き、彼らの傷を癒す。


 

 これもまたフィオリアの「営業活動」であった。

 とはいえ治癒を行ってそれっきりというわけではなく、債務整理や職業斡旋といったアフターケアまで行うあたり、彼女の性格というものが滲み出ている。




「た、たたたっ、助けてくりゃせぇ!」


 それはフィオリアが治療を終えた直後、夕暮れ時のことだった。 

 汗まみれ泥まみれの青年が、転がるようにして冒険者ギルドに駆け込んでくる。


「オ、オラの、オラの村、山奥さあって、ち、ち近くに、す、すンげえ吸血鬼が、村娘よこせって、その、あの……」


「落ち着きなさい。……よほど急いでいたのね。身体、ボロボロじゃない」


 青年は裸足だった。

 おそらく靴が脱げるのも構わず、山道を走ったのだろう。

 足の皮はやぶけ、血がにじんでいる。


「もう大丈夫よ。安心なさい。――《清浄たる治癒光(クリア・ヒールライト)》」


 金色の輝きが青年を包み、身体の傷と汚れを取り除いてゆく。

 

「へっ……? あ、あンたさんは……?」


「フィオリアよ。フィオリア・ディ・フローレンス。名前くらいは聞いたことがあるかしら」


「おお……! まさか聖女様がいらっしゃるとンは……っ! お願えしやす、うちの村を、どうか、どうか、なンにとぞ……!」

 




 

 青年の話によると、村の近くには祠があるらしい。

 曰く、500年前にこの地域一帯を恐怖のドン底に叩き込んだ凶悪な吸血鬼、ドミトリが封印されているのだとか。

 ところが、村のいたずらっ子たちが祠に足を踏み入れ、ついうっかり、その封印を解いてしまった。


 復活したドミトリは村外れの教会に住み着き、「皆殺しにされたくなくば、3日以内に、ちょっとタレ目で背の低いゆるふわ系で清楚系な村娘をよこせ」と要求してきたらしい。やけにストライクゾーン狭いなこの吸血鬼。

 

 困り果てた村人は、急遽、街の冒険者ギルドに救いを求めた……という次第である。


「なら、私が行くとしましょうか」 


 誰よりも早く、フィオリアは名乗りをあげた。


「ちょっとタレ目で背の低いゆるふわ系で清楚系って、昔のアンネローゼじゃない。ああいうのが好きな男は、ボコボコにすると決めているのよ」


 


 ほぼ同時刻――

 村の少年、ヨックは左手にニンニクをぶらさげて森を歩いていた。右手には十字架。


「やらなきゃ。ぼくが、吸血鬼をやっつけなきゃ…………!」


 ヨックは、祠の封印を解いてしまった子供のひとり、ではない。

 やや気弱なところがあり、祠を見つけたはいいが、怖くて中に入ることができなかった。

 そのあいだに友人たちは祠の探検をはじめ――吸血鬼ドミトリを蘇らせてしまったのである。


 幸い、友人らは生きている。

 ドミトリは「ちょっとタレ目で背の低いゆるふわ系で清楚系」な女性の血しか吸わないらしく、ひとまず見逃してもらえたのだ。


「でも、このままじゃ、みんな殺される。……いいや、もしかしたら、姉ちゃんが生贄にされるかもしれない」


 ヨックには姉がいる。

 名前はヨーナ。

 ちょっとタレ目で背の低いゆるふわ系で清楚系な姉である。

 さっき、村の大人たちの話し合いを聞いてしまったのだ。

 ヨーナを差し出して命乞いをするとか、しないとか。


 そんなのは、嫌だ。

 絶対に、嫌だ。


 だったら、どうする。

 戦うしかない。

 

 前に、村を訪れた吟遊詩人が言っていた。

 吸血鬼には弱点が3つある。

 日光、十字架、ニンニク。


 全部揃えた。

 日が暮れてきたけど、太陽が出ていることには変わりない。

 十字架もニンニクも、家にあったものをくすねている。


 頑張ろう。

 怖いけど。

 すごく、すごく怖いけど。

 大好きなヨーナ姉ちゃんがいなくなるのだけは、耐えられない!


「おじゃましま……じゃない。出てこい、吸血鬼!」


 ヨックは廃教会の扉を開くと、十字架を突き出した。

 中は薄暗い。

 割れたステンドグラス越しに、赤い夕陽が差し込んでいる。


「ぼ、ぼ、ぼくがやっつけてやる! 観念しろ!」


 震え声をあげながら、一歩一歩、教会の奥へと進んでいく。


「ど、どこだ! 隠れていても無駄だぞ!」




「――いやいや、逃げも隠れもしないとも」




 男の声が、聞こえた。

 こちらを嘲笑うような、冗談めかしたトーンだった。 


「上だよ、上。よく見たまえ」


「……っ!」


 ヨック少年は息を呑んだ。

 教会の天井に、黒い人影が立っていた。

 たとえるならば木に止まった蝙蝠のよう。

 足は上に、頭は下に。

 まるで重力を無視したような構図で、天井に立っている。


「一人くらいは挑んでくると思っていたが、いやはや、まさか君のような子供とはね。世の中は面白いものだ」


 くつくつと傲慢な笑みを漏らすと、吸血鬼は天井を蹴った。

 空中でぐるりと身を翻し、音もなく着地する。

 黒いマントが、翼のように大きく翻った。


「私はドミトリ。500年前、きみたち人間を何千人も食らい尽くした吸血鬼だ。……さて、君はどうやって私を倒すつもりだい?」


「こ、こうだ!」


 ヨック少年は、十字架とニンニクを突き出した。


「お前の弱点は知ってるぞ! おとなしく退治されろ!」  


「う、ぁっ……!」 


 胸を押さえてよろめくドミトリ。

 ……ただ、その口元はわずかに笑み残している。


「そ、それは私の弱点、まさか知っていたとは……!」


「よ、よし!」


 ドミトリの反応に、ヨックは勝利を確信する。

 

「おまえなんか怖くないぞ! どうだ!」


 一歩、また一歩とドミトリに近づく。

 一歩、また一歩とドミトリは後退する。

 

 やがて壁際に追い込んだ。


「消えろ、吸血鬼め!」


 ヨック少年は、十字架とニンニクを投げつけた。

 それらはドミトリの身体に直撃し――何も、起こらない。


 ドミトリに対して、ダメージを与えた様子が、ない。


「えっ……?」


 地面に落ちた十字架を拾い上げ、もう一度、投げつける。

 だが、


「クククククククク、ハハハハハハハハハハハッ!」


 ドミトリは高らかな笑いをあげると、右手で、飛来する十字架を払いのけた。


「吸血鬼は、十字架とニンニクが嫌い? アハハハハハハッ! そんなものは迷信に決まっているだろう! それは500年前、私が流した大嘘だとも!」


「そん、な……っ」


「いやはや、人間というのは追い詰められると藁にもすがるからねえ。ほんのわずかな希望を糧に、勇気を振り絞って私に挑んでくる。それを踏み躙るのが、クハハハハハッ、私は好きで好きでたまらないんだよォ!」


「う、ぁ……――」


 ドミトリは左手で、ヨック少年の首を掴んで持ち上げる。


「私を殺しに来たのだから、殺される覚悟もあるだろう? なかったとしても安心したまえ。ゆっくりと嬲りながら殺すから、そのあいだに覚悟を決めるといい。ああ、私はなんて親切な吸血鬼なんだろうねえ!」


 その瞳は、煌々と、嗜虐的な赤色に輝いていた。

 無造作な動きで、ヨック少年を放り投げる。その小さな身体は、教会の床を何度かバウンドしてから、反対側の壁にぶち当たった。


「っ、く……ぁぁぁあああああああああっ!」


 絶望的な状況下。

 それでもヨック少年は諦めなかった。

 足元に落ちていた椅子を持ち上げると、それでドミトリへと殴りかかる。


「いやはや、たいした気概だ。実力が伴っていれば、少しは楽しめただろうねえ」


 嘆息とともに、ドミトリが左腕を振るう。

 その手刀によって、木のイスはバラバラに砕け散った。


「500年前の世界じゃ、私と対等に戦える相手なんかいなかった。封印されたのも油断のせいだしねえ。

 さて、現代はどうだろう? まあ、夜の魔王たるこの私を追いつめられる実力者なんて、この世にいるはずがないだろうけど、さ!」


 言い終わると同時、ドミトリは飛び掛かる。

 ヨック少年の手足を砕いて潰し、凄惨な激痛を与えてから殺すつもりだった。


 だが、その寸前――




「それなら試してみようかしら」



 

 一迅の風が吹いた。

 それは前触れ。

 コンマ数秒の間隔を置いて……嵐が、巻き起こる。

 

「なっ……!」


 ドミトリは我を忘れた。

 一瞬のことだった。

 吹き付ける豪風によって、廃教会は完全に崩壊していた。

 ドミトリとヨック少年の周囲だけが、まるで切り取られたように残っている。


 まだ夕日は沈んでいない。

 赤色の日差しが、ドミトリを照らす。


 吸血鬼にとって日光は致命傷になるものの、これまで多くの命を吸ってきた彼にとっては、さほどのダメージとならなかった。

 せいぜい、肌がチリチリと痛む程度である。


「私も退屈していたところなの。貴方は楽しませてくれるかしら、吸血鬼さん」


 声は、はるか天空から響いた。

 見上げればそこに、もうひとつ、太陽があった。


 その太陽は、丸くない。

 人間の形をしていた。


 黄金の髪を靡かせた、白いドレスの女性。


「ッッッッッッッッッッッ!」


 ドミトリの本能が、全身全霊で、警鐘を告げていた。

 逃げろ逃げろ早く逃げろ。

 アレは、アレだけは、近づいてはならない。

 闇という概念そのものへの天敵。

 ありとあらゆる邪悪を焼き尽くす、絶対の審判者――。


「っ、ぅぅぅぅ、ううううううううあああああああああああああああっ!」 


 魂の絶叫。

 ここまでの余裕はどこへやら、ドミトリは、逃げ出していた。

 走る、走る、走る。

 一歩でも、一歩でも、あの女から、遠くへ!


「……つまらないわね」


 他方、白ドレスの女性……フィオリアは呆れたように嘆息した。

 500年前にトリスタン王国を震撼させた吸血鬼というから、多少、期待していたのに。


「まあ、いいわ。素晴らしい男の子に出会えたもの」


 飛翔魔法の出力を調整し、ゆっくりと地上に降り立つ。

 地面に倒れているヨック少年に、声をかけた。


「ひとりでよく頑張ったわね」


「え、えっと……お、お姉さんは…………その」


 ヨック少年は混乱していた。

 無理もないだろう。

 いきなり廃教会が崩れたかと思うと、ドミトリは逃げ出し、空からはフィオリアが現れる。あまりに急展開すぎる。


「その、女神様、ですか……?」


「違うわ」


 首を横に振るフィオリア。


「私はフィオリア・ディ・フローレンス。ただのお節介な聖女よ」


 自分を「聖女」と呼ぶのは気恥ずかしいが、これも営業活動だ。

 黙って耐え忍ぶ。


「貴方のその勇気は、とてもとても大切なものよ。その気持ちを大人になっても忘れないでね」


 ぽんぽん、とヨック少年の頭を撫でるフィオリア。

 やわらかな表情で微笑みかけると、ヨック少年は赤面して俯いた。


「……さて」


 森の奥へ視線を向ける。


「子供ですらこんなに勇気があるのに、情けない吸血鬼ね。……お仕置きの時間と行きましょうか」





 


「うう、あああっ! うあああああああっ!」


 ドミトリは山々を疾走する。

 木々を薙ぎ倒しての、なりふり構わない逃亡。


 どれだけ逃げようとも、背後に、フィオリアの視線を感じてしまう。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない。


 恐怖に支配され、マトモな思考も働かない。

 

 すでに太陽は沈み、夜となっている。

 吸血鬼にとっては活動時間そのもの、しかもこの日は満月。

 ドミトリがもっとも力を発揮できる条件が揃っていた。


 にもかかわらず、勝てる気が、しない。


「失望したわ。せっかく貴方が全力を出せるように待ってあげたのに。――《雷帝の裁き(ジャッジメント)》」


 空が黒雲に包まれ、まばゆい雷光が落とされる。

 それはドミトリの両足に直撃し、膝から下を消し飛ばしていた。


「うわあああああああああっ! あああああっ! ああああああっ!」


 転倒し、傷口を押さえて転げまわるドミトリ。

 その姿を、フィオリアは……虫を見るような目つきで眺めていた。


「無様ね。どうしようもないくらい、無様」


「ひっ、ひいいっ! た、助けてくれっ! 見逃してくれっ! もう人は襲わない! 反省する! だから、命、命だけはっ!」


 全身を投げ出すようにして、フィオリアに頭を下げるドミトリ。

 そこにはもはや「夜の魔王」と名乗った時の風格は残っていない。


「なにかしら、それ」


 だが、冷たくフィオリアは斬り捨てる。


「貴方のその安い謝罪に、どれだけの価値があるのかしら。……それよりも、ほら、反撃はまだ? 一度くらいは無抵抗でいてあげる。使い魔はいないの? 霧やコウモリに変身しないの? というか両足の再生はまだかしら? せっかく夜になったのだから、もっと本気を出しなさい」


「う、う、う、うぁぁぁっ、うああああああああっ!」


 破れかぶれの叫びとともに、不完全ながら、ドミトリの両足が再構成される。

 フィオリアへと、飛び掛かった。

 

「それでいいのよ。……ご褒美に、塵ひとつ残さず天へと還してあげるわ」


 微笑むフィオリア。


「――《天駆の光翼(オラクル)》」


 それは、フィオリアが編み出した上位光魔法。

 物質化した光を翼として纏うもので、攻防一体の効果を発揮する。


 光翼がはためき、両側から、ドミトリを抱きしめるように、挟み込む。


「ぁぁ……あたた、かい…………!」


 その言葉を最後に、ドミトリという吸血鬼はこの地上より永遠に消滅した。


 

 吸血鬼退治を終えたフィオリアは、被害にあった村を訪れた。

 歓待を受けるついでに人々の病を癒し、新教が生まれることを告げて山を下りる。


 その直後、彼女の元へと急報が入る。


 

 

 ――教皇ハウル3世、諸国連合とともに挙兵。




 これだけなら、フィオリアの計画通りだ。


 しかし、ひとつ、予想外の事態が起こる。




 

 聖遺物、というものがある。

 それは神が地上に(もたら)した、かたちのある奇跡。


 たとえば《聖杯》。

 以前にカノッサ公爵がカケラを所有していたが、その持ち主は大天使を従え、思いのままに操れるという。


 あるいは《聖槍》。

 それを手にしたものは、世界の覇権を握るに等しい力を得るという。


 そして、《聖剣》。

 それを手にしたものは、不死の存在となり、神罰の力を自在に行使できるという。

 


 いずれも2000年前の戦いで黒き森のなかに失われたとされてるが、実在は疑わしいところ。

 だが……


「《聖剣》が、発見された?」


「詳細は不明ですが、先日、聖都ミレニアに運び込まれたようです。そして使い手に、ハウル3世を選んだ、と」


「ふうん」


 レクスの報告を受けて、フィオリアは口元を綻ばせた。



「――《聖剣》の力が伝承通りなら、面白いことになりそうね」







































「ところでお嬢様、ハウル3世についてもうひとつ報告が」


「何かしら?」


「《聖剣》を手にしたことでテンションが上がっているらしく、肩書きと名乗りを新たなものに変えたようです」


「教えてちょうだい」


「超教皇帝ハウル3000世、と」


「……かっこいいわね」


「どこがですか!?」



 

 



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