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第29話 ボルト市の奇跡

第2部のあらすじを目次に追加しています。宜しければご覧ください。

 5年前。

 気が付くとハインケルは、黒き森のそばに倒れていたらしい。

 覚えているのは、自分の名前だけ。

 他のことはまったく思い出せず、記憶喪失に陥っていた。


 近くの街で手当てを受け、そのまま冒険者に。

 記憶探しを兼ねて諸国放浪を始めたものの、決定的なヒントは見つからない。


 焦りを覚えながら、ここ、独立商業都市ボルトを訪れ……フィオリアに出会ったという。


「貴方は、俺の知り合いなのか? ……なら、これを見てくれ」


 ハインケルが懐から取り出したのは、金細工の懐中時計。

 外側は傷だらけである。

 中を開くと、時計の針は動いていない。

 壊れているようだ。

 蓋の裏面には、天秤(リブラ)を象った紋章が刻まれていた。


「懐かしいわね。それ、私が贈ったものよ」


 20年前、最後にハインケルと顔を合わせた時――

 フィオリアは餞別として金時計を渡していた。


「そうか、貴女が……」


 ハインケルは、なにやら感じ入ったように頷いた。


「よく、夢で見ていた。おぼろげな記憶の残滓だ。広い草原、金時計、そして太陽のようにまぶしい女性。……ひとつ教えてほしい。貴方は、俺の恋人だったのか?」

「はい?」


 フィオリアは「何を言い出すんだコイツ」という視線をハインケルに向けた。

 いちおう補足しておくが、ハインケルの外見は、上の上、という言葉では足りないほどに秀麗である。

 儚げな表情を浮かべてため息でもつけば、それだけで異性は誰もが見惚れるだろう。

 ましてや恋人だったのかと聞かれれば、たとえ違ったとしても、ついうっかり「はい」と答えてしまうに違いない。まさに、魔性の美貌。


 にもかかわらず、フィオリアは動じない。

 外見に惑わされない彼女だったからこそ、20年前、少年だったハインケルとも親しい仲になれたのだろう。


「今のは失言だった、許してくれ」

「びっくりするぐらいの世迷言だったわね」

「……すまない。貴女と話していると、何故かやけに落ち着くんだ。ずっと昔から一緒にいたような気分になる。それで、つい」

「だったら姉や妹の可能性もあるでしょう。恋人というのは飛躍しすぎよ。……ま、根本的なところは変わってないみたいで安心したわ。他人の心を弄ぶのは、貴方の得意分野だもの」

「待ってくれ。以前の俺は、何をやらかしたんだ」


 などと話すうち、2人は裏路地を抜ける。


「とりあえず、どこか店にでも入りましょう。昔のこと、話してあげるわ」


 フィオリアはそう提案する。

 当然ながらハインケルはこれに頷こうとして――


「回復魔法が使える奴はいないか! いたら城壁のところまで来てくれ!」


 冒険者らしき男の叫び声が、飛び込んできた。





 * *





 独立商業都市ボルトは城壁に囲まれている。

 フィオリアとハインケルが外に出ると、そこはさながら野戦病院のような状況を呈していた。


 野原に薄布が広げられ、そこに多くの負傷者が並べられている。司祭や魔導士と思しき者らが治療にあたっているようだが、成果ははかばかしくないようだ。


「ねえ、そこの貴方。いったい何があったの?」

「は、は、はいっ!?」


 軽傷そうな若い冒険者を捕まえ、状況を尋ねる。


「ええと、実は近くの森にコカトリスが出まして……」


 コカトリスは大型の魔物で、ニワトリの頭にドラゴンの翼、ヘビの尾を持っている。


 巨体に似合わぬ俊敏さと、巨体通りの膂力。

 振り下ろされる嘴は、鉄の塊すら砕くという。


 だがそれ以上に恐ろしいのは、吐息に混じる毒である。

 たとえ筋骨隆々の大男であっても、毒息を浴びれば1日もせずに命を落とす。さらには周囲の環境をも汚染し、3日で死の大地に変えてしまうのだ。


「しっかりしてください! しっかりしてください!」

「くそっ! なんて猛毒だ! 解毒しきれないぞ!」

「毒だけじゃねえ! 怪我も見てくれ! こいつ、血が止まらないんだ!」


 あちこちで悲鳴が上がる。

 コカトリスの毒は非常に強く、上位の水魔法でなければ解毒しきれない。

 治療にあたる司祭や魔導士たちは、残念ながら、そこまでの実力者ではなかった。使えるのは中位の水魔法どまり。毒の進行を遅らせるのが限界だった。


「誰か、王都まで助けを呼びに行ってくれ! 王都の大司祭様なら治せるはずだ!」

「間に合うわけねえだろ! ここから馬車で1日だぞ! 戻ってくるころにゃ死んでらぁ!」

「だからって、このままじゃどうせダメだろうが!」


 どうしようもない状況に追い込まれ、司祭も冒険者も 魔導士も、皆、苛立って声を荒げる。

 場はみるみる険悪となり、一触即発の空気が漂い始めた。



「――落ち着きなさい」



 そこに、凛とした声が響き渡る。


「誰かを救おうとする気持ちは大切なものよ。貴方たちは1人残らず、素晴らしい心を持っている。……なのに、諍いを起こしてしまうのはあまりに悲しいことだわ」


 フィオリアは柔らかな口調でそう告げながら、集まった人々を見回す。


「貴方たちの奮闘、決して無駄にしない。……あとは私に任せておきなさい」


 それは本来なら大言壮語もいいところだろう。

 だが彼女の言葉には不思議な説得力があった。

 ここにいる誰もが、「これでなんとかなる」と確信せずにいられなかった。


 フィオリアは深呼吸する。

 意識を集中させる。

 "癒さずの聖女”などと呼ばれたのは、昔のこと。

 いまの彼女に、不可能はない。


「《清浄たる治癒光(クリア・ヒールライト)》」


 降り注ぐのは、春のうららかな日差しにも似た光。

 黄金の粒子があたりに漂い、負傷者たちを包む。


 それはコカトリスの猛毒を、一瞬のうちに中和していた。さらには毒によって奪われた生命力を回復させ、彼らの傷を癒す。

 いつしか苦しみの呻きは消え、負傷者らは穏やかな寝息を立てはじめる。


 奇跡にも等しい所行――。


 治療にあたっていた人々は、それを言葉もなく眺めていた。

 黄金の光に照らされたフィオリアの姿は、さながら、女神のよう。

 あまりの神々しさに感動し、涙を流す者もいた。

 それ以外の者であっても、多かれ少なかれ、瞳に崇拝の色を宿している。


「いいえ、違うわ」


 だが、フィオリアは首を振った。


「幸い死傷者は出ていないけど、それは、貴方たちが頑張ったからよ」


 治療にあたった者らへ、ひとりひとり、視線を向ける。

 よくやったわね、と労うように微笑みかけた。


「皆が必死に手当てをしてくれたから、私はなんとか間に合った。……誇りなさい。この奇跡は、貴方たちが引き寄せたものよ」


 それからフィオリアは、飛行魔法を発動させた。

 一帯の地図は頭に入っている。

 最も近くの森へ向かう。


「……ひどいありさまね」


 コカトリスは、冒険者ギルドにおいて危険度SS……準最上位に指定されていた。

 凶暴性もさることながら、猛毒による汚染が問題となる。この森は、もはや手遅れだろう。すでに土壌は毒の沼地と化し、木々はその中に沈みつつある。


「ケーッ! ケッ! ケッ!」


 コカトリスの鳴き声。

 妙にカン高く、鼓膜を不快に震わせる。


 フィオリアは嘆息した。


「見るに堪えない、聞くに堪えない。――塵一つ残さず、消滅なさい」


 本来、コカトリスの討伐は非常に難しいものとなる。

 毒の危険性ゆえ、近接戦闘はまず不可能。

 数を揃え、遠距離から魔法でメッタ撃ちにするしかない。


 だがコカトリスは非常に目が良く、カンが冴えている。

 魔法攻撃が始まるより先に襲い掛かってくることも多く、命がけのクエストとなる……が、


 彼女において、常識は通用しない。

 人の形をした理不尽。

 それがフィオリア・ディ・フローレンスである。


 ――《神罰の杖》。


 全力で放たれたそれは、コカトリスのみならず、毒沼と貸した森を消滅させた。




 * *




 翌日、ボルト市の冒険者ギルドに、痩せぎすの中年男が怒鳴り込んできた。


「あ、あの森は! わたしの領地であるぞっ! そ、それを、問答無用で焼き払うなど、ど、ど、どうなっている!」


 この男の名は、サイン伯爵。

 トリスタン貴族の一人で、がめついことで有名だった。

 コカトリスの出現した森は、ちょうど、彼の領地の端っこに位置していた。


「ば、ば、賠償金だ! 賠償金! いますぐここで払ってもらおうか! ギルドマスターを呼べぇ!」


 サイン伯爵の剣幕に、ギルドの受付嬢はすっかり怯えていた。

 ぺたんと床にへたり込み、震えている。


 ……その姿に、サイン伯爵は嗜虐心を刺激されたらしい。


「ク、ククッ、よく見ればおまえ、可愛い顔をしてるじゃないかぁ。わたしの屋敷で働くというなら、まあ、賠償金を多少は加減してやらんでもないが……」


「下衆なのは20年前と同じなのね、サイン伯爵」


「げ、げ、下衆だとっ! 冒険者の分際でこのわたしに……て、な、ぁっ…………!」


 ギルドの受付。

 その奥から、黄金色の少女が姿を表した。


「いまちょうど、ギルドマスターと話をしていたところなの。森を燃やしたのは、冒険者ギルドと無関係よ。このフィオリア・ディ・フローレンスが独断でやったこと。文句があるなら、フローレンス公爵家に言ってちょうだい」


 ギルドのカウンター越しに、サイン伯爵を睨み付ける。


「ぐ、ぅ……っ!」

「何なら、宮廷に訴え出てくれてもいいわよ。裁判で白黒つけましょうか」

「……くっ、お、覚えていろ!」


 いかにも三流なセリフを吐き、逃げ出してゆくサイン伯爵。

 彼自身も理解しているのだ。

 コカトリスに汚染された地域は、もはや、徹底的に焼き尽くすしかない。

 フィオリアにまったく非はなく、裁判を起こしてもこちらが負けるだけだ、と。

 冒険者ギルドに怒鳴り込んだのは、()()()を期待してのことであった。


「大丈夫だった?」

「は、はい……」


 座り込んでいた受付嬢に手を差し伸べる。

 フィオリアが微笑みかけると、受付嬢は顔を赤くして俯いた。


「それにしても、サイン伯爵、まったく懲りていないのね。……20年前の反省はどこにいったのかしら」


 かつてサイン伯爵は宮廷で働くメイドに手を出そうとして、フィオリアからコテンパンにされている。


「改善の余地がないなら、もはや領主にしておく必要はないわね。どうせ叩けば埃が出てくるでしょうし、サイン伯爵家には代替わりをしてもらおうかしら」


 フィオリアは頭の中で今後の予定を組み立ててゆく。

 サイン伯爵についてはレクスに調査させるとして、その間、自分はハインケルに会うとしよう。

 昨日はなんだかんだで、昔の話ができなかったから。






 それから一週間が過ぎたころ、フィオリアのもとにモナド教会からひとつの知らせが届く。


 曰く、


「ボルト市での功績を認め、汝を再び聖女に任ずる。至急、聖都ミレニアに出頭されたし」


 とのことだった。




 それに対するフィオリアの見解は、このようなものである。


「おおかた、聖女への復帰はただの名目ね。

 私を呼び戻して、脅迫状の犯人探しでもさせるつもりかしら」


 W・Hを名乗る者から、モナド教会の上層部にいる5人へ脅迫状が届いたのは記憶に新しい。

 今のところ死人は出ていないようだが、彼らの恐怖心は日に日に高まっているはずだ。

 そこで聖女の再認定をエサとして、フィオリアに助けてもらおうとしているのだろう。

 

「さて、どうしましょう」


 フィオリアは考える。

 別に断ってもかまわないが、久しぶりに聖都観光というのも悪くない。

 現教皇やいまのモナド教上層部の器を見定めておきたい気持ちもある。

 

 それに――


「せっかくだから、ハインケルも連れて行きましょうか。彼にとっては故郷だもの。記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないわ」



邪神くん「このあとどうなると思う?」

魔王くん「フィオリアが状況を引っ掻き回して、5人が5人ともひどいめに遭う、だな。魂を賭けてもいい」

邪神くん「大きく出たな」

魔王くん「ただし賭けるのは邪神の魂だ」

邪神くん「!?」

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