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第1話 目覚めて、前世を思い出す



 フィオリア・ディ・フローレンスは自分の運命というものを徹底的に信じている。

 たかだか致死量の毒ごときで死ぬとは思っていなかったし、実際、その通りだった。

 昏睡状態に陥ってから20年後。

 すこしだけ風の強い春先の朝。


 何の前触れもなく、彼女は目を覚ました。







 * *






 フィオリアはとても寝起きがいい。

 本人はときどき「朝はいつも低血圧に悩まされているの」と思い出したかのように病弱系令嬢アピールを始めたりもするが、当然ながら大嘘である。

 すっきりさわやか、起きた時から100%。

 わりと血圧の高い人生だった。


 久しぶりの目覚めでもそこは変わらず、ふみゅふみゅと可愛らしくまどろむこともなく、パッと勢いよく跳ね起きた。

 跳ね起きて――フィオリアを覗き込んでいた何者かに、勢いよくぶつかった。


「~~~~~~っ!」


 フィオリアは石頭なので平気だったが、相手にしてみれば大打撃だったらしい。

 額を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。

 執事服の青年だ。

 白磁の肌に、引き締まった細身。

 玲瓏(れいろう)な顔立ちも相まって、その姿は一個の芸術品のように美しい。

 ……思いっきり頭突きをかましたけれど、大丈夫かしら。割れたりしないわよね?


「ごめんなさい、怪我はない?」


「問題、ありま、せん」


 口ではそう言うものの、とんでもなく痛そうだ。

 それでも必死に耐えていて、そういう強がりはフィオリアにとって好ましいものだった。

 青年に微笑みかけて、問う。


「貴方、見かけない顔ね。新しく入った使用人かしら?」


 フローレンス公爵家に仕える人間は、基本的にみんな記憶している。

 それは上に立つものとして当然のこと……というのがフィオリアの信念だ。


「……」


 青年は何も答えない。

 無言のまま、ぼうっと立ち尽くしている。

 さっきの頭突きがよくなかったのだろうか?


「失礼いたしました。つい、見惚れてしまいまして」


「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」


「お世辞ではありません。……お嬢様、やはり、俺のことは覚えていませんか」


「ごめんなさい、少し待ってくれる? すぐに思い出すから」


 フィオリアは記憶を探る。

 この青年はいったい誰だろう。

 以前に会っているなら、絶対に覚えているはずなのに。


「俺はレクスです。レクスフォール・メディアス。20年前、お嬢様に拾っていただいた孤児です」


「……20年?」


 さすがのフィオリアも、これには少し驚いた。


「私、そんなに眠っていたの?」


「とても美しい寝姿でした。油絵に残してありますが、ご覧になりますか」


「物好きね。私なんかを描いてもつまらないでしょうに」


 と答えつつ、フィオリアは記憶をさかのぼる。

 彼女の知るレクスは6歳の少年で、スラムの貧しい孤児だった。

 とはいえフィオリアは生まれや育ちで他人を蔑むようなことはないし、とくにレクスの場合は頭の回転が速く、鋭い観察眼を持っていた。

 その長所を見込み、自分の付き人としてフローレンス家に雇い入れたのだ。


「昔はもっと頼りない感じだったけど、ずいぶん立派になったのね」


「この20年、お嬢様がいつ目覚めてもいいように準備してきました。身体を鍛え、魔法を学び、毒にも詳しくなりました。……世界中の何からも誰からも、絶対に俺が守ってみせます。頼りにしてください」


 もしものときはよろしくね、と答え――ふと、気付いた。

 自分が毒に倒れてから20年が過ぎた。

 はてさて、私はいま何歳だろう。


「レクス、鏡を持ってきてくれる?」


 17+20=37

 残酷な現実。

 眠っているあいだに10代も20代も過ぎ去り、30代も折り返し地点。

 きっと外見は大きく変わっていることだろう。

 シワだらけになってたらどうしよう、などと考えつつ、レクスの差し出した鏡を受け取る。


「んん?」


 おかしい。

 眉を寄せる。

 鏡の中の自分も、眉を寄せた。

 みずみずしい白磁の肌。

 翡翠の瞳に、太陽から祝福されたかのような黄金色の髪。


 鏡に映っていたのは、かつてのままの自分だった。


「……どういうこと?」






 * *






 不思議なことに、フィオリアはまったく歳をとっていなかった。

 医者や薬師にも調べさせてみたが、理由はいまだ不明だという。


「ま、いいわ。別に悪いことじゃないし」


 意識を失う直前、毒素を中和しようと頑張っていたが、それが何かしらの効果を発揮したのだろう。たぶん。


「それよりもアンネローゼよ、アンネローゼ。きっちり借りは返させてもらうわ。あの子、やっぱりオズワルドと結婚したの?」


「お嬢様が倒れた後、アンネローゼはどこかへ雲隠れしています。どうやら他国のスパイだったようです」


「他国のスパイ! ヒロインが!?」


 いやまあゲーム通りの主人公補正ならハニトラ要員としては最高だろうけど……と呟いたところで、フィオリアは首をかしげた。

 ヒロイン? 主人公補正? ハニトラ?

 なにそれ。

 自分の頭から出てきた言葉なのに、まったく意味が分からない。


「オズワルド様はかなりの機密情報を漏らしていたらしく、時計塔へ幽閉処分となりました。いちおう、生きてはいるようですが……」


「時計塔に幽閉って、ゲームでも似たような展開があったわね。バッドエンディングだったけど……んん?」


 違和感。

 これで2度目だ。

 私は何を言っているんだろう。

 ゲーム? バッドエンディング?

 まったくもって意味不明――――じゃ、ない。


 記憶がはじけた。







 フィオリアは思い出す。

 どうやら自分には前世というものがあったようだ、と。

 日本という国に生まれた女性で、三十代半ばで命を落としている。


 とある総合商社の経理課で、ずさんな領収書と戦う毎日。

 会社のお金で遊ぼうとするバブル世代の中年たちを容赦なく叱り飛ばし、「経理の女王様」と呼ばれる始末。

 なんだか今世とあんまり変わらない性格だが、身体はさほど頑丈じゃなかった。

 毎日のように夜遅くまで働き、フラフラになったところで交通事故。

 暴走トラックに跳ねられての即死だった。……私も馬車には気を付けよう。たまによく暴走するし。


 そうして前世を振り返って、気付いたことがひとつ。


(この世界って、私の好きなゲームにすっごく似てない?)


 会社では女王だなんだと恐れられ、恋愛とはまったく縁のなかった前世の自分。

 おかげで心はいつも低血糖、甘いラブストーリーに酔いしれたい。

 そんな自分にとって、乙女ゲームは人生の糖分補給だった。


 休日はひたすらゲーム三昧。

 たくさんの作品をプレイしてきたが、その中に『深き眠りのアムネジア』という作品がある。


 時代は中世よりもちょっと先、大航海時代っぽいファンタジー世界。

 平民育ちの主人公アンネローゼが貴族学校へと編入させられ、そこで高貴な身分の青年たちと恋に落ちる。

 いわゆる王道のシンデレラストーリーだ。


 フィオリア・ディ・フローレンスは、このゲームの登場人物。

 第一王子オズワルドの婚約者で、彼を攻略対象に選ぶとライバルキャラとして立ちはだかる。

 とはいえ陰湿なイジメを行うわけではなく、アンネローゼがどんな人間かを知るため、正々堂々、真正面に立ちはだかる。

 グッドエンディングではアンネローゼを認めて身を引き、オズワルドとの仲を祝福してくれるのだ。


 フィオリアの振る舞いはどこまでも凛々しく、ユーザーからは「誰よりもイケメン」と好評だった(女性キャラなのに)。

 人気投票では、攻略対象たちを置き去りにしてぶっちぎりのトップ(乙女ゲームなのに)。


 まあ、強烈なアンチもいるにはいたが、それは人気キャラの常だろう。

 前世の自分はさほどフィオリアには入れ込んでおらず、ある程度の距離を置いたまま「自分に似てるかも」と共感していたようだ。

 実際、性格はかなり近いのだろう。

 おかげで前世と今世、2つの人格はさほどの混乱もなく統合されていた。


(けど、完全にゲームと同じってわけではなそうね)


 細かい点を挙げればキリがないが、大きなものとしては、アンネローゼの性格。

 純朴なヒロインからはほど遠く、男を惑わす狡猾な女スパイだった。

 フィオリアとしては原作のいい子ちゃんアンネローゼより、こっちのほうが好みだったりする。かっこいいし。……毒殺の借りは必ず返すけど。


(それにしても、今更じゃない?)


 前世の自分は、乙女ゲームのほかにも、ウェブ小説を(たしな)んでいた。

 その中にはライバルキャラに転生するような話もあったが、多くの場合、幼少期に記憶を取り戻していた。

 ゲーム知識を使って未来を変えるが王道パターン。

 だが、フィオリアの場合はどうだろう?

 なにせ今は本編の20年後だ。

 ゲームに当てはめるなら、エンディングどころかスタッフロールもエピローグも通り過ぎている。


 はてさて、前世の知識をどう役立てればいいのやら。

 ゲーム本編を思い出しつつ、攻略対象の逆ハー?

 いやいや、彼らもとっくに結婚してるはずだ。

 むしろ子供だっているかもしれない。

 ドロドロ展開はノーサンキュー。


 だったら現代知識で内政チート?

 不可能だ。

 20年前、自力で全部やりとげている。


(でも、知識は荷物にならない。かならず使いどころがあるはず)


『深き眠りのアムネジア』の攻略対象たちは、それぞれ実家に大きな問題を抱えていた。

 どれも一筋縄ではいかない厄介事ばかりだったが、それらはどうなったのだろう?

 もし未解決のままであれば、手を貸すのも悪くない。

 ……フィオリアは傲岸不遜で唯我独尊だが、根っこはかなりの世話焼きなのだ。ただし敵には容赦しない。


「そういえば、アンネローゼの実家……イソルテ男爵家はどうなったの? やっぱり取り潰しかしら?」


「驚かずに聞いていただきたいのですが」


「あっ、これ絶対ろくでもない結果だわ」


「他国の支援を受けて、イソルテ王国として独立しました。現在、我が国……というか、我が家と交戦状態にあります」




























「……イソルテ家には少し痛い目を見てもらった方がよさそうね」


 フィオリアは静かに笑みを浮かべた。












まずはアンネローゼの実家がざまぁされます




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