第22話 決戦の舞踏会
宮殿のパーティ会場には、すでに多くのレガリア貴族が集まっていた。
クーデターが鎮圧されたことも喜ばしいが、彼らの関心はもっと別のところにある。
フィオリア・ディ・フローレンス。
トリスタン王国の筆頭貴族……フローレンス公爵家の娘にして、“暴風の女帝”の異名を持つ令嬢。
彼女が20年前に行った領地改革は、あちこちの政治学者によって分析され、レガリア帝国にも伝わっている。
グランフォード商会やフランツ銀行の設立者でもあり、その資産は中規模国家に匹敵するほど。
……赤字財政がほとんどのレガリア貴族にとっては、ここで取り入っておきたい相手だった。
「それじゃあ行きましょうか、ティアラ」
「……は、はい。姉様」
「緊張しているの?」
「ごめんなさい……」
「気にしなくていいわ。一度は追放された国だものね。……けれど、ティアラ。よく考えなさい。私をエスコートする名誉に比べれば、有象無象の視線なんて塵屑みたいなものでしょう?」
「も、もちろんです! すぅ、はぁ……よし、いけます!」
「よろしく頼むわね。ティアラ」
今回のパーティは、レガリア皇家が主催である。
格式としては最上位であり、女性であれば男性のエスコートが必要となる。
フィオリアに対しては多くのレガリア貴族から誘いがあったものの、彼女はすべて断っていた。
ならば誰にエスコートを任せたかと言えば、義妹のティアラである。
正体が分からないよう、きっちりと男装させた。
設定としては「フローレンス公爵家の養子となった青年」。
その容貌は、すれ違う女性をことごとく魅了するほど美しいものであった。
――白銀の貴公子と、黄金の令嬢。
2人の姿は、そのような代名詞でもって長く語り継がれることになる。
ティアラとフィオリアの登場によって、パーティの雰囲気は一変した。
まずは沈黙。
会場の人間は、男女の別なく、この2人に見惚れていた。言葉を失うほどに。
とあるレガリア貴族などは「月と太陽が降りてきたかのようなまばゆさだった」と手記に残している。
「……つまらないわね」
フィオリアは小さく呟いた。
パーティの参加者たちは、遠巻きにこちらを眺めるばかり。
誰も話しかけてこない。
視線を向ければ逸らされる。
貴方たち、ちょっと怯えすぎじゃない? レガリア貴族が聞いて飽きれるわ。
仕方がないので、自分から動くことにした。
貴族たちの顔と名前は、事前にレクスに調べさせている。すでに記憶済みだ。
最初に声を掛けた相手は、バレン公爵。
白いヒゲを豊かに蓄えた老人だ。
彼はこの国で2番目に広い領地を持つ公爵家の当主で、レガリア貴族には珍しく、領地経営に成功していた。
お互いに挨拶を済ませ、さあ雑談でも……といったところで、バレン公爵はゴソゴソと本を取り出した。
小説である。
このまえ発売されたもので、フィオリアそっくりの女性が活躍するシリーズの最新刊だ。
「儂はこのシリーズのファンでしてな。よろしければ、サインをいただけませんか」
「……私のものでよければ、いくらでも」
フィオリアは僅かに面食らいつつ、バレン公爵への評価をやや上方へ修正した。私を驚かせるなんて、やるじゃない。内政もうまく行ってるみたいだし滅ぼすのは最後に……というか残しておいてもいいわね。
サインのあとは、ちょっとした雑談。
どうやらバレン公爵は、フィオリアのやりかたを自分なりに取り入れて領地経営を行っているらしい。
なかなかに興味深い内容であり、フィオリアとしてはじっくり話を聞いてみたいところだったが、その時……
再び、会場が静まり返った。
しかし今度は、どこか白けた雰囲気である。
パーティ会場の奥。
2階につながる皇族専用の出入り口から、一組の男女が姿を現した。
ダルク皇子とアンネローゼである。
アンネローゼの悪行のうち、いくつかはすでに知れ渡っている。
ダルク皇子の婚約者でありながら、複数の若い貴族や騎士とただならぬ仲であったこと。
船が沈没した際、ダルク皇子を押しのけて救命ボートに乗り込んだこと。
また、アンネローゼは己の立場を危ぶんでか、このところずっとダルク皇子に付き纏い、言い訳を続けていたらしい。
「これからは心を入れ替えてあなた一筋になります」「どうか見捨てないで」「私にそのつもりはなかったのだけど、向こうが強引に……」などなど。
ダルク皇子とアンネローゼは、腕を組んだまま、ゆっくりと階段を下りてくる。
アンネローゼの表情はやけに明るく、勝ち誇ったかのよう。
もしやダルク皇子は、彼女の謝罪を受け入れたのだろうか?
――会場の誰もが困惑するなか、それは起こった。
「アンネローゼ! 貴様との婚約を破棄させてもらう!」
突如として声を荒げるダルク皇子。
ひどく乱暴に、アンネローゼの腕を払いのけた。
「えっ…………?」
驚愕のあまり、呆気に取られるアンネローゼ。
彼女の肩に、ダルク皇子の手が伸びた。掴む。
そして、突き飛ばした。
赤色の絨毯が敷かれているとはいえ、長い階段である。
転がり落ちるアンネローゼ。
頭を打ち、腕を打ち、足を打ち――やがて床に激突した。
「貴様は以前、オレを騙してくれたな! ティアラに階段から突き落とされたと嘘をついて……その報いだ、思い知れ! ははははははははははははははははっ!」
高笑いをあげるダルク皇子。
そのまま悠々と階段を下り、倒れているアンネローゼの髪を踏みつけ、フィオリアの前に向かう。
「フィオリア嬢、貴女は予想外の出来事が好きなのだろう? 驚いてくれただろうか。これは、オレからのプレゼントだ」
「……ふうん」
フィオリアはダルク皇子の話など半分も聞いていない。
それよりもティアラのことが心配だった。
なにせ彼女は、かつてダルク皇子によって階段から突き落とされている。それが心の傷になっている。
「ぁ、ぁぁっ……!」
ティアラは、呆然と震えていた。
今にも倒れそうなほど。動揺している。
「オレは真実の愛を見つけた。貴女のことを愛している」
目の前では、ダルク皇子がなにやら雑音を発していた。
耳障りだ。
とてもとても、耳障りだ。
「フィオリア嬢、どうかオレと結婚して――「黙りなさい、下衆」……っ!?」
パアン。
破裂音が響いた。
フィオリアが、平手で、ダルク皇子の頬を打ったのである。
ただの平手打ちではない。
なにせフィオリアの腕力は、並の男をはるかに凌駕する。
「あ……がっ…………!」
床に叩き伏せられるダルク皇子。
一撃で脳震盪に陥り、意識を失っていた。
だがフィオリアにしてみれば、もはや彼のことなど眼中にない。
「大丈夫、ティアラ?」
「すみません、姉様……」
ティアラを近くの椅子に座らせると、その背中を撫でる。
いくらか落ち着きを取り戻したようだが、早く休ませるべきだろう。
「先に部屋へ戻る?」
「いいえ、見届けます。……アンネローゼは、わたしにとっても、許せない相手ですから」
まだ顔色は悪いが、その瞳は強い意志に染まっていた。
ならば余計なお節介は不要だろう。
フィオリアは、アンネローゼのもとへと歩み寄る。
「久しぶりね。私のことを覚えているかしら」
「フィオリア……っ! 許さない! 絶対に、許さない……!」
全身に憎悪を滾らせながら、よろよろとアンネローゼが立ち上がる。
打ち所が悪かったのか、額からは血が流れている。
「私、貴女に恨まれるようなこと、したかしら」
「いつもいつも、人の邪魔をして……! あと少しで、あたしの思い通りに、なったのに。王子様と結婚して、他にもたくさんの相手から愛されて、求められて……幸せに、なれたのに!」
「また随分と偏った幸福ね、それ」
要するに逆ハーレムとやらを作りたかったのだろうか。
乙女ゲームならともかく現実には無理でしょそれ……と突っ込みかけて、思いとどまる。
そういえばここ、乙女ゲームの世界だったわね。
「というか、今回はほとんど貴女の自爆じゃない。私、大して何もしてないわよ」
アンネローゼの不貞ぶりが明らかになったのは、愛人の青年貴族らが船で反乱を起こしたためだ。フィオリアはまったくの無関係である。
「そもそも20年前だって、私、何かした?」
フィオリアとしては不思議なのだ。
自分はアンネローゼとまったく接点を持っていなかった。
初対面のその日に毒を盛られ、昏睡状態に陥っている。……なのにどうして憎まれているのやら。
「アンタのせいで、ジェイクはあたしに靡かなかった!」
「ジェイクってオルレシア家の?」
「そうよ! 攻略対象のくせに、なんで最初から踏み台とくっついてるのよ! 全員まとめて攻略するつもりだったのに!」
ジェイク・ディ・オルレシアといえば、フィオリアの同級生である。
第4騎士団団長のカティヤと結婚して幸せな家庭を築いているが、もともと2人の仲を取り持ったのはフィオリアだ。
ちなみにジェイクは『深き眠りのアムネジア』で攻略対象となっている。
……フィオリアは、本編が始まる前からジェイクのルートを潰した、と言えなくもない。
「意味わかんない! あたしはこの世界のヒロインでしょ!? なんでアンタみたいな脇役が大きな顔をしてるのよ!」
「……ふうん」
フィオリアは目を細める。
今の短い会話を通して、アンネローゼの正体を看破していた。
おそらくは、自分と同じ転生者。
ごく早い段階から前世の記憶を取り戻していたのだろう。
どうやら本気で逆ハーレムを目指していたようだが、脳内お花畑としか言いようがない。
短期的にはうまくいっても、その後はどうするのやら。
ドロドロの愛憎劇は間違いないし、実際、そのせいでアンネローゼは窮地に立たされている。
「そもそもゲームの時から気にくわなかったのよ! アンタのせいで何度バッドエンディングに行ったと思ってるの!?」
「私に言われても、困るのだけれど」
そういえば『深き眠りのアムネジア』のオズワルドルートは、やたらと難易度が高いことで有名だった。
ハッピーエンドではみずから婚約者の座を降りるフィオリアだが、そこに至るまでに何度となくアンネローゼに試練を課してくる。
礼儀作法、ダンス、教養……などなど。
ゲームでのフィオリアは初期のころからアンネローゼを認めており、次期王妃として相応しい人間に育てようとしている……のだが、どうやら目の前の転生者はテキストをろくに読んでいなかったらしい。
「なんでアンタみたいなのが人気キャラなのよ! 婚約者を取られたくなくって意地悪してただけじゃない! ああもう、ムカつく! イラつく!」
髪を振り乱し、己のドレスを引き千切らんばかりに指を立て、ヒステリックに声を荒げるアンネローゼ。
フィオリアとしては「ゲームと現実は区別してちょうだい」以外にコメントはない。
だってそれ、ただの八つ当たりでしょう?
ゲームでの不満をリアルの私にぶつけられても、その、困るのだけれど。
「せっかく生まれ変わったのに、どうして前世と同じなの!? 他人のオトコを奪って何が悪いの? 取られる女が悪いんでしょ? 男を侍らせて何が悪いの? あたし程度に引っかかる男がバカなだけでしょ? なのにアイツら、あたしを逆恨みして……っ!」
ギリ、と歯噛みするアンネローゼ。
その右手は、己の脇腹を強く押さえている。
……もしかすると前世の死因に何かしら関わっているのかもしれない。
「あたしは悪くない! 神様もそう思ってるから、アンネローゼに転生させてくれたのよ! なのに邪魔ばっかり……っ! ――死ね! 死んでしまえ! 噛ませ犬のくせに! アンタだけじゃない、ダルクも、シルベリアのジジイも、ここにいる連中も、みんな! みんな! 死んでしまえばいい!」
傲慢と憤怒が、はじけた。
鬼の如き形相を浮かべるアンネローゼ。
髪は逆立ち、額からはとめどなく血が溢れる。
その姿は、凄惨、の一言に尽きた。
会場の貴族たちは圧倒され、怯え、震えていた。
例外は、ただひとり。
「だったら、さっさと殺してみなさいな」
――“暴風の女帝”。
――“聖女ならぬ聖女”。
――“破壊と慈悲を司る、黄金の女神”。
フィオリア・ディ・フローレンス。
その左手には、リンゴが握られている。
近くのテーブルに置いてあったものだ。
「どうしたの、アンネローゼ?
貴女はこの世界のヒロインなのでしょう?
神様に愛されているのでしょう?
だったら、好き放題にすればいいじゃない。
……威勢がいいのは口だけかしら」
赤々とおいしそうに熟れた林檎を、高く、掲げてみせる。
――そして、片手でいとも簡単に握りつぶした。
ぐしゃり、ぽろぽろ
リンゴはバラバラになって落ちる。
「これが5分後の貴女よ、アンネローゼ」
「うるさい! あたしを見下すな!」
アンネローゼを包むように、黒いモヤが立ち込める。
それは闇の魔力。空間そのものを蝕むように、刻一刻と密度を高めていく。
まだ魔法という形を成していないが、暗黒の粒子はただそれだけで正気を蝕む。
人々はそれを直視できずに目を伏せる……が、しかし、フィオリアは悠然と微笑む。
「まずは小手調べと行きましょうか。――《雷帝の裁き》」
それは光属性の上位魔法。
《神罰の杖》には及ばないが、人間ところか古龍の1匹や2匹程度を消し飛ばすのは容易なことである。
天が黒雲に包まれ、宮殿の屋根をぶち抜いて、裁きの雷がアンネローゼへと迫る。
だが、稲妻はモヤに触れるやいなや、吸い込まれるようにして消えてしまう。
アンネローゼは無傷のまま。
「あはははははははははっ! 効かない! 効かないんだから! だってあたしはヒロインだもの!」
「なら、次はどうかしら。――《断罪の光天使》」
光の魔力が収束し、まるで天使のような形をとる。
カノッサ公爵の反乱における、大天使の降臨。
あれをフィオリアなりにアレンジした魔法である。
光天使は超音波じみた雄叫びとともにアンネローゼへと向かい……やはり、消滅した。
「ふうん。案外と頑張るのね。なら、そろそろ本気を――」
「そうやって他人を舐めてるのが、アンタの弱点なのよ」
吐き捨てるように呟くアンネローゼ。
「20年前と同じ、油断で足元を掬われる。消えろ、消えろ、消えてしまえ……《邪神の審判》!」
叫びとともに大地が揺れた。
地響きとともに莫大な熱量が、フィオリアの足元から迫る。
それは闇の最上位魔法。
光魔法の《神罰の杖》に匹敵する、終焉にして必滅の一撃。
黒色の奔流が、フィオリアを塗り潰した。
大地を割り、宮殿のドーム屋根を消し飛ばし、その勢いのままに空を貫く。
《神罰の杖》を地に落ちる裁きの光とするならば、《邪神の審判》は天を穿つ逆襲の咆哮。
「主役に勝てるわけがないでしょう! あははははっ! ははははははははははっ! いい気味! いい気味!」
己の勝利を誇るように笑い声をあげるアンネローゼ。
あたりにはまだうっすらと黒いモヤが立ち込めている。
「そんな……」
バレン公爵は震えていた。
その手から、本が転がり落ちる。
先程、フィオリアからサインを貰った小説である。
「……大丈夫ですよ、姉様は負けません」
義妹のティアラは、まだ少し顔色が悪いものの、きっぱりと言ってのけた。
足元に落ちた本を拾い上げ、バレン公爵に手渡す。
「だって、姉様なんですから」
それはまったく理屈になっていない理屈だろう。
盲目的な信頼?
否、ティアラの抱く感情は、その程度の生易しいものではない。
……黒き森に捨てられたあの日。
姉様に出会っていなければ、わたしは死んでいました。
いえ、死んだんです。
姉様に出会って、生まれ変わったんです。
いくじなしのティアラ・シルベリアから、諦めを知らないティアラ・ディ・フローレンスに。
わたしは確信しています。
姉様は負けない。
もし負けたとしても、次はわたしがアンネローゼに立ち塞がればいいだけのこと。
どんな絶望であっても、諦めなければ道は拓けるはずですから。
ティアラは両手を組み、祈る。
神に、ではない。
彼女にとって神に等しい存在――フィオリアへと、祈りを捧げる。
その静謐な姿は、さながら神託の巫女のように穢し難いものだった。
本気の想いというものは、熱とともに伝播する。
「フィオリア嬢……」
バレン公爵も、両手を組んだ。目を閉じて、祈る。
彼だけではない。
他の貴族たちも、ほとんど無意識のうちに祈りを捧げていた。
そして。
「――――――――ええ、まだよ」
黄金色の烈風が吹き荒れる。
闇が払われ、光が満ちた。
フィオリアは健在だった。
傷ひとつない。
悠然と髪をかきあげる。
「あと2分よ、アンネローゼ。余興はこれでお終いかしら」
「っ! 馬鹿にするなぁっ! ――《邪神の審判》! 《邪神の審判》! 《邪神の審判》ァ!」
ほとんど悲鳴に近い声とともに、必滅の闇魔法が放たれる。
何度も、何度も。
何度も、何度も。何度も、何度も。
何度も、何度も。何度も、何度も。何度も、何度も。
その総数は10どころか20、30、40……100に達していたかもしれない。
だが、どれひとつとしてフィオリアを穢すことはできなかった。
その全身を包む黄金光に弾かれ、あえなく雲散霧消する。
「あと1分。せめてもの慈悲よ。……死刑と処刑、好きな方を選ばせてあげるわ」
「どっちにしろ殺すくせに!」
アンネローゼはさらに《邪神の審判》を連発するが、徐々にその威力は薄れつつあった。
もはや魔力は枯渇寸前であり……変化は、他のところにも表れた。
「っ! うぅ……っ、ぅぅぅ、ぁぁぁぁっ……!」
咳き込むアンネローゼ。
その外見が、急激に老い始める。
つややかだった肌は、徐々にハリと潤いを失っていく。
額にも頬にも深いシワが刻まれ、眼だけが煌々と危うい光を放っている。
全身も瘦せ衰え、さながら老婆のような外見に変わっていた。
「……貴女が作った不老不死の薬だけど、調べさせてもらったわ」
どこか憐れむような調子でフィオリアは告げる。
「あの薬はまだ未完成品みたいね。飲むことで魔力を若さに変換するけれど、そのぶん、反動も大きい。……ここまでうまく挑発に乗ってくれるとは思わなかったわ」
もはやアンネローゼには一滴の魔力も残っていない。
無残なほどに老いさらばえた彼女の姿は、会場の貴族のみならず、慌てて駆け付けた騎士らの目にも晒されていた。
「あれがアンネローゼだって?」
「嘘だろおい、詐欺じゃねえか……」
「オレ、あんなのに惚れてたのかよ」
人々の間に広まるのは、困惑と狼狽。
冷たい視線が、老婆アンネローゼへと突き刺さる。
「ぅぅぅぅうううう、ああああああああああああああっ! あたしを馬鹿にするな! 見下すな! みんな低能ばっかりのくせに! 男も、女も、みんないなくなればいい! いなくなれええええええぇぇっ!」
絶叫。
その一瞬、尽き果てたはずのアンネローゼの魔力が、爆発的に膨れ上がった。
「……あら、素敵ね」
心から嬉しそうに微笑むフィオリア。
皮肉でもなく、心の底からの賞賛とともに拍手を送る。
「意志ひとつで条理を覆して、不条理を成し遂げる。それが人間の素晴らしさというものよ。……惜しむらくは貴女が闇を選んだことかしら。ゲーム通りなら、アンネローゼはあらゆる属性への適性を持っていたはずなのに」
「なっ……!」
アンネローゼの、皺だらけの顔が驚愕に歪む。
今になってようやく気付いたらしい。
フィオリアが、己と同じ転生者であることに。
「きっと私への対抗心で闇魔法を極めたのでしょうけど、残念ね。それが貴女の敗因よ」
それは、子供でも知っているこの世の真実――
「闇はね、光に打ち破られる運命なの」
フィオリアは右手を高く掲げた。
アンネローゼの魔力を捻じ伏せて、黄金色の破壊光が広がってゆく。
「老いた姿のまま生きていくのは辛いでしょう。塵ひとつ残さず天に還してあげるわ。もう一度生まれ変われるといいわね」
――《神罰の杖》。
目が眩むほどの輝きが、ありとあらゆるものを覆い尽くした。
魔王「邪神さん、フィオリアに手ェ出すとか不味くないッスか」
邪神「え?」
魔王「いや、だって《邪神の審判》って……」
邪神「それ名前貸してるだけだから! ノーカン! ノーカン! アイムノットギルティ! 邪神としても、邪神という名の魔王だし!」
魔王「あっ、こいつオレに責任なすりつけやがった!」