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幕間 駆け出し冒険者ミリリは男運が悪い(ミリリ視点)

12話に出てきた彼女がろくでもない先輩に連れられて、ろくでもない男に出会う話(尚、ざまあ)。

 わたしはミリリ。

 ミリリ・ウェンディ。

 今年の春、王都に出てきたばかりの駆け出し冒険者です。


 冒険者って、思った以上に大変な仕事です。

 クエストじたいはお師匠様から習った魔法のおかげでばんばん達成していますが、それだけではやっていけません。


 同業者……他の冒険者さんとの付き合いも大切です。さもないと“新人つぶし”に遭ってしまいますから。面倒ですね。


「ミリリ、あんた夜ヒマ? ヒマだよね? このあと飲みに行くから」


「えっと、その……」


「は? まさか断るつもり? いやまあ、ウチはサバサバしてるからいいけど、他の子たちにどう思われるか分かんないよ? これ、先輩としての忠告だから」


 自称“サバサバしていて男っぽいからモテない”先輩冒険者のチャットさんは、いつもこんな感じです。

 先輩風を吹かしながら、ひとの予定表を踏み荒らします。

 

 お師匠様の言葉なのですが、先輩面をする人ほど実はうだつが上がらないそうです。

 同期に囲まれていると劣等感に苛まれるから、後輩のところで偉ぶるんだとか。

 実際、チャットさんの冒険者ランクはDで足踏みを続けています。

 同世代の方々は半分以上がCランクで、中にはBランクやAランクに達している人もいるようです。


「いやー、想像以上に集まっちゃったよー。ウチの人望? みたいな? やー、無理に来なくていいって言ったんだけどねー」


 チャットさんに連れられて入った店は、『個室酒場 風のささやき亭 ~王都3号店~』。

 あの有名なグランフォード商会が経営する居酒屋で、お店の中は大衆向けとは思えないほど清潔です。

 黒い壁がオトナっぽい雰囲気を醸し出しています。


「はーい、それじゃあ乾杯!」


 かんぱーい……。

 わたしとチャットさんの他にも、女の子が3人いました。

 みんな微妙にテンション低いです。きっと無理矢理に連れてこられたのでしょう。お互いにアイコンタクトを交わします。ちょっと連帯感。

 これがいわゆる“女子会”なら、まだ救いはありました。

 てきとうにチャットさんを持ち上げつつ、他の子たちと楽しくお喋りすればいいんですから。


 けれど、今日のこれは、ただの飲み会ではありませんでした。

 もっと厄介なものです。

 テーブルをはさんだ向かい側には、これまた万年Dランクの男性冒険者が5人も座っています。

 

「ま、オレたち先輩だし? 何でもバンバン聞いてくれていいから」

「教えてほしいこととかない? あるっしょ? なんなら2人っきりで話すのも大歓迎だし」

「君らラッキーだよ? 俺たちと知り合えるとか激レアだから」

「こんな可愛い子が冒険者とかヤバいって。結婚したほうがいいって」

「クエストのことだけじゃなくって、結婚の相談も受け付けてるぜ。今夜のうちに俺が解決してやるよ」


 うわあ。

 う わ あ 。

 う  わ  あ   。


 お師匠様、大変です。

 これでもかというほどの地雷が並んでいます。

 以前に教えていただいた水の魔法で洪水を起こしてしまいたい気分です。滅びろ。

 

 ゲンナリ気分で始まった飲み会。

『風のささやき亭』は食事がおいしいことで有名なので、せめてお腹くらいは膨らませて帰ろうと思いました……が。


「ほらー、ミリリちゃんって子犬系じゃん、子犬系。誰かに守ってもらわないとダメだと思うんだよねー」


 どうやら男性冒険者の1人にロックオンされたみたいです。

 名前は……興味ないので覚えてません。

 無駄にピアスとかつけてオラついてますし、オラ男とでも呼んでおきましょう。

 いつの間にやらわたしの横に座って、無遠慮に頭をぽんぽんしてきます。……やめろ触るな汚らわしい。


「おっ、いま嬉しそうに震えたよね? 頭撫でられて喜んだよね? え、なに? ご主人様とか欲しいタイプ?」


 死ねよ。

 人を犬扱いするんじゃねえ、手ェ噛むぞコラ。食いちぎるぞカスが。


 おっと、危ない危ない。

 ついつい本性が出そうになりました。

 お師匠様からは「王都では猫をかぶっておきなさい」と言われてますし、ここは我慢しないと。


 命拾いしたなオラ。


「まあ、俺とかカリスマあるタイプだし? コネもヤバいし? ミリリちゃん、フィオリアって知ってる? フローレンス公爵家のお嬢さん。あの人、なんか俺のこと気に入っちゃっててさー。身分が違い過ぎるからって遠慮してるのに、しょっちゅう食事に行きませんかって言ってくるわけ。マジで困ってるんだよねー」


 ああん?

 何言ってんだコイツ。

 あの格好良くて凛々しくて強くて気高い素敵なフィオリア姐さんが、テメエみたいなダボに見向きするわけねえだろが。

 もうキレた。

 この男は存在自体が地雷だが、あたしの地雷を踏み抜いた。殺す。天才魔法使いのミリリ様を舐めるなよ。人体発火現象(無詠唱火炎魔法)で地獄に送ってやる。火葬の手間も省けるな? 涙流して感激しろや。


 アルコールが回っていたせいもあってか、あたしはぶちキレた。

 頭の中で術式を組み立て、この自信過剰で誇大妄想なチャラ男を消滅させようとした、その寸前。


「……貴方、すごいつながりがあるのね」


「だろ? 世間じゃフィオリア様だの女帝だのと言われてるけど、アレ、俺の下僕だから」


「ふうん」


 ……。

 …………。

 ……………………。


 あたしは絶句していた。

 え? なにこれ?

 なんでこの人がここにいるワケ?

 

 あたしだけじゃなく、チャラ男を除く全員が驚愕に包まれていた。


「ウ、ウーダン、やべえって!」


 おっ、男の友情だ。

 他の男性冒険者が止めに入る。

 けれどオラ男、もといウーダンの口は止まらない。

 さながら断崖絶壁に向けて疾走する馬車のよう。


「つーかさー、このまえのワイバーンもさー、実はオレが退治したんだよねー。でも、裏ギルドとの兼ね合いがあって実力を隠さないといけないわけで……おっといけね、今のナシな。裏ギルドは秘密だから。まあ、ミリリちゃんにだけは教えとくけど、イソルテ王国を滅ぼしたのも、カノッサ公爵軍を潰したのも、全部オレだから」


「……初耳だわ。貴方、ずいぶんと強いのね」


「だろ? 本気出しオレに勝てるやつとか、この世にい、な……い…………?」


 ウーダンはやっと気づいたらしい。

 馬鹿のうえに鈍感というのは救いようがない。

 その顔から、サッと血の気が引いた。


「フィ、フィ、フィ……」


「はじめまして、フィオリア・ディ・フローレンスよ。なんだか楽しそうな話をしているわね」


「い、い、いや、これは、その、えっと……」


「安心しなさい。お酒の場だもの、気が大きくなって法螺(ほら)のひとつふたつ、吹いてしまうことはあるわよね」


「そ、そ、そ、そうなんです! はい! フィオリア様のことは、もう、女神のように尊敬しております!」


 わあ。

 後世に残したいくらいの掌返し。

 さっきまでの威勢はどこへやら、ウーダンはすっかり委縮しきっていた。

 椅子から飛び降り、床に頭を擦りつけて平伏している。


「大きな口を叩いてすみませんでした! 許してください、なんでもしますから!」


「本当かしら」


「も、勿論です!」


「……そう」


 空いていた椅子に腰を下ろすフィオリア様。

 仕草のひとつひとつが流麗で、居酒屋の安椅子ですら、まるで女王の玉座みたいに見えてくるから不思議なものだ。


 靴を履いたまま、足を伸ばす。


「舐めなさい」


「へっ……?」


「なんでもするのでしょう? 違うの?」


 ギロリ。

 放たれたのは、氷のように冷たい視線。

 

「は、は、はいっ! 光栄です! 舐めさせていただきます!」


 ウーダンはすっかり怯え切っており、プライドも何もかも投げ捨てていた。

 四つん這いになって、フィオリア様の靴へと顔を寄せる。


「……つまらない男だこと」


 失望したかのような、呟き。

 それは小声だったけれど、あたしの耳にはっきりと聞こえた。


 突風が吹き抜ける。

 天才のあたしには分かる。

 いま、フィオリア様は無詠唱で風の魔法を発動させた。

 ウーダンは吹き飛ばされ、ひしゃげたカエルのような格好で床に転がっている。


「ここはお酒の場だもの、多少の大言壮語は見逃すべきなのでしょうね。でも――」


 えっ?

 フィオリア様は、なぜか、私にチラリと視線を投げてよこした。


「ミリリは私の同期なの。同じ日に冒険者登録をしたわ。……同期が困っていたら助けるのは当然でしょう?」


 


 

 

 * *





 

 もはや飲み会どころの空気ではありません。

 あたしら……じゃなくて、わたしたちは解散になりました。ふう、危ない危ない。フィオリア様の前では猫を被っておきたいものです。

 可愛がってください。にゃーにゃー。


「折角の宴会だったのに、申し訳ないことをしてしまったわね」


 フィオリア様は頭を下げたけれど、わたしたち女性陣としては大感謝だった。

 食べるものは食べ終えて、あとはもう帰るだけでしたし


「埋め合わせは……そうね、今度、我が家での食事に招待するわ。女子会をしましょう」


 そんな恐れ多い!

 私たちは慌てて遠慮しましたが、結局、フィオリア様に押し切られてしまいます。


「あの、それ、ウチも行っていいんだよね……? せ、先輩だし……」


 なにやらチャットさんがモゴモゴ行っています。

 彼女は弱者に強く、強者に弱い性格のようです。

 フィオリア様の前ではすっかり竦み上がっていました。


「あらチャットさん、私の言葉が聞こえなかったの? 女子会なのだけれど」


「だって、ウチも……」


「貴女、男っぽくてサバサバしているのが自慢なのでしょう? だったら女子会なんてつまらないわよ。それに――」


 フィオリア様は懐から扇子を取り出しました。

 それをチャットさんの首に当てます。



「貴女には牢獄がお似合いよ」


 

 本日何度目になるか分からない衝撃が訪れました。

 周囲の路地から騎士さんたちが飛び出すと、あっというまにチャットさんを取り押さえます。


「チャット・レイリィ。貴女、このごろ“新人潰し”に精を出してるみたいね。しかも狙うのは女性ばかり。陰湿ね。まるで腐ったサバのようだわ」




 後で聞いた話ですが、今回の飲み会、かなり危険なものだったようです。


「チャットは裏の人身売買に関わっていたの。あの男たちもグルよ。酒と薬で女性冒険者を眠らせて、奴隷として海外に売り払う。そういうことを繰り返していたみたい。……ああ、安心して。飲み会に来ていた男たちも逮捕しておくわ」


 あまりに予想外の事実。

 たしかにチャットさんからはゲスの気配を感じていましたが、まさかそこまで畜生だったなんて。


「怖いです……」


 ふるる、と身を震わせます。 

 フィオリア様の前なので小動物アピール。


「……ミリリ、貴女、猫を被らなくてもいいのよ?」

 

「な、何のことですか?」


「宴会の間、何度もウーダンとやらに殺気を向けていたでしょう?」


 あちゃー。

 バレてましたか。

 さすがフィオリア様。


 けれどここで観念して馬脚を表すわけにはいきません。

 憧れの人には可憐な子だと思われたいじゃないですか、乙女的に。


「ま、いいわ。その猫の下にどんな怪物が隠れているか、とても楽しみにしているから」


 ぽん、ぽん。

 私の頭を撫でて、フィオリア様は去っていきます。


 わあ。

 よしよしされました。

 とってもいい気分。

 もう二度と頭は洗いません!


 もちろん嘘ですよ? 

 お師匠様からも体を綺麗にするよう言われてますし。

 けれど嬉しいので、報告の手紙にも書いておこうと思います。ふふ。







次回から3章です

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