第12話 冒険者ギルド崩壊(寸前)
ちょっと番外編的な話
駆け出し冒険者のミリリは困り果てていた。
「なあお嬢ちゃん、田舎から出てきたばっかりの新人なんだろ? オレたちが色々教えてやるよ」
「手取り足取りなあ! へへっ!」
「せっかく先輩サマが親切にしてやってんだ、まさか断ったりはしねえよなぁ……?」
冒険者登録を終え、まずは近場でスライム狩りでもしようかと思ったら、いかにもガラの悪そうな男たちに絡まれた。
ど、ど、どうしよう。
断りたい。とっても断りたい。
だって男たちは、舐めるような視線でこっちを眺めている。絶対よからぬことを考えているに違いない。
うっかりついていったら、どんな目に遭わされるやら。
けれど断ったら断ったで面倒ごとになりそうだし……。
助けを求めるようにギルドのロビーを見回しても、みんな素知らぬふり。冷たい。王都は冷たいです、師匠。
こうなったら私の、わりと制御不能な火炎魔法で何もかもを吹き飛ばしてホットにしましょうか……などと、ミリリが物騒なことを考えて、血のように赤い宝玉の魔法杖を握りしめた時――
「ねえ、そこの貴方たち。私も新人なの。エスコートしてくださるかしら?」
ミリリを庇うように現れたのは、背の高い女性だった。
長い黄金色の髪に、翡翠のドレス。
とてもじゃないけれど冒険者には見えない。貴族だろうか? もしかすると王族かもしれない。
だって、オーラが違う。
その女性はあまりに大きな存在感でもって、ギルド中の視線を釘付けにしていた。
「へっ……あ……」
「えっと……」
「い、いえ、オレたちまだ冒険者になって3年なんで……」
さっきまでの威勢はどこにいったのだろう。
男たちはすっかり委縮し、怯えたように身を縮めている。
「3年もキャリアがあれば十分よ。フィオリア・ディ・フローレンスが貴方達に依頼を出すわ。今日一日、私の供をしなさい」
「そ、その」
「あの」
「きゅ、急用があるかもしれないんで……」
「――私に同じ言葉を二度言わせるつもり? いい度胸ね」
「「「よ、よろこんでお供させていただきます!」
ピシッと背筋を伸ばして、男たちは唱和した。
「すごい、かっこいい……」
ミリリの手は震えていた。
うっかり魔法杖を取り落としそうになる。
衝撃だった。
まさかこんなところで会えるなんて。
フィオリア・ディ・フローレンス。
田舎育ちの自分でも知っている、超有名人だ。
暴風の女帝という二つ名は聞いているけど、誇大広告だと思っていた。
ううん。
むしろ過少広告だ。
だってあの人は、こんなにも眩しいんだから。
まるで太陽のよう。
圧倒的な輝きでもって、どんな相手もひれ伏せさせる。
「あら、貴女……いい杖を持ってるわね」
「ひゃ、ひゃいっ!」
まさか話しかけられるとは思っておらず、つい、変な声が出てしまった。
恥ずかしい。
ミリリは頭にツバの大きな三角帽子を被っていたが、その下で、耳がかあっと赤く染まった。
「宝玉は、龍紅玉かしら。でも、少し魔力の調整が甘いみたいね」
フィオリアは白いゆびを伸ばすと、そっと魔法杖の宝玉に触れた。
数秒、宝玉が淡く赤い光を放つ。
「これで大丈夫なはずよ。駆け出しどうし、頑張りましょうね」
フィオリアは3人のお供を連れて、ギルドのカウンターに向かっていく。
その姿を、ミリリはぼーっと熱に浮かされたような表情で眺めていた。
* *
「で、ではまず、ま、魔力量の測定を、お願いします。この水晶玉に手を置いて、かるく握ってください」
ギルドの受付嬢は心の底から怯え切っていた。
なにせ相手は公爵家の人間で、しかもあのフィオリアである。
たった一人でイソルテ王国を滅亡に追いやったことは広く知られているし、噂話の常として、極端な方向に話が膨らんでいた。
曰く、《神罰の杖》の乱れ打ちでイソルテ家の人間をまとめて蒸発させたとか。
曰く、「降伏しない場合、1分ごとに街をひとつ消していく」とブラジア王を脅迫したとか。
曰く、強引なやり方をヴィンセント国王に咎められた時「イソルテ王国のように消え去るのがお望みですか?」と言い返したとか。
震える受付嬢を横目に、フィオリアはゆっくりと水晶玉に手を置いた。
握る。
――バリン!
「ごめんなさい、割ってしまったわ」
フィオリアの予想以上に、水晶玉は脆かった。
少し力を入れただけで砕け散ってしまったのだ。
ギルドの受付嬢は恐怖のあまり失神した。
代わって、奥から二人目の受付嬢が現れる。
「こ、こちらがスペアになります。あんまり力を入れないでくださいね……?」
「大丈夫、同じ失敗は繰り返さないから」
細心の注意を払って水晶玉に触れた。
魔力量の測定が始まり、水晶が輝き出す。
――バリン!
「……私、今回は何もしていないわ」
「えっと、たぶん、フィオリア様の魔力量に耐え切れなかったんじゃないかな、と……」
「測り直す?」
「い、いえっ! 大丈夫です! 計測不能として記録しておきます!」
「手間をかけるわね。水晶の修理費はフローレンス家に請求して頂戴。それで、次は何をしたらいいのかしら?」
「じ、実力測定になります。地下の闘技場までお願いいたします」
「ありがとう。それにしても貴女、見所があるわね」
「……えっ?」
「最初の子が倒れた後、すぐに出てきたでしょう? 他の職員は目を逸らしていたのに。……貴女の名前、覚えておくわ。もしもギルドをクビになったら我が家に来なさい。事務方はいつも足りてないから、好待遇で迎えるわよ」
そんな言葉を残し、悠然と歩み去っていくフィオリア。
「あ、あの、姉御っ!」
お供のひとり、ザールが口を開いた。
「そ、そういえば、俺たちへの報酬ってどうなってるんですかね……? ほら、いちおう、依頼でお供をさせてもらってるわけですし……」
「ねえザール、生きてるって素晴らしいと思わない? それだけでとても価値があることでしょう?」
と言いつつ、フィオリアは砕け散った水晶玉を指さした。
まるで、これが3秒後のおまえだ、と言わんばかりの仕草である。
ザールのみならず、他の2人……キジィとヌーイも震え上がってしまった。
「冗談よ。きちんと報酬は払うわ。期待しておきなさい」
クスリとフィオリアは微笑んだ。
続く実技でも彼女は桁外れの結果を叩き出した。
まずは魔法を使わない、物理戦闘能力の試験。
「本気でやっていいのかしら」
「もちろんだ! じゃないと試験の意味がないからな!」
試験官の一言が、地獄を生むことになる。
まずフィオリアが剣を握っただけで、他の駆け出し冒険者たちがパタパタと意識を失った。
リングに上がって構えた瞬間、試験官は恐怖のあまり腰を抜かす始末。曰く、殺気だけで心臓が止まりそうになった、と。
結局、この試験も「計測不能」となった。
「姉御、ぶっちゃけ試験なんか無意味じゃないですかね」
「あらザール、変なことを言うのね。駆け出しの冒険者は全員、最初に実力試験を受けないといけないのでしょう? 私が貴族だからといって特例を作るべきではないわ」
「いや、貴族とかそういう問題じゃないと思うんですがね……」
「分かってるわ。……でもね、私自身、ちょっと自分の実力を調べておきたかったのよ」
だって20年前に比べて、なんだか強くなってる気がするんだもの。寝ていたのに。
……誰にも聞こえない声で、フィオリアはひとり呟いた。
さて、次は魔法の実技試験だが、こちらの結果は言うまでもない。
なにせフィオリアは史上四人目となる《神罰の杖》の使い手。
「試験は試験でしょう? どこで実演すればいいかしら。たぶん街一つ分くらいの範囲が焦土になるけれど」
「お願いします! やめてください! ほんとにやめてください!」
「じゃあ、範囲を極小に絞って使いましょうか」
といってフィオリアは壁に飾ってあった剣を手に取った。
誰も知らない秘密だが、この剣、実は意志を持っている。
ひとたび目覚めれば持ち主の精神を犯し、血も涙もない殺人鬼に変える魔剣なのだ。
(んお……? なんだ、この女……?)
魔剣はさっそくフィオリアへの精神干渉を始めようとした、が、
「《神罰の杖》」
(ぐわああああああああああああああああああっ!)
それより先に魔法が発動した。
黄金の破壊光に包まれ、魔剣はこの世から永遠に葬り去られる。
誰も知らない魔剣は、誰にも知られないままその生涯を閉じた。
フィオリアですら自分が消し飛ばしたモノが魔剣と気付いていない。
哀れ。
ともあれ、以上で試験は終了である。
あまりにも実力が低い場合は冒険者登録を断られることもあるが、高すぎる場合の制限はない。
ここにEランク冒険者、フィオリア・ディ・フローレンスが生まれたのだ。こんなEランクがいてたまるか。
いちおうギルドマスターからは「特例で上位ランクを……」という話があったものの、フィオリアは断っている。
テイマーの資格については、すでにモフモフとその家族を従えているという実績がある。
あとは簡単な学科試験を残すのみ。
難なくクリアし、すぐにテイマー資格を取得してみせた。
「疲れたわね」
「姉御以上に、周囲が疲れてると思いますがね」
ザールの言う通りであった。
フィオリアというあまりにも規格外の存在が現れたため、冒険者ギルドは上に下にのてんやわんや。
おまけに医務室も満杯である。
実技試験でフィオリアが放った殺気により、何人もの冒険者が失神したままになっていた。
「ザール、キジィ、ヌーイ。貴方達3人は気絶しなかったわね。すごいじゃない」
「……」
「……」
「……」
「どうして黙るの?」
「い、いえ、姉御に褒めてもらえるとは思ってなかったんで……あれ、涙が…………」
「お、俺も……」
「やっべえ、すっげえ嬉しい……姉御に惚れちまいそうだ…………」
ここまでフィオリアのそばでプレッシャーを受け続けてきた反動だろうか、ザールたちはポロポロと男泣きを始めた。
まあ要するにギャップ萌えというか、正常な判断力を失っているだけである。落ち着け3人とも。おまえたちはおかしくなってるぞ。
「3人とも、もっと自信を持ちなさい。貴方たちには見所がある。でなければ、私が直々に供を命じたりはしないわ」
「えっ……?」
「ちょうど目の前にいたから声をかけたんじゃ」
「てっきり、駆け出しの女の子にしつこくしていた罰かと……」
「それもあるけれど、可能性を感じたのは確かよ。……まあ、今は燻っているようだけどね」
実際、その通りである。
ザール、キジィ、ヌーイの三人は同郷であり、立身出世を夢見て王都へとやってきた。
しかしながら冒険者を始めて3年、ランクはずっとDで足踏みしており、彼らは熱意を失いつつあった。
最低限のクエストだけをこなし、あとは酒場で飲んだくれる日々。
ギルドで新人冒険者の少女を見かけ、八つ当たり気味に絡んでしまった。
……もしあのときフィオリアが登場しなかったら、自分たちはどうしようもないクズに成り果てていたかもしれない。
3人組のリーダー、ザールは過去に思いを馳せる。
かつて自分たちも新人いびりに遭っていた。それでも必死に耐え抜いた。
他人の足を引っ張ることだけが上手な腐れ冒険者にだけはなるまいと誓ったのに、いまの俺たちは、なんて情けない!
「報酬はあとで家のものに運ばせるわ。装備を新調して、おいしいものを食べなさい。そうしたらきっと、貴方達は這い上がれる。……これまで迷惑をかけた人がいるなら、ちゃんと謝罪することね」
フィオリアが微笑みかけてくる。
深い慈愛を湛えた、優しげな表情。
ザールだけでなく、キジィ、ヌーイまでも見惚れていた。
やがて彼らの胸中に、ひとつの感情が生まれた。
頑張ろう。
せっかく幸運の女神が手を差し伸べてくれたんだ。
俺達には可能性があると言ってくれたんだ。
……だったら、それに答えるのが男ってもんだろう。なあ?
3人は言葉もなく頷きあった。
その眼には、かつて失ったはずの情熱が蘇りつつあった。
「いい眼ね。とっても輝いてる。今の貴方達は素敵だわ」
満足そうに頷くフィオリア。
「私はいつも貴方達を見守っているわ。挫けそうなときは、今日のことを思い出しなさい」
最後にそう言い残して、颯爽と冒険者ギルドを出る、
寸前、ギルド受付嬢のひとりが、悲鳴じみた声で緊急事態を知らせた。
「た、大変です! 近くの山でワイバーンが大量に発生して……! 王国軍だけじゃ手が足りません! 動ける方は討伐に向かってください!」
「……あら、まあ」
フィオリアは足を止める。
これは見過ごせない。
王都の危機でもあるし、いま、冒険者ギルドは壊滅状態だからだ。
動ける冒険者は(フィオリアのせいで)ほとんどいない。
「自分のしでかしたことの始末は、自分でつけましょうか。……ねえ受付さん、そのクエスト、Eランクでも受注できるのかしら?」
「あっ、は、はいっ! もちろんです!」
「分かったわ。1時間で片付けてくるから、のんびり待っておいて」
ワイバーンは竜種のなかでは下級に位置するが、数が揃うとかなりの脅威となる。
大量発生時に単身で挑むなど正気の沙汰ではないが……フィオリアに常識など通用しない。
改めて、ギルドの外へ出ようとする。
「待ってくだせえ、姉御」
「俺たちも行きますぜ」
「ここで戦わなきゃ、なんで冒険者になった、って話だしな」
「……そう」
フィオリアは口元を綻ばせる。
本来なら自分1人で十分だが、彼らの気持ちを無碍にすることもないだろう。
ああ、そうだ。
折角だから、あの魔法を試してみよう。
「――《黄金の祝福》」
手を伸ばす。
その指先で、3人それぞれの額に触れた。
触れた部分から高貴な輝きが広がり、彼らを包む。
ゲーム的な言い方をするなら、これは補助魔法、バフである。
つい最近、前世でプレイしたRPGを参考にして編み出した。
とはいえ実際に使うのは初めてなので、どれほどの効果か楽しみだ。
「では行きましょうか。三人とも、供をなさい」
「「「よろこんでお供させていただきます!」
3人は獅子奮迅の活躍を見せた。
Dランク程度の実力なら、1匹のワイバーンすら倒せずに命を落とすところ。
しかし彼らは力を合わせ、20匹近くを屠ってみせた。
フィオリアのほうは残りすべて……300匹近くのワイバーンをあっというまに片付けているが、こちらを比較対象にしてはいけない。
(それにしても)
戦いの後、フィオリアはしばし考え込んだ。
(最近、モンスターの大量発生が増えているみたいね。……大事件の前兆かしら?)
もしかしたら伝説に語られるような魔王が蘇るかもしれない。
その瞬間を想像して、面白そう、と呟いた。
魔王「ぼくにだって復活する時期を選ぶ権利はあるはず」
※登場未定です。設定すら決めてません。
次回はモフモフかポフポフの話。




