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第11話 カノッサ公爵家の行く末

 フィオリアの前世はOLである。通称“経理の女王様”。

 数字にはめっぽう強く、不正を見つけ出すのもお手の物だ。 


「ここと、ここと、ここ。明らかに誤魔化しが入ってるわ。第1騎士団の帳簿、10年分持ってきて」


「は、はいっ!」


 今回、カノッサ家の不正を発見した事務員……ナタル・ミリアノはパタパタと書類倉庫へと走っていく。

 ナタルもナタルで生真面目な性格をしており、そのためかフィオリアとの相性は抜群だった。

 まるで数年来ともに働き続けてきた上司と部下のように、最高の連携を発揮している。

 ……どちらが上司でどちらが部下なのかは言うまでもないだろう。ナタルは24歳でフィオリアよりも年上なのだが。


「レクス、頼んでいた調査は終わった?」


 背後で影のように控える従者に声をかける。


「ええ、仔細すべて完了しております」


「さすが優秀ね。……紅茶はどうにも、その、個性的な味だけれど」


 机の上にはダージリンティーが置かれているものの、なぜか異様に甘かった。

 まるでシロップの原液を飲まされているかのよう。

 もしやこの執事、私を糖尿病で殺そうとしているのかしら?


「調査の結果ですが、どうやらカノッサ家は、第1騎士団への物資納入にかこつけて資金を着服していたようです」


 第1騎士団は半数以上が貴族の子弟である。

 当然ながら予算も潤沢で、物品の交換サイクルもやたらと早い。剣にすこし傷が付いただけで新品に買い替えるのも()()だった。

 それを隠れ蓑とし、カノッサ家は不正を行っているようだ。

 第1騎士団には専属の商人もいるが、彼らもおそらくグルだろう。


 ……以上のことを説明すると、ナタルは驚きの表情を浮かべた。


「フィオリア様ってすごいですね。こんなすぐに裏の裏まで暴いてしまうなんて……」


「私はさほど働いてないわ。頑張ってくれたのはレクスだし、そもそも不正に気付いたのは貴女じゃない。もっと誇りなさい、ナタル。貴女みたいに真面目な人間が働いているのなら、王国騎士団も安泰ね」


「ほ、褒め過ぎですよう。私なんて地味ですし、皆から存在感も薄いって言われてますし……」


 たしかにナタルの外見は、派手さとはまったくの無縁だった。

 化粧は薄く、アクセサリもつけていない。

 眼鏡もひかえめな銀フレームだ。


 だが、見る者が見れば分かるだろう。

 事務職の制服には皺ひとつなく、裾までピンと伸ばされている。

 靴も綺麗に磨いてあり、彼女の几帳面さが伺えた。


 すきがなく、きちんとした女性。

 フィオリアにとっては好ましいタイプのひとつである。


「どうやら事務職の男たちは、みんな女性を見る目がないようね。貴女は喩えるなら、黒曜石(オプシディアン)かしら。もしも世界が夜に包まれていたとしても、分かる人には分かるはずよ。ナタル・ミリアノという女性の輝きをね。ただ――」


「ただ……?」


「できるなら、ほんの少しだけ顔を上げてみなさい。前髪も短くしましょう。きっとそれだけで、男たちの反応も変わるはずだから」


 手を伸ばして、ナタルの前髪をすくいあげるフィオリア。

 ふふ、と笑いかける。

 するとナタルは顔を赤らめて、やや俯き気味になった。 



















 * *














 


 当代のカノッサ公爵は、フィオリアの元同級生である。

 コンラート・ディ・カノッサ。 

 実は『深き眠りのアムネジア』の攻略対象であり、この世界においてはアンネローゼの取り巻きになっていた。


 20年前の事件ではトリスタン王国の内情をアンネローゼに漏らしてはいたものの、カノッサ家の権力によって隠蔽され、なんとか処分を免れている。


「くそっ! まさかこんなことになるとは!」

 

 コンラートはいま、大急ぎで王都を逃げ出そうとしていた。

 ナタルへ差し向けた暗殺者は失敗し、それどころか不正の証拠をフィオリアに押さえられてしまった。

 もうだめだ、おしまいだ。

 こうなったらイチかバチか、海外に亡命するしかない。

 まずはカノッサ公爵領に戻って長男と合流だ。

 次男?

 できそこないのハインリヒなど知ったことか。

 この前も第4騎士団とトラブルを起こしたらしい。

 カノッサ家の恥さらしめ。


 心の中で罵倒を繰り返しつつ、馬車に飛び乗った。

 背もたれと屋根があるだけのオープンタイプで、周囲の景色を見渡すことができる。


 王都を出た。

 前方には見晴らしのいい草原が広がっている。


「久しぶりに馬に乗りたくなるな。……この身体では、無理だろうが」


 20年前は端正な顔立ちの貴公子として多くの令嬢を虜にしたコンラートだが、今の彼には見る影もない。

 まるでオークのような、たぷたぷとした肥満体。

 馬に跨れば、十中八九、その馬は再起不能になるだろう。

 ……彼の乗る馬車は、本来2頭で引くところを8頭で引いている。


「あらコンラートくん、お久しぶりね」


「な、ぁ……っ…………!?」


 道中、予想だにしない事態が起こった。

 馬車のすぐ隣。

 突如としてフィオリアが姿を現したのだ。

 白い、巨大な狼の背に乗っている。

 あれはフェンリルだろうか?

 だがそれならば体毛は黒いはず。

 新種の魔物? 

 ありうる。

 フィオリアの周囲なら何が起こってもおかしくない。

 あの女は昔からそうだった。

 常識外れの事態を、当たり前のように引き寄せるのだ。


「20年ぶりだけど、貴方、ずいぶんと老けたわね?」


「そ、そういうオマエは変わらんな、フィオリア」


 内心の動揺を押し隠しながら返事をするコンラート。


「い、いったいワタシに何の用だ……?」


「あら? 自意識過剰じゃない? 私は単に、愛犬を散歩させてるだけよ。ねえ、モフモフ」


「うむ。世話をかけるな、ご主人」


「い、犬が喋った……?」


 もはやコンラートの理性は崩壊寸前である。

 ただでさえ混乱しているのだ、喋る犬などという不条理は勘弁してほしい。


「賢いでしょう? ところでコンラートくん、貴方、貴族学校にいたころはアンネローゼの取り巻きだったわよね」


「あ、ああ……。でも、ワタシは一歩引いた位置にいたんだ。ほかの連中はアンネに夢中だったけど、僕は距離を保った付き合いをしていた。国や家の内部情報なんて漏らしたりしていない。本当だ」


「逆ハーレムの構成員というか、姫キャラの取り巻きってみんな同じこと言うのよね。自分だけは他の連中と違う。彼女にとって特別な存在だった。ま、オレは本気じゃなかったけど。……みたいな。そんな風に恰好つけたって、みんな同類に変わりないわ。都合よく弄ばれていただけよ」


「…………っ」


 コンラートは反論しかけたものの、結局、何も言うことができなかった。

 図星だったのだ。

 フィオリアの言う通り、自分はアンネローゼのいち取り巻きに過ぎなかった。

 だからこそ彼女の気を惹きたくて、トリスタン王国軍やカノッサ公爵家の内情をペラペラと喋ってしまった。

 ……とはいえその事実はとっくに闇の中へと葬ったはずだ。いくらフィオリアでも突き止められるわけがない。


「イソルテ王国が解体された件は知ってるわよね?」


「も、もちろんだとも」


 いきなり何を言い出すんだ、この女は。

 他ならぬオマエがイソルテ王国を滅ぼしたんじゃないか。


「ブラジア王――イソルテ男爵は、この国の貴族たちの後ろ暗い秘密を握っていたわ。貴族学校時代のアンネローゼを通してね。さて問題。彼が手にしていた『秘密』は、いまどこにあるでしょう?」


「まさか……」


「気付いたみたいね。そう、すべて私のところに転がり込んできたの。コンラートくんがアンネローゼに漏らした情報も、ばっちり手元にあるわ。……とはいえこれは20年前の罪。若いころの過ちとして見逃してあげようと思うの」


 それはありがたい。

 コンラートは安堵のため息を吐く。

 だが彼は油断していた。

 フィオリア・ディ・フローレンスという存在の恐ろしさについて、まだまだ甘く見積もっていたのだ。


「というか、ね」


 ふふ、と。

 黄金色の髪を靡かせて、フィオリアは静かに微笑む。


「いま貴方が犯している罪だけで、絞首台に送るには十分なのよ。わざわざ20年前の話を蒸し返すまでもなく、ね」


 実のところ、コンラートの罪状は騎士団予算の不正だけではない。

 これはレクスの追加調査で分かったことだが、コンラートはトリスタン王国の内部情報を裏のルートで売買していたらしい。

 まさに文字通りの売国奴。

 国を蝕む害獣そのものである。


「コンラート・ディ・カノッサ。罪を悔いて大人しく降伏するのなら、カノッサ家が残る程度には配慮してあげる。元クラスメイトとして、最後の慈悲よ」



「くっ……どうあっても、ワタシの死刑は免れんわけか……」


 ならば!

 くわっ、と目を見開くコンラート。

 護衛の騎士たちに向けて、高らかな声で命じる。


「せめて悪徳貴族として最後のひと華を咲かせようではないか! 騎士たちよ、フィオリア・ディ・フローレンスを討ち取れ! さすれば褒美も考えよう!」


 もちろん褒美は考えるが、考えるだけのつもりだった。

 まずフィオリアに勝てるとは思っていない。

 コンラートの腹積もりとしては、騎士らを足止めに使い、自分だけでも領地に逃げ込むつもりだった。


 だが、彼の目論見は見事に外れてしまう。


「フィオリアだって……!」

「相手は暴風の女帝だろ!? 国ひとつ滅ぼせるような相手と戦えってのか!」

「やってられるか! オレは家に帰らせてもらうからな!」


 騎士たちはフィオリアの名前を耳にするや否や、完全に戦意を失っていた。

 さらには、


「――――ォォォォォォォォグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 モフモフの咆哮。

 大気を震えさせ、地割れを生むほどの大音量。

 それは騎士らの士気をどうしようもなく崩壊させた。


「も、もう駄目だ! 死にたくねえ!」

「やってられるか! うわああああああああああああっ!」

「た、助けてっ! 助けてくれええええええっ!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す騎士たち。

 馬車を引いていた馬もパニックを起こし、四方八方に走り去ってしまう。


「そ、そんな……!」


 後に残ったのは、哀れなコンラート1人だけ。

 馬車は横倒しになり、彼は地面に放り出された。


「無様ね、コンラートくん」


 フィオリアはどこまでも蔑んだ瞳でこちらをにらみつけてくる。


「私としては、もう、直接手を下す価値すら感じないわ。……だからせめて、この子の借りだけでも返させてもらいましょうか」


「ガウッ! ガウガウ!」


 ちょうど保護色になっていたためコンラートは気付かなかったが、モフモフの背中には、一匹の白い仔犬がしがみついていた。

 99匹兄弟の末っ子、ポフポフである。

 先日、ナイフ使いのダイヴによって負った傷はすっかり治っていた。


「ポフポフ、この男がダイヴの雇い主よ。……やられた分は、ちゃんと三倍返ししておきなさい。それは誇りを保つために必要なことだから」


「ワウ!」


 ポフポフは勢いよく飛び掛かると、コンラートの尻に噛みついた。

 青空の下に、魂を削るような絶叫が響き渡った。






 かくしてコンラートは収監され、ついで長男ブルーノ、次男ハインリヒも牢獄送りとなった。

 どうやらカノッサ家は一族ぐるみでさまざまな不正を行っていたらしく、もはや家の取り潰しは避けられないだろう。


「一歩進展、ね」


 フィオリアは満足げに頷いた。

 コンラートが使っていた、情報売買のルート。

 これを辿っていけば、もしかするとアンネローゼに辿り付けるかもしれない。

 楽しみだ。

 ああ、本当に楽しみだ。

 王手(チェックメイト)まであと少しよ、アンネローゼ。

 貴女だって、私が蘇ったことを知っているでしょう?


 さあどうするの?

 立ち向かう? 逃げ出す? それとも20年前みたいに毒を盛るのかしら?

 何でもいいわ。

 せいぜい楽しませて頂戴。






 かくして今回の一件は、無事、終わりを告げた。

 ように見えたが、しかし。


 ある日、ひとりの事務員がフローレンス家の別邸を訪ねてくる。


「すみません、冒険者ギルドの方から来たのですが……」


「いつも仕事ご苦労さま。我が家に用事かしら」


「フィオリア様に用事というか、お願いがありまして」


「どうしたの?」


「現状、ギルドの認可を受けない魔物飼育は禁止されております。申し訳ありませんが、冒険者ギルドまでお越しいただけませんでしょうか……?」


 現在、フィオリアは101匹のフェンリル(厳密にはモフモフ+100匹のフェンリル)を飼っている。

 スペースについては大丈夫だった。

 フローレンス家の別邸はかなりの規模を誇り、その裏庭だけでもフェンリルたちが暮らすには十分な広さである。


 だが問題は別のところにあった。

 法律上、冒険者の中でもテイマーという資格を持つものしか、魔物の飼育は許されていないのだ。


「……すっかり忘れてたわ」


 フィオリアらしくもないミスである。

 彼女にとってモフモフはあくまで飼い犬であり、その延長で、妻のレムリスや99匹の子供まで犬のように思い込んでいたのだ。


「す、すみません、フィオリア様! 無礼は承知なのですが、決まりでして……」


 冒険者ギルドの事務員は、可哀想なくらいに委縮していた。

 相手がかの“暴風の女帝”と聞き、決死の覚悟で訪ねてきたのである。


「安心してちょうだい。ルールを守ることの大切さは私も理解しているから。怒ったりしないわ。むしろよく来てくれたわね、貴方」


 微笑みかけるフィオリア。

 事務員はまだ年若い少年で、初心なのだろう、照れてぷい、とそっぽを向いてしまった。


「その度胸があれば、努力次第で出世できるはずよ。励みなさい、期待しているから」


 ぽん、ぽん。

 少年の頭を撫でるフィオリア。


「それにしても、冒険者ギルドに行くのは久しぶりね。いつもは依頼する側だったけど……テイマーの資格を取るってことは、講習とかクエストがあるのかしら。ちょっと楽しみね。面白そう」


 いつもより軽い足取りで屋敷を出る。


 ところで彼女の友人であるカティヤは「フィオリアが面白がるロクなことにならない」などとボヤいているが、実際、その通りであった。

 この日、ルンルン気分のフィオリアによって冒険者ギルドはいろんな意味で大きな危機を迎えることとなる――。



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