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第10話 101匹フェンリル大行進

 フィオリアの飼い犬……モフモフはオスである。

 ならば当然、その(つがい)はメスということになる。

 

「たしかに、こっちの子はちょっと華奢ね」


「あたし、フェンリルに華奢って表現を使うやつ、初めて見たよ」


 横でカティヤが苦笑する。

 フィオリアは、モフモフの妻……フェンリルの身体にそっと触れた。


「クゥーン」

 

 なでなで。

 もこもこ。

 まるで極上の絨毯みたいな触り心地。

 ポフッと顔ごと埋めてみると、体温の温かみも相まって、そのままとろんと眠くなってくる。


「ガウゥゥ……」


 そうやってフィオリアがフェンリルの毛皮を堪能していると、後ろでモフモフが拗ねたような唸り声を出した。

 

「あら、貴方、嫉妬してるの?」


「クゥン」


 そんなことないもーん、とでも言いたげにそっぽを向くモフモフ。


「まったく、仕方のない子」


 頭から背中にかけて、ゆっくりとその身体を撫でる。

 20年前と違い、モフモフは10倍ほどの大きさになっている。

 毛並みのふわふわ具合も10倍近くになっていて、しかも、すべすべ要素もプラスされていた。幸せ。

 しかも皮膚ごしに伝わってくる筋肉の感触がなんともいい具合で、ついつい抱きつかずにいられない。


「クゥゥゥ……」


 すると今度はフェンリルのほうが不満げに喉を鳴らした。

 ぽふん。

 フィオリアに軽く体当たりする。害意はなく、甘えるようなしぐさだった。

 前にはモフモフ、後ろにはフェンリル。

 挟み撃ちのふわもこである。

 これ以上の至福は、世界に1つとして存在しないだろう。


「くぅ、すぅ…………はっ、私としたことが」


 あまりの気持ちよさに眠りかけたフィオリアだったが、すんでのところで我に返る。


「堪能頂けたようだな、ご主人」


「ええ、たっぷり…………んん?」


 今の、やたらダンディな声は誰のものだろう。


「俺ぐらいの魔獣になれば、人語くらいは話せるようになる。どうだ、驚いただろう?」


「モフモフ、喋れるようになったのね」


 フィオリアはさほど衝撃を受けていなかった。

 彼女の心を動揺させたのは、せいぜい、モフモフが妻を迎えていたことくらい。

 そのほかは「世の中、ありえないことだらけだしね」くらいに考え、すぐに納得していた。

 現実適応能力の高さこそ、フィオリアをフィオリアたらしめるもののひとつである。


 ……まあ、カティヤを始めとした騎士たちは、驚愕のあまり目を点にしていたが。


「俺だけではないぞ。レムリス、挨拶をしろ」


「初めまして、フィオリア様。わたくし、モフモフの妻のレムリスと申します」


 やけに色っぽい艶やかな声を発すると、フェンリルはしずしずと頭を下げた。

 

「丁寧にありがとう。私はフィオリア・ディ・フローレンス。モフモフの主よ。よろしくね」


 スカートのすそを広げての一礼。

 他方、騎士らは二度目の驚愕に襲われていた。

 フェンリルが人語を話す――。

 そんな記録は古今東西どこを探しても存在せず、まさしく史上初の発見だったからだ。


 とはいえフィオリアはいたって平然としており、左手でモフモフを、右手で妻レムリスを撫でていた。


「ご主人、実は他にも紹介したい相手がいるのだ」


「側室でもいるのかしら」


「いいや、俺はレムリス一筋だ。見てもらった方が早いな。……オォォォォン!」


 モフモフが遠吠えを放つ。

 すると、すぐ近くの森が揺れた。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「オォォォォン!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 飛び出してきたのは、仔犬サイズの、しかし犬よりも精悍な顔立ちの魔獣。

 フェンリルの子供である。

 わらわらわらと飛び出してくると、一直線にフィオリアへと向かい、四方八方からもみくちゃにした。

 さながら祖母に懐く孫たちのようである。私まだ身体は10代なんだけど。ちょっと複雑な気分になるフィオリア。というか子供! 子供!


「ねえ、カティヤ」


 次々に飛びついてくる仔フェンリルをあやしつつ、すでに結婚した友人に話しかける。


「ねえカティヤ、時間の流れって残酷ね。飼い犬が結婚どころか子供まで作ってたわ」


「あたしだって結婚して息子を産んでるしねえ。ひい、ふう、みい……98匹もいるじゃないか。ずいぶん子沢山ときたもんだ」


 ちなみにカティヤの趣味はバードウォッチングであり、動物を数えるのはお手の物である。

 

「こんなにたくさん飼えるのかい?」


「とりあえずお父様に相談かしら」


「……待て、98匹だと」


「どうしたの、モフモフ?」


「我が子は99匹だ。1匹足りんぞ。うむむ……」

 





 * *



 

 

 

 ポフポフは99匹兄弟の末っ子で、98匹の兄フェンリルたちとの間には微妙な溝があった。


「クゥン……」


 他の兄弟らは幼いながらもフェンリルらしい身体つきなのだが、ポフポフだけは仔犬のような姿である。

 狩りでもさほど活躍できず、いつも優しい兄らに助けられてばかり。

 ありがたいと感じる反面、そんな自分が情けなく……劣等感から、家族とのあいだに壁を作っていた。


 そんなポフポフは、いま、王都の裏通りに迷い込んでいた。

 きれいなチョウチョを追いかけているうち、群れからはぐれてしまったのだ。


「クュゥ……」


 このまま皆のところに帰れなかったらどうしよう。

 人間たちに捕まったら、ひどい目に遭わされるかもしれない。

 だって自分は魔物なのだから。


 不安で泣きそうになりながら、右へ左へ、夕暮れの薄暗い通りを歩く。

 

「お嬢さん、その書類を渡していただきましょうか。さもないと、痛い目にあうかもしれませんねぇ……クク」


 ふと、曲がり角の向こうから声が聞こえた。る

 まるでへばりつくような、陰湿な声色。男のものだ。


「い、嫌ですっ! やめてください、人を呼びますよ!」


「どうぞどうぞ、お好きに。まあ、そのときはワタシのナイフが暴れてしまうかもしれませんがねぇ。知ってますか? 人間の頚動脈を上手に切ると、まるで笛のような音と一緒に血が噴き出すんですよ」


「ひっ……」


 ポフポフは見た。

 ナイフを手にした男が、ひとりの女性を脅しつけている光景を。

 男はニタニタといやらしい笑みを浮かべつつ、ナイフの刃先で、女性のブラウスのボタンをひとつひとつ外していた。


 ど、どうしよう。

 男からは"わるいやつ”の気配がする。

 故郷の森にも似たような雰囲気の魔物がいて、そういうやつは悪事を働いてばかりだった。

 他の魔物から食べ物を奪ったり、ひどいときは、意味もなくいたぶったり。


 モフモフ父さんは、いつも、そんな“わるいやつ”と戦っていた。

 ポフポフにとって憧れの、正義のヒーローだった。


 父さんの子供として、僕も、戦わないと。

 あの男を止めなくちゃ。


 でも、大丈夫だろうか。

 ナイフの刃は凶悪な光を放っていて……刺されたら、とっても痛そう。

 もしかしたら死んでしまうかもしれない。

 

 僕はまだ子供で小さいから、別に逃げてもいいんじゃないか。

 ポフポフの心は迷っていた。揺れていた。


「たす、けて……」


 女性の、か細い悲鳴。

 ふと、ポフポフと目が合った。

 彼女は決してポフポフに助けを求めたわけではない。

 たまたま、視線の先にポフポフがいただけである。


 ……だが、それが彼に決意をうながした。


「ガウウウウウウッ!」


 普段のポフポフからは考えられない勇ましさとともに、物陰から飛び出す。

 男の足元に噛みついた。

 牙を突き立てて、深く、深く!


「ぐぅっ……! なんだ、このクソ犬は!」


 男は激怒した。

 先程までの余裕綽綽とした態度はどこへやら、乱暴にポフポフを振り払う。


「キャン!」


 小さな身体が、レンガの壁に叩きつけられた。

 痛い。

 涙が出た。

 けれど負けるもんか。

 僕はポフポフ、誇り高き“竜殺しの白狼”の子供。

 ここで勇気を出さなきゃ、どこで出すっていうんだ!


 少なくないダメージによろけながらも、女性を守るようにして、男の眼前に立ちはだかる。

 

「野良犬ごときがオレの邪魔をするんじゃねえ! 死ねよやァ!」


 蹴りつけてくる男。

 ポフポフは避けなかった。だって後ろには女の人がいる。腰が抜けているのか、地面にへたりこんでいる。

 僕が避けてしまったら、この人に当たってしまうかもしれない。だから、我慢する!


 男の爪先が、ポフポフの小さく柔らかな身体に突き刺さる……その寸前。


「――よく頑張ったわね。胸を張りなさい、貴方はまさしく、あのモフモフの子供よ」


 突風が吹き抜けた。

 それは男を横合いから殴りつけ、反対側の壁に叩きつけていた。

 果たしてなにが起こったのだろう。

 ポフポフは振り向いた。

 そして、目撃した。


 赤い夕陽を背に、ゆっくりと少女が近づいてくる。

 その長い髪は黄金の輝きを放ち、さながら地上に降りた第二の太陽のようだった。

 こちらを見つめる翡翠の瞳は、全世界の支配者であるかのような威圧感と、すべてを慈しむような暖かさに満ちている。

 

 彼女が誰なのか、ポフポフは本能で理解した。

 モフモフ父さんが、いつも僕たちに語り聞かせてくれたあの人。

 どこまでも傲慢で暴虐で、けれど優しい――さながら魔族の伝説に語られる、“はじまりの魔王”のような存在。

 フィオリア・ディ・フローレンス!


「何だ、テメエ……」


 男は痛みに顔をゆがませながら立ち上がる。


「いまのは風の魔法かァ? 調子に乗るんじゃねえ、俺様は、裏社会でも魔術師殺しとして名の知られた――」


「黙りなさい。……私はいま、この子と話をしているの」


「ひぃっ…………」


 フィオリアがギロリとひと睨みしただけで、男は竦み上がり、ナイフを地面に取り落としていた。

 

「ポフポフ、貴方はモフモフそっくりね。見た目も、中身も」


 すっと腰を下ろし、ポフポフを抱き上げるフィオリア。


「兄弟の中じゃあまり強くないと聞いているけれど、安心しなさい。じきに貴方は兄たちを追い越すでしょう。弱さを知る強者ほど恐ろしいものはないのだから。……そういう意味じゃ、私なんてまだまだね」


 ああ、でも、前世の経験を考えれば弱さも知っていることになるのかしら。

 フィオリアは小さくひとりごちる。

 それからあらためて、男のほうを向き直った。


「待たせたわね。本来なら私がじきじきに絞首台へ送ってあげたいところだけど、ものには道理というものがあるの。……ねえ知ってる? フェンリルって、親兄弟の情がとても深い種族なのよ」


 たまたま足元に落ちていた小さめのレンガを拾い上げるフィオリア。

 高く掲げると、ぐしゃり、と握り潰した。 

 

「嘆きなさい、貴方の末路はこのレンガよ」


 そう高らかに宣言すると、同時。

 周囲の物陰から100匹の親子フェンリルが飛び出し、男へと襲い掛かった――。






 * *






 とはいえ殺してしまえば大問題だし、事件の背後関係も洗いたい。

 モフモフとレムリス、そして子供たちは一応の手加減をしつつ、男をボッコボコに叩きのめした。


 それがトラウマになったらしく、視界に仔フェンリルをチラつかせるだけで、男は何もかもを白状した。

 彼の名前はダイヴ。

 いわゆる裏社会の住人で、金さえ積めばどんな仕事も引き受ける。

 今回の依頼は、とある女性の殺害。

 そして彼女の抱える書類の奪取だった。


 ならばその書類はどんなものかといえば、被害者の女性……ナタル・ミリアノ曰く、


「不正の証拠です。私は王国騎士団の会計係なんですが、最近、カノッサ公爵まわりで怪しいお金の流れが増えていたんです。それについて調べていたら、今日、こんなことに……」






 ちなみに、この世界のフェンリルはもともと犬でした。

“はじまりの魔王”の愛犬が主人を助けるために進化を遂げた姿がフェンリルの祖先で、彼の子孫たちが「フェンリル」と呼ばれています。

 その意味でモフモフは「フェンリルであってフェンリルではない存在」、モンハンっぽくいうなら「フェンリル起源種」になりましょうか。


 毛皮のモフモフさは、一般的なフェンリルの十倍以上に達します。

 ちょうやわこい。

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