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幕間 大好きだった貴方へ(ヴィンセント視点)

予定を変更して、幕間挟んで第二章。

次話は本日夜に投稿予定。


ちなみにヴィンセント国王はおばあちゃんっ子でした。

 俺――ヴィンセント・ディ・トリスタンが()()と出会ったのは、4歳のときのことだった。

 

 当時から俺は両親に疎まれていて、王宮ではいつもひとりぼっち。

 性格はすっかり捻くれてしまい、我ながら随分と可愛げのない子供になってしまった。

 それを心配した王太后のアナベラが、話し相手としてフィオリアを連れてきたのだ。


 フィオリアが公爵令嬢ということは事前に聞かされていた。

 ……オズワルドの婚約者で未来の王妃らしいが、どうせ見た目だけが取り柄の貴族女だろう。

 そんなふうにタカを括っていたら、出会い頭に罵倒された。


「貴方、負け犬の目をしているわね。……つまらない子」


 俺は呆気に取られた。

 何を言っているんだ、この女は。

 仮にもこっちは王族なのに、礼儀というものを知らないのだろうか。


 けれど同時に、新鮮さも感じていた。

 両親や兄たちはいつも俺を無視し、使用人らは表面上の態度を取り繕いながら、遠巻きにヒソヒソと噂話するばかり。

 直接なにかを言ってきたのは、フィオリアが最初かもしれない。


「国王夫妻からは距離を置かれているみたいだけど、悔しくはないの? 見返してやりたくはないの? 夫妻だけじゃないわ。兄のオズワルド様にマルス様、臣下の貴族や使用人たち――これまで貴方を軽んじてきた人間が、這いつくばって許しを乞う。そんな未来はどう? ……素敵と思わない?」


「できるわけがないだろう」


「私はそう思わないわ。アナベラ様から聞いたのだけど、たくさん本を読む子なのでしょう? 実際に会って分かったけれど、貴方には才能があるわ。オズワルド様やマルス様より立派な王になれるかもしれない」


 後で知ったことだが、アナベラおばあちゃんはフィオリアに対して「ヴィンセントを元気づけてあげて」と頼んでいたらしい。

 完全な人選ミスだ。

 王族の子供を励ますために王位簒奪を唆すなど、どう考えても正気の沙汰じゃない。


 けれど、俺には効果抜群だった。

 彼女の示す未来像は、あまりにも魅力的だったのだ。

 両親や兄、使用人たち……いや、全世界の人間に示してやりたい。俺こそが王に相応しい存在なのだ、と。


「今日はいくつか本を持ってきたわ。政治のものを2冊、歴史のものを1冊。10日後にまた来るから、その時、内容について話しましょう。……1年もすれば貴方に議論で勝てる人間はいなくなるわ。私を除いてね」


 俺はその日からひたすら本にかじりついた。

 分からないところはアナベラおばあちゃんに教えてもらって読み進め、なんとか10日で完読した。


「ふふ、せいぜい1冊が限度と思っていたけれど……頑張り屋さんなのね、貴方は」


 フィオリアは嬉しそうに微笑んだ。

 白くて細いきれいな手を伸ばすと、ぽんぽん、と俺の頭を撫でてくれた。くすぐったい。それ以上に、気恥ずかしい。


「褒められることに慣れていないのね。悲しいわ。貴方はこんなにもできる子なのに」


 俺が何かを達成するたび、フィオリアは俺の頭を撫で、時には抱きしめてもくれた。

 彼女は俺にとって恩人で、大切な人で、……祝福の女神だった。

 本来なら、俺はつまらない男として人生を終えていただろう。

 けれどフィオリアはその運命を変えてくれた。

 心から感謝しているし、誰よりも愛おしい。


 ……彼女とともに時を歩んで、添い遂げたかった。


「俺は必ず王になる。王になって、オズワルドからお前を奪う。俺のものになれ、フィオリア」

 

 7歳の秋、俺はフィオリアに告白した。

 本当は王位なんてどうでもよかった。

 彼女が欲しかった。

 彼女を手に入れるための手段として、王位簒奪を心に決めた。


「素敵な野心ね。いまの貴方は輝いているわ。とっても好みよ、ヴィンセント」


 フィオリアの美貌は、心からの喜びに満ちていた。

 俺の成長を嬉しがってくれているのだろう。


「けれど私はオズワルド様の婚約者なの。貴方が玉座を奪おうというなら、全身全霊をもって叩き潰す。……私が欲しいなら、跳ね除けて、逆に組み伏せるくらいのことはしてちょうだい」


 ひとに王位を奪えと唆しておきながら、フィオリア本人はその邪魔をするという。

 支離滅裂で無茶苦茶だが、俺は、とても彼女らしい反応だと思う。

 

 フィオリアはわずか1年でフローレンス公爵領の改革を成し遂げた。中には10年後、20年後に効果を発揮するものもあるだろう。それだけの長期的なスパンを見渡せる視野を持っているのだ。彼女の能力は公爵令嬢という器には収まりきらない。宰相として辣腕を振るうのがふさわしいと思う。

 しかし同時に、フィオリアほど宰相に似合わない女はいない。なぜなら極度のお人好しで、かつ、目の前に面白そうなものがあれば飛びついてしまう。猫のように気まぐれだ。そこが可愛らしくて仕方ない。……ほとんどの人間はフィオリアの立派な部分にしか目が行っていないから、この可愛さに気づいているのは俺だけだろう。優越感。


「貴方は私に勝てるかしら?」


「勝つよ。勝って、おまえを手に入れる。期待しておけ」


 それからほどなくして、フィオリアは毒に倒れた。

 愚父にして愚王のアイザックは、裁判の結果を捻じ曲げ、オズワルドへの処分をひどく軽いものにしてしまった。

 そればかりかイソルテ男爵の反乱をほぼ黙認。フローレンス公爵領が攻められているというのに、まったく手を貸そうとしない。


「このままじゃ、ダメだ」


 フィオリアのお人好しが、俺に乗り移ったのかもしれない。

 トリスタン王国を放っておけないと感じたのだ。


 フィオリアと結婚するためではなく、この国で暮らすすべての人々のために――

 あらためて俺は、王になることを決意した。


 それから20年。

 トリスタン王国では、王は死ぬまで王位にある。

 おかげで即位できたのは3年前だし、先王アイザックが王国軍の一部解体などという大暴挙を行ったため、イソルテ王国への出兵すらおぼつかない。

 

 さすがの俺も心が挫けた。

 あまりにもハードルが高すぎる。

 国を立て直すなんてできっこない。

 せめて最後の国王として、最低限の働きだけはしておこう。


 そんな、敗戦処理じみた気持ちに支配されてしばらくが経った頃――。


 ……イソルテ王国に、黄金の破壊光が落ちた。

 

 フィオリアが目覚めたのだ。

 嬉しかった。

 涙が流れていた。

 オズワルドとフィオリアの婚約はとっくに解消されているし、俺はいまや国王だ。

 あの日の約束は果たした。彼女を妻にできるかもしれない。まるで夢のようだ。


 熱情が沸々と蘇り――しかし、すぐさま現実というものを意識させられる。


 冷静に考えろ、俺。 

 フィオリアの毒殺未遂には、俺の兄、オズワルドが関わっている。

 しかもトリスタン王国は今日まで、イソルテ王国に脅かされるフローレンス公爵家に、何の支援もしてこなかった。

 

 これで求婚するなど、あまりにも恥知らずだ。

 国民だって許さないだろう。

 彼らの中には、王家をフィオリアの仇として憎む者すらいるのだから。


 けれど。

 もう一度、会いたい。

 もう一度、あの澄んだ翡翠の瞳で微笑みかけてほしい。


 すがるような気持ちで、俺はフィオリアを呼び出した。

 離宮そばの庭園。

 かつて何度も語らった、思い出の場所だ。


 もしかすると俺は、懐かしいあの日に帰りたかったのかもしれない。

 

 ……けれどフィオリアは、そんな甘えを見抜いていた。


「貴方と結婚するのだけは絶対に嫌よ。負け犬の目をしているもの」


 俺を厳しく糾弾し、突き放す。

 反論せずにいられなかった。

 聞いてくれ。

 誰もが君のように強く在れるわけじゃない。

 人は変わっていく。

 あの日の子供は、もう、どこにもいないんだよ。


「私はそう思わない」


 フィオリアは迷いなく言い切ると、俺の頭に手を伸ばした。

 胸元に抱き寄せられる。

 暖かくて、いい匂いがした。 

 

「人間は変わるわけじゃない。生きるうちに色々なものを蓄えていくの。幼いころの自分は、その中に埋もれているだけ。……捨てた夢があるなら、もう一度、拾って歩き出せばいい。胸を張りなさい、ヴィンセント。貴方はきっと貴方の人生を乗り越えられる」


 ――だって貴方は、私が見込んだ男なのだから。


 




 * *






 まるで子供のように泣き喚いた後、不思議と俺の心は落ち着いていた。

 頭は冴え渡って、すべきことがクリアに理解できる。


 俺が王位を目指した理由。

 最終的にそれは、トリスタン王国に暮らす人々のためだった。


 決めたからには、もう止まらない

 どうか見ていてくれ。

 幼いころ、君に薫陶を受けた人間のひとりとして、必ずやり遂げる。


 ありがとう。

 そしてさようなら。


 ……僕は君をずっと忘れない。

  



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