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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
9/23

少女たちの箱庭遊戯Ⅱ 氷炎の魔導士5

 翌朝、一行はあの後お茶会を楽しみそのまま朝を迎えていた。夜の雨はとっくに上がり、雨露は朝の日の光を反射して輝く。家の外に出た紡がぐいっと背伸びをして肺いっぱいに朝の新鮮な空気を取り入れた。


「ねーこの世界にいる間ここを私たちの家にしちゃわない?」


 家の中で朝ごはんの用意をしているファヴォリとリーヴル、そして用意ができるのを待っているルナに提案する。


「そうですね、拠点があるのは良いことです」


 ファヴォリが賛成すると、二人も縦に頷いた。


「やったー!」

「ふふっ、さあ朝ご飯の用意が出来ましたよ」


 ファヴォリに呼ばれてはーい、と返事をした紡だったが、ふと気配を感じ振り返る。先ほどまでの笑顔は鳴りを潜め、何かを警戒している様子だった。


「? 紡、どうしました?」

「……うぅん、なんでもない。そんなことよりごっはんーごっはんー!」


 紡はすぐにいつもの笑顔を取り戻して家の中へと消えていった。その様子を遠くの木陰から伺う影があった。

 

     ♰


  テーブルの上にはフルーツジュースに紅茶とコーヒー、トーストとシリアルとベーコンエッグ、ソーセージ、ハッシュドポテトやベイクドビーンズにサラダボウルまで並ぶイングリッシュスタイルの朝食だった。


「朝からこんなに食べられないわ」

「ルナは普段朝食を召し上がりませんからね」

「朝ごはんはちゃんと食べなきゃ駄目ですよ?」


 各々好きなものを取り分けながらの賑やかな朝食が始まった。ルナはリーヴルが配膳したものをそっくりそのまま隣に座る紡に横流しするのを、ファヴォリが笑顔で阻止する。一方紡はそんなのお構いなしに、或いは気付いていないのか自分の分を取り分けては胃の中に収めている。朝からよくそんなに食べられるわね、と呆れた視線をルナから浴びるのも、気にしない。


「で、今日はどうしようか」


 ファヴォリお手製のフルーツジュースを飲み干して一息ついた紡が口を開く。


「そうですね、こうして拠点を決めたことですし手分けするのはどうでしょう? その方が今までより多くの情報を得ることができるかもしれませんよ」

「そうね、それには賛成だけれど、紡はともかくファヴォリを一人にするのは不安だわ」


 ファヴォリに加えリーヴルとも攻防を繰り広げていたルナがようやく束の間の休息を手に入れ、紅茶を片手に意見する。


「んーじゃあファヴォリは私と一緒に行動するっていうのはどう? どうせルナとリーヴルは一緒に行動するんでしょ、だったら丁度二人組にできるし」

「私が一緒でご迷惑じゃないですか?」


 不安そうに尋ねるファヴォリの両手を、紡の手が包み込むように握り力強く首を横に振る。


「まさか、私はむしろファヴォリが居てくれたほうが心強いよ」


 それを聞いたファヴォリも安堵の笑みを見せる。ルナが決まりね、と呟いてリーヴルが皿にトマトのサラダを盛りつけようとするのを阻止した。

 朝食を終え、ルナはリーヴルと共にこの家に所有を示す魔法を施すと一度外に出た。紡とファヴォリは 朝食の後片付けのために二人で並んでキッチンに立っていた。


「そう云えばさ、ファヴォリの使う魔法って全部習得魔法だよね」

「え、えぇ、まぁ……」

「じゃあファヴォリの固有魔法ってどんなのなの?」

「私の固有魔法なんてつまらないものですよ、お披露目する程のものじゃ無いです。そう云う紡はどんな魔法を使うんです?」


 貴女のだってまだ見たことがありませんよ、と一方的に話しをはぐらかした。しかし紡は気にすることなく自分の固有魔法の話を始めた。


「私のはね、その人の物語を私が語り継ぐと未来永劫世の中に影響させるんだ。簡単に云うと世間から忘れら去られることは無いの」

「では、俗に云う歴史上の人物や伝記なども……」

「うん、そう云う事。あとは私は今まで出会った人のことは忘れないんだ」


 その分勉強とかはさっぱりなんだけれどね、と紡が照れ笑いを見せるのと外で爆発音に似たそれが聞こえたのは同時だった。

 何事かと洗い物もそのままに二人が外に飛び出すと、土埃の中に片膝を着くルナと彼女の前に立って攻撃を防いだリーヴルの姿をとらえた。


「二人とも大丈夫ですか!?」


 ファヴォリが二人の安否を確認しようと駆け寄り、紡がキッと道の向こうを睨み付けた。


「あんたたち居るのはわかっているんだよ、出て来たらどう? 祈人(いのり)征人(いくと)!」


 紡が口にした人物の名前にその場にいる誰もが信じられないと云う顔をしたが、やがて紡の視線の先から二人が姿を現す。


「よくわかったな、お前」


 征人(いくと)が好戦的な笑みを浮かべ紡に賛辞を送る。一方紡はそんなものどうでもいいのか征人の言葉を無視して続ける。


「何? 何が目的? まさかルナが目的とか云わないよね」

「生憎その通りだ」


 紡の質問に今度は祈人(いのり)が答える。ルナは二人が自分を狙う理由を想像し苛立ちの表情を露わにする。


「悪いけれど私は鍵でもアリスでも無いわ。無駄な争いは好きではないの」


 ファヴォリの手を借りて立ち上がったルナが不服そうに言い放つ。


「そうは云ったって証拠は何処にも無いだろう。お前が無いことを証明できなければ其れは即ち有ることになる」

「悪魔の証明を使いたければ先に貴方たちが有ることを証明していただきたいものです」


 祈人(いのり)の詭弁に対して、一歩前に出たリーヴルが普段の爽やかな微笑みからは想像出来ないほどに冷たく無機質な目で相手を見下す。紡もリーヴルと並んで立ち相手の動きを伺っている。両者の間には一発触発の緊張感が漂う。

 先に攻撃を仕掛けたのは祈人(いのり)征人(いくと)兄弟だった。

 其々に祈人は氷で出来た剣を、征人は炎で出来た剣を片手に一気に間を詰める。


魄灰姫(はくばいひめ)!」

「さあさおいでなさい、炎を纏いし伝説の剣『レーヴァテイン』」


 紡とリーヴルも各々の武器を手にそれぞれの攻撃を受け止める。リーヴルは征人(いくと)の剣を横に薙ぎ払い、紡は刀で受け止めたまま右足を軸に左足で回し蹴りを喰らわせるが、祈人(いのり)が受け身を取り最低限のダメージに抑える。


「やっぱりね、あんたたち氷炎(ひょうえん)の魔導士兄弟でしょ。属性魔法遣いの間じゃ有名人の」

「はんっ、知ってるならよく正面から挑もうと思ったな」

「当ったり前でしょ、こんな機会なのは尺だけれどあんたたちとは一度手合わせしたかったんだよね!」


 宣戦布告の台詞を吐き捨て、今度は紡が仕掛ける。向日葵のように鮮やかな右の黄色の光彩が揺らめき空色へと変化する。


水剋(すいこく)()、蒼の彼方よりその全てを飲み込め! 『青龍牙狼(せいりゅうがろう)』っ!」


 上から下へ振り下ろした刀に牙を剥き出しにした青龍の影が重なり征人(いくと)を襲う。しかし征人の前に祈人(いのり)が庇うように立ちはだかった。


「『ヘイトリッド・アイス』」


 氷の術師に相応しく抑揚の無い冷たい言葉が呪詛を紡ぎ、青龍の牙もろとも氷漬けにしてしまう。してやられたと僅かに紡が奥歯を噛みしめた時には既に固体と化した青龍はあっけなく砕け散り、ダイヤモンドダストのように空気中に光を彩る。その輝きもつかの間、紡の背後からリーヴルが剣を構えて襲い掛かる。


「『サファイア・インフェルノ』ッ」


 火よりも熱い碧い炎の軌道が二人を襲う。しかし、今度は祈人に代わって征人がその攻撃を受け止める。炎の剣が総てを収束させ、再び静寂と緊張が走る。


「流石は双子だね、コンビネーションばっちり」

「トーゼンだろ! なんつったって俺らだからな!」


 敵同士とはいえ祈人征人と紡は何処かこの戦いを楽しんでいる様にも見受けられた。

 一方後方でその戦いをじっと見つめていたルナは訝し気に口を開いた。


「……おかしいわ」

「何が、です?」


 ファヴォリが尋ねると、ルナは自分でも信じられないと云う風な口ぶりでゆっくりと言葉を続けた。


「物語が、可能性が、無いの」


 ルナの言葉にファヴォリも絶句する。そして再び前で繰り広げられている激闘に目を向ける。


「さぁって、第二回戦と興じますか」


 紡が魄灰姫(はくばいひめ)を二度、三度、素振りをして意気込む。それに応えるように祈人と征人も剣を構える。


「紡様、二対二ではこちらの分が悪いです。タイマン勝負に持ち込みましょう」


 リーヴルが小声で提案し、紡が無言で小さく頷く。それを確認し、強く一歩をふみだした。それと同時に祈人たちも足に力をこめる。

 再び、今度はお互いに詰め寄り剣を振り下ろす。キィンと金属のぶつかる甲高い音が響き渡る。


「土木の響き! 我が声に応えよっ――『隆怒振脈(りゅうどしんみゃく)』」


 紡の声に応える様に祈人と征人の間を割くように地面が盛り上がり、二人を強制的に分かつ。

 祈人の前にはリーヴルが、征人の前には紡が立ちはだかる。


「あんたの相手は私だよ、この覗き魔」

「はんっ、お前なんか一瞬でコテンパにしてやるよ、ブス」


 その言葉を合図に紡が仕掛ける。光彩が揺らめき、今度は緑色へと変化する。


「『落葉乱舞』」


  紡の前に魔法陣が展開され猛スピードで数々の魔力を伴った無数の葉が征人を襲う。が、征人はこの程度では怯まない。むしろここぞとばかりに呪文を唱え魔法陣を展開させる。


「炎遣いの俺にそんなもんが通用するかよ!『ブレイジング・アブレーション』! 全部燃やしてやんよ!」


 一つ一つは小さな葉たちは征人の一振りから放たれた炎の渦によって呆気なく灰になり散ってゆく。しかし紡はにやりと口角を上げた。


「バーカ! 火生土、灰よ土に還れ、土生金、土よ金を生み出せッ『黄金鏡壁』」


 紡が早口で唱えると紡の前に金色の壁が姿を現し、炎を跳ね返す。反射された自分の放った炎をかわし、ズレた帽子を直した征人と目が合う。


「あんたが勝ったら覗き魔の汚名を返上してあげるよ。ところであんたたちのお姫様は? まさか一人で放置して私たちのところに来たわけじゃないでしょうね」

「だからお前の風呂見たって嬉しくなんか無いっつーの。紗鶴なら安全な場所でこの戦いを見てるぜ。お前らこそ戦場に戦えない奴置いておいて邪魔じゃねーのかよ」

「邪魔なんかじゃないし! 守りたい人が傍にいる方が私は強くなれるの」


 紡が意気込んで次の攻撃に映ろうとしたとき、ルナの悲鳴が二人の鼓膜をつんざいた。同時に、紡の作り出した土壁を破壊した祈人が一歩一歩歩みを進める。

 壁の向こうでは氷の結晶の真ん中に閉じ込められ静かに目を閉じるリーヴルと、その氷に向かって何度も何度も最愛の従者の名前を叫ぶルナの姿があった。


「なっ……リーヴル!?」

「彼は強かった。けれどそれよりも俺の方が強かった。ただそれだけのことだ。安心しろ、死んではいない。アリスを手に入れたら術を解除してやる」


 祈人は諭すように云うがその言葉はルナに届くはずも無く、繰り返しリーヴル、リーヴルと叫び続けた。


「これで二対一だ。大人しくアリスを俺らに明け渡せば大人しく去ってやる」

「お断り。誰がルナを渡すもんか。逆にあんたらをぎゃふんと云わせてリーヴルを解放させたあと追い払ってやるんだから」

「お前威勢だけはいいよな、ケドそれだけじゃ俺らには勝てないぜ」

「一人だって戦える。いいこと教えてあげるよ」


 両手で魄灰姫を握りしめていた紡は左手を離し前に掲げる。


「腕が二本あるのはね、刀を二本持つためなんだよ! ――いでよ『鬼羅裂(きらさき)』ッ!」

 紡の掲げた左手の先から光の粒が集まり、少女が扱うには大きすぎる紅い大太刀が姿を現す。

「私はもう誰も失わない、もう負けない!」

「紡!」


 ファヴォリの制止も迷いも振り切るように紡は突っ込む。


「俺ら二人相手に一人で戦おうなんてな」

「それは勇気とは云わない。無謀と云うんだと教えてやろう」

「うっさあああいっ!!」


 苛立ちをぶつけるかのように乱暴に、しかし見た目以上の力で二本の刀が交差するように振り下ろす。刹那、二人の予想より早く衝撃を喰らい、受け身を取ることなく地面に叩き付けられる。


「『隆怒振脈(りゅうどしんみゃく)』ッ! よくも……よくもルナを悲しませてくれたね!」


 地面が隆起し、ダメージを喰らって怯み為す術も無い二人を空中に放り投げる。それを追うように紡が地面を蹴りあげ二人より高く飛び上がる。


「青龍よ、赤龍よ、汝我が刀にその魂を宿らせ給え――これでも喰らいなさい! 『暴龍激(ぼうりゅうげき)(こう)』ッ!」


 紡の背後に二体の龍が姿を現し祈人と征人を喰らいつくそうと襲い掛かる。一瞬意識を手放した征人が次に目を開けたときにはもう龍の牙がすぐそばまで迫ってきていた。胸を牙が貫く情景が脳裏を駆け巡ったとき、その牙は淡いエメラルド色のシールドによってはじき返された。


「これ以上黙ってみているわけには行きませんわ。大丈夫ですか? 祈人(いのり)征人(いくと)


 二人の前に姿を現したのは紗鶴(すず)だった。慈しみの眼差しで祈人と征人を労わる。三人を包み込んでいた球状のシールドがゆっくりと下降し、ふわりと地面に着地するとシールドは解除された。

 空中で一回転し、地面に降り立った紡が肩で息をしながら三人を睨み付ける。


「お姫様はお城で大人しくしていればいいのに」

「そうもいきませんわ。私の大切な二人が危機を迎えても尚何もしないでいられるほど、私も大人しくありませんの」

「へぇ、そんなに大事なんだね」


 紡がゆっくりと右手を掲げて魄灰姫(はくばいひめ)の刃先で祈人(いのり)征人(いくと)を指す。


「その死体たち」

「し、死体?」


 紡の言葉にファヴォリが目を見開く。一方祈人と征人の表情は僅かに陰りを見せる。


「だってあんたたちはとっくに死んだことになっているんだよ。名の通ったあんたたちが死ねば否応でも話は耳に入ってくる。それなのにこんなところで出会うなんて思ってもいなかったよ。さしずめ、主犯はそこのお姫様ってところかな」

「それは噂でしょう? 二人は死んでいませんわ。現にこうして私と一緒にいますもの。それに仮に私が死者を蘇らせたとして、その唯一の方法は生魂(きこん)の魔法のそれだけですわ。しかし生憎、私にそのような高等技術を扱えるような力はありませんの」


 紗鶴が反論するが紡は続ける。


「まだあるよ。そこの二人、男物にしてはかなり匂いの強い香水をつけているみたいだけれど……それは死臭をごまかすためなんじゃないの? あんたたちが朝私たちを監視していた時だって風に乗って少しだけ死者の匂いが漂って来ていたんだ。そう、今だって、ね。接近戦の時に確信したよ」

「違う! 俺らは死んでなんかいない!」


 俯き黙っている紗鶴に代わって征人が声を荒げる。一方紡は落ち着き払った様子で冷静に相手を論破する。


「じゃあなんでルナが分岐を――可能性を見つけられないの? 生きていれば無数に見つかるはずの分岐をさ。それはあんたたちの物語が、人生が終わっているって云うことでしょ」

「だからどうした」


 紡の言葉を薙ぎ払うように祈人が冷たく云い放つ。


「俺らが死んでいようが生きていようがお前らには関係無いだろう。俺たちはずっと三人一緒に生きてきた。それはこれからも変わらない」

「いの、り……」


 紗鶴が顔を上げて安堵の微笑みを見せる。その表情を見た祈人も少しだけ表情を緩ませた。


「祈人の云う通りだな。俺らはこの世界から出てまた三人で一緒に暮らす。そのためにはお前を貰うぜ、アリス」

「ルナはアリスじゃないって云ってるでしょ。それにあんたらなんかに渡さないって」


 ルナに向かって振り下ろされた剣を紡が間に割って入って弾き返す。


「祈人、南南東の方角、六秒ですわ! 征人は南南西へ、七秒です!」


 紗鶴の指示に正確に従い祈人が攻撃を仕掛ける。


「『ヘイトリッド・アイス』」

「氷技には炎――」


 紡の瞳が紅い怒りを滲ませた炎の色に揺らめく。


「踊れ刀よ、舞い立て炎よ『豪火剣乱』ッ」


 祈人の氷の剣を魄灰姫で薙ぎ払った紡の僅かな隙を反対側から時間差で迫っていた征人の鋭い眼光が捉える。


「『クリムゾン・ジャッジメント』――ふっとべっ!」

「しまっ……!」


 鬼羅裂(きらさき)で防ごうとするも、それよりも早く征人の剣が紡の脇腹を的確に抉る。

 鮮血をまき散らしながら紡の身体が肩から受け身を取ることなくずしゃりと倒れ落ちた。


「つむ、ぎ……?」


 ルナに寄り添っていたファヴォリがふらふらと立ち上がって紡の元へと駆け寄りその身体を揺さぶる。紡の脇腹から溢れだす、ぬめりと嫌な温かさを持った赤黒い血液がファヴォリの白い手を汚らしく染め上げる。紡の胸の真ん中で脈打つ鼓動が少しずつその存在を失ってゆき、身体から温かさが遠のくのをファヴォリはてのひらで感じていた。


「チェックメイトだ。アリスは俺たちが貰っていく」


 祈人が抑揚の無い口調でファヴォリに告げ、紡の傍らてぺたりと座り込む彼女の横を過ぎ去り、リーヴルが閉じ込められた結晶の前で壊れたラジオのように掠れた声で名前を呼び続けるルナの右手を引っ張って無理やり立ち上がらせた征人は、そのままずるずるとルナを引きずる。ルナはされるがままにおぼつかない足取りでその後をついていく。もう自分がどうなろうとルナにとってはどうでもよかった。最愛の従者をまた失うことのショックの方が何よりも大きく、彼のいない世界ならどうされようと関係なかった。


「大丈夫ですわ、この世界の門が開かれれば貴女も元の世界に戻れますもの」


 俯くファヴォリにそっと紗鶴が声を掛けるがファヴォリから反応は無い。少し立ち止まってその様子を伺っていた紗鶴だったが、やがてかぶりを振って歩みを進めた。その後ろを祈人が、そしてルナの手を引いた征人が通りすぎようとしたその時、ルナの手を引く征人の右腕をファヴォリの血液で汚れた手が握りしめた。

 何事かと掴まれた腕の方を征人が視線を動かしたときには手首から先、丁度ファヴォリに掴まれたその先が捥がれたように失せていた。


「案外もろいんですね、死体って」


 ファヴォリがそっと呟き、座ったままじっと征人を睨み付ける。


「お前っ」


 ルナの小さな手のひらから、征人の身体から捥がれた右手をそっと外し、それをそのまま持ち主の前に捨てた。


「紡を、ルナを、リーヴルをこんな風にするなんて……許しませんよ」


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