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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
8/23

少女たちの箱庭遊戯Ⅱ 氷炎の魔導士4

気付けばすっかりご無沙汰でした。来月完結します。

 その日、夜の帳が空も太陽も覆い隠した頃。一行はお茶会をした原っぱから少し歩いたところにある無人の集落の一つの家で休んでいた。

 家の中は長いこと誰も使っていない様子だったが、かと云って埃を被っているというわけではなく、快適に過ごしていた。

 普段から早寝だと云う紡は早々に大きな欠伸をしながらベッドの中に潜りこんですやすやと寝息を立てて眠っている。

 ファヴォリも「今日は早めにお休みしますね」と云って紡と同じ部屋に行き、リーヴルは最初こそルナと一緒にリビングに居たが、一人にしてほしいというルナの申し出に従い、空いている部屋に引っ込んでいった。

 時計の針が日付変更を告げ、丑三つ時に突入したころ。空を雨雲が覆い、静かに雨を降らせていた。

雨の音を聞きながら、一人テーブルランプの淡い光で手紙を読んでいると、ルナのいるリビングのドアを静かに誰かが開けた。ドアのその先に立っていたのはファヴォリだった。室内にいるせいか黒いフードポンチョは身に着けておらず、透明感のある薄いエメラルド色の髪も解かれていて、リラックスした雰囲気を漂わせていた。


「まだ起きていたんですか?」

「私は睡眠を必要とし無いもの。四六時中起きているわ」

「そうでしたね」


 クスっと笑ったファヴォリはキッチンに立ち、魔法で瞬間的にお湯を沸かし紅茶を淹れ始めた。いつもリーヴルが淹れているものとは異なる、ハーブの優しい香りが部屋に充満する。やがて、二つのティーカップを持ったファヴォリが、リビングに備え付けられているローテーブルにそれを置き、ソファに座るルナの隣にそっと腰掛けた。


「お手紙、誰からだったんですか?」

「あぁ、あの子たちからよ。相変わらず元気にしているみたいだわ、私がいなくても大丈夫ね」


 そう云ってルナは持っていた手紙をファヴォリに見せた。手紙には女の子らしい丸文字で『最近見かけないけれど何処にいるの?』や速記気味な字で『みんなでお茶会の準備して待っているね』など、一人分だけ解読不能なレベルで雑な字だったがどれもこれもルナの安否を心配し、戻ってくることを願っている内容だった。


「みなさんルナの帰りを待って居るんですね」

「えぇ、だから私はこんなところで何処かの誰かのくだらない遊戯に付き合っている暇はないの」


 温泉旅行もいつまでも延期させるのも悪いしね、と付け足してルナはティーカップに口をつけた。


「貴方はあそこでずっと待って居るのよね。待って居るのってどんな感じかしら」


 ルナの質問に、ファヴォリは考えるようにうつむき、紅い水面で揺れる自分の顔をじっと見つめた。そして、そっと口を開く。


「私はあの方を信じています。だから、また戻ってきてくれたときに色んなお話ができるようにって毎日過ごしています。そんな日常は、何気なく過ごしているそれよりもずっとずっと充実していて……だからこそ余計に、早く逢いたいとはやる気持ちもあります」

「不安は無いの?」

「無い、と云ったら嘘になります」


 そう云ってファヴォリは寂しそうに少しだけ微笑んだ。そんな彼女を見てルナは紅茶を流し込んで言葉も一緒に飲み込んだ。いつも慈しむような笑みを湛えている彼女がこんな風に笑うなどルナは知らなかった。


「私との約束なんか忘れているんじゃないか、とか、もう逢えないくらい遠くに行ってしまったんじゃないかとか……考えだしたらキリが有りません。それでも私は、あの場所で――レーベルラントの魔女の住む森で、彼を待って居たんです」

「そう……。ねぇ、聞いてもいいかしら? 貴女の待って居る人のことと、その人との出逢いのお話」


 ルナが云うと、ファヴォリは心なしか嬉しそうにはにかんで、幼い子どもに絵本を読み聞かせ擦るような口調で話はじめた。


「彼と出逢う前、レーベルラントが村になるよりもずっと前から、私はあの森で生活をしていました。やがて誰かが森の外に住むようになり何時からか其処はレーベルラントと云う雨の支配する村と成りました。私はずっと一人でしたから、村の方たちのことがとても気になって、交流を持ちたいとも思いました。ですがその時にはもう、森に棲む魔女の噂が広まっていたんです」

「森に棲む魔女は貴女のことよね? それの何が問題だったのかしら」


 ルナが小首を傾げて尋ねる。ファヴォリは大分ぬるくなった紅茶を口に含んで話を続けた。


「私は何もしていません。ただ、魔女が居ると云うことが問題だったんです。村の人たちは魔女を無差別に忌み嫌っていたようで……」


 ファヴォリの話を聞いてルナは嗚呼と胸中で察した。

 レーベルラントに人が住むようになった頃は丁度魔女狩りが盛んにおこなわれていた時期と一致する。そのため村人たちは過敏になっていたのだろう。


「ですから私はみんなが来る前と変わらずにひっそりと生活をしていました。そんなある日でした。彼が村にやってきたのは」


 そう云ってファヴォリはじっと両手で包み込んだカップから伝わる僅かな温かさを感じながら、すっと目を閉じて過去を回想した。


     ♰


 レーベルラントが村として栄えるようになったころ。一年の殆どを雨が支配するその村に珍しく旅人が訪れた。旅人は少しの間この村に泊まりたいと申し出ると、村の人々は皆快く彼を歓迎した。


「村のはずれにある森には近づいてはいけませんよ」


 村人を家に泊めている女性はそう口にした。彼が何故ですか? と尋ねると、女性は忌まわし気に、それを口にすることを恐れるようにそっと口を開いた。


「魔女が居るからですよ」

「魔女?」

「そう。私たちの先祖がここに村を起こすよりも前からあの森にすみ着いているらしいんですけれど、迷い込んでしまった人の中には毟り喰われて酷い姿で放置されていたとか」


 絶対にあそこにはいかないでくださいね、と念を押され旅人は静かに頷いた。

 その日の夜。村は年に一度有るか無いかの満天の星々が空を彩っていた。村人たちは広場に集まってお祭り騒ぎだった。酒を飲み料理に舌鼓を打ち、各々芸や踊りを披露したりと大いににぎわっていた。

 そんな喧噪から離れるように村人は一人村の外れに向かって歩いていた。森の入口に近づくと、同時に一軒のこぢんまりとした小屋も視界に入ってきた。煙突からは煙が上がっており、中に人がいることを知らしめる。彼は家の前に立ってドアを二回ノックした。少ししてキィと云う音と共にドアが少しだけ開いて、中からファヴォリが恐る恐ると云った様子で顔を見せた。


「突然訪ねてすみません。俺は……」

「あ、えっと、旅人さん、ですよね……。その、村の人に頼まれてきたんですか?」


 ファヴォリは異常なほどに怯えきっていた。旅人はそんな彼女を刺激しないよう、これ以上怖がらせないよう努めて優しく話しかける。


「いや、俺自身の意志だよ。同胞として君のことを知りたくてここまで来たんだ」


 同胞、と云う言葉を聞いてファヴォリの肩が僅かに跳ね上がる。それでも目の前の人物に対する不信感はぬぐい切れていないようだ。


「でも……貴方からは魔力を感じません。貴方は一体何者なんですか」


 ファヴォリの指摘に旅人はくすっと笑った。


「俺は自分の魔力を幻にしているんだ。俺の二つ名は幻葬の魔導士。総てを幻に葬る者だ」


 暫く悩んだ後、ファヴォリはそっと扉を開いて旅人を家に招き入れた。

 彼女の家は外見通り一人が暮らすので精一杯と云った広さだった。そんな家の仲の殆どを薬瓶や植物で埋め尽くされている。

 ファヴォリは旅人を真ん中に置いている椅子に案内すると、幾つかのハーブを取り出して紅茶を淹れだした。


「そう云えば自己紹介がまだでしたね。私の名前はファヴォリューム。ファヴォリとお呼びください」

「ファヴォリか、良い名前だね。旧約魔導書に出てくる陽だまりの妖精の女王の名と同じだ」

「よく御存知ですね」

「いろんなところを旅してまわっているからね。嗚呼、俺のことは旅人でいいよ。名前はとっくに捨ててしまっているから」

「そうですか……では旅人さん、お口に合うかわかりませんが」


 そう云ってファヴォリは旅人の前にハーブティーとお茶請けのお菓子を出して、彼の向かい側の椅子に座った。


「そう云えばファヴォリは最初俺のことを旅人と言い当てたけれど何故知っているんだ?」


 旅人の質問にファヴォリは嗚呼、と立ち上がって部屋の奥から黒い影でできた文鳥の入った鳥かごを取り出して見せた。


「この子が教えてくれたんです。村にお客様がいらっしゃっていると」

「なるほど、遣い魔か」


 ファヴォリはえぇ、と頷いて鳥籠を奥に戻してまた席に着いた。


「見たところ君は村人たちから聞く魔女の像と随分かけ離れているようだけれど、良かったら何があったのか聞いてもいいかい?」

「ごめんなさい、お話しようにも何もないんです」

「何も無い?」


 旅人は思わず聞き返してしまった。なにも無いのなら何故村人たちはあんなにも目の前の彼女を忌み嫌っているのだろうか。

 彼が呆気に取られているとファヴォリは補足するように話し始めた。世間にはびこっている魔女狩りのこと、それ故に村人たちは皆魔女を無差別に嫌っていることを。


「じゃあ森に迷い込んだ者が残虐に食い殺されたって云うのは」

「あれは……私も間に合わなくって…。あの方は運の悪いことに子育て中のオオカミの群れに手を出してしまったんです。私が駆け付けたときにはもう……」


 そう云ってファヴォリは目を伏せた。


「ですからせめて家族の元にと思い、村の近くにまで運んだんですが……余計なお世話だったのかもしれません」

「そうかもしれないな。お陰で君を嫌う理由がまた一つ生まれてしまったんだから」


 旅人の指摘にファヴォリはただただ力なく頷くだけだった。


「でもいいんです。私は、あの村の人たちが長く幸せでいてくれれば」


 ファヴォリは顔を上げ、努めて明るく振る舞った。その様子があまりに悲痛で旅人は目を反らしたい衝動に駆られ、無理やり話を変えた。


「もしかしてあの村に健康な老人が多いのはファヴォリが何かしているのか?」


 村人が迫ると、ファヴォリはようやく表情を和らげ、悪戯っ子のような笑みで壁を埋め尽くしている薬瓶に目をやった。つられて旅人も視線でそれを追う。


「村の人が病気で苦しんでいると風の噂で聞こえて来たら夜、そっとお薬を飲ませているんです。森に自生する薬草と私の魔法で調合したお薬を」


 それを聞いた旅人は意を決したように立ち上がってファヴォリに手を差し伸べた。ファヴォリは訳が分からず困惑した表情でその手を旅人の顔を交互に見やった。


「君は村の人たちと一緒に幸せになるべきだ」

「駄目ですよ、私は魔女なんです」

「そう、君は魔女だ。だけれど君は魔女であるべきだ。だから俺が幻想に葬ろう。この村にはびこる魔女の想像を」


 村のお祭り騒ぎが最高潮に達したころ、旅人はファヴォリの手を引いて姿を現した。子どもたちがそれに気づいて一斉に駆け寄る。


「旅人さんどこにいってたの? もう少しでみんなおうちに帰っちゃうよ」

「はは、ごめんよ。皆に紹介したい人がいてね」

「紹介したい人? あれ、後ろのおねーさんだあれ?」


 その言葉でその場にいる全員の視線がファヴォリに集中し、彼女は思わず身体を強張らせた。そんなファヴォリに旅人は大丈夫。とそっと耳打ちをした。


「俺が紹介したいのは彼女だよ。森に棲む陽だまりの魔女、ファヴォリュームだ」


 魔女、と云う言葉を聞いてその場がしん、と静まり返る。ファヴォリは嗚呼、やっぱりダメなんだ。と落胆したが旅人は構わずに続ける。


「みんなが健康でいられるのは彼女のお陰なんだ。どうだろう、俺を歓迎してくれたみんなならファヴォリのことも歓迎してくれないだろうか」


 旅人の言葉を受けて最初に行動を起こしたのは村人とファヴォリの前にいる子どもだった。一人の女の子がファヴォリに手を差し伸べる。相変わらず戸惑うファヴォリは旅人の顔を見て助けを求める。旅人はただ無言で頷き、ファヴォリは恐る恐るその小さな手をとる。ファヴォリの細く優しい手を、小さな温かい手が包み込む。それを皮切りに子どもたちが次々とファヴォリの手を握り、大人たちの方へと引っ張っていった。


「おねーさんえっとふぁ、ふぁ……ファヴォリュームって云うの? よろしくね! 私はミイナ。あとね、弟のケイとそれからリリィとこっちはアリュシアだよ」


 最初にファヴォリの手を取った女の子が村の子どもたちを紹介する。そしてその波は大人たちへも広がっていった。

 ファヴォリはあっという間に村の人たちに囲まれる。初めての体験に戸惑ってばかりのファヴォリだったが、やがて笑みを見せるようになった。そんな様子を旅人は一人遠くから眺めていた。


「『メル・エル・マータ』全ての者たちの魔女像を幻へ。……君は幸せになってくれよ、ファヴォリ」


 騒ぎも静まり、皆眠い目をこすりながら自分たちの家へと帰っていく。ファヴォリと旅人も、彼女の家の前まで戻ってきていた。


「ありがとうございます。あんなに楽しいのは初めてでした」

「礼には及ばないよ。俺はただ、同胞の君に幸せでいてほしいと思っただけなんだ。……さて、俺はもう村を出るよ。みんなに宜しく云っておいてくれないか」

「はい、わかりました」


 村人はにこりと頷いてファヴォリに背中を向けて歩き出す。旅人を見送っていたファヴォリはあの、と思わず声を掛け、旅人の足が止まる。


「また、逢えますか……」

「……あぁ、約束しよう。また君に逢いに来るよ、ファヴォリ」


 そう云い残して旅人はファヴォリの方を振り返ることなく闇に飲み込まれていった。


     ♰


「……それ以来私はあの村で村のみなさんに良くしてもらいながら、彼に逢える日を待って居るんです」


 すっかり冷たくなった残りの紅茶を飲みほしてルナはふぅん、と相槌を打った。


「まさか貴女がこんな素敵な物語を持っているなんてね、とても面白かったわ。素敵なお茶請けをありがとう」


 ルナがお茶のお代わりを所望し、ファヴォリはすぐに新しい紅茶を用意した。ハーブの独特の香りを楽しみながらルナが更に口を開く。


「でもそうね、やっぱり貴女は優しすぎるわ。見ていてこっちが辛くなるほど愚直なまでに、ね」

「そう、ですか……」


 乾いた笑いを漏らしながらファヴォリの視線が下に向く。ルナは言葉を選びながら続けた。


「貴女のその優しさは沢山の人を救うわ。私も貴女に救われたもの。でも……貴女自身は救われないわ。そして誰も救ってくれない。そんなのでは何時か貴女が貴女自身を苦しめ、傷付けてしまう。貴女はもっと周りを頼りなさい」


 ルナが云い聞かせるように言葉を放ったその時、再びドアが開き、今度は寝ぼけ眼の紡ふらりと姿を現した。


「紅茶の匂い~。私もお菓子食べたい~」


 紡の発言にルナは呆れた風に溜息をついた。


「まさか貴女、お茶の匂いに釣られて起きてきたの? 残念だけれどお菓子は無いわよ」

「えー! お茶にはお菓子がつきものだよ!」


 やや遅れて覚醒した紡がいつもの調子で文句を云い、ソファの空いているファヴォリの隣に座りこむ。


「こんな時間に食べたら太るわよ?」

「私は動くからいいもーん。ねーリーヴル居るんでしょ? 何かないかな」


 紡がドアの方に向かって彼の名前を呼ぶと、リーヴルまでもがリビングに姿を現した。


「少々お時間を頂けるのでしたら何か簡単なものをご用意しますが」

「やったー!」

「もう、貴女まで人の従者を勝手に使わないで頂戴。リーヴルもいい加減私の言うことを聞いたらどうかしら?」


 一気に騒がしくなったリビング。紡とルナの云い合いに挟まれたファヴォリはそんな喧噪の中、幸せを噛みしめるかのように微笑んだ。


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