少女たちの箱庭遊戯Ⅰ 人形遣いの魔女4
こんにちは、あるいはお久しぶりです。桜はすっかり葉桜になった今日この頃、箱庭遊戯Ⅰ完結です。
「ふんっ、人形であれば総てあたしのものに出来るんだから。何度だって貴女を私の所有物にしてあげるよ!」
透明な糸を再びルナに投げつけるが、ルナが自身で張ったシールドにいとも容易く弾かれる。
「私が二度も同じ手に掛かるとでも?」
「何度だって掛けるまでだよ!」
メリーが右手を高らかに天に掲げると、それを合図に周囲の人形が一斉にルナに襲い掛かる。
雨のように降り注ぐ猛攻をルナは半身を捻ってかわす。
右から襲い掛かるロシア人形の剣を、上半身をわずかに反らしてすれすれでかわすと、今度は背後から迫る日本人形を片足でターンしてやはり一ミリの差で避ける。
スカートを翻ししなやかに柔らかく動くその様はさながら踊るかのように。ここは最早ルナのために仕立て上げられた舞台であり、襲い掛かる人形たちは総て彼女の引き立て役でしか無い。
それ程までにルナはこの場にいる全てのものを圧倒していた。
「ちょこまかと逃げ足だけは早いみたいだね」
「あら、私は彼奴に作られたのよ。貴女みたいに私を奪おうとする奴らから自衛できるくらいの戦闘力は持ち合わせているわ」
ルナはちらりとリーヴルたちの方へ目をやるやいな、パチンと指を鳴らした。
すると、三人を拘束していた人形はカタリと音をたてて崩れ、それからぴくりとも動かなくなった。
「ねぇ、これだけの数を操っていたら間違えて別の人形の糸を斬ってしまうんじゃないかしら」
してやったりとでも云いたげな表情でルナが云う。
「糸なんて何度でも繋ぎ直せばいいだけのことだよ!」
「そんな暇与えてあげないわ。さぁ、運命の袋小路へ貴女を誘いましょう」
静かに、謳うように。ルナが言葉を紡ぐ。
「永遠に覆ることのない運命を、妨げされない夢を貴女へ」
くるりと返された掌の上に薄茶色の羊皮紙で綴じられた本が現れる。本の表紙にはMERRYと筆記体で記されていた。
「無数の物語のひとつへ貴女を招待するわ、メリー」
「何をたくらんでいるのか知らないけれどこれで終わりだよっ!」
瞬時にメリーが糸を結び、再び人形が息を吹き返す。メリー自ら先頭し、人形の軍団を引き連れてルナへと飛びかかる。
「ルナぁっ!」
紡が叫ぶ声を受け、ルナは静かに口を開く。
「『虚ろな運命』」
ルナの開いた本が眩い光を放ち、辺りを、人形を、メリーを飲み込む。
その光の強さに周囲の者たちは思わず目を瞑った。
「I'll see you when I see you Merry.――次に逢う時また逢いましょう」
慈しむような声でそっとルナが囁き、ぱたりと本を閉じた。
光が収まり次にリーヴルたちが目蓋を持ちあげたとき、そこに立っているのはルナだけだった。
あれほどの数の人形もそれを操っていたメリーもいない。
紡は辺りを見回しながらルナへ距離を縮める。
「ねぇ彼奴ら何処行っちゃったの?」
紡の質問に対してルナは言葉の代わりに視線で答える。
ルナの視線の先には先ほど彼女が具現させた本に行きつく。
「彼女は、メリーは私がこの物語の中へと閉じ込めたわ」
「なら、彼女は箱庭世界から脱出したのですか?」
今度はファヴォリが問う。ルナは曖昧に頷いて言葉を続けた。
「確かにこの世界にはいないわ。彼女は定められたたった一つの運命の中に閉じ込めた。つまりそれは、これから彼女の前に現れる分岐点のすべてが排除され、死ぬまで決められた運命を辿ることとなるの」
「それの何処が悪いの?」
紡が小首を傾げて尋ねる。
「この力は私の意志で運命を決めることができないの。つまり、最悪の運命を辿る可能性だってあり得ると云うことよ。そしてさっきも云ったけれど、分岐点が排除されていると云うことはその最悪の運命を変えることは未来永劫どんな奇跡が起ころうと不可能なの。……私のやったことはとても残酷なことなのよ」
しゅんと睫毛を伏せるルナに誰も声をかけることが出来なかった。彼女と一番付き合いが長く、一番彼女を理解しているルーヴルでさえも。
「……そ、それでも」
ファヴォリの震える声が沈黙を引き裂く。
「殺してしまうより、きっとずっと良かったって、私は、思います」
クランの言葉を思い出してファヴォリは更に必死に言葉を探しながら続ける。
この世界での死は人間と同じ魂の死。蘇ることはほぼ不可能だと、お茶会の席でクランは確かにそう云っていた。
「それに、彼女はルナと逢いました。運命と奇跡の魔女の称号を持つ貴女と。だからどんな過酷な運命が立ち塞がったって、彼女に奇跡は起こる気がします」
だから、どうか気負わないで。貴女の選択が間違っていたと私は思わないから。
そう云ってファヴォリは優しく微笑んでルナを抱きしめた。
ファヴォリの腕の中でルナは小さく震えながら、ようやくありがとう。とだけ呟いた。
♰
「おおルナ、ここに居たか」
ルナが落ち着きを取り戻し、休息のお茶に舌鼓を打っているとふらりとクランが姿を現した。
「まったく、貴方はお茶会に釣られて姿を現すの?」
ルナの嫌味などものともせず、そして当然のようにクランは空いている一席に着席した。そしてルナの出さなくて宜しい。の声が聞こえなかったかのようにリーヴルも当然のように彼に緑茶を振る舞う。
給仕された緑茶を一口飲んでクランは清々しい笑顔を見せた。
「云うただろう、また逢いに来ると」
「だからと云ってこんなすぐに来なくても良いでしょう? 貴方と別れてからまだ一日も経っていないわ」
ルナの発言に対してクランはいやいやと被りを振った。
「日が動かぬせいで感覚が麻痺してしまっているようだが、もうとっくに三日は過ぎたぞ」
「どうして私の周りは痴呆老人ばかり集まるのかしら」
「若年性アルツハイマーを発症するにはまだ千年程早いぞ、ルナよ」
「私がなんですって? よく聞こえなかったわ、もう一回云って御覧なさい。云えるものならね」
「とても可愛らしいなと」
「ふざけるのも大概にして頂戴この呆け老人」
二人の実りの無い会話を聞きながら、紡は隣に座るファヴォリにそっと耳打ちした。
「あの二人ってさ、やっぱり仲いいよね」
ファヴォリは曖昧に微笑むだけだった。
「で? まさか本当にお茶を飲みに来ただけとは云わないわよね。もしそうならそのお茶返して頂戴」
「そうかそうか、ルナは口移しが好きなのか」
「気持ち悪いこと云わないで」
「なに、ほんのジョークだ」
はっはっはと笑うクランとは対照的に頭を抱えるルナ。
何故こいつと話しているとこうも話が進まないのかしら。
「嗚呼そうだ、ティアと逢ったぞ。相変わらず女王と云う言葉を擬人化させたような女だな」
「それ、本人の前で云って御覧なさい。あいつの部屋で永遠に可愛がってもらえるわよ」
それは勘弁。と苦笑すると、途端に声のトーンを下げて本題を切り出した。
「二つ知らせがある。どちらが先に聞きたい?」
「どんな内容かも聞かされていないのに選択を迫らないで頂戴」
ルナがずばり云うと先ほどまでの真面目な空気を払拭するようにクランは再び笑い飛ばした。
「それもそうじゃな。一つは悪い知らせ、もう一つはもっと悪い知らせだ」
「最悪だね」
紡がお茶請けのクッキーを咀嚼しながら即座に突っ込む。
「本当、貴方は碌なものを持ってこないのね。取り敢えず悪い知らせの方を聞かせて頂戴」
ティーカップを空にし、リーヴルにお代わりを所望しながらルナは云い、クランは縦に頷いてから話を始めた。
「先ほど例の家に云ってみたがお前さんら随分暴れたようじゃのう。いやぁ若いもんには敵わん」
「いやぁあれは襲われただけだから、私たちのせいじゃないと思うんだけれどなぁ。と云うかあの家と悪い知らせ何が関係あるの?」
紡がやれやれと過去を回想しながら口を挟む。
「まぁそう急かすでない。あの家は誰の物でもない、今更咎める奴もおらんだろう。それより問題は本の量だ。儂が最初に足を踏み入れた時の半分ほどにまで減っておる。まぁ半分と云ってもその量が膨大なことに変わりはないがな」
本の量が半分に減った。それはつまり、最初この世界に放り込まれた魔女、魔導士の半分が死んだと云うことになると気づいたルナは僅かに瞳を細める。
「どうにも、この世界における鍵を探すための戦が既に始まっているようだ」
「鍵を探すため、ですか?」
ファヴォリの問いかけにあぁ。と頷いたクランは椅子に深く腰掛け腕と脚を組む。
「『鍵はアリス』に気づいた者たちから広まったのだ。そこから、誰が始めたかはわからんが殺すことによってアリス――即ち鍵を見つけ出そうとした者が居ったらしい。何時だってそうだ、争いの輪はあっという間に広まる。この箱庭は蓋を開けてみればただの戦場と云うわけだ」
話し終えたクランは長いため息を漏らす。
自分たちが無理やり連れてこられた世界はあまりにも殺伐としていて血生臭かったと云うことを思い知らされ、ファヴォリは思わず両手で口を覆った。
「さらにもう一つ。こちらの方が悪い知らせだ」
「さっきのものそれなりに悪い知らせだったけれど?」
「こっちは直接お前さんに関係する話だ」
そう前置きをしてクランは重い口を開けた。
「鍵、即ちアリスに関して様々な憶測が飛び交っておるのだがその中で最も有力な情報とされているのが『アリスの二つ名は奇跡の魔女』と云うことだ」
奇跡の魔女と聞いて三人は一斉にルナの方へ顔を向けた。
一方注目の的となったルナは不服そうな目をし、即座に反論した。
「私は鍵でもアリスでもないわ」
「それは儂も思う。いかんせお前さんは只の奇跡の魔女では無いからな。しかし、お前さんを対して知らない連中はそうも云っておれん。ましてお前さんは良くも悪くも名が知れ渡っている魔女だ。お前さんに目星をつけてくる連中はごまんと居るだろう」
ルナがかの有名なティアの創造した球体関節人形であることに加えて、世にも珍しく『運命と奇跡の魔女』と云う二つの称号を持つ魔女としてこの界隈でその名は広く知れ渡っている。
そのため、ルナの持つ称号と飛び交う情報を踏まえて彼女を襲いに――鍵を奪いに来る奴が少なからず居るとクランは警告しているのだった。
しかしルナに自身が鍵だと云う自覚は無い。つまり彼女は鍵ではないと云うことの証明なのだが何せ物証が無い。物証のない証明など虚実と変わりはない。
「奇跡の魔女の二つ名をお持ちの方でしたら、少し小耳にはさんだことがあります」
今まで沈黙していたリーヴルが口を開く。
「ルナの起こす奇跡は云わば幸せな奇跡、運の好い奇跡に相当しますが、此方のお方の奇跡は厄災、運の悪い奇跡と云われていると聞いたことがあります」
「嗚呼、儂もソイツの話は聞いたことがある。最も、儂が知ることもリーヴルが話した内容と変わりはない。それだけしか知らん」
「貴方でもそれしか知らないような存在が有るのね」
「云うただろう。儂は全知では無い。ただ、それだけ固体の発見情報遭遇者が少ないと云うことだ。見つけることは困難を極めるだろう」
「それにアリスがその奇跡の魔女だと云う話自体、ただの憶測なんですよね」
ファヴォリが確認すると、クランはそうだ。と頷いた。
ルナはティーカップを置き、口元で指と指を絡め合わせながら思考に耽っていた。
この短時間にこれだけの魔女、魔導士が消えた。つまり、生き残っているものはそれ相応の力を持っていると云うこと。今回はティアのおかげでなんとか勝てたけれどそう易々彼奴の力を借りる気も、ましてや向こうも力を貸す気は無いだろう。ならばやはり早急にこの世界から出なければ危険度は高まる一方だ。
私の『虚ろなる運命』だって、相手が私より力が無い状態でなければ通用しないけれど、私はこの通り非力な少女より更に壊れやすい人形だ。そんな私が強敵を相手にするにはやはりリーヴルと紡の力が必要不可欠だ。でも、そのせいで彼らを危険な目に合わせたくはない。
それに、そうでなくても話の通じない馬鹿たちが私に狙いを付けてくるとクランは云った。クランが云うなら間違いないだろう。悔しいけれど、クランの方が未来予測は長けている。
「ねぇルナ」
ずい、と紡の顔がルナの視界一杯に映った。突然のことにルナは思わず身を引いてしまう。
「な、なによ、急に驚かさないで頂戴」
「えへへ、ごめんごめん。でもね、ルナが変なこと考えていないかなーって思って」
私が? とルナは小首を傾げた。
「そう、例えば自分と一緒にいたら危ないから別行動にしようとか云い出すんじゃないかとか」
図星だった。今まで繰り返すことによって成功していた彼女にとって、繰り返すことのできない一回勝負、或いは初見の事態程苦手なことは無い。だと云うのにこの世界は繰り返すことが許されていない。最初にクランとこの世界で逢った時、強気なことを云ってはみたが、先のメリーとの件で、この世界で自分が生き残れる可能性を見いだせていなかったルナは、ならばリーヴルたちだけでも。とずっと考えていた。
「べ、別にそんなこと云っていないじゃない」
「もう云っているようなものですよ」
リーヴルに笑顔で指摘され、口を噤む。そんなルナを見て紡はあのね! の言葉とともに手をテーブルについて勢いよく立ち上がり口を開く。
「別に私たちルナと一緒にいて巻き込まれることくらいなんだって思っていないんだから! それにこんなところで立ち止まっている場合じゃないでしょ? ルナのこと待って居る人がいるんでしょ? だったらそんなんじゃダメだよ」
「えぇ、紡の云う通りですよ。私は紡やリーヴルみたいに戦うことはできないけれど、それでも貴女が私を守ってくれたように、私も貴女のことを守りたいの」
紡に続いてファヴォリがルナの頭を優しく撫でながら云う。そして最後に彼女の従者のリーヴルが胸に手を当てながら云った。
「僕の役目はルナ、貴女を守ることです。それがアスティア家の奥様から承った最期のご命令です。そして、何時でも貴女の傍にいると云うこと。これがルナとの契約です。どうか守らせてください、ルナのことを」
ルナは自分の中からこみあげてくるものを抑えようとぐっと息を詰まらせ、努めていつも通りを装ったせいで声が震える。
「なんで……こう、私の周りは……馬鹿ばっかり、なの……。本当、馬鹿なんだから。馬鹿の相手なんか、していられないわ。勝手にして頂、戴……」
ルナの強がりに三人は優しく微笑んで頷く。
クランがぽんぽんとルナの頭に手を置いた。
「人間は独りでは生きられん。それは魔女も魔導士も同じだ。それにお前さんはまだ儂から見れば十分過ぎるほどに幼い。もっと甘えてみせろ」
「誰が貴方なんかに甘えるものですか」
いつもより幾らか強さは劣るものの、調子を取り戻したルナを見てクランはくくっと「それでこそお前さんだ」と笑った。
♰
古城の一番高いところに存在する部屋の中。
床には柔らかな可愛らしいプリントの施されたカーペットが敷かれ、天井と壁は空と雲のがペイントされている。
そんな部屋の真ん中で床にぶちまけられた画用紙の一つに、左手に握りしめた黒いクレヨンでお絵かきに興じている子どもの姿があった。
桃色の髪を紅いリボンで結ったおさげの髪が、子どもの動きに合わせて左右に揺れる。
その子どもはふと手を止めるとさっきまで描いていた画用紙を両手で掲げ、満足そうにうなずく。
その時、背後の扉がギィと重い音を立てて動き、くすんだ緑色の髪を綺麗に一つに結い上げた子どもが姿を現した。
「上手くいったよ、エル」
部屋の中央でぺたんと座るその子どもに歩み寄りながら云う。
「本当? 流石だねソフィ」
くるりと振り向い拍子に桃色の髪もそれに合わせて舞い、大きな瞳は喜びで更に見開かれる。
「『アリスは奇跡の魔女』。ここまで知っているのになんで見つけられないんだろうね、あのお馬鹿は」
「さぁ。私は彼が何をしようと関係無いからね。母さんが見つかれば何でもいい」
「うん、ソフィの云う通りだ」
嬉しそうにはにかむエルの桃色の髪を慈しむように撫で、ソフィの表情が僅かに緩む。
ふと窓の外――部屋の青空に負けないくらい蒼い空の広がる向こうへ目をやる。同時に部屋に差し込んでいた光と影のコントラストが少しずつ伸び始める。
「アリスがついに宣言したみたいだね」
ソフィが静かに呟く。
「うん、やっと始まるんだよ、アリス探しゲームが」
「そう、始まる。だから、終わるんだよ。私たちの母さん探しも。……ねぇ、エル」
ソフィが声をかけると、エルはなぁに? と首を傾げた。桃色の髪がさらりと肩から流れ落ちる。
「何描いていたの?」
画用紙を指さしてソフィが尋ねる。エルは待って居ましたとばかりに手に持っていた紙をソフィの目の前で広げて見せる。
「あのね、この世界の――」
♰
「兄さんのしつこさには此処までくると拍手を送りたくなるものね」
そんなわけないけれど。と自分で付け加えて、足元に転がる肉片を足で弄ぶ少女の周りは血の海とでも形容するのが相応しい有様だった。その湖に浮かぶ肉片は呼吸ができなくなって死んだ魚の如く。
少女は弄んでいた肉片を蹴飛ばして踵を返した。
「本当、本当に不幸な話。可愛そうな話。哀れな話。たまたま私と目が合ってたまたま一瞬立ち止まってたまたまそこに立っていたら、たまたま紅い破壊の光に飲み込まれてたまたま死んでしまうなんて。嗚呼可愛そう。可愛そうすぎて悪魔すら同情の情を流してしまうわ」
そんなわけないけれど。と付け加えて少女は歩き出した。
「一体全体何を考えているのか私にはさっぱりだけれど。だけれど貴方のやりたいことはわかるわ、兄さん。だからこそ私は捕まってなんかあげないけれど、退屈は私を殺す毒だものね、少しくらいスリルは必要だからこのゲームに参加してあげる。平坦な道でモンスターにも逢わずボスにも逢わずエンディングを迎えるゲームなんてクソゲー以下、存在価値も無いもの。折角愛しい兄さんが創ったゲームだもの。私が価値を与えてあげないとね。嗚呼やっぱり兄さんは私がいないとダメなんだから。だからこそ居なくなってあげたんだけれどまさか此処までするとはね、やはり拍手を送るべきかしら」
そんなこと思わないけれど。と独白に付けくわえて少女は更に歩みを進める。彼女の歩いた後には薄い羽根を持った蝶がひらひらと付きまとう。
「えぇとこういう時きっと決め台詞があればかっこよく決まってミステリアスな謎の美少女として人気急上昇なのだろうけれど。生憎私は静かに生きていたいし普通に宣言させて頂戴ね」
誰に云うわけでもなく淡々と抑揚なく伝わりにくいジョークを口走りながら少女は言葉を続けた。
「さぁ、アリス探しゲームを始めましょう」
少女の姿がふわりと消え、彼女が存在していた証拠はひらひらと行き場を失い彷徨う粒子の薄い羽を持った蝶だけだった。




