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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
3/23

少女たちの箱庭遊戯Ⅰ 人形遣いの魔女3

こんにちは、或いは初めまして。

第三話です。桜はもう少しで終わりそうですね。


 それから。

 クランが席を立ったことによりお茶会はお開きとなった。

 彼は「何かわかればまた会いに来る」と言い残したのだが、ルナはまたクランに合わなくてはいけないことが決まり、頭を抱えていた。

 しかしいつまでも行動しない訳にもいかないという意見が一致し、一行は箱庭世界の情報を集めることにした。


「結局答えもヒントも無いよねー。クランの話難しすぎだよ」


 紡が口を尖らせて不満を露わにした。

 そんな彼女をファヴォリは困ったような笑顔で宥める。


「でも、わかったことはあるじゃないですか」


 ファヴォリに云われて紡は先ほどのクランの話を思い出していた。



「儂でも答えられることはあるぞ」


 クランが茶目っ気たっぷりに、自ら出題したなぞなぞの答えを云いたくて仕方ない子どものように口角を上げて云った。


「さっき知らないって云ったじゃない」

「そう、儂は知らない。儂が知らないと云うことはまだこの世界に存在していないと云うことだ」

「なら、今探しても無駄ってことじゃん」

「紡の云う通りだ。なら今すべきこともわかるだろう」



「存在しない者を探してる暇があったら現状把握に努めろって云いたいんでしょ、クランは」


 ルナはぶっきらぼうに云い放った。

 そんなルナの様子を見た紡はそういえば。と云ってルナに質問を投げかけた。


「そういやさ、なんでルナはクランのこと嫌いなの? 別に悪い人じゃなさそうだったじゃん」


 その言葉を受けてルナの歩みが止まり、ギロリと紡を睨みつけた。

 思った以上の剣幕に思わず紡は仰け反る。


「彼奴はいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも私のことを子ども扱いするのよ! さっきだってそう! 頭を撫でられて喜ぶのなんて幼子か好きな人に撫でられた時だけよ! それなのにクランったら……」

 誰に聞かせるわけでもない文句を延々と吐き続けるルナの様子を見て、紡は自分が彼女の地雷を踏んだことを悟り小さく舌を出す。

 そんな紡を見てファヴォリは溜息をついた。


     ♰


 あれからさらに幾らか歩いて回ってみたが、特に目新しい発見は無かった。平坦続きのただの一本道。通り過ぎる魔女も魔導士も使い魔も居ない。

 ファヴォリの提案で少し休憩を取ろうとしたその時、リーヴルが何者かの気配を察知して僅かに肩を揺らした。


「どうしたの、リーヴル」

「また使い魔のようです。しかも、紡様たちが相手にしていた者と同じです」


 煩わしそうに答えるリーヴル。


「ねぇ、さっきから可笑しいよ。なんでこいつらこんなに私たちを襲いに来るの? まるで誰かに狙われているみたいじゃん!」


 魄灰姫を構えた紡もまた、違和感を口にした。

 そして、まるでその言葉を待って居たとでも云うように四方から土塊の人形たちが飛び出してきた。


「レーヴァテイン!」


 寸でのところでルナが叫び、リーヴルに武器を託す。その勢いのまま襲い来る一体を横に薙ぎ払って仕留める。


「どうせ数だけが取り柄の連中だろうしね、ちゃっちゃと片づけちゃうよ!」


 紡が下駄と地面がぶつかる高い音を鳴らしながら敵の中に突っ込む。

 神速とも呼べるスピードで魄灰姫を横に振り、正面の一体を上下に分断する。

 まず一体仕留めた紡はそのまま土塊を踏みつけて急旋回。足元でぶちぶちと繊維が悲鳴を上げる音を無視して踏み込むが人形と地面が摩擦で滑り、その上に体重を預けていた紡の重心が崩れる。

 好機と云わんばかりに周囲の人形たちが一斉に彼女に襲いかかるが、紡も負けてはいない。

 咄嗟に片手をつき、カポエラの要領で身体を捻り左右の足で敵を蹴散らす。

 足を地につけて態勢を立て直し、魄灰姫を構える紡の右眼に紅い炎の色が宿る。


「踊れ刀よ、舞い立て炎よ『豪火剣乱』っ!」


 紡が振るった軌道に炎の渦が舞う。人形は切り裂かれ、豪火に焼かれ、灰へと還り、辺りに焦げた匂いを充満させた。

 対角線上ではリーヴルが、背後にいる戦闘力を持たないルナとファヴォリを庇うように応戦していた。

 剣のリーチの長さを活かし、右へ左へと剣を振るい、敵をなぎ倒す。

 それでも圧倒的な敵の数を前に一人で戦うのは分が悪すぎた。

 二人が仕留めた人形の数は全体から見れば雀の涙にも満たない。

 次から次へと湧き出る人形たちはさながら巣から出てくる蟻のようでもあった。

 ジリジリと詰め寄る人形たちに押され、思わず紡たちも後退する。


「数が多すぎるよ、これじゃ分が悪すぎる」


 紡が三人に小声で耳打ちする。

 リーヴルはじんわりと滲む手汗で剣が滑らぬよう必死で握りしめる。

 手数では二対多数。さらに向こうには数の制限が存在しないように思えた。

 一体どうすれば? ここは一度引くのが得策かもしれない。

 リーヴルがそう口を開くよりも早く空気を震わせたのは、幼い声だった。


「『永久に続く御茶会(エターナルデスティーパーティー)』」


 パチンとルナが指を鳴らすと、彼女の足元を中心に黒い闇が広がる。

 とっぷりと黒に染まった地面は蟻地獄のようにぬぷぬぷと。藻がこうと暴れようと足掻こうと全ての抵抗も存在も黒の中に飲み込む。

 そんな人形たちを嘲笑うかのようにルナの宝石のような瞳が瞬き、閉じられた口は弧の形に歪んだ。

 この小さく幼い身体に一体なにを秘めているのか。

 紡もファヴォリも、従者のリーヴルでさえも、ルナの圧倒的な力を目の当たりにし、身体が金縛りにあったかのように動かなかった。

 何時までそうしていたのか誰にもわからない。

 草木さえもが動くことを許されない静寂を破ったのは手を叩く高い音だった。

 素晴らしい舞台を作り上げた役者たちへ送られる惜しみない拍手。

 ルナが首だけ動かして音のする方へ注意を向ける。つられてリーヴルが、紡が。最後にファヴォリがそちらへ顔を向ける。

 全員の注目を集め、満足げな表情とともに姿を現したのはピンクを基調としたチュチュに身を包み、柔らかく靡く茶色い髪を持った女の子だった。

 少女を見るや否、ルナの肩が僅かに揺れる。


「すごい、本当スゴイよ。あたしの可愛いお人形を簡単に殺っちゃうんだもん」

「貴女があいつらの持ち主ね。一体どういうつもりかしら、そして何者?」


 ルナが訝し気に少女に尋ねると彼女は待って居ましたとばかりに名乗りを上げた。


「人形遣いの魔女メリーよ、こんにちは初めまして、愛玩人形さん」


 自分を指したであろう単語を聞き、ルナの顔が憎悪で歪む。

 この世界に来てから何度そう呼ばれただろうか。やっぱり碌な場所じゃない。さっさと黒幕をぎゃふんと云わせて元の世界に帰ろう。嗚呼その前に。目の前の失礼な奴にも一矢報いないと気が済まなそうだわ。


「初対面の相手に対してその物言いは失礼極まりないのではないかしら? 貴方、礼儀って言葉知っている?」


 その言葉に十割の苛立ちを含ませてルナが吐き出すが、メリーは変わらず涼しい顔で云う。


「知ってる、知っているよ。だからこそ云うの。創造の魔女の作り出した愛玩人形、ティア・ドロップシリーズの中でも至上最高の作品と謳われている貴女を愛玩人形以外どう表せば礼儀を欠かないって云うの?」

「それ以上その言葉で私を呼ばないで!」


 珍しくルナが声を荒げ叫んだ。握りしめた拳は怒りで震えている。

 そんな様子の彼女とは対照的に、メリーはやれやれと云わんばかりに肩をすくめて見せる。


「ダメダメ、お人形がそんなに暴れちゃせっかくの品が台無しだよ」

「私をそこらの人形と一緒にしないで頂戴。私には私の意志があるの」

「そう、でも、ね、意思があろうと無かろうと人形は総て私のモノに出来るの」


 そう云ってメリーは何かをルナたちに向かって投げつけた。

 何が投げられたのかと空を探すとルナの右手首に向かって、日の光を受けてキラリと一線が光る。

それが何なのか理解したと同時にルナの小さな身体が見えない力に引っ張られたかのように前へ勝手に動き、あっという間にメリーの手にその手首が収まる。


「何するのよ! 私にこんなことしてタダで済むと思っているの?」


 バタバタともがく小さな足は空を虚しく蹴るだけで、メリーには届かない。


「嗚呼やっと手に入れた。ティア・ドロップシリーズの最高作品、『紅月のルナテック』」


 うっとりとした恍惚の眼差しを受け、ルナはあるはずの無い泡肌が総毛立つような寒気を感じた。


「ルナを離してくださいっ」


 リーヴルがレーヴァテイン片手にメリーに詰め寄るが、今までの土塊人形たちとは異なる、フランス人形、ロシア人形、果ては日本人形たちがその行く手を阻む。剣を振り下ろし人形を散らそうと試みるが、今までの相手とは動きが一転。軌道を読んだかのようにその体を反らして交わす。


「動きが違うっ!」


 応戦に飛び出した紡も、人形の様子が異なることに気づく。

 軽快な動きを見せる人形たちに苦戦する二人を、まるで観劇でもしているかのように高みの見物をしているメリーが喉を鳴らす。


「今まで貴方たちの相手をさせていた子たちには直接糸を通して動かしていなかったからね、文字通り数で相手していたんだけれど……この子たちは違う。私が直接指示しているからさっきの子たちと比べちゃ嫌だよ。さて、と」


 首をぐるりと回してルナと目を合わせるメリー。その視線の強さに耐えられず、ルナは思わず視線を反らした。


「あたしは最後の仕上げをしようかなーってあらら?」


 メリーは訝しそうにルナの身体をまじまじと観察した。


「なによ、そんな目で見ないでくれるかしら?」

「貴女、蒼の魔法がかかっているのね、だから紅が見えないんだ。邪魔だなぁその蒼。紅月に相応しくないよ」


 陶器のようなルナの頬をつつ、と撫でていた人差し指が彼女の胸まで降りる。

 再び背筋に氷塊を突っ込まれたような寒気がルナを襲い、思わずきゅぅと息を詰めた。


「あはは、そんなに緊張しなくてもいいよ、ただ貴女を覆う蒼い器を取り払うだけだから」


 屈託の無い笑顔でそう宣言したメリーの指先に魔法陣が現れる。

 とくん、とルナの中で何かが脈打ち彼女の宝石のような瞳が見開かれる。


「っあ……」


 内にある何かが犯される感覚に思わず声が漏れる。

 そんなルナの異変に最初に気づいたファヴォリが駈け出す。


「ルナに触らないでくださいっ!」


 囚われの幼い少女を取り戻そうと伸ばした右手はまっすぐに切りそろえられた黒髪の日本人形に弾かれる。ファヴォリはキッと人形を睨み付けて戦闘態勢に入ろうとしたが、元々戦闘力が無いに等しい彼女は簡単に背後のくるみ割りの兵隊人形に組み敷かれてしまう。

 人形の重みと動かない身体に耐えながら彼女が片目で見たのは変わらず苦し気な表情に顔を歪ませるルナと、そんな様子をせせら笑うメリーの姿だった。


「っ! ルナ! ファヴォリ!」


 日本刀持ちのフランス人形を薙ぎ払い、片目で向こうの様子をとらえた紡が声を荒げる。

すぐにでもルナたちの方へ向かいたかったが、人形たちがそれを許してくれない。先ほどまでと変わらない数の敵は、其々に知能を得たかのようにこちらの動きを予測し、かわし、最善の攻撃を繰り出す。

紡もリーヴルも防戦一方の戦いを強いられていた。


「あっはは、無様だね。そんなのでよく今までルナテックの護衛が務まったものだよ。でも安心して。もうその必要は無いから。貴方たちがこの場で死んでも私が人形として再び動けるようにしてあげる。そうしたらまたルナテックの護衛に付けてあげるよ」

「ふざ……けない、で」


 ルナが苦痛の中薄目を開けて必死に抗議する。


「彼が……リーヴルがこんなところでやられるわけ無いでしょ…。私の従者なのよ? 紡だって私の……なん、だから」

「あれあれ? まだ口が利けるんだ。そっかぁ。まだ完全にあたしのモノになっていないんだね。まぁそれは後でゆっくりやるからいいよ。それより」


 メリーがルナの胸にあてがっていた指先を離す。そのまま手首を曲げ、指が天を指す状態となる。その動きに合わせて、ルナの右腕がゆっくりと掲げられる。


「!? 何、これ、勝手に……っ」


 いやいやと小さく首を振るルナの意志など関係無く、おかまいなしに右手のその先に魔法陣が展開される。


「紡、リーヴル伏せてくださいっ!」


 人形の下でファヴォリが叫ぶ。その声がいち早く耳に届いた紡が、リーヴルを押し倒して地に伏せたのとルナの展開した魔法陣から紅い光線が放たれるのはほぼ同時だった。

 紡たちを襲っていた人形は逃げる暇も無く塵すら残すことも無かった。

 大きく抉られた地面となぎ倒され消された木々を見て紡は息を呑まずにはいられなかった。

 ふとルナの方を見たリーヴルが思わず声を上げる。

 苦痛と悲しみに歪んだ大きな紫瞳は、紅玉のように紅く変色していた。

 ルナの持つ紅い瞳。その意味を唯一知るリーヴルはぐっと奥歯を噛みしめた。


「ねぇリーヴル、ルナの目の色……」


 立ち上がり、姿勢を直した紡がリーヴルに尋ねる。

 リーヴルはルナを見つめたまま紡の問いに答えた。


「はい、あれはまだルナがアスティア家にいた頃、そう、まだ自身の魔力を制御できなかった頃と同じです」

「じゃぁあれは暴走?」


 リーヴルはふるふると首を横に振って口を開いた。


「いいえ、確かにあの時――アスティア家全滅事件の時は暴走しました。その時に僕の魔力で更に大きな器を作ってその魔力ごと覆ったのですが……どうやらそれが人形遣いの魔女の手によって破壊され、殆ど狂気と何ら変わりの無いルナの本来の魔力を無理やり引き出されてしまっている様です」


 リーヴルが悔しそうに顔を歪める。


「うんうん、流石狂気(ルナテック)。火力は申し分なし、と」


 メリーは満足そうに何度もうんうんと頷き、再び人差し指を指揮者がタクトを振るような仕草をすると、それに合わせてルナの腕も動く。


「っ! リーヴル! どんな方法でも構わないわ、私を止めて!」


 ルナが僅かな意志を振り絞ってリーヴルに命令するが、彼は困惑した表情を見せる。


「無理ですよ! 僕はルナを傷つけるなんてことできません!」

「なら紡でも良いわ! 誰でもいいから、お願い!」


 私を、止めて。

 その懇願の言葉は破壊音でかき消される。

 つい先ほどまで紡たちが立っていたところはぽっかりと月のクレーターのようにえぐり取られ地層がむき出しになる。

 間一髪のところで宙に逃れた二人は、そのまま下降。紡が、ファヴォリを組み敷いているくるみ割り人形に向かって落下するスピードと体重をかけた蹴りをお見舞いし、彼女を開放する。


「ファヴォリ大丈夫?」

「は、はい、ありがとうございます」


 改めて三人はルナとメリーの方へ目を向ける。

 心底愉快そうに笑うメリーと対照的に、苦痛に顔を歪めるルナ。そしてその前にズラリと立ちふさがる古今東西様々な種類の人形たち。戦況は相変わらず不利なままだった。


「取り敢えずあの人形をどうにかしないと」

「はい、そうすれば人形遣いの魔女本体に近づけます。彼女を倒せれば恐らくルナも解放できるかと」

「そう、ですね。使役魔法を使う者は本体が弱いことが多いですから」


 三人は顔を見合わせ頷くと、紡とリーヴルが駈け出した。


「ファヴォリ援護お願い!」

「わかりました!」


 人形たちを無差別に切りかかり、時に燃やす伝説の剣と鍛え抜かれた日本刀。勢いで押し切ってしまおうというのが二人の考えだった。

 たった一瞬、たった一カ所道が開ければ良い。その思いでひたすらに切り、薙ぎ払い、燃やす。

 ふと、リーヴルの視野が一点だけ開けたのを彼は見逃さなかった。右手から襲い掛かる少年を模した人形を切り、僅かなスペースに踏み込む。

 目の前に驚いた顔のメリーが映る。

 リーヴルが剣を振ろうと右手に力を込めたのと、メリーが不敵に笑うのは同時だった。

 リーヴルがレーヴァテインを振った瞬間、メリーはルナを盾のように自分の前に差し出す。それに気づいたリーヴルは寸でのところで動きを止め、大きく後ろに後退した。


「なにしているのよリーヴル! そのままやっちゃえばいいじゃない!」

「無理ですって!」


 二人のやり取りを傍観していたメリーは高らかに笑う。


「最高、最高だよ。素晴らしい主従関係だね! でもあたしにそんなの関係ないよ。さぁこれで終わりにしようね」

「っ!」


 その言葉を合図に三人は人形たちに背後から羽交い絞めにされる。力の無いファヴォリも逃げ出そうと暴れる紡も、一番力のあるリーヴルでさえもその拘束を解くことはできない。

 そんな三人をあざ笑うかのようにメリーが指を動かす。その動きと連動しているルナの右手が再び掲げられ、より大きな魔法陣を形成する。


「塵になって消えちゃえ」

「っ! あんなの喰らったら一溜りも無いよ!」


 魔法陣の中心に光が集まり、紡の叫びも虚しくそれが発射される。

 ファヴォリが思わず瞑ったその瞳を次に開けたとき、ツンと鼻を刺す焦げた匂いとともに、驚きに満ちたメリーの顔が映った。

 恐る恐る首だけ動かして横を見やると、彼女を羽交い絞めにしている人形の足元から僅か一ミリにも満たないその場所から先がぽっかりと抉られていた。

 はっとしてルナの方へ視線を向ける。つられてリーヴルと紡も正面にいるルナとメリーに注目した。


「云ったでしょ……? 私には私の意志が有るって」


 そう云って不敵に笑うルナの瞳は本来の彼女が持つ紫水晶を取り戻していた。

 今まで余裕を馨わせていたメリーの顔にみるみる赤が刺す。

 メリーが大口を開けた瞬間、彼女とは別の声が割って入ってきた。


「あっらぁルナテックじゃない。随分な恰好ねぇ」


 妙に鼻にかかった甘ったるい声。すらりと伸びた長身を包む漆黒のゴシックドレスと、其れに負けないくらい黒い髪が風になびく。切れ長の鋭い瞳を彩る黄金色。

 ルナがこの世に存在する人類魔女魔導士生物全ての中で一番逢いたくない人物が、彼女の目の前に存在していた。


「ティ……ア」


 創造の魔女にして四賢者と謳われる力を持つ、ルナの創造主。

 メリーの手によって宙に吊るされているため身長差のある二人だが、今だけは目線が同じ場所にある。

 ぐるりと周囲を見渡すティア。

 ファヴォリと目が合うと、ティアは意味有り気に口角を吊り上げる。そんなティアを見たファヴォリはふと、偵察に繰り出していた使い魔が見た黒い魔女を思い出す。


「何処からかルナテックの可愛い鳴き声が聞こえたと思って来て見たら、随分面白いことになっているじゃない」


 ティアはちらりと後ろで捕まっている三人に視線をやり、直ぐ正面を向いた。その黄金の瞳に映っているのは囚われているルナだけで、メリーのことなど微塵も気にしていない。


「やっぱり貴女は誰かに飼われている姿がお似合いよぉ。そんな奴のところにいるより私の元にいる方が良いんじゃないかしらぁ?」

「お生憎様。私はそこらの人形みたいに大人しくしているのは性に合わないの。この前も云ったと思うのだけれど……忘れちゃったかしら? もうそろそろ痴呆が出てきたみたいね」


 精一杯の強がりと嫌味を口走るルナを見てティアは満足そうに喉をくくっと鳴らす。


「そうよぉ、それでこそ私の作品だわぁ」


 そう云って掲げられているルナの右手をティアの右手が取る。そしてそのまま囚われの姫君を救い出すかのようにその右手を引き寄せた。


「なにをっ!」


 メリーの叫びも虚しく、一瞬の抵抗こそあったもののルナの身体はあっけなく見えない檻を抜け出すかのように彼女の元を離れた。

 ぷつんと小さく何かが切れる音がルナの鼓膜を刺激する。

 反動で靡く金糸のような髪に交じって、透明な糸が日の光を浴びてキラキラと輝く。

 少し勢いが余ったのか、ルナはそのまま地面に膝をついた。

 ティアがしゃがみ込んで、地面と見つめあっているルナの顔をくいっと持ち上げる。


「私の元にいた頃とぉ違うって豪語したのは誰かしらぁ?」

「っ……」


 ティアの言葉に反論できないルナは悔しそうに薄い桜色の下唇を噛みしめる。

 私は、また繰り返すの? また目の前で大切な人がいなくなる瞬間をぼぉっと観劇していることしかできないの? ……結局私はそうやって愚行を繰り返し続ける絡繰り人形に過ぎないの……。

 そんなルナを見て漆黒の魔女は妖艶に笑うと、すっと立ち上がって背を向けた。


「私のぉ可愛いクレールとノワールを待たせているのぉ。ルナテックの顔も見れたしぃ、私は退場するわぁ」


 ひらひらと右手を振って優雅に森の奥へと消えるその背中は暗にルナへ語り掛ける。

『違うということを証明して見せろ』と。

 ぐっと地についていた両の手を握りしめる。そして、覚悟を決めたようにきっと前を見据えた。

 そうだ、私は、あの頃とは違う。私には私の意志が、大切な人を守りたいと云う意志が、帰るべき場所に帰りたいという意志がある。私は――私たちは帰らなきゃいけない。こんなところで膝を折っている場合ではない。

 しっかりと地面を踏みしめ、立ち上がる。スカートと髪をふんわり靡かせながらくるりと半回転してメリーと向き直る。

 眼前には悔しさと怒りで染まったメリーの顔がある。


「私は貴女の愛玩人形になるつもりも、ましてや彼奴の愛玩人形になるつもりは微塵も無いわ。私は運命と奇跡の魔女、自分の運命くらい自分で覆してやるわ」


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