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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
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少女たちの箱庭遊戯Ⅴ 宵闇の魔導士3

早いもので今月ももう終わりですね、本当に早い。時間の流れは全く関係ない箱庭遊戯3話です。

とっさに階段を駆け下り、一つ下の階にあった家庭科室でファヴォリたちはじっと息を潜めていた。

 一夏の狐耳が周囲の音を拾うようにぴょこぴょこ動き、彼女はうん、と頷いた。

「上の階が静かになったぞ。きっと大丈夫」

 一夏が大丈夫、と頷くと、三人はふぅと大きなため息をついた。

 ファヴォリはそっと立ち上がって改めて家庭科室の中を観察した。

 こちらも特に変哲の無い普通の家庭科室で、九つのシンク兼作業台と、廊下側の壁沿いの棚には食器や調理道具が一通りそろっており、後ろの壁側にはミシンなどの裁縫道具が並んでいた。

「もし良ければ少し休憩しませんか?」

「うむ、妾は大賛成じゃ!」

「なんかずっと逃げっぱなしで疲れたもんなー」

「……賛、成…」

 ファヴォリがパンっと両手を叩くと、作業台の上にお茶請けのマドレーヌと一緒にティーセットが人数分現れた。

「本当はちゃんと淹れたいところですけれど、そうも云っていられませんからこれでごめんなさい」

「お菓子! お前気が利くな!」

 美味しそうなお菓子を目の前にして年相応にはしゃいで見せる三人を眺めていると、ふとレーベルラントの村の子どもたちのことを思い出した。

――みんな、元気にしているでしょうか。

自分がいないことに気付いてくれているのだろうか、それとも、そんなこと気にせずいつも通りの日常を送っているのだろうか。

思わずため息をつくと、向かい側の席でマドレーヌを頬張っているソフィアが口を開いた。

「どうした? ファヴォリ」

「あっ、いえ、何でもないですよ」

 慌てて両手をぶんぶんと振って何でもないと繰り返す。

 ソフィアは相変わらず口をもぐもぐさせてそっか。とだけ返した。

「そ、それより皆さんはここに来る前からのお知り合いなんですか?」

 話をはぐらかそうと、ふと疑問に思ったことを口にした。すると、一夏が良くぞ聞いてくれたと云わんばかりの勢いで椅子から立ち上がって得意げに話し出した。

「勿論だぞ! 妾たちはワンダーって云う国で生まれた時から一緒なのだ」

「ワンダー?」

「知らないのか? ワンダーは子どもだけの国で、そこで生まれた子どもはずっと子どものままでいるんだ」

「子どものまま、ですか?」

 ファヴォリは怪訝な顔で繰り返し尋ねた。

「……ワンダー、は、こわい大人がいない……から…だれも傷つか、ない……優しい国…」

 もそもそと小さな口でマドレーヌを食べながら、ルーンが補足説明を加えた。

 ルーンの話を聞いたファヴォリは、ふと村の子どもたちが持っていた絵本を思い出す。

――たしかあの絵本も、子どもだけの国『ワンダー』が舞台でしたっけ。

「……絵本でなら似たような話を聞いたことがありますけれど…御伽噺の世界のお話なんかじゃなかったんですか」

「当たり前だろ! ワンダーはちゃんとあるんだからな」

「うむ、ワンダーの住人で魔女と魔導士は妾たちだけだから、ほかのみんなは無事だと思うが、早く帰らないとみんなが心配するからな」

「ワンダーのみんなは、一夏たちのことを待っているんですね」

「勿論! なんて云ったって俺たちは最年長だからな。みんなをまとめるのが俺たちの役目だし」

 ソフィアはまたも得意げに語り始めた。自らの意思でワンダーから出た者は永遠に戻ってこられないと云うこと。これまで数え切れない程の住人がワンダーを後にしたこと。気付けば自分たちが一番長くワンダーに居たこと。――みんなに尊敬され、信頼されていること。

「ファヴォリは何処から来たんだ?」

「私ですか? 私はレーベルラントと云う一年の殆どの日が雨の降る村の近くですよ」

「すげぇ! 飴が降るなら毎日お祭りだな!」

 ソフィアが、目をキラキラさせながら机に両手をついてぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 ファヴォリは一瞬なんのことかわからずにキョトンとしたが、やがてソフィアのいう「あめ」が何なのか理解すると思わずクスクスと笑い声が漏れた。

「お菓子の飴じゃないですよ。空から降ってくる水の雨です」

「む、では甘くないのか?」

 一夏が不思議そうに尋ねる。どうやらワンダーの雨はキラキラ輝くキャンディーが降るらしい。

「えぇ、甘くないですよ」

「むぅ……それなら妾はワンダーの飴が良いぞ。あっ、でもファヴォリの村は興味があるぞ」

「レーベルラントに、ですか?」

「うむ! ファヴォリの住んでいる村だからな、きっと村の皆もいい人たちばかりだ」

 一夏の力強い言葉に、ファヴォリは縦に頷いた。

「そうだな、きっと村の人はファヴォリがいないって心配してると思うぜ」

――村のみんなが、私を?

「……ファヴォリが、いない…と、みんなも……さみしい、と…思、う」

 ずっと俯いたままお菓子をもそもそと食べていたルーンも顔をあげ、小さな声で、しかしはっきりと呟いた。

「ありがとう、ございます。そうですね、待っているのはとても辛いですから……早く元の居場所に戻らなきゃ駄目ですね」

 すっきりした顔で微笑むファヴォリを見て、一夏とソフィア、そしてルーンも顔を見合わせて笑った。


     ♰


一階から順番に教室を覗いていたルナ、リーヴル、リュミは、なんの成果も得られないまま三階まで到達していた。

「……そろそろ紡たちと合流しても良い頃だと思うのだけれど…あの子達はまだ四階かしら」

「はい。しかし、此処で会えなければ何かあったと考えるのが自然かと」

リーヴルの言葉にルナは重く頷いた。

確実にこの学園には何かがいる。足を踏み入れた時からずっとルナはそんな感じがしていた。

「とりあえず探してみましょう。此の階は家庭科室と技術室、それから普通教室ね」

ルナが一番手前の家庭科室を開けようとする前にドアが開き、ファヴォリが姿を現した。

「嗚呼ルナ、それにリーヴルにリュミも。何か見つかりましたか?」

「残念ながら手がかりは無しよ。……ねぇ、後ろの三人は誰? それから、紡とクランは一緒じゃないの?」

ルナの問いかけに、ファヴォリは順序立てて丁寧に今までの経緯を説明した。

音楽室で一夏たちと出逢ったこと、コカトリスに襲われ紡とクランが其れと対峙している隙に此処まで逃げてきたこと――。

「なぁなぁファヴォリ、そいつ誰だ?」

 二人が話し込んでいると、後ろからソフィアたちが割って入ってきた。

「随分礼儀のなっていないお子様ね、話が終わるまで待てないのかしら。それと、名を聞くのなら先に名乗るのが礼儀よ」

 話を中断されたルナは不機嫌そうな声でソフィアに詰め寄った。

「お前だって俺らと身長変わらないじゃねーか!」

「私は体形の話をしているんじゃないの、其れから名前を名乗りなさい」

 ソフィアは腰に手を当てて自信満々に自己紹介をした。

「俺はソフィア、神速の魔導士だ! お前こそ誰だよ」

「私はルナ。ルナ・ガーディアノ、運命と奇跡の魔女よ。そして私の従者であるリーヴルと、妹のリュミエール」

 ルナに紹介され、リーヴルが頭を下げて一礼する。

 リュミは相変わらずルナの後ろからきょどきょどと顔を覗かせ、小さな声で「リュミって呼んで欲しいの」と付け加えた。

「妾は童歌の魔女の一夏だ。こっちは妾の双子の妹のルーン」

「……よろしく…ね……」

 ルナは両腕を組んだまま品定めするように三人を斜めに見やった。

 やがて腕を解くと、正面を向き改めて話を戻した。

「とりあえず先に四階に行きましょ。其処で紡たちと合流できなかったら……仕方ないから遣い魔たちに探させて、私たちは先に中央棟の探索にあたることにするわ」

「はい、わかりました。ルーンたちも一緒に行きますよね」

 ファヴォリの問いかけに、三人は大きく頷いた。其れを見たファヴォリも小さく頷き返す。

 全員の意思が一致したのを確認したルナは先ほど上った階段まで戻り、一つ上の四階まで足を進めた。

 そして、問題の音楽室の扉を開けるや否、盛大にため息をついて視線だけでリーヴルに指示を出す。

 主の命令を汲み取ったリーヴルが後から入ろうとしたファヴォリ達を制止させる。

 一人で音楽室に入ったルナは、部屋の真ん中のオブジェクトと呼ぶのもおこがましい其れをじっと見つめる。

 何本もの剣によって串刺し状に吊るされた、ルナの身体の二倍はあるであろう巨大な鶏頭のコカトリスはだらしなく口と瞳孔を開き、足元に絶えず血だまりをつくっている。ぴちゃりぴちゃりと滴の落ちる音がやけに音楽室に響いていた。

「随分悪趣味……いえ、悪意の塊とでも云うべきかしらね」

 吐き捨てるように一人呟いたルナは、割れた窓ガラスに近寄り下を見下ろしたが、すぐに顔を引っ込めてリーヴルたちのもとに戻った。

「あ、あの、何か……あったんですか?」

 ルナの様子を察知したファヴォリがおずおずと尋ねた。

ルナはつまらないとでも云いたげな顔で素っ気なく答えた。

「えぇ、貴方達の目に入れるのさえ気が引けるような、とてもつまらないものがね」

 そう云うと、ルナは音楽室の引き戸をやや乱暴に閉め一人で歩き出す。

「此処には紡もクランも居ないみたいね。二人を探すのはシュシュに任せて、先に中央棟に行きましょ」

「畏まりました」

 リーヴルは淡々とルナの命令に従い、使い魔であるうさぎのぬいぐるみ――シュシュを召喚すると、手短に要件を伝える。

 シュシュは元気よく返事をすると、そのまま窓を開けて飛び降りる。

 他者の言及を許さないようなルナの態度に、ファヴォリはこれ以上の追求を止めて黙ってルナの後をついていった。

 一行は一度二階まで降りた後、廊下をまっすぐ進み中央棟への渡り廊下を通った。

 渡り廊下の突き当りにある自動ドアが、ルナを察知して一足先に音もなく開く。

 自動ドアのその先には、学校に併設させるとしてはあまりに大きすぎる図書館が広がっていた。

 全体的に白を基調とし、三階と四階は天井が吹き抜けになっており、さらに開放的な印象を与える。

「まぁレプリカにしては忠実に再現されているじゃない。此処が学園で一番大きな施設の……」

「うおー! すげー!」

「絵本は何処だろう? ルーン、妾はアリスが読みたいぞ」

「……素敵…ワンダーの次、くらいに……」

 ルナが得意げに話しているのも聞かず、ソフィアたちは歓声を上げて一目散に絵本コーナーに走っていった。

「ちょっと、図書館で走らないの! それから人の話は最後まで聞きなさい」

「ルナ、図書館ではお静かに」

 クスクスと忍び笑いを漏らしながらリーヴルがルナを諭す。

「はいはい、ごめんなさいね、司書さん」

 ルナは軽くあしらうと、一番窓側の六人掛けテーブルの椅子を引いてそこに座ってリーヴルを呼ぶ。

「どうしました?」

「彼の本を出して欲しいの。全部だと多すぎるから、そうね……六万二千五百五十六ページ目からざっと一万ページ分をお願い」

 ルナの注文に、リーヴルは畏まりました。と腰を折って一礼し受諾する。そして、手近な本棚から一冊の本を取り出してルナの前に静かに置いた。

「ありがとう。私は暫くこれを読んでいるから、貴方も図書館の中を調べて頂戴。この中で誰よりも貴方が此処を熟知しているしね」

「はい。何かありましたら何なりとお申し付けください」

 リーヴルが図書館内の探索を始めたのを見届けると、ルナはハードカバーを捲り、羅列された文字をじっと目で追い始めた。



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