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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
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少女たちの箱庭遊戯Ⅰ 人形遣いの魔女2

こんにちは、あるいはお久しぶりです。

前回のお話をうpしたときにはまだまだ枝だけだった桜も、すっかり満開ですね。

まぁ桜は一ミリも関係ない第二話、お付き合いいただければ幸いです。

 程なくして、偵察に繰り出していた其々の使い魔が主人の元へと戻ってきた。


「どうやら魔女だの魔導士だのがうじゃうじゃいるみたいだね。なんかもうこの世界に馴染んでる輩もいるみたいだけれど、その殆どが私たちみたいに使い魔を偵察に繰り出して情報収集しているみたい。私の方はこんなものかな」

「こちらも同じような様子です。特筆すべき点があるとすれば、一際強い魔力を持った魔女と……こちらの使い魔はドール、でしょうか、二体いらっしゃるようですね」


 ファヴォリの報告にルナは軽く舌打ちをしたが、直ぐに自分の使い魔の見てきたものをその場にいる全員に伝える。


「私も紡と同じよ」


リーヴルの使い魔であるシュシュも、見聞きしたことを小さな身体で身振りを交えて伝えた。


「んとねールナみたいなのがいっぱいいーっぱいいたよー。あとねーあとねー、みんなねー『ありす』を探すっていってたー」

「アリス?」


 ルナが尋ねるとシュシュはこくこくと頷いた。


「えっとねー『アリスを見つけ出して時計ウサギに逢わせれば帰れる』って白いおにーちゃんが教えてくれたのー」


 白いおにーちゃんと云う言葉を聞いてルナが突然頭を抱えて項垂れた。

 突然のことに紡もファヴォリも驚きを隠せない。


「最悪……最悪だわ……あいつも居るってことじゃない……。それだけじゃないわ……シュシュに直接伝えたってことは……嗚呼もう完全に彼奴に私の存在バレてるじゃない……」

「あとねーあとねー白いおにーちゃんが近いうちに逢いにくるってー」


 シュシュの笑顔の一言が重石のようにルナに伸し掛る。

 ついにルナは地に膝をついて落胆した。


「あ、あの、リーヴル、ルナ一体どうしたんですか……?」


 ファヴォリがおずおずとリーヴルに尋ねると、リーヴルは微笑みを携えたまま答える。


「シュシュに情報を与えてくださった方は恐らくクラン・ハーデス様――不老不死の魔導士の方でしょう。クラン様とルナは旧知の仲でして」

「仲良しなんかじゃないわ」

「……しかしそういうわけだかルナはクラン様を避けているようでして。お顔をお合わせになれば仲良くお喋りなさるのですが」

「貴方の目は節穴なの?」


 リーヴルの説明を逐一訂正する程度には復活を果たしたルナは立ち上がってスカートの土埃を払った。

 そして指を鳴らすと、お茶会セットと土塊は煙と共に跡形も無く消えた。


「いい? クランが私の元に来る前に元凶を懲らしめて、アリスとやらを見つけ出してさっさと元の世界に帰るわよ」


 変な方向に決意を固めたルナを三人は生暖かい眼差しで見つめていた。


     ♰


「とは云っても、どうやってアリスを見つけ出すの?」

「とりあえずこの森から出てみるというのはどうでしょう。もう少し西に行けば出られるみたいですし」


 と云うファヴォリの提案に従い、一行は情報を得るべく西へと歩き出した。

 森の中は静かなもので、聞こえるのはルナたちが地面を踏みしめる音だけ。他の動物の気配は無かった。

 閑散とした森をひたすら無言で歩いていると、ふと紡が口を開いた。


「ねぇ、やっぱり変だよ」

「何が、ですか?」


 ファヴォリが借問すると、紡は木々の隙間から覗く、澄み渡る葵い空を指差した。


「私たちここに来てからそれなりに時間が経ってるよね。でも、太陽はずっと真上にあるんだよ」


 紡の指摘にファヴォリはあっと小さく声を上げた。


「きっと、まだゲームが始まっていないせいでしょうね」

「そうその通り!」


 二人の後ろを歩いていたルナがボソリと呟くと、足元に咲いていた黄色いパンジー程の大きさの花が喋り始めた。

 突然の聞きなれない声に皆辺りを見回すが花に気付かない。

 痺れを切らした花はむくむくと大きくなり、一番背の高いリーヴル程の背丈にまで急成長をした。

 四人の視線を浴びた花は、口裂け女の如く大きな口をにたりと三日月の形に歪める。

 一方ルナたちはそんな奇怪とも云える花を唯々奇異の目で見ることしかできなかった。


「そこの人形の言う通り! アリスがゲーム開始を宣言するまでこの箱庭世界の時間は一日も一時間も一分も一秒も動きはしないのさ! あばよ!」


 云いたいことだけ云うと、花はあっと言う間に元の大きさに縮み、何事もなかったかのように、花が喋るなんてばかばかしいとでも云うようにそよ風に吹かれるがままその身を揺らすだけの存在と成り果てた。


「な、何だったの今の……」


 紡が思わず呟く。

 ファヴォリとリーヴルはさぁ? とでも云いたげに首を傾げた。

 一方ルナはさっきまで喋っていた花をじっと見つめた。


「どうかしましたか、ルナ」


 リーヴルが尋ねるとルナは不機嫌をたっぷりと含んだ声で云った。


「どいつもこいつも私を人形なんて呼んで……本当失礼な奴よ」


 ルナの身体を構成する骨格、皮膚、内臓、関節は人間のそれとは異なる。

 関節には球体が収まっており、肌は陶器の如く白く冷たい。

 それもそのはず。彼女は創造の魔女が作り上げた作品であり愛玩具であり球体間接人形なのだから。

 しかしルナは自身を人形と形容されることを酷く嫌っている。そのため、自分の正体を一瞬で見ぬき、あろうことか口にした先ほどの花を、悪意憎悪怒りその他諸々を含んだ視線でキッと睨み付けた。


「でもまぁ、一つだけこいつを褒めるべきことはあるわ」


 ふいっと視線をそらしてルナは続ける。


「どうやらこの世界には、箱庭の理を教えてくれる存在がいるようね。もしかしたら鍵と門のヒントを持った奴もいるかもしれないわ」

「じゃぁ、リーヴルの使い魔の子に色々情報をくれた方も」


 ファヴォリの言葉に対してルナは縦に頷いた。


「えぇ、あいつもきっと、こうやって情報を得たんだわ。そしてそれは他の魔女、魔導士も変わらない。もしかしたら情報を得るために力技に出る輩がいるかもしれないわ。気を付けましょ」


 そう云ってルナたち一向は再び西を目指して歩き出した。


     ♰


 更に十分程度歩くと、森の終わりが見えた。

 最初に駈け出したのは紡、そしてそれをファヴォリが追いかける。激しい動きが嫌いなルナは溜息をついてそのまま変わらない足取りでゆっくりと二人の後を追い、従者のリーヴルは主と同じペースで歩き続けた。

 森を抜けたルナの視界に入ったのはピンク色の屋根が可愛らしい小さな一戸建ての家だった。


「ね、あの家に誰かいないかな? この世界の住人とかさ」

「悪い人だったらどうするんです?」

「……考えて無かった」


 考えなしに突き進もうとする紡を制するファヴォリ。

 自分の考えの甘さを指摘された紡はがっくりと項垂れた。


「しかし、紡様のお考えは一理あるかと。ですので、僕が様子を見に行きましょう。女性を危険な目に合わせるわけにはいきませんし」


 そういって爽やかに微笑んだリーヴルは、ルナに良いですか? と尋ねた。ルナは勝手にしなさい、と承諾する。

 主の許可を得たリーヴルは木製のドアを二回ノックした。しかし中から返事は無い。

 もう一度ノックをしてみるも、返ってくるのは静寂だけだった。

 中の様子を伺おうと窓を覗くも、ぴったりと白いカーテンが閉められており、どうあがいても中を見ることはできなかった。

 試しにドアノブに手をかけてみると、ガチャリとなんの抵抗も無く捻ることができた。

 そのままドアを前に押すと、キィと云う音とともにドアが開いた。

 慎重に一歩を踏み出したリーヴルは辺りを見回し、人がいないことを確認すると一度ルナたちの元へと戻った。


「どうやら無人のようですがどうしますか?」

「なら一度調べてみようよ! 何か手がかりがあるかもしれないし」


 紡の提案に今度は全員納得し、薄暗い無人の家の中へと足を踏み入れた。

 家の中は誰かに使われた様子はないが、かと云ってずっとほったらかしにされていたようでもない。まるで、未使用のドールハウスのような玩具めいた家だった。

 唯一の明かりは暖炉で火花を散らす炎だけで、炎をともす蝋燭も、スイッチ一つで明かりがつく照明も無い。

 しかしそれ以上に特筆すべきはその本の量だろう。

 そこまで高くない屋根すれすれの高さまである本棚は壁一面をびっしりと覆っており、その中には隙間なくぎっしりと本が詰め込まれていた。

 本の筆者もタイトルも、厚さも高さも何もかもがバラバラに、取り敢えず詰めた。と云うように収納されていたが、それでも収まらない本たちは床に無造作に積まれていた。


「凄いなぁこの本の量。ルナの書斎みたいだね」


 その辺に積まれている本の一冊を手に取り、パラパラと捲りながら紡が云った。しかし、声をかけられたルナは返事をすることなく、食い入るように手にした本を見つめていた。


「これ……私の本だわ」

「ルナの? それってルナの書斎の本ってこと?」

「違うわ。これだけじゃない。きっとこの家の中の本は総て私の『ヒトの一生を本として観る能力』によって生み出された本よ」


 それってどういうこと? と紡が尋ねると、ルナに代わってリーヴルが四冊の本を手に説明を始めた。


「此方にある本はルナ、紡様、ファヴォリ様、そして僕のこの世界に来るまでの経緯のすべてが綴られていました。これは先ほどルナが申した通り、ルナの能力によって生み出すことが可能な書物ですが、ルナは今までこの場にいる四人の本は生み出しておりません」

「にも関わらずそれが存在するということは、何者かがルナの能力を勝手に利用したと云うことでしょうか?」


 ファヴォリの仮定にリーヴルとルナが頷く。

 ルナは本を手にとってはパラパラと捲り、もとの場所にしまっては次の本を確認する手を止めずに口を動かした。


「私がこの世界で目覚めたときに感じた凄まじい倦怠感。あれは膨大な量の本を生み出させられたせいでしょうね。生憎、勝手に能力を使われた覚えはないから犯人の特定には至らないけれど。そして、ここにある本の数と同じ人数がこの世界にいるってことね。その証拠に、私たちだけじゃなくてクランの本まであったわ」


 ルナは本棚に仕舞われていた一番分厚い本の背表紙に手をついた。


「じゃぁ……」


 ルナの話を聞いて、家の中を見渡していたファヴォリが口を開く。


「この箱庭世界にはこれだけの魔女、魔導士が居るということ……?」


 ルナは多分ね、と頷いた。その時、ファヴォリの手の中にあった一冊のえんじ色の本が独りでにその手の中から抜け出し、あろうことか暖炉の中へと飛び込んだ。


「リーヴル!」


 ルナの一声でリーヴルが暖炉の中へと手を突っ込み、燃える本を掬い出すも、祖の手すらすり抜け本は燃え盛る炎の中へとその身を投じる。

 あまりの出来事に四人はただ燃え尽き灰へと果てるその本をただただ無言で見つめることしかできなかった。

 最後の一ページが燃え尽き、炎の勢いが収まったころ、ようやく紡が口を開いた。


「何、今の……本が勝手に」

「ファヴォリ、さっきの本、内容覚えているかしら」


 紡の動揺を他所にルナは冷静な声色でファヴォリに尋ねた。

 ファヴォリは動揺から抜け出し切れていないのか、あたふたと答えた。


「え、えと、確か魔女のお話でしたよ、その、確か祈りの魔女の二つ名を持つ方でした」


 ファヴォリの解にルナはそう。とだけ答えて手に持っていた本を元の場所に戻した。

 すると突然、開けっ放しにしていた入口に何者かの気配を感じ、四人は一斉に振り返った。

 逆光で顔は良く見えないが、シルエットからして少女であることだけはわかった。

 少女がゆらりと右手を前に掲げると、幾何学文字で形成された魔法陣が展開され、光の粒が集まる。

 反射的にファヴォリも両手を掲げて魔法陣を展開する。

 少女の魔法陣から鋭いレーザーが発射されるのとファヴォリがシールドを展開するのは同時だった。

 少女の放ったレーザーを、ファヴォリのシールドが弾く。

 進行方向を捻じ曲げられたレーザーは天井を突き破り、薄暗い家の中をこの場には似つかわないほど柔らかな日差しが照らした。


「一度外に出よ!」


 紡の一声で各々がぶち抜かれた天井から外へと脱出する。そのあとを追って少女も外へと身体を向けた。

 外の明るさに一瞬目がくらんだルナが次に目を開けたとき、少女の姿をとらえた。

 ぼさぼさの髪に煤に血に汚れた修道服はところどころ破けてさえいる。

 破けた穴や顔には切り傷や擦り傷からあふれる血が滲んでいた。

 そしてなにより、黒い両の瞳からは生気を感じられない。

 そんな少女の姿を見てファヴォリははっとして声をあげる。


「修道服……彼女、きっとさっきの本の子です」

「うそっ!?」


 修道服の少女は再び魔法陣を展開させる。


「魄灰姫」

「さぁさおいでなさい。炎を纏いし伝説の剣レーヴァテイン」


 それに対抗すべく紡は魄灰姫を具現させ、ルナもレーヴァテインを召喚し、リーヴルに託した。

 少女の魔法陣から放たれたレーザーをレーヴァテインが切り裂く。

 しかし、少女の表情に変化は見られず機械的に魔法陣を展開させてはレーザーを放つ。


「なにあの無茶苦茶なやり方! そんなんじゃすぐ魔力切れるよ!」


 紡は弾幕の隙をついて少女に接近するが、展開されていた全ての魔法陣が照射を紡に合わせる。

 既に空中に身を置いている紡は完全に無防備で恰好の的となっていた。


「まっず……!」


 そう思うも身体は自由にはならない。

 レーザーが一斉に紡に向かって放たれる。

 思わず目をつむった彼女が次に目蓋を持ち上げると、紡を覆うようにシールドが球状に張られ、四方からの攻撃から紡を守っていた。


「もう、少しは考えて行動してください!」


 下から聞こえるファヴォリの叱咤に耳を痛めつつ、「ありがとファヴォリ!」とお礼を云って紡は体勢を立て直した。

 シールドが解除され、重力に従い、しかし物音立てることなく地面にふわりと着地した紡は改めて相手を観察すべくじっと修道服の少女を見つめた。

 あんな滅茶苦茶な魔法の使いかた、きっと何かある。じゃなきゃこれだけの攻撃に説明がつかない。

 もっとよく相手を観察しようと近付いた刹那、それはハッキリと紡の視界に映った。

 動くことを忘れた太陽の光を受けてキラリと瞬くソレを確認し、紡が声を上げる。


「リーヴル! あの子何か糸に繋がれているみたい! 腕の近く!」


 弾幕を避けながら伝えたため、言葉足らずになってしまったが、それでもリーヴルは意図を理解し頷いた。そして手に持っているレーヴァテインを構え全神経を見えぬ糸を捉えるために集中させる。

 視えないと思うから視えない。先入観を捨てれば視えてくるものもある。

 何時だったか聞いた言葉を思い出して、リーヴルは自身に暗示をかけるように視えないものを探す。

 修道服の少女が魔方陣を展開させようと右手を掲げた時、一瞬だけ光を受けた不可視の糸が瞬いたのをリーヴルは見逃さなかった。


「『B・フラム』ッ」


弾幕の隙間を掻い潜り、少女に急接近したリーヴルの持つレーヴァテインは青い炎を纏い、少女の手首すれすれの空間を切り裂く。

 瞬間、修道服の少女は糸が切れたようにぐしゃりと倒れこみ、それからピクリともしなかった。

 しばらく様子を見ていたリーヴルだったが、やがてしゃがみこんで少女の細いうなじに指を当てて脈を確認するも、何も感じられない。


「……死んでいるの? その子」


 魄灰姫を収めた紡が恐る恐る尋ねる。


「えぇ。しかし今お亡くなりになられた訳ではなく、もっと前に既に命はなかったでしょう。それと、右手首にこのようなものが」


 そう云ってリーヴルが手にしていたのは、先ほどの戦いの最中、紡が見つけリーヴルが斬った透明な糸だった。

 ルナがそれをリーヴルの手からつまみ上げ、日の光に透かしながら観察を始める。


「この糸であの子に魔力を供給していたみたいね、本人とは異なる魔力がまだほんの少しだけ残っているわ」


 糸の観察を終えたルナは隣から覗き込んでいたファヴォリに糸を渡して言葉を続ける。


「あれは人形を操る時に使うものね。恐らく彼女を操っていた魔女か魔導士、この際どちらでも良いのだけれど――は使役魔法を使うのよ。そして操られていた彼女は、あの家にあったけれど勝手に暖炉に突っ込んで燃えてしまった本の登場人物と一致していて、とっくに死んでいる。これはどう云うことかしら……」

「それなら儂が説明しようではないか」


 ルナが顎に手を当てて考えていると、背後から男性の声がした。

 思わず振り返ったルナは声の持ち主の顔を見るなり、その整った可愛らしい顔を嫌悪で歪めた。

 白を基調とした軍服を包む身はしなやかな細身だが貧弱さは感じられない。

 色素の薄い髪はさらさらと風に靡き、黄優しく細めた色が眩しいその瞳は、しかしルチルクオーツのように鋭い光を宿している。


「貴方……何故ここにいるの?」


 ルナが苛立ちをまるっきり隠すことのない声色で突然現れた青年に問い詰める。

 一方青年はそんなルナの様子など御構い無しに彼女の髪をくしゃくしゃと撫で回す。


「お前さんの従者の使い魔に云うただろう。近々会いに行くと」

「何の話かしら? それとその手を今すぐ早急に離しなさい。髪が乱れたわ」

「はっはっはっこれが儂の唯一の楽しみでのう」

「ふざけないでこの老害ジジイ。一刻も早く私の前から消えて死んで頂戴」

「儂は不老不死じゃぞ?」


 ルナに噛み付かれてものらりくらりとかわし、むしろルナを翻弄し続ける青年に紡もファヴォリも唖然としていた。

 リーヴルはその様子をニコニコと見守っている。


「えぇっと……あの人誰?」


 ようやく紡が口を開くと青年本人が名乗った。


「……嗚呼、お前さんらとは初対面じゃったな、儂はクラン・ハーデスだ。よろしく頼むぞ、語り部の魔女と雨の村の魔女よ」


 ルナの頭を撫で回していた手を差し出しにこやかに笑うクランの手を二人は取ることができなかった。

 何故、自分の正体を知っているのか。

 それが不安となり彼を訝しむ原因となる。

 そんな二人の様子を見てクランは、ははぁと膝を叩いた。


「なぁに、儂は不老不死の魔導士。知らぬことなど存在しないものだけだ」


 ファヴォリは不老不死と云う言葉を聞いてあっと小さく声を上げる。

 先ほどの家でルナが「クランのものもあるわ」と云って示したどの本よりも分厚い背表紙。あの本は『その持ち主が生まれてから此処に来るまでの総てが綴られている』とも云っていた。

 クランの本のあの分厚さは不老不死故の経験値と生きてきた時間と云うことであり、彼が長寿であり不死であることの証明だ。


「貴方が……クランさん…初めまして、陽の魔女と呼ばれています、ファヴォリュームと申します。ファヴォリとお呼びください」


 すっと一歩前に出てクランの手を握り返すファヴォリ。

 紡も慌ててそれに倣う。


「えっと紡だよ、貴方の云う通り語り部の魔女です」


 其々と握手を交わしたクランは満足げに頷いて、改めてルナへと向き直るが、ルナは磁石の反発よろしくぷいっとそっぽを向いてしまった。


「で? 貴方が何を知っていると云うの?」


 苛立ちを露わにしたルナが暗に早く云えとクランを急かすが、クランはそんなもの気にも留めず、あくまで自分のペースで話を進め始めた。


「先ほどお前さんらが目にしたあの本だが、あれはこの箱庭世界に存在する魔女、魔導士のこれまでを綴った本であり、ルナの能力によって具現したものだ」

「そんなこと云われなくてもわかっているわ」

「まぁそう急くな。そうだ、リーヴルよ、茶会の準備を頼んだぞ。儂はあの緑の紅茶が飲みたい」


 突然リーヴルにお茶の用意を申しつけるクランだったが、リーヴルは文句一つ云わず「かしこまりました」とにこやかに承諾し、お茶の準備を始めた。

 彼が指を一つ鳴らせばあっという間に白がまぶしいテーブルと四脚の椅子がどこからともなく姿を現す。


「やはりリーヴルは優秀な執事だな、ルナにようお似合いだ」

「貴方勝手に人の従者に命令しないで頂戴? リーヴルも何勝手に準備始めてるのよ! 私は許可していないわ」


 などと文句を云うルナもちゃっかりしっかり席に腰を下ろして紅茶が出来上がるのを待っていた。

 紡とファヴォリも突然のお茶会にはもう慣れたのか、其々椅子に座っている。

 クランは最後に残った、ルナとファヴォリの間に着席し、話を続けた。


「してなんの話だったかな。あぁそうか、ルナがまだあやつのところにいた頃の話だったか」

「あの本の話! やっぱりもう頭は限界みたいだしさっさとくたばってしまえば?」

「ふむ、あれはお前さんができたてほやほやのころだったかな」

「聞こえなかったかしら? 本の話よ、ほ、ん、の、は、な、し! 次余計なこと云ったらその減らず口塞いでやるわよ」

「ほう、なかなか積極的ではないかルナよ。いつの間にそんなこと覚えたのだ?」

「そう、貴方そんなに塞いでほしいのなら針と糸で縫い合わせてあげるわよ。私こう見えてもお裁縫はなかなか得意なの。貴方に披露できる日が来るなんて思わなかったわ。光栄の極みよ」

「なに、ほんのジョークだジョーク。で、えぇと何だったか。そう、そしてあの本だが、どうにもこの世界での生死とリンクしているようでな。平たく云えばこの世界で死ぬと本も消失するらしい」

「その死はどちらの意味でしょうか?」


 紅茶を淹れ終え、其々のティーカップを用意したリーヴルが口を挟む。クランのものだけは湯呑に緑茶と云うなんとも渋いものだった。


「流石リーヴル、良い茶と質問だ」


 リーヴルの淹れた緑茶を啜り、クランは続ける。


「魔法を使う者に訪れる死には二つあるのをお前らは知っているな?」

「知ってるよ。肉体の死、こっちは時間をかけるか再生魔法を使えば復活できる方。それから、魂の死は

 古の魔法のひとつ、生魂の魔法以外では蘇ることのない完全に無に還る方の死だよね」

 紡の回答にそうだ、と頷きクランが説明を続ける。


「この世界で死ぬと云うことは死因が何であれ総て魂の死に繋がる。つまり、もとの世界で蘇ることも無く消滅する。本の消滅はその比喩だろうな」

「物語の紡ぎ手が居ないから物語が無いも同じ……。そう云いたいのかな」

「恐らくな。流石は語り部の魔女。この手の話は飲み込みが早いようだ」


 クランに称賛され、紡はえへへ、と照れながらもはにかんだ。

 その間をファヴォリが挙手をして割り込む。


「あの、それってつまりクランの言葉を云い換えれば、この世界で死ねばもう二度と元の世界に帰ることができないと云うことですか?」

「そういうことになるな」


 クランに淀みなくきっぱりと肯定され、紡もファヴォリも目を伏せずにはいられなかった。

 しかしただ一人例外として、ルナだけはいつものすまし顔で紅茶を嗜んでいた。


「なら死ななければ良いのでしょう」


 ルナは静かにそう云った。ティーカップとソーサーのぶつかる軽い音が嫌に響く。


「相変わらずの自信だな。やはりそこは親譲りとでも云おうか」


 クランが喉をくっくと鳴らしながら笑った。


「私は運命と奇跡の魔女よ? 私たちが万が一にでも死ぬ運命が物語の結末だと云うのならその運命を変えてみせる。それが不可能だと云うのなら運命が覆る奇跡を起こして魅せるわ。それと、私は彼奴を親だと思ったことなんて一度たりとも無いわよ」


 そう云って不敵に笑って魅せるルナを見て、紡とファヴォリの表情が和らぐ。


「そうだよね! うん、ルナの云う通り! ファヴォリのことは私が守るしね」

「その前に貴方はもっと自分のことを大切にしてくださいね」


 ファヴォリに痛いところを突かれ、うぐっと言葉に詰まる紡。

 そんな少女たちの姿を見てクランは目を細めた。


「ねぇクラン、一つ聞いていいかしら」


 珍しくルナの方からクランとの会話を続け、流石のクランも思わずほぅ、と声をあげた。


「貴方、アリスの正体ないし鍵か門の存在は知っているのかしら」


 其れはこの世界の核心に触れる質問だった。この箱庭から出るために必要であり恐らくこの世界に理不尽に連れ込まれた者が皆血眼になって探しているもの。

 不老不死故全知に近しい知識量を持つクランなら何か知っているのではないか。クランがこの世界にいるとわかった時からルナはずっとそう考えていた。

 しかし、クランの口から漏れた答えは彼女の予想を裏切るものだった。


「生憎、儂は何も知らんぞ」

「そう……。流石の貴方でも知らないことはあるのね」

「あぁ。儂は不老不死であって全知ではない。全知を二つ名とする者であればお前さんの質問に答える可能だろうがな。しかし、儂でも答えられることはあるぞ」


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