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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
18/23

少女たちの箱庭遊戯Ⅳ 魔女狩りの魔女2

実習が終わって春休みを無事手に入れられそうです。新しく書いているお話も、二月ごろに紙媒体で発表できそうです。

 深い森の隔離された一角。

 月の表面のように凸凹した地面の上でリーヴルはファヴォリを抱きかかえたままじっと正面の敵を見据えた。

 一方の幻葬(げんそう)の魔導士・フラネルは薄い笑みを浮かべている。

 フラネルが右手を水平に掲げるのを視認したリーヴルが咄嗟に地面を蹴り上げて跳躍するのと、彼の足元が崩れるのは同時だった。

 僅かだがGが二人を襲う。ファヴォリは振り落とされないようにと必死にリーヴルにしがみついた。

 手近な太めの木の枝に降りたリーヴルは無残な姿に変わり果てた地面と、その真ん中に立つフラネルを見下ろした。

 先ほどから彼が魔法を使う度に周囲のモノが跡形も無く姿を消していた。

 ――これが、幻葬。

 幻へと葬る、彼の固有魔法。

 厄介な相手だな、とリーヴルが思案していると、彼に抱きかかえられていたファヴォリがそっと耳打ちした。

「あの、私のこと降ろしてください。このままじゃリーヴルが何も出来ません」

 しかし、リーヴルは優しく微笑んで首を横に振った。

「いえ、ファヴォリ様に何かあっては大変ですから」

「じゃ、じゃあ、私も……私も一緒に戦います…っ」

 真っ直ぐな瞳でそう云い出すファヴォリに、さすがのリーヴルたじろいだ。

 反対しようと口を開きかけたが、噤んですぐに考え直し、やがてため息とともに口を開いた。

「無茶やお怪我だけはなさらないでください」

「大丈夫…です……! 邪魔にならないようにしますから」

 ファヴォリが頷いたのを確認したリーヴルが木の上から飛び降り、ファヴォリをそっと降ろす。

 地面を踏みしめたファヴォリがキッとフラネルを睨みつける。

「やっとやる気になってくれたんだな、嬉しいよ」

「本当はこんなことしたくありませんよ……でも…やるしかないんです」

 じんわり滲む手汗をワンピースの裾で拭い、大きく深呼吸をする。

 こんな再会、少なくともファヴォリ自身は望んでいなかった。

 それでも、やるしかないと啖呵を切ったのだから。と自分に言い聞かせた。

 やらなきゃ、やられるだけ。

 両手が自由になったリーヴルは自身の扱うレーヴァテインを具現化し、両手で握る。

「……それはいつもルナが召喚していたものなのでは…」

「ルナが僕の魔力と一緒に持っていたんですよ。先ほどの黒猫が一緒に返してくれました」

 驚いているファヴォリを横目に、少し悪戯っぽい笑みと共にリーヴルは種明かしをする。

「準備はいいかい?」

 その言葉と共にフラネルが攻撃を仕掛ける。

 すかさずファヴォリが牽制の弾幕を放つが、フラネルはその隙を掻い潜り彼女の眼前にまで迫る。

 琥珀を閉じ込めたようなファヴォリの瞳にフラネルの姿が映し出され、瞳が大きく見開かれる。

「『メル・エル・マータ』……ごめん、ファヴォリ」

「……っ!」

 思わず息を飲んだファヴォリの足元に魔方陣が展開された瞬間、リーヴルが咄嗟に彼女を片腕で抱きかかえその場を離れる。

 魔方陣のあった場所はぽっかりと空洞と化しており、ファヴォリさぁっと血の気を失いかけた。

 リーヴルがすかさずレーヴァテインをフラネルに向けるが、彼はハイキックで剣の軌道を逸らした。

 しかしその程度でリーヴルが怯む訳も無く、すぐに次の攻撃に移る。

「その剣、邪魔だな」

 リーヴルの剣を右へ左へとかわしていたフラネルが、突如素手でレーヴァテインの剣先を掴んだ。

 鈍色の光を放つ聖剣をフラネルの赤黒い血が汚すが、フラネルはそんなの気にも留めず薄く笑った。

「『メル・エル・マータ』」

 フラネルが唱えた刹那、リーヴルの手からレーヴァテインが姿を消した。

「な……っ」

「素敵な剣だったけれど…幻に葬らさせてもらったよ」

 ペロリと手に付着した血を舐めとってフラネルはせせら嗤う。

 一方のリーヴルは表情を崩すことなく注意深く腰を落として次の行動に備えている。

 同時に周囲を観察。先ほどからファヴォリの姿が見当たらないのが、リーヴルには気掛かりだった。

 まさかフラネルの幻葬に巻き込まれた訳ではと僅かに疑ってしまう。

 しかし、すぐに内心で首を振ってその考えを払拭する。

 ごく僅かではあるが、ファヴォリの魔力の残滓がある。

 おそらく彼女は意図的に魔力を、気配を殺して息を潜めているのだろう。

 ――何をお考えなのですか、ファヴォリ様。

 ファヴォリの意図を汲み取れずにいるリーヴルだったが、フラネルが再び攻撃を仕掛けてきたため思考をシャットアウトし、意識を目の前の相手に向ける。

 フラネルの手刀をなぎ払い回し蹴りを仕掛けるが、フラネルがそれを腕で受け止める。

 次にフラネル繰り出した裏拳をリーヴルは危なげなく交わしていく。

 何方からともなく大きく後ろに後退し、靴底で土埃を巻き上げながらブレーキを掛けながらノックバック。

 先に硬直が解けたのはリーヴルの方だった。

 地面を踏みしめた反動をそのまま推進力に上乗せし、フラネル目がけて突っ込む。

 迎え撃つフラネルは重心を低く構える。

 しかし、リーヴルの振るった腕のその先で光るそれを見て一瞬で判断を変えた。

 リーヴルが自身の指の間に挟んだ仕込みナイフを三本フラネル目がけて投げつけた。

「『メル・エル・マータ』っ」

 フラネルが前に突き出した手の先で魔法陣が展開され、ナイフを飲み込む。

 分かってはいたが、あまりの予定調和にリーヴルは思わず内心舌打ちをしながらも、フラネルの顔に向 かって回し蹴りを見舞いするが、紙一重で交わされ空振りに終わる。

お互いに先の読み合い。

 かわされることを見越した次の攻撃。

 互いの攻撃が相手にヒットすることの無い拮抗した戦いは、二人にとって予測の範疇ではあった。

均衡を崩せた方が生き残るこの戦い。

 それを先に崩したのはリーヴルだった。

 彼の振りかぶった腕のその先にレーヴァテインが日の光を受け鈍い光を放っていた。

 剣先はそのままフラネルの首筋あてがわれる。

「……驚いた、おれは確かに幻葬に送ったはずだ」

 フラネルはあくまで表情を崩さず、余裕の笑みを浮かべている。

 そんな彼にリーヴルは冷ややかな視線を送って云った。

「これでもソロモンの72柱の三十五位です。幻を具現化することくらい容易いことですよ」

「悪魔……か。成る程、魔女に仕える悪魔だなんて滑稽なヤツだ」

「僕が仕えているのはルナです。彼女が何者だろうと僕には関係ありませんよ」

 レーヴァテインを握るリーヴルの手に僅かに力が込められ、フラネルの首に赤い線が薄く走る。

 二人の間に走る緊迫した空気を、その手が引き裂いた。

 フラネルを後ろから抱きしめるように回された華奢な左腕と、彼の口を覆う右手。

 ゆっくりと視線だけ動かしたフラネルの瞳には、フードの陰の下、申し訳なさそうな表情のファヴォリが映った。

「ごめん、なさい。でも……こうするしか無いんです」

 ファヴォリが贖罪の言葉を口にすると、がくんとフラネルが膝から崩れ落ちた。

 立ち上がろうにも上手いこと身体に力が入らず、ただ仰向けに空を仰ぐことしかできない。

「嗚呼……きみ、は…毒に愛された…ま、魔女、だった……か。はは…さしずめ……筋弛緩の毒と、云ったところ、か……」

 うまく呂律の回らない口でなお薄い笑みを崩すことなく、ファヴォリに視線を移す。

 ファヴォリは黙ったまま地面に座り込み、フラネルの頬をそっと撫でる。

「貴方は……何故こんな姿になってしまったんですか…? 貴方は、私が待っていたヒトじゃないんですよね」

「バレちゃってたか……ふふ…。やっぱり幻は……現世に馴染め、ない、んだな……」

 ふぅ、とゆっくり息を吐いたフラネルは視線をリーヴルへと向けた。

 リーヴルはなお冷たい視線を送っている。

「悪魔のきみ、なら……おれ…を幻に葬ること……くらい、容易い…だろ……?」

「云われなくともそのつもりです」

「幻は幻に……、だな。ごめん、な、ファヴォリ……。君に、沢山待ってもらってた、けど……逢い、に行けなく、て」

「…………」

 ファヴォリはじっと黙ったまま、フラネルの話を聞いていた。

 フードの下に潜む瞳が潤んで僅かに揺れる。

「今度、は……俺、が、待つ番…だな……。ずっと…待ってる、から……。次逢う時、は……幻想の中…だな……」

「はい……どうか、貴方が私に飽きるまで待っていてください」

「飽きる、訳……無いさ。……さぁ、もう…終わり、だ。おれが消えれば、森の出口は……姿を現すよ……」

 リーヴルがレーヴァテインを握り直し、フラネルの胸に狙いを定める。

 フラネルはようやく解放される。とでも云うように微笑んでいた。

「…貴方を幻へ誘いましょう。さようなら、幻葬の魔導士様」

 垂直に降ろされたレーヴァテインは的確に、寸分の狂いも無くフラネルの胸を貫通した。

 ずぷりと云う肉を裂く感覚は無く、虚空を貫くような軽さだけが剣を通してリーヴルの手に伝わる。

 レーヴァテインが硬い地面にぶつかり、フラネルを串刺しにすると、彼の身体が暖かな淡い光に包まれた。

「きみ、は……やっぱり…泣き虫……だね…」

 やがて足元から一つひとつの粒子となり、重力から解放されるかのようにふわふわと空へと吸い込まれる。

 やがてファヴォリの指の隙間からも光の粒子が浮かび上がり、彼女の手から離れる。

 ついに、フラネルを形成するものは全て姿を消し、後にはリーヴルとファヴォリ、そして地面に突き刺さったレーヴァテインだけが残されていた。

 座り込んでいるファヴォリに手を差し伸べようとしたリーヴルだったが、僅かに彼女の肩が小刻みに震えていることに気付き、手を引っ込めた代わりにファヴォリの前に膝をついた。

 そして、震える肩をそっと自分の方へ抱きよせる。

「たくさん泣いてください。そして涙が枯れたら……笑ってください。陽の魔女の名を冠するファヴォリ様は笑顔のほうが素敵です。何より彼も其れを望んでいるでしょう」



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