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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
14/23

少女たちの箱庭遊戯Ⅲ 厄災の魔女3

11/23に開催されるCOMITIA122に参加します。スペース【け46a】にて、少女たちの箱庭遊戯最終巻と、過去の箱庭遊戯を持っていくので、もしお立ち寄りの際はぜひ当スペースにも足を運んでみてください。

 ルナは重い溜息をついてまっすぐ目の前の建物を見上げた。

 薔薇で飾られたアーチの向こうにそびえ立つ豪邸。その大きさは主人の威厳を表すかのように堂々と其処に存在していた。

 ――相変わらずの趣味ね。

 再び溜息を吐き出したルナは、意を決して足を踏み入れる。

 薔薇のアーチを抜け、広がった視界の先で、見事な薔薇庭園が彼女を出迎える。

 庭師の趣味だろうか、白と黒の薔薇の中に点々と紅い薔薇と、そしてごく僅かに紫の薔薇が汚れなく咲き誇っている。ルナが薔薇庭園をまっすぐ歩いていると、道の先で薔薇の手入れをしている少年の姿があった。

 黒色の髪の所々に色素の薄いメッシュを入れた少年の横顔は、整いすぎて逆に作り物めいていた。

 彼はルナに気付くと驚いたように目を見開いた。

「姉さん?」

 懐かしい響きで呼ばれたルナは僅かに表情をほころばせる。

「久しぶりね、ノワール。貴方までこの世界にいるなんて思わなかったわ」

 ルナを姉さんと呼んだ彼はルナの弟分に当たる、ティアズドロップシリーズ第二弾闇夜の騎士、その名を漆黒のノワール。彼もまた、球体関節の身体を持つドールである。

「ノワール、その……彼奴はいるかしら?」

 ルナの不服全開な物言いにノワールは苦笑しながら頷く。

「ああ、いるさ。勿論クレールもな。案内するよ」

 そう云ったノワールはルナの手を取って彼女を屋敷にエスコートした。

 屋敷の重い扉をノワールが開けると、昼間の日の光が届かない薄暗い部屋がルナを出迎える。

 明かりらしい明かりはぼんやり灯る蝋燭の炎だけで心許ない。

 長い廊下のその奥の行き止まりにある扉を潜り抜けると、一際深い闇に交じって甘ったるい匂いが鼻腔をつく。

 どうにも好きになれないその匂いにルナは若干顔をしかめながら暗闇の中にいる人物をじっと見つめる。

「母様、姉さんを連れてきた」

 母様と呼ばれた女性は闇と同化しそうなほどに黒い髪をかき上げて振り向いた。豊かに実った二対の果実を包むドレスも、魔女に相応しいとんがり帽子も真っ黒なその女性こそ、ルナの産みの親にして創造の魔女、ティアだった。

 ティアはルナを見るや意味有り気に口角を持ちあげた。

「あっらぁ、ルナテックじゃないのぉ。まさか貴女の方から顔を見せるなんて思ってもいなかったわぁ」

「本当は逢いたくなかったわよ。それでも貴女にしか頼めないことがあるの」

 それを聞いたティアはまるで、新しい玩具が目の前に現れるのが今か今かと待ちわびている子どもの瞳のように輝いた。そして、ティアが指を鳴らすと何処からともなくお茶会のセットが姿を現した。ティアが五脚あるうちの一脚に足を組んで座った。

 ルナはティアの対面に位置する椅子にそっと腰掛ける。ノワールは二人を呼んでくる。と云って暗闇に姿をくらませた。

「で? 私に頼みって何かしらぁ?」

 ティアはうずうずとルナの話を心待ちにしている。ルナは溜息をついて口を開いた。

「クランから聞いた話なのだけれど、この世界を構築する魔女、魔導師は全部で六人らしいのだけれど、私たちがその中の誰かと対峙したときに倒してしまっても、彼らの魔力を失わない方法を一緒に考えてほしいの」

 一緒に考えてほしい、とルナは云ったが、彼女なりの解決方法は既に出ていた。しかし、それを実行するにはどうしてもティアの力が必要だと云う結論に辿り着いたのだった。だから今、こうして死んでも逢いたくない相手の前に顔を出している。

 ティアはテーブルに肘をついてその手に顎を乗せ、ふんふんと楽しそうに相槌を打つ。

「どぉせルナテック、貴女のことだから検討はついているんでしょぉ? 一緒に考えてなんて遠回りな云い方しなくてもいいんじゃないかしらぁ」

 ティアの指摘にルナはぐっと言葉を詰まらせる。

 ――これだからこいつと話ししたくないのよ。

 ルナは内心毒づいたが、咳払いでそれを誤魔化す。

「貴女の云う通りだし、率直に云わせてもらうわ。彼らの魔力を保存する器を貴女は作れるかしら」

「ふふふ、私の可愛い娘はこの私が創らないとでも思っているのかしらぁ?」

 ティアがチラリと後方に視線をやると、丁度ノワールが二人を連れて姿を現した。

 一人はノワールと同じ背丈に、彼と対照的なブロンド髪に所々黒のメッシュを入れた少年と、彼らより頭一つ背の低い、透けるような白髪を二つに結った幼い少女はルナを見るや目を輝かせる。ブロンド髪の少年が駈け出して、椅子に座っているルナに抱き付いた。

「姉さんだ! 姉さん久しぶり!」

「えぇ、貴方も元気そうね、クレール」

 クレールと呼ばれた彼もまた、ティアの作品の一つでありルナと同じくティアズドロップシリーズ第三段純白の騎士、その名を白夜のクレール。ノワールの対にして双子ドールである。

 人懐こいクレールは姉との久しぶりの再会の喜びを、彼女に抱き付く形で包み隠さず表現している。

 変わらない弟の態度に安心したルナだったが、もう一人の少女には見覚えが無かった。クレールとノワール、そしてかつての自分と同じ紅い瞳を持つことから彼女もまた、自分の妹なのであろうが、当の少女はノワールの背後からチラチラとこちらの様子を伺っていた。

「さっきノワールが二人って云っていたからまさかと思ったけれど、ティア、貴女また創ったの?」

「あらぁ、この娘こそ貴女の望む器よぉ」

 ノワールに促された少女はあうあうと戸惑いながらルナの前まで歩み寄り、上目で彼女の顔を見つめた。

「あっ、あう、あの、りゅ、リュミエールって云うの。お、お兄様たちはリュミって呼ぶの。あの、あの、お姉さまにお逢いできて嬉しい、です、の……っ」

 相当な恥ずかしがりなのだろう、名前を名乗るだけで耳まで真っ赤に染まってしまった。そんな妹の頬をルナはそっと両手で包み込んでその紅い瞳に自分の顔を映す。

「初めまして、私は……運命と奇跡の魔女、ルナ・ガーディアノよ。私も逢えて嬉しいわ、リュミ」

 ルナが優しく微笑みかけると、リュミの緊張も解けたのかようやく少しだけ笑顔を見せた。

「で? この子が器になるってどういうことなの?」

「リュミエールは元々器にするために創った娘よぉ。魂の色は無。何物にも染まっていない真っ新な魂。故に何物にも染まるのよぉ」

「つまり、リュミの身体に彼らの魔力を蓄えさせようってこと?」

「蓄えさせるのは一時的よぉ。この娘が蓄えた魔力は後々私が使うつもりだしぃ」

「相変わらず趣味悪いわね」

 ルナがげんなりとした顔で吐き捨てる。

 しかし、表情とは裏腹に思ったよりあっさりと話が進んで拍子抜けしていた。

 ティアのことだからどうせまた無理難題を押し付けてくるか、そうでなければ自分の元へ戻ってこいくらい云われる覚悟であったが、どうやら空振りに終わったらしい。

「そう云えば姉さん、いつも一緒にいた悪魔はどうしたの?」

 話の間にルナから離れてその隣に座って足をぶらつかせていたクレールがふと疑問を投げかける。ルナは、あぁ、と事の経緯を簡単に弟たちに話して聞かせた。

 ――そう云えばリーヴルと離れて行動するのはあの時以来かしら。ファヴォリの様子を見てもらうだけだから大丈夫だとは思うけれど……。二人そろって危険な目に合っていないかしら。嗚呼、早くこんなところ去って安否を確認しなきゃ。

「ふーん、じゃぁ姉さんはまだその悪魔のこと好きなんだ」

 考え事をしていたルナだったが、好き、と云う言葉を思考が捉えると、珍しく取り乱した。そんな彼女をティアは笑い飛ばす。

「あっはっはっ。貴女一人前に恋してるのねぇ。しかも悪魔に」

「あ、悪魔とかそう云うのは関係ないでしょ? そ、それに、す、す、好きなんて、一言も云っていないわ! クレールの勝手な想像よ」

「その割にはわかりやすい反応だけれどな」

 ノワールがティアに紅茶のお代わりを注ぎながら冷静に突っ込む。リュミは何の話なのかついていけていない様子でキョトンとルナとティアを交互に見比べている。

 ルナは照れ隠しにカップに注がれていたミルクティーを飲み干し、たたずまいを整えるが、まだ頬の紅が抜けきっていない。

「そもそも、さっきの話の何処に私がリーヴルを好きだって証拠があるのかしら?」

「だってずっと一緒なんでしょ?」

 クレールがこてんと首を傾げて答える。そんな弟を見てルナは頭を押さえた。

「たったそれだけなの? 子どもね、クレールは」

 なんとか話を終わらせようとしたルナだが、ティアはそれを見逃さないどころか、ここぞとばかりに話を広げていく。

「ルナテックったら恋している癖に愛を知らないのねぇ。やっぱり貴女はお人形だわぁ」

「何が云いたいのかしら?」

 ティアの物言いにむっとしたルナが反論する。そんなルナをティアは釣り針に掛かった魚をとらえた目で射貫く。

「ルナティックはまぁだ青の魔力を返していないんでしょぉ? 貴女はもうとーっくに制御できるのにねぇ。何時までも返さないのは――あの悪魔の手綱を握るためかしらぁ」

 ティアが左手に持ったティースプーンを弄びながら、開けたてのジャムにスプーンを入れて救うようにルナの心を直接抉りに行く。

 ルナは俯いて膝の上できゅっと握った拳を見つめる。

 ティアの云うことに間違いは無かった。間違い無く本心だからこそ、ルナは反論出来なかった。

 ルナとリーヴルの運命を大きく変えたあの夏の日、暴走するルナの魔力を覆うためにリーヴルは自らの魔力の大半をルナに与えた。それ以来リーヴルは実力の二割も力を使えていない。

 ――私がこれを返せば、リーヴルはもう傷つかないのかしら。

 でも、そうしたら彼がルナの傍にいる理由は何処にもない。二人は主従関係にあるがきちんと儀式を執り行ったわけでは無く、更に云えば儀式上リーヴル主にしてルナの育ての親であるアスティア夫妻の最期の命令でリーヴルはルナに仕えている。リーヴルは今この瞬間も本来は自由の身なのだった。

 ずっと口を噤むルナを見て、ティアはフッと笑みを零した。

「だから貴女はお人形のままなのよぉ。愛を与えることが出来たって愛を受け取れない程度の器なのに、ニンゲン気取りなんて滑稽極まり無いわぁ」

「……真逆貴女に愛だの何だの説教される日が来るなんて思ってもいなかったわ」

 かろうじて強がりを見せつけるもその表情から影が払拭されることは無かった。

 気まずい沈黙もつかの間。ふと、クレールとノワールが立ち上がって周囲を見渡した。心なしかリュミもそわそわと落ち着かない様子だ。

「どうしたの?」

 ルナが尋ねると三人を代表してノワールが口を開いた。

「侵入者だ。まだ屋敷には入っていないけれど」

「どうする? 母様」

「迎え討ちなさい、クレール、ノワール」

 ティアの命令を受けてクレールとノワールは暗闇へと姿を消した。

 取り残されたリュミとルナ、そしてティアは御茶会を続行している。

 カチャリとティアがティーカップをソーサーに置いて話を切り出した。

「ねぇルナティック、貴女毒を飲んでみる気は無いかしらぁ?」

「中身によるわ」

 ルナはミルクティーを啜って答えるが、ティアと目を合わせようとはしない。そんなルナを、ティアは反抗期の娘を相手しているような気分で見ていた。実際、ティアからすればルナは娘そのものだ。

「貴女の従者に魔力を返すって云うのはどぉ?」

「却下」

 ティアの提案をルナはコンマ一秒で払いのける。しかしティアにとってそれは想定内の反応であり、むしろ飲み込まれたら逆に驚愕していただろう。

 ティアはすかさず次の手の内を明かしにかかる。

「だってぇ、貴女が其れを持つ意味なんて何処にも無いでしょぉ。それに」

 そこで一旦言葉を区切って、ティアはルナの紫水晶の瞳をじっと覗き込む。

 ルナは堪らず視線を逸らしたかったが、ティアの金色の瞳が其れを許さない。

「歪な枷に嵌ったまま成長した猫が果たして他の猫と同じ姿に成長するかしらぁ」

 ルナは薄い唇を噛み締めた。そして身体の力を抜くようにふぅと息を吐き出して立ち上がった。

「別に今更悩むことじゃ無いわね。私はとっくに毒を喰らっているもの。今更貴女の差し出した毒を飲まない訳ないわ」

 ルナが指を鳴らすと、彼女の足元に猫の使い魔が姿を表す。しかしその使い魔は普段の黒い影では無く青みの強い身体をしていた。

 ルナはすっとしゃがんで猫の頭を撫でながら指示をする。

「お前の元の飼い主の所におかえりなさい。迷子にならないようにね」

 猫の使い魔はにゃぁあと一声鳴くと長い尻尾を揺らして闇に溶け込んだ。

 使い魔が姿を消した方向をじっと見つめていたルナだったが、やがて立ち上がってティーカップに残っていたミルクティーを飲み干す。

「ところで、二人が戻ってこないのだけれど」

 ルナは侵入者を迎え撃ちに行ったクレールとノワールの帰りが遅いことを訝しんだ。リュミも兄たちの様子が気になるようで、落ち着きがない。

 一方ティアは特に変わった様子も無くお茶請けのチーズケーキのお代わりを切り分けている。

「気になるなら貴女も行けばぁ? たまには姉弟力を合わせるのも良いんじゃなぁい」

 ――こいつ、最初からこうするつもりだったのね。

 結局、ティアの掌の上で踊らされている自分がいることに内心歯ぎしりしながらも、今は噛み付いている場合では無い。と理性で宥める。それに、今は弟たちの安否の方が心配だった。

 くるりと踵を返して外に出ようとした時、スカートの裾が僅かに引っ張られた。

 振り返ると、リュミが小さなその手でルナのスカートの裾をつかんで引き留めていた。

「どうしたの、リュミ」

「あぅ、あ、あの、リュミも行きたいの……お姉様と一緒に…」

「駄目よ、危ないもの。ティアとここで待っていて頂戴」

 ルナは努めて優しく諭そうと試みるが、リュミは首を横に振って一緒に行きたいと駄々を捏ねる。

 弱り果てたルナにトドメを刺すようにティアが連れて行ってあげて頂戴。と口を開く。

 ルナは頭を抱えながらもため息をついてリュミの小さな手を取った。

「良い? 絶対に戦いの渦中に入っちゃ駄目よ」

「は、はいっ!」

 リュミの返事を聞いたルナは妹の手を取ったまま部屋を飛び出した。

 薄暗い廊下を駆け抜け、開けっ放しにされている扉を潜り抜ける。

 外の眩しさに目が眩み、思わず片目を瞑ってしまう。

 明るさに目が慣れ、ゆっくり瞼を持ち上げると、視界の先でクレールとノワールが一人の槍を操るシルクハットを被った青年と、猫耳の生えた少女の相手をしていた。

「クレール、ノワール!」

「姉さんっ!?」

「りゅ、リュミもいるのっ?」

 槍使いの攻撃を交わしながら予想外の人物の登場に二人は戸惑う。その隙を逃さんとばかりに一撃を穿つが、ルナの放った防御壁が間一髪それを弾く。

「貴方誰? 私の弟たちを虐めないでくれるかしら。それに……何故貴女がいるの?」

 ルナがクレールとノワールの前に立ってキッと槍使いの青年を睨みつける。

 一方青年は余裕な表情で肩をすくめていた。

「虐めるなんて人聞き悪いこと云わんで欲しいわ、お嬢ちゃん」

「馴れ馴れしい口をきかないで。それからどういうことなの? 説明して頂戴、有愛」

 すっと、ルナの細い指が猫耳の少女――有愛(ありあ)に標的を合わせる。

 有愛(ありあ)はにしし、と悪戯っ子のような笑みで答える。

有愛(ありあ)はねー、黒莉(こくり)に逢うためにここにきたの。黒莉(こくり)有愛(ありあ)のこと探して此処に来たんだって」

 有愛はルナがかつて所属していたサーカス団のメンバーの一人だったが、まさかこんな箱庭世界で再開するとは思っておらず、ルナは警戒した様子だ。

「せや、自己紹介まだだったな、お嬢ちゃんが有愛の友達なん? オレは黒莉。絶縁の魔導士や。有愛が世話になったみたいで、おおきにな」

「悪いけれど、私有愛と友達になった覚えはこれっぽっちも無いわ。それに、貴方にとって用があるのはこの子たちじゃなくて私ではないの? それならこの子たちにこれ以上手出しさせないわ」

 相手が魔導士と解れば彼の目的も大体絞れる。大凡、紗鶴たち同様自分のことを鍵だと勘違いした馬鹿の一人だろう。そうであれば徹底的に抵抗して相手のやる気を削ぐだけだ。

 ルナは僅かに脚を開いて臨戦態勢を取る。

 黒莉も手に持っていた槍を構えて不敵に笑ってみせた。

「そういやお嬢ちゃんまだ名前聞いとらんかったな」

「あら、私のこと知らずにここに来たと云うの? 生憎冥土の土産なんて洒落たもの贈る主義ではないのだけれど……。いいわ、私は運命と奇跡の魔女、ルナ・ガーディアノよ。悪いけれど貴方の望む鍵じゃないわ」

「お嬢ちゃん、それはちゃうで」

 黒莉がにぃっと笑うが、それが尚更ルナの逆鱗に触れる。

 苛立ちを露わにしたルナを見て、黒莉はさらに口角を上げる。

「これは魔女狩りや。オレの主人がめっさいらちでなぁ、アリスが見つからへん云うてエラい苛立っとるんや」

「貴方みたいなのを従えるなんて、とんだ変わり者ね」

「何だってえぇやろ。オレと有愛を会わせてくれたんや。オレらはその恩返しなら何やってするだけや」

 そう云って先に仕掛けてきたのは黒莉だった。

 ルナたちは咄嗟に其々の方向に飛び避ける。槍の一突きがさっきまでルナが立っていた地面を抉り、土塊が飛び散る。

 左方向に避けたノワールが、着地の勢いを変換して黒莉に突っ込む。加速を上乗せしたノワールの右足蹴りを黒莉は槍の柄で受け止めるが、勢いを殺しきれず僅かに後退する。それを見逃さなかったクレールが不意打ちの蹴りを喰らわせようとするが、逆に黒莉の前に立ちはだかった有愛の蹴りをモロに喰らってしまった。

「クレールっ!」

 ルナがクレールの元に駆け寄ろうとするが、直ぐに背後の気配に気付いて咄嗟に防御壁を張る。ルナの防御壁と黒莉の槍が真っ向からぶつかり、ガキィンと耳を劈くような音が響く。

 黒莉が一旦大きく後退して、再びのにらみ合い。

 乾いた唇を舐めて黒莉が口を開いた。

「成る程なぁ。噂に聞いた通りやな、あんたらティアズドロップシリーズはその器に魂を持っておって、それと同等の能力が使えるっちゅうんは」

「まさか僕らが」

「この程度のだと思っているのか?」

 黒莉の挑発に双子はあえて乗っかるが、ルナはまだ冷静に相手の言葉を聞き流す。

 そもそもルナは自分がティアの作品であることも、ティアズドロップシリーズであることも疎ましく感じているので、今更挑発にもなりやしない。

 先に体勢を整えて今度はクレールとノワールが攻撃を仕掛ける。

 クレールは膝のバネを一杯に使って地上から足を切り離す。

 一方ノワールは獣の如く地面すれすれまで体勢を低くして、黒莉の懐――相手の攻撃範囲より内側に潜り込み足払いをかける。

「っ!」

 黒莉も咄嗟に反応したが僅かにバランスが崩される。その隙をついて両手でカポエラの様に下半身を捻って黒莉を空へ蹴り上げる。

 空中へと無防備に放り出された黒莉を、今度はコウモリのような大きな羽を羽ばたかせるクレールが迎え撃つ。

 左手に持つレイピアに気付いた黒莉が槍で応戦するが、空中を自由に闊歩するクレール相手に分が悪いのは火を見るよりも明らかだった。かろうじてレイピアを弾きかえすも、重力は黒莉を地面へと絡め取らんと彼を引き寄せる。

 落下運動に逆らう術もなく黒莉は地面へと叩きつけられ、肺の中身が無理矢理絞り出される。

「黒莉ー!」

 有愛が砂埃の中へと飛び込み黒莉の安否を確認しに行く。

 肘をついて上半身を持ち上げた黒莉は、しかし口元を拭ってみせる。

「嗚呼、ホンマに噂通りやったな」

 その言葉が合図になったかのようにがくん、とノワールが膝から崩れ落ちる。クレールも先ほどまで生えていた羽は姿を消し、地面へと崩れ落ちた。

 何事かとルナが二人を交互に見やると、同じく視界の端でぺたんと膝を曲げうずくまるリュミの姿もあった。

「貴方、あの子たちに一体何をっ」

「別に変わったことはしとらんで。その坊やたちの魔力供給を『絶縁』しただけや。ティアズドロップの人形たちは創造主から魔力の供給を受けてるっちゅう噂は本当やったんやな。まぁ、魔女のお嬢ちゃんに効かんかったんは誤算やけれど、戦えへんお嬢ちゃん一人になっちまったんや。問題あらへん」

 立ち上がった黒莉が槍の矛先をルナの鼻先に突きつける。

 しかしルナは臆することなく真っ直ぐに黒莉の瞳を見つめる。

「度胸だけは一人前なんやな、魔女のお嬢ちゃんは」

「なんとでも云いなさい。それと、貴方はもう一つ誤算をしているわ」

 力なくうずくまるクレールたちを覆うように其々に半透明の防御壁を張ったルナは片手で目先の槍を払いのける。

 そしてその手の中に光の粒子が集まり、鈍色の光を放つ柄を形成する。それはピンと真っ直ぐに、もう片方の手のひらまで伸び、その先で大釜をかたどる。

 日の光を受け、ギラリと輝く鎌先を黒莉に向けたルナは澄まし顔で云い放った。

「私は戦えないんじゃない、戦わないだけよ」


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