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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
12/23

少女たちの箱庭遊戯Ⅲ 厄災の魔女1

無事最終話まで書き終わりました。どのくらいのペースで更新すればいいのかわからんです。

 木々に生い茂る葉も、風の流れる音も何もかもが動くことを許可されていないような、或いは時が止まったかのようなその場所。

 一人の少女の靴底が地面を踏みしめる微かな音が、そこに時が流れていることを知らしめる。

 やがて足音が止み、彼女――繰乃(くれない)()(こと)は足元に転がるそれを見下ろした。

 紅い血だまりの真ん中に映える青と黄色の髪の少女は、微動だにすることなく横たわっていた。

 そんな彼女を、まるで花か何かと勘違いしたのか、淡い光を放つ蝶が数匹、花の蜜でも吸うかのように羽を休めている。

「やっぱりアイツ、ここに来てたのね」

 数匹のうち一匹の羽を親指と人差し指でつまみ上げ、忌々しそうに彼女は呟いた。

 そして、もう用はない、とで云いたげにその蝶をそのまま握りつぶした。

 次に彼女がその手を開くと、蝶の姿は消え失せ、淡い光を放つ粒子がさらさらとこぼれ落ちていった。

「そいつはあんたが持って行って。あたしはこいつの後を追うから」

 深理は後ろを無言で浮遊した状態でついてきていた、自分より幼い容姿の少女にそう指示すると、さっさと歩みを進めていってしまった。

 一人取り残された幼い少女は頭に乗せている猫を両手で持ちあげて地面に下ろし、頭を撫でてそっと口を開いた。

「ごはんの時間だよ」

 少女が呟くと猫の口が横たわる少女を覆うようにガバっと開かれる。そして地面に横たわっている少女を吸い込み、あっという間に丸呑みしてしまった。

 ごくん。という「えん下」を合図に猫の口は再びぴったりと閉じられ、とろんとを閉じたっきり動かなくなった。

 そんな猫の頭を撫でていた少女だが、やがて猫を元通り頭に乗せ、ゆっくりと立ち上がって深理の後を追うように進みだした。


     ♰


 琵琶湖程の面積の広大な湖のほとりに彼の姿はあった。

 さらさらの黒髪を心地よい風に靡かせ、遥か前方から飛んできた一羽の黒い影で作られた小鳥の使い魔の姿を両の黒曜石のような黒い瞳が捉えていた。

 羽ばたき続けていたであろう小鳥の止まり木になるようにすっと細い指を伸ばすと、小鳥は静かに彼の指に止まった。小鳥を右の人差し指に止まらせた彼は「やっと逢えるね」とその口角を僅かに持ち上げて囁く。

 ふと、誰かの足音が聞こえ驚いた小鳥は彼の手を離れ、姿を消してしまった。

「随分機嫌が良いようだな、フラネル」

 凛とした女性の声にフラネルは振り返る。

「まぁ、ね。こんな形とは云え、やっと彼女と逢えるんだ」

フラネルが柔らかく微笑むと女性の方は対照的に冷たく嘲笑った。

「くだらんな、愛とか何だとか、虫酸が走る」

「そうか? まぁリズがどう思おうと俺には関係無いさ。関係無いけれど……手出しはさせないから」

 隠すことなく己の独占欲を滲ませたフラネルを見て、リズと呼ばれた女性はさらに不機嫌になる。

「お前が云うと洒落にならん」

「酷いな、俺は本気だよ」

 相変わらず不機嫌なリズを見てフラネルはクスクス忍び笑いを漏らした。

「本気なら尚更タチが悪いと思うが?」

「本気のニンゲンを馬鹿にしないほうがいいと思うけれど」

 再び視線を湖の向こう――誰かの使い魔の小鳥が飛び去った方へと向けてフラネルは口角を上げた。

「もう直ぐで逢えるよ、ファヴォリ」


     ♰


 日当たりの良い草原。鮮やかな新緑の葉がそよ風に撫でられ頭を揺らすその真ん中で青年はシルクハットをアイマスク代わりに顔に被せ微睡んでいた。

そこへ猫耳と尻尾を生やした幼女が駆け寄ってシルクハットをひょいっと外し彼の顔を覗き込んだ。

黒莉(こくり)ー! みっけたよ!」

「んぁ? あぁ、有愛(ありあ)か、ご苦労さん」

 黒莉は上半身を起こして、有愛の柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でた。

 有愛は喉を撫でられた飼い猫のように満足そうに満面の笑みを浮かべている。

「ほんで? おったんか、有愛の友達は」

 シルクハットを被り直しながら黒莉は有愛に尋ねた。有愛はうんうんと何度も縦に頷く。

 それを見た黒莉は立ち上がって一つ伸びをした。

「ほんじゃ行こか。有愛の友達にお礼しに行かなあかんしな」

 有愛の小さな手をそっと握って黒莉は歩き出した。これから始まる物語に期待しながら、或いは落胆しながら。

「さてさて、魔女狩りの始まりと行きましょか」


     ♰


 ルナたちが拠点としている家のリビングで、リーヴルは紙の上でペンを走らせていた。

 彼の手によって描きあげられるのはこの箱庭世界の地図だった。

 リーヴルの使い魔であるシュシュと、リーヴルの魔力を持つルナの使い魔通してこの世界を観察し、リーヴルの隣に座るルナが前に鎮座する結晶に映し出される情報から必要なものをあらいだす。ルナによって不要なものが弾かれた情報を元に、リーヴルが書き出していく。

「わー! リーヴルすごいね」

 横から覗き込んでいた紡が感嘆の声を上げる。

 リーヴルの描く地図は必要最低限の簡潔な情報のみが記されているが、故に見やすくそれでいて正確性においても信頼できるものだった。

「お褒めに与かり光栄です」

「私こういうの苦手なんだよね。というか航海図以外難しすぎて」

「地図は読めた方が色々役に立つますよ?」

 食後の紅茶を淹れていたファヴォリがティーセットと共にキッチンから姿を現した。

 一人ひとりに紅茶の入ったカップを渡し、ファヴォリも自分の紅茶を片手に紡の隣から地図を眺める。

「紡、北がどっちか位はわかるわよね」

 結晶から視線を逸らし、息抜きに甘い紅茶を一口味わったルナが紡に質問する。紡はじっと地図を見つめ「こっち?」と地図の左側を指差した。

「そっちは東よ」

 ルナは心底呆れた風に訂正した。流石のファヴォリも苦笑いを浮かべている。

「だいたいご丁寧に方位記号まで記されているじゃない」

「難しいからダメ」

「これくらい一般常識よ」

「無理ー! 覚えらんない!!」

「諦めるの早いわね」

 勉強したくないと駄々を捏ねる子どもを見るような目で紡を見ていたルナは、ふと学園での生活を思い出していた。

 そういえばテスト期間になると冬馬たち中等部組がこんな風に悲鳴あげていたわね。みんなで水藍に泣きついて、あの子は自分の勉強もあるのに丁寧に教えて。

 唯と翼も勉強できるけれどあの二人は教えるの下手なのよね。

 少し前まで過ごしていた時間がこんなに懐かしく感じてしまう程にこの世界で過ごしていたのだと気付き、ルナは少し俯く。

 依然、手がかりらしい手がかりが存在しない。出逢う魔女魔道士の数は減るばかりで、次いつこの中の誰かが命を落とすかもわからない。

 それでも、守ると決めたから。弱気になっている場合じゃない。リーヴルにだって心配はかけられない。

 ふと結晶の内のひとつ、輝きを持たなかった結晶が突然赤く光った。

 紅月の様に明るい光に照らされたルナがバッと立ち上がる。

 何事かと紡とファヴォリがルナを見上げる。

「どしたの? ルナ」

 紡が不思議そうに尋ねると、ルナはじっと窓の外を見つめたまま視線を外すことなく答える。

「私の張った警鐘線を超えて何かが侵入したみたいだわ。これは……使い魔、かしらね」

「そんなもの、いつの間に張っていたんですか?」

「つい最近よ、この家を中心に半径五キロくらいの範囲でね」

「めっちゃ広いね!?」

「あら、用心するに越したことは無いわ」

 敵襲にも関わらずいつもと変わらない四人だったが、紡とリーヴルは迎え撃つ気満々と云った様子だ。

「紡、リーヴル、頼んだわよ」

 当然ルナもそれに気付いていたようで二人に指示を飛ばす。

 二人は頷いて家から飛び出した。

 非戦闘要員のルナとファヴォリは窓際で二人の様子を見守ることにした。

 はるか前方から黒い影が多数押し寄せる。忙しなく羽を上下に動かして向かってくるそれはコウモリ型の使い魔だった。

「…あれくらいなら楽チンだね、出でよ(はく)(ばい)(ひめ)!」

 自身の魔力を具現化し刀を小指から順番に握りしめた紡だったが、瞬間刀が氷に変化でもしたのかと錯覚するほどに手先が冷たく凍りつく。

 無論刀に変化は無い。それでも紡は血液が冷却されたように自分の体温が下がっていくような感覚に襲われ、その場から動けずにいた。

「……紡様はそこでお待ちください」

 紡の様子が可笑しい事に気付いたリーヴルはそっと耳打ちして一人駆け出した。

 一人後衛で俯いたまま突っ立っている紡の様子に家の中で見ていたファヴォリも心配せずにはいられないようで、胸の前できゅっと両手を握りしめている。

 ルナも僅かに顔をしかめて外の様子を伺っていた。

 使い魔は数こそ多いものの個体の能力値は低く、リーヴルがレーヴァテインを一振りすればその軌道上にいた使い魔はあっという間に姿を消していった。

 右へ左へ。紡の元へ一匹たりとも寄せぬよう縦横無尽にリーヴルは剣を振るう。

 最後の一群れを一掃すると周囲は静寂に包まれた。

「紡様、戻りましょう」

 リーヴルが右手で紡の手を取る。その柔らかい指先が小刻みに震えているのを彼は見逃さなかった。

「えへへ、ごめんね、足引っ張っちゃって」

 紡が力無くへらりと笑って、あくまで自分は大丈夫と主張して見せるが、それが逆に痛々しく感じられる。

 リーヴルは返す言葉が見つからず無言でルナたちの元へと戻った。

「二人ともお疲れ様」

 戻ってきた紡とリーヴルを、家の中にいたルナとファヴォリが出迎えた。ルナはいつもと変わらない様子だが、ファヴォリの方は変わらず心配そうに眉を歪めている。 そんなファヴォリを見て、紡はまたへらりと笑って見せるが心なしか顔色が優れないように見える。

「私はなんもしてないよ。ちょっとカッコ悪いところ見せちゃったね」

「そんなことはどうでもいいです。紡、何処か不調でもあるんですか? 調子が悪いのなら休んでいた方が良いですよ」

ファヴォリの心配を他所に、紡は大丈夫。を繰り返すだけだった。

「えっと、その、ほら、えーっと、あ、足! 足つっちゃってさ、えへへ、私ったらドジだよね、普段から動いているのにさー」

「良い加減にしてくださいっ!!」

 あれこれ言い訳を並べる紡にファヴォリが声を荒げて割って入った。普段物静かなファヴォリが相手なだけに流石の紡も口をつぐんでしまう。

 リーヴルがファヴォリを宥めようとしたが、ルナがそれを制し無言で首を横に振った。

「貴女は…どうして気付かないんですか? 私が戦えないせいで貴女が危険に晒されているのはわかっています。でも……でも、どうして私の心配に気付いてくれないんですか?」

「えっと……その…」

 言葉に詰まる紡に追い打ちをかけるように、後ろで見ていたルナが言葉をぶつける。

「貴女、戦うのが怖いんじゃないの? 貴女が私の眷属になって初めてあんな怪我を負ったもの」

 それを聞いてファヴォリはどうなんですか? とじっと紡の瞳を見つめて問いかける。

「そ、そういう訳じゃ無いんだけれど、さ、その、なんていうか、身体がうまいこと動かなくて……ま、まぁ、とにかく! 私は平気だって! ね?」

「そういうのがよく無いって云っているんです! 貴女はもう少し考えてから行動した方が良いですよ」

「そこまで云う!?」

 ほんの些細な言い争いは気付けば大げんかまで発展していくのを、ルナは従者が淹れた紅茶を飲みながら眺めていた。

 リーヴルはそっとルナに耳打ちする。

「良いのですか? 止めなくて」

「あの子たちは一回あのくらい言い合いした方が良いわ。性格も考えも真反対ですもの、お互い相手に自分の考えや思いをぶつけないとね。何処か遠慮している節があったもの」

 パクりと焼きたてのクッキーを齧ってルナはテレビでも見るように二人の喧嘩を見守っている。

「大丈夫、後始末はちゃんとするわ。あくまで私たちの目的はこの箱庭世界から出ることだもの」

 ルナそう云ったその時、紡がバンっと強くテーブルを叩く音が部屋に響き渡った。ファヴォリが飾った花瓶が振動で倒れ、テーブルの上に水たまりを作る。

「もーーファヴォリなんか知らない! 私一人でこの世界から出るもん!!」

「私だってもう貴女と一緒になんかいたくありません!」

 売り言葉に買い言葉、二人は家を出て紡は森の方へ、ファヴォリは湖の方へと行ってしまった。

後に取り残されたルナとリーヴルは惘然と開けっぱなしにされた扉の向こうを見つめるだけだった。

「……紡はともかくファヴォリも思ったより子どもね」

「如何致しますか?」

「リーヴル、悪いけれどファヴォリのことお願いね、あの子には私が声をかけるより貴方が声をかける方が聴きわけると思うわ」

「かしこまりました」

 主人からの命を受け、頭をさげる従者を横目にルナはため息を吐いていつの間にか自分の隣でくつろいでいる青年を睨みつけた。

「で? 何故貴方がここにいるのかしら、クラン」

 喧騒の中、いつの間にか家に上がり込みいつの間にかリーヴルが振る舞ったお茶をいつの間にか飲み干していた不老不死の魔導士、クラン・ハーデスはさも当然のようにそこに座っていた。

「貴方がここに来ないように警戒線を張ったのに意味が無いじゃない」

「儂を出し抜きたければもうあと千年は修行せい」

「今度貴方用に警戒線張ってやろうかしら」

 ぶつぶつと文句を云うルナの頭をクランは気にせず撫で回した。

 ルナは鬱陶しそうにその手を払いのけ、ティーカップの中の紅茶を飲み干して立ち上がった。

「この際だから貴方も力を貸しなさい」

「おや、この儂に命令かのう」

「違うわ、今までのお茶代を貰うだけよ。リーヴルの淹れるお茶は高くつくもの」

 してやったりとでも云いたげに口角を上げたルナを見てクランは思わず肩を震わせて豪快に笑った。

「はっはっはっ、そう来たか。良いぞ、云うてみい」

「そうね、一つ目は紡のこと。あの子貴方に懐いているみたいだし、貴方は貴方で紡のこと気にかけているのでしょう? 様子を見てきて頂戴」

「それくらいなら引き受けようぞ。しかし、一つ目と云うことはまだあると云うのか?」

 ルナは頷いて、少し迷ってから意を決して再び口を開いた。

「教えて頂戴、あいつの居場所――ティアの居場所を」


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