少女たちの箱庭遊戯Ⅱ 氷炎の魔導士7
氷炎の魔導士編最終話です。
ルナとファヴォリが拠点とした家に戻り、遅れてリーヴルが紡を抱き抱えた状態で戻ってきた。ルナはリーヴルに、紡をベッドに寝かせるように指示する。
「あ、あの、紡は本当に……」
「大丈夫よ、この子は私が死なない限り死ぬことは無いわ」
ルナの言葉の持つ意味をファヴォリが問うよりも早く、ルナは首尾よく準備を進めていた。
「貴女治癒魔法は得意?」
「え、あっ、はい、お手伝いします」
「有難う、無理はしなくていいわ。酷い傷は私が粗方治しておいたから」
ルナに促され、ファヴォリが紡の至る傷を癒す。少女らしいほっそりとした腕や胴体には、布で隠されていて見えなかった古傷があちこちにその存在を主張している。目を背けたくなる気持ちに鞭を打って、ファヴォリはひたすら治療に専念した。
ほとんどの傷が姿を消した頃、ルナがファヴォリに声を掛けて少し離れるよう指示する。魔力が回復しきらないファヴォリは貧血の症状にもにた目眩を感じながら壁際に後退する。
頃合いを見計らってルナが紡の胸元に小さな手を添える。
「さあさお目覚めなさい。貴女はだあれ? 貴女は――私の眷属、語り部の魔女」
謳うようにルナが言葉を紡ぎ、魔法陣が淡く輝き紡を照らす。光が収まり、一拍置いて紡が小さく声を上げて、ゆっくりと目を開いた。
「紡……!」
ファヴォリが彼女の名前を呼び、ベッドの横に駆け寄る。
「紡、本当に大丈夫なんですか?」
「うん、えへへ、心配かけちゃったみたいだね、ごめんファヴォリ。私はもう大丈夫だよ。えっと、あいつらは? 祈人と征人、あと紗鶴は」
「征人と祈人はファヴォリが撃退してくれたわ。だからリーヴルも無事よ。紗鶴は……私はそんなヒト知らないわ」
「そっか、ありがとうね、ファヴォリ」
上半身を起こし、何時ものカラッとした笑顔でファヴォリに笑いかける。一方ファヴォリは複雑な表情でルナと紡を見つめた。ファヴォリの云いたいことを察したルナが先に答える。
「この子は――紡は私の眷属よ。その意味ではもうニンゲンでは無いわ。そして眷属は主が死なない限り何度でも蘇るの」
ファヴォリは意を決したように真一文字に結んだ唇を開く。
「教えてください。ルナと紡の関係を……何があったのかを」
ルナはこくんと頷く。
「そうね、私は、いえ、私たちはもっと早く貴女に話すべきだったわ」
そう前置きをしてルナは紡と出逢ったそう遠くないあの日の記憶のページを捲った。
♰
「あれはそう、私が私の世界を取り戻して間もない頃よ。丁度この箱庭世界に閉じ込められたことが前にもあったの。ブレフと云う罪禍の魔導士の手によって私の世界のレプリカ世界――私はアナザー世界と呼んでいるのだけれどね、その明日手市のアナザー世界に閉じ込められたの。その時の案内人にして私の最初の協力者が紡だったわ。私は紡の力を借りて私の世界に戻るための方法を模索していたわ」
「だからルナと紡はこの世界からの脱出方法に詳しかったんですね」
「そういうことね。アナザー世界から脱出するための門は春縁神社の御神木、麗華桜、そして鍵は――この子だったの」
そう云ってルナはスッと紡をさし示した。
「紡が……」
「世界を開く鍵は一度使うと壊れてしまう性質を持つの。元々この子はブレフに一方的に主従契約を結ばされ、語り部の魔女の二つ名を奪われ、代わりに朗読の魔女の二つ名を与えられた。アナザー世界を物語るためのね。ブレフはこの子を捨て駒とみなし、鍵に設定することで処分する手間を省いたのよ。私はこの子の犠牲の元、私の世界に帰ることができたわ。そして私は……依代を元にこの子を私の世界に具現させた。私の眷属としてね」
「あ、ルナを責めないでね。ルナは私のお願いを叶えるために私を眷属として具現させてくれたんだ。『まだ海軍さんに話すことをたくさん見つけたい』って」
二人の話をじっと黙って聞いていたファヴォリは言葉に迷いながら口を開く。
「二人の関係は、わかりました。それに、私はルナのことを責めるつもりは端からありません。紡の気持ちも痛いほどにわかります。でも、だからと云って、紡にあんな無茶してほしくありません。私だって戦えます。だから貴女はもっと自分を労わってください」
「ん、本当にごめんね。でもね、ファヴォリは戦わなくていいよ。私に守らせて。私はもっと強くなる。強くなって、この四人が誰一人として欠けることなく、みんなで其々の世界に帰るんだ」
ふにゃりと柔らかく笑う紡を見て、ファヴォリはこれ以上何を云っても無駄だと小さく嘆息を漏らした。
そんな二人を置いて、ルナはそっと部屋を出ようと扉に手を掛ける。
「ルナ、何処へ行くんですか?」
ファヴォリに声をかけられたが、ルナは素っ気なく少し一人になりたいの、とだけ云い残して部屋から出た。
紡たちの居る部屋の向かいの部屋、ルナが自室として占拠しているその部屋の扉を開け、力なくベッドに倒れこみ顔を埋める。
――私は何度あの子たちを傷つければ気が済むの。これから先、何度あの子たちを傷つける気なの。
紡は確かに強い。それでもあの子にだって限界というものは存在する。いくら私が死ななければ死ぬことは無いとは云え、痛みを感じないわけでは無い。もがき苦しみ、私が復活させればまた苦しむことになる。
紡が付け足し補足してくれた内容は事実だ。私はあの子があんなにも悲しそうに笑うなんて想像もできなかったから、あの子には心から笑ってほしかったから。
でも、私は完全に他人のために何か出来るほど、優しくなれない。紡を眷属として私の傍に置く形をとったのは私の我儘だ。私は、あの子ともっと一緒にいたいとまた願ってしまった。また願って、また叶えてしまった。
私はまた、あの時間違えてしまったのだろうか。取り返しのつかない、選択をやり直すことを許されない間違えを。
ファヴォリだってそうだ。あの子は、本当に愚かなほどに優しすぎる。優しすぎて、戦うにはあまりに重い枷を背負っている。
そうやってただでさえ重いものを背負っているのにあの子は総てを赦すと云っている。他人の背負うべき罪を知らずのうちに自分で背負っている。何より総てを赦すと云う彼女は唯一自分自身を赦すことは無い。其れなのにこれ以上他人の穢れに触れ続ければ、何時か本当に自分自身を傷つけてしまう未来が恐ろしかった。
悔しさを握りしめる代わりに真っさらなシーツをぎゅうっと握りしめる。そして一人、決意を決める。
私が|ナイフ(武器)を持つその意味を。
運命さえ奇跡さえ、私を見離そうと。この世界が血で溢れ返ろうと。
私は、私の我儘のツケを今この世界で清算しよう。
例え誰に赦されない過ちを犯したとしても、その罪を、今度は被ろう。もう大切なあの子たちを傷つけないように強く。
あの子たちを抱きしめることが出来るこの腕なら、どんな悲しみも罪も抱えられる。
一人そう決意するルナの胸中とは裏腹に、小さな身体は小刻みに震えていた。宝石の瞳から、感情が溢れることは無い。
♰
薄い黄金色の金糸を靡かせながら、少女は木の枝の上にちょこんと腰掛けて、まさに高みの見物とでも云わんようすで、楽しそうに両足をぶらつかせて空をかき回す。
「ああ、やっぱり私がいないと駄目ね、兄さんは」
ストラップシューズが覆う足のつま先のその先には一人の少女が横たわっていた。生物の産まれる海を彷彿とさせるその青い髪は本来の美しさを失い、黄泉の赤き海の中、その手には赤黒く汚れた二通の手紙が握られている。
「私がアリスゲームの開催を宣言した途端これだわ。鬱くしいほどに残酷な殺し愛。まぁ、愛なんてこれっぽっちもバニラエッセンスほども無いけれどね。これでこの世界の魔女魔導士は随分減ったようだけれどお間抜けな兄さんはまぁだ私を見つけられないのね」
くすくすと肩を小刻みに揺らして笑う少女の周囲に淡く光を纏った蝶が数羽飛び交う。
「嗚呼そうね、兄さんは愚かで間抜けだからこうやってヒントを残してあげないと」
とっ、と器用に枝の上に立った少女はふわりと踵を返して姿を消した。




