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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
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少女たちの箱庭遊戯Ⅰ 人形遣いの魔女1

こんにちは、あるいは初めまして。

色々思うことがあり、COMITIAで紙媒体で配布していたお話をこちらにも掲載することにしました。

魔女とかドールとか主従とかじじ孫とか女の子とか、とりあえず好きなものを詰め込んだお話です。

 薄暗い闇の中。

 中世ヨーロッパの古城を彷彿とさせるその城の地下深く、月明かりの届かない其処に彼は居た。

 部屋の中唯一の明かりは彼の手元とテーブルをほのかに照らすのみで、全ては闇に包まれている。

 ぶつぶつと、ぶつぶつと、口から言葉を漏らしながら機械的な動きで、机の上の人形を、隣に据えている箱の中に放り込む。


「何故だ、何故なんだ、何処へ行ってしまったんだ。何故俺の元から離れてしまうんだ。何故、何故……」


 何故、と疑問を吐き出すその様には圧倒的に生気が欠落している。まるで人形か、或いは機械とでも形容するのが相応しいその男は、最後の人形を放り投げると手を止めた。


「まぁなんだっていいさ。すぐに見つけ出して見せるよ、アリス」


 にぃっと、口が三日月の形に歪んだ。瞬間、その表情に魂が宿り、闇の中で紅い光が彼の動きに合わせて尾を引く。


「必ず、この時間に、この空間にいるのはわかっているんだ」


 男が立ち上がった拍子にガタンと派手な音をたてて椅子が倒れる。しかし、彼はそんなもの気にも留めずに踵を返して闇の中へと溶けてゆく。


「さぁ、アリス探しゲームの始まりだ」


     ♰


 澄み渡る青空の下に広がる色とりどりの花が咲き乱れた花畑で舞う数羽の蝶。

 まるで完成された一枚の絵のようなその場所に少女は横たわっていた。

 陶器のような白い肌を持つ身体を包み込むのは黒を基調とし、フリルをふんだんにあしらった華やかなゴシックロリータ。金糸のような細く柔らかい髪は無造作に散らばっている。

 やがて、一羽の蝶が少女の柔らかそうな頬に留まる。

 その僅かな刺激が少女の意識を優しく呼び起こす。

 ん……と小さく呻いた少女に驚いて蝶はまた別の花を求めて飛び去った。

 長い睫毛を蓄えた目蓋がゆっくりと持ちあがり、大きな紫眼が露わになる。

 パチパチと何度か瞬きを繰り返したのち、少女はゆっくりと上半身を持ちあげ、すさまじい疲労感にわずかに顔をしかめながら、億劫そうに周囲を見渡した。

 少女の視界を彩るのは無数の花々と、囲うようにそびえる青々とした木々に草の茂み。そして、澄み渡る青空をのんびりと散歩するかのように浮かぶ白い雲。

 ――此処は何処なの? 私はこんなところ知らない。

 見知らぬ場所に自分がいると気づいた少女――ルナ・ガーディアノは目を細めて当たりを注意深く観察した。

 長閑と云う言葉はこの場所を示すために存在する言葉と思える程に静かで、穏やかなその場所の真ん中にいるというのに、ルナの中で渦巻くわだかまりは大きくなる一方だった。わだかまり、或いは魚の居ない大海原の中のようなぽっかりとした空虚感。

 ルナはゆっくりと自分の置かれている状況を整理し始めた。

 私はいつも通り自分の書斎で読書をしていて……。

 嗚呼だめだ、それから先の記憶がぷっつりと途絶えてしまっている。

 目覚めたばかりで回転の鈍い頭を必死に動かしてさらに思考を深める。

 推測するに、読書中に眠ってしまったのだろうか。否、自分に限ってそれはあり得ない。と、否定するように頭を軽く振った。しかし、其れ以外考えられないのもまた事実であった。

 ならば此処は夢の中? いや、それも多分、違う。こんなにも自由に動けるのだから。

更にこれは只の直感に過ぎなかったが、それでもルナはそう言い切る自信があった。

 過去の経験から導き出された結論。過去にも突然見知らぬ場所にいたことがあったが、あれは悪意ある者によって意図的に連れ込まれた結果であり、そういうことが起こりうると彼女は身をもって体験していたのだ。

 ルナは自分の導き出した仮定の一つを選び、すっと立ち上がってまたぐるりと自分の周囲を見渡した。

 視点を変えても変わることのない見渡す限り一面の花畑。人影は自分以外見当たらない。

 ふと、足元に一通の便箋が落ちていることに気づいた。

 華やかな花畑の中にあってもハッキリとそれをとらえることが出来るほど、紅い便箋。

 ルナはしゃがんでそれをそっと手に取った。

 宛名も差出人も書かれていない、Rの文字が浮かび上がるシーリングワックスが唯一差出人の手掛かりになり得るものだった。

 シーリングワックスの封を開き、中に入っている紙を取り出して文字の羅列を左から右へと追う。

 最後の一文字を読み終え小さく嘆息を一つはいたとき、不意に気配を感じ、ばっと後ろを振り返った。

 やがて視界に現れたのは、燕尾服を身に纏った長身の、碧い髪が美しい青年だった。

 その姿をとらえたルナは思わず声を上げた。


「リーヴル」


 ルナの声を聞いた青年の歩みが早まる。


「ルナ、ご無事でしたか」

「えぇ、貴方もいたのね」


 青年の無事を確認したルナの瞳が安堵でわずかに揺れる。

 リーヴルと呼ばれた青年はルナの従者であり、常に彼女の傍にいるのが当たり前の存在だった。

 彼の存在が露わになり、ルナの中の虚無感はあっという間に埋められてしまった。


「リーヴル、此処は一体何処なの?」

「僕にもわかりません。何しろ気づいたら向こうの森の中で横になっていましたので」


 リーヴルも状況は同じなのね。と、相変わらずわからない状況に半ば苛立ちを感じたルナは再び溜息をついてそれを鎮める。


「それと、このような物が傍らに落ちていまして」


 そう云ってリーヴルが懐から取り出したのはルナが先ほど見つけたのと同じ、血を連想させるような真っ赤な封筒だった。

 リーヴルからそれを受け取ったルナは、シーリングワックスの封をそっとはがし、中に入っていた紙を取り出した。


『アリスはだれか

アリスは物語を紡ぎ

アリス探しのはじまりは

アリスが決めてよ、さあ

アリスが語り

アリスが終わらす』


 先ほど目にしたものと全く同じ稚拙な文字で書かれた、まったく同じ文章を読み終えたルナは頭を抱えた。

 こんなふざけたことを考える輩がいることに、ふざけた文章に、ふざけた悪意に。そして、自分はまたも悪意ある者によって意図的にふざけた世界に迷い込まされたと云う仮定が事実であることに。


「また随分、ふざけたことを考える輩がいらっしゃるようですね」


 主の苛立ちを察した従者は静かに口を開く。


「本当。でもわかったことはあるわ。まず一つ目は此処が誰かの造った世界であると云うこと」


 ルナは小さな指を折り曲げながら更に続ける。


「そして二つ目。ならば鍵と門を見つけ出せば私たちは此処から脱出することができると云うこと。そして三つ目は」


 ルナは一度言葉を区切り、ありったけの殺意を込めて言葉を吐き出した。


「こんなふざけたことに私を巻き込んでどうなるかわかっていない愚かで馬鹿で愚鈍な者の仕業だと云うことそして最後の一つ、そいつをぎゃふんと云わせてやる必要があるということよ」


 おおよそ目標を間違えて設定したであろう幼くて負けず嫌いな主を目の前にして、リーヴルはそうですね、と笑顔で返す以外の返事が見つからなかった。


     †


 二人は一度リーヴルが居たという森の方へと歩みを進めていた。


「ねぇ、リーヴル。貴方ここに来る前のこと覚えている?」


 ルナが問うとリーヴルは力なくかぶりを振った。


「いえ、僕はいつも通り図書館で書物の整理をしていたのですが……気づいたらそう、丁度この辺りで横になっていました」


 リーヴルが指さしたのはいい具合に開けた平坦な場所だったが、ただそれだけの特異点を挙げようのない所だった。

 二人はそのままリーヴルが居た場所を通過し、木々が生い茂るだけの代わり映えしない道をさらに奥に進んでいると、ふとルナが足を止め、じっと奥を睨み付けた。


「どうかしましたか、ルナ」

「魔力の気配……魔女、ね」


 ルナの言葉を聞いたリーヴルも思わず身構える。

 魔女。魔法を操り、不可思議な事象を起こす存在。ルナもまた、運命と奇跡の魔女と云う称号を持つれっきとした魔女だ。同じ魔法を使うもの同士だからこそ感じ取れる気配を全身が捉え、気を引き締める。


「……っ! ルナ、魔物の気配もあります。恐らく、使い魔の類かと」


 リーヴルもまた、魔女とは異なった気配を察知し、ルナに伝える。

 彼の報告を受けたルナはこくんと頷いて早足に気配の源まで歩を進めた。

 細い小道を進むと、リーヴルが居たところよりももっと広い広場のような場所が見えた。

 二人がたどり着いた其処には土塊と成り果てた元は魔物と思わしきものの残骸と、座り込む女性、彼女を守るように日本刀を片手に立つ少女の姿があった。

 女性の姿をとらえたルナは思わず声を上げた。


「つ、紡? それにファヴォリも……」


 名前を呼ばれた二人は振り返り、ルナがそこにいるということに大きく目を見開いて驚いた。


「ルナ!?」

「何故ここにいるんですか?」

「それはこっちの台詞よ。それにどうして二人が一緒にいるの?」


 三者其々、何故相手が此処にいるのかわからず口を噤んでしまい、沈黙が走った。

 見かねたリーヴルがルナにそっと耳打ちする。ルナは少し考えた後、そうね。と同意した。そして、パチンと指を鳴らすと白いテーブルと猫足椅子が三脚。テーブルの上にはティーセットとケーキが鎮座している。


「取り敢えずお茶でも飲んで落ち着いて話しましょ」


 そう云うなり椅子の上にちょこんと座るルナにリーヴルは、残骸くらい片づけてからにしましょうよ。とため息をつきながら指を鳴らすと、土塊は塵となり跡形もなく消え去った。

 三人分の紅茶を淹れるリーヴルと、さも当然のように椅子に腰かけるルナを見て二人は思わず顔を見合わせる。


「ほら、早く座りなさいよ。紅茶が冷めちゃうじゃない」


 ルナにせかされ、慌てて二人は着席した。

 三人の前に淹れたての紅茶を差し出し、リーヴルは一礼する。

 ルナは出された紅茶を一口含んでから本題を切り出した。


「で、二人はどうしてここに?」


 ルナに問われ、二人は再び顔を見合わせる。最初に口を開いたのは銀髪の少女、紡だった。


「私は普段通り学校にいたんだけれどね、気づいたら此処にいたんだ。で、適当に歩いていたら彼女が……そう云えば貴方名前なんて云うの?」


 自分で話を進めておきながら自分で話の腰を折る紡に若干戸惑いながらも、フードを被った女性はファヴォリュームです。と控えめに答えた。


「うん、そう、で、ファヴォリュームが魔物に襲われていたから思わずずばーんってね」


 なんとも締りのない物言いに呆れたルナだったが、紡もまた自分たちと同じ状況だとわかり、続けてファヴォリュームにも状況説明を促す。


「私も同じです。いつも通り薬草を摘みに行こうとしたら此処にいて……。そしたら突然さっきの魔物に襲われたのだけれど彼女、えぇと紡さん、でしたっけ。に助けてもらって」

「なるほど、ね。私もリーヴルも貴方たちと同じよ。気づいたらこの世界にいたの」


 そう云ってルナはまた紅茶を口に含んだ。


「つまり、この場にいる全員が、まだこの世界を理解していないということになりますね」


 リーヴルの指摘に、三人は頷いた。

 そして、リーヴルに代わって今度はルナが口を開いた。


「ならばこの世界を把握するのが先決ね。ファヴォリ、紡、リーヴル、使い魔たちに探らせましょ」

「うん、それがいいね」

「えぇ、わかりました」


 満場一致すると、ルナは黒猫を、ファヴォリは小鳥を、紡は蝶の形を模した影を生み出す。

 リーヴルがシュシュ、と名前を呼ぶと彼の背後の茂みから古ぼけたうさぎのぬいぐるみがたどたどしい足取りで姿を現した。


「シュシュ、少しこの辺りを偵察してきてください。何かあれば僕に知らせるように」


 リーヴルが膝を折ってシュシュと呼ばれたぬいぐるみと視線を合わせ指示すると、シュシュはわかった! と小さな身体いっぱいに飛び跳ねて元気に返事をし、自分が姿を現した北の茂みの方向へと走っていった。

 その様子を見た三人も其々ルナは南へ、ファヴォリは西へ、紡は東の方向へと使い魔を放った。

 使い魔の姿が見えなくなったのを見届けると、おもむろに紡が口を開き、ずっと感じていた疑問をルナにぶつけた。


「ところでルナはファヴォリュームと知り合いなの?」

「あぁ、云っていなかったわね。そうよ、私の知り合いで彼女もまた魔女よ。悪い奴じゃないわ」


 魔女と云う言葉を聞いて紡の肩がわずかに跳ね上がる。


「そしてファヴォリ、貴方を助けたのは紡。今は私の世界にいるけれど、この子も魔女なの。よろしくしてあげてね」


 ルナに云われて二人は慌てて自己紹介をした。


「あ、あの、改めまして、陽の魔女と呼ばれているファヴォリュームといいます。ファヴォリとかリューって呼んでください。先ほどは助けていただきありがとうございました」

「うぅん、無事でよかったよ、私は……語り部の魔女の紡、紡だよ。改めてよろしくね、ファヴォリ」


 紡がすっと出した右手を、ファヴォリが握り返した。

 二人が少し打ち解けたと感じたルナは微笑む代わりにまた紅茶を口にした。


「そう云えば3人はこれを持っていますか?」


 そう云ってファヴォリが取り出したのはもうすっかり見慣れてしまった紅い封筒。

 紡、ルナ、リーヴルも其々自分の持つ封筒を取り出して見せた。確認したところ、手紙の文面も字面も全く同じものだった。


「てことはブレフの時と同じだね、やることはわかってる」


 紡が云うとルナは頷いたが、ファヴォリはやることが分からない様子だった。そんな彼女を見た紡は、じゃぁ説明した方がいいね。と前置きをして説明を始めた。


「多分此処は誰かの造った箱庭世界なんだよね。まぁこれだけの魔女を閉じ込めているんだから、創造主は相当な魔力の持ち主だと思う。で、そんな世界から出る一番手っ取り早い方法が鍵と門を見つけることなんだ」

「鍵と門?」


 ファヴォリの問いに紡はそう。と頷いてさらに話をつづけた。


「家の鍵と扉みたいな、そんな感じ。とは云っても、其れが必ず鍵の形だったり扉の形をしているとは限らないんだけれどね。ある世界では桜の木が門、ニンゲンが鍵だったりするし。とは云っても闇雲に探して見つかる代物じゃないんだ。鍵か門か。どちらかを見つけられたら、お互い惹かれあう性質を利用して両方見つけることは可能なんだけれど……」

「手がかりが無い今、殆ど見つかる可能性は皆無、と云うことですか?」


 ファヴォリのまとめに紡が力なく頷く。


「仮にどちらかがニンゲンだった場合、自覚はあるから手当たり次第、貴方が鍵か門ですかーって聞いてもいいんだけれど……そもそもニンゲンがそれって保証はないわけだし、奇跡でも起きなきゃ見つかりっこないんだよねー」


 深く長いため息とともに紡はテーブルの上に突っ伏した。

 同時にルナが手にしていたティーカップをソーサーに置く音が響く。


「鍵なら検討が着くわ」

「本当!?」


 ルナの言葉に紡はガバッと起き上った。


「えぇ、この手紙の一番右の文字を下に向かって読んで御覧なさい」


 ルナに云われて紡とファヴォリは自分の持つ封筒から手紙を取り出し、云われた通りに文字を拾っていった。


「か、ぎ、は、あ、り、す……。鍵はアリス?」


 ファヴォリの答えにルナは縦に頷いて肯定した。


「まだそうと決まった訳では無いわ。それでも、偶然にしては出来過ぎていると思わない?」

「確かに偶然、と云う線は薄そうですね」

「さっすがルナ! 頭良い!」


 紡からの賛辞を右から左へと流し、ルナは再び思考にふける。

 仮に鍵がアリスだとして。ならアリスはどうやって探せば良い? この手紙に何か手がかりは無いかしら。そもそもこの文章は意味を持っているのだろうか。

 ……ダメだ。こういうのはもっと向いている人間がやるべきだ。

 ルナの脳裏にチラリととある人物の影が過る。彼女は頭を軽く振ってそれを追いやった。

 今彼らは此処にはいない。いるべきではない。それは私も、勿論紡とファヴォリもリーヴルも同じだ。  とっとと鍵と門を見つけて、元凶にぎゃふんと云わせて自分の世界に帰らないと。

 などとかわいらしい外見には似つかわしくない言葉で、淡々と姿の分からない元凶を罵っているルナを他所に紡とファヴォリはお互いの身の上話に花を咲かせていた。


「ねぇ、ファヴォリの住んでいるレーベルラントってどんな所なの?」

「レーベルラントは一年のほとんどを雨が支配する村なんです」

「雨かぁ。うーん私とは合わなそうだな、外に出られないんでしょ?」

「ふふ、村の人たちは雨だから外に出ないなんてことは無いんですよ。晴れが当たり前なように、レーベルラントの人たちにとって雨が当たり前なんです」


 へぇと感嘆した紡はふとファヴォリのフードに目がいった。


「それずっと被ってるけれど雨避け? 今降ってないしとっても良いんじゃない」


 そう云ってファヴォリの黒いフードに手をかけはらりとそれを彼女の頭から取り去った。

 遮る物を失った薄いエメラルド色の髪は日の光を浴びて微かに輝いて見せた。

 しかし当の本人は手で頭を覆い耳まで真っ赤になってあうあうと戸惑ってしまっている。

 何事かと慌てふためく紡に、思考の海から帰ってきたルナがため息を吐いた。


「ファヴォリはフードが無いとどういうわけだか、極端な恥ずかしがり屋になっちゃうの」


 余り虐めないであげて頂戴。とルナが付け加え、紡は大慌てで自分が取り払ったフードを再びファヴォリの頭に被せてあげた。

 フードがある事を確認したファヴォリは、落ち着きを取り戻したものの、フードの裾を握りしめてまだ少し赤い頬と潤んだ瞳で不服そうに紡を見つめた。


「あ、あはは、ごめん! ごめんってファヴォリー! そんな目で見ないでってばぁ」


 紡が必死に謝る姿を見て、ファヴォリもようやく機嫌を直した。


「もう……急に剥ぐなんて酷いですよ」

「ごめんって、もうしないから。ね?」

「本当です。……ところで紡のそのマフラー…」


 ん? あぁこれね、と紡が言葉を続けようとした時、何者かに囲われた気配を感じ、皆周囲を見渡した。

主を庇うように前に立ったリーヴルがそっとルナに囁く。


「使い魔です。それもかなりの数の」

「……さっき紡たちを襲った奴らの残党かしら」


 ルナの問いかけにリーヴルはおそらく。と頷いた。


「ならリーヴル、御茶会を邪魔する野蛮な奴らに容赦はいらないわ」

「承りました」


 そう云ってリーヴルは一歩前へ出た。

 リーヴルが戦闘態勢を取ったことに気付いた紡もまた、椅子から立ち上がってファヴォリを庇うように立つ。


「さぁさおいでなさい、炎を纏いし伝説の剣レーヴァテイン」


 ルナが謳うように囁くとリーヴルの手中に蒼い光の粒が集まり、細身の剣が姿を現した。

 紡も両手を前に突き出し、それから右手を横へスライドさせると、軌道に合わせて日本刀が出現した。


「魄灰姫」


 二人がそれぞれ己の武器を構えると同時に、屍のような土塊人形がわらわらと木陰から草むらから姿を現した。


「またあんたたちなの? ほんっとう次から次へとよく湧いてくるね」


 そう云って最初に仕掛けたのは紡だった。

 紅い下駄で地面を強く蹴り人形の群れに突っ込んでいく。


「はあぁっ!」


 低い姿勢のまま紡が右に構えていた刀を水平にフルスイングすると、軌道上にいた人形たちはなす術も無く上下真っ二つにすっぱり別れ、そのまま地面にぼとりと落ちた。


「紡後ろ!」


 ファヴォリの叫び声で振り返ると目前に一体の人形が襲いかかってきていた。

 切るか避けるか一瞬判断に迷った紡に手をかけようとした人形は瞬間、蒼い炎に切り裂かれ紡の足元に倒れた。


「紡様、お怪我はありませんか」


 そう云ってリーヴルはニコリと微笑んだ。

 ありがとう、と紡がお礼を云おうとした瞬間、リーヴルの背後から人形が襲いかかってくるのを、紡の魄灰姫が蹴ちらす。

 魄灰姫によって無残に切られた人形の破片が周囲に飛び散り、うち一つが紡の身にまとっている純白のマフラーの裾に汚らしい影を落とした。

 それを視界の端で捉えた紡の瞳の色が怒りに染まる。

 よくも、よくも……。とぶつぶつ呟く紡はふらりと立ち上がり、身体の真ん中で魄灰姫を構えた。

 そして、キッと周囲を睨みつけた紡の右の瞳は鮮やかな黄色から植物の葉の様に青々とした緑色へと変化していた。


「あんたら全員覚悟してよ!」


 そう叫んだ紡は手当たり次第に人形を切りつけ始めた。

 一瞬呆気に取られたリーヴルだったが、すぐさま遅れを取るまいと人形をなぎ倒していった。

 一騎当千状態の紡とそれを支援するリーヴルの姿を、戦闘能力を持たないルナとファヴォリは遠くから眺めていた。


「ルナ…あれは一体……」


 紡の戦いっぷりにファヴォリは思わず声を漏らした。ルナは、何でもないと云う風にいつも通りの調子で口を開いた。


「あのマフラーは紡の育ての親の形見らしいの。だから汚れたりするのを酷く嫌っているみたい。それと、あの子の今使っている魔法は何方かと云うと陰陽道――東洋に伝わる術よ。それをあの刀に宿しているらしいわ。私も少し話を聞いた程度だからそれ以上詳しくは知らないのだけれど」


 乱闘の中にいると云うのに何時もと変わらぬ空気を醸し出すルナとファヴォリに気付いた人形の一体が、ここぞとばかりに二人に襲いかかった。

 しかし次の瞬間その人形は既に塵となり無残に風に吹かれて散り散りになっていく。


「ねぇ」


 ついさっきまで人形がいた方へとゆっくりとルナが振り向く。


「貴方如きが私に触れられるとでも思ったのかしら」


 金色の美しい髪が日の光で煌めく。そんな髪の隙間から覗く彼女の瞳は暗い紅い炎の色を一瞬宿していたのは気のせいだろうか、とファヴォリは口を噤んだ。

 紡が最後の一体を切りつけ、辺りは痛いくらい静寂に包まれた。


「素晴らしい腕ですね、紡様」

「リーヴルのお陰だよ、ありがとね」


 リーヴルが感嘆するが、紡は刀にこびりついた土を振り払って曖昧に微笑んだ。右の瞳はもう元の黄色に戻っている。


「二人とも怪我は有りませんか?」


 戦いを終えた二人の元にファヴォリとルナが歩み寄る。


「怪我は平気。でも…マフラー……」


 先ほどまでの覇気は何処へやら、紡はしゅんと汚されてしまったマフラーの裾を握りしめた。

そんな様子の彼女をみてファヴォリはニコリと微笑んだ。


「あの、少し借りてもいいですか?」

「え……うん、いいよ」


 紡の了承を得ると、ファヴォリは汚れた部分に手を添えた。そして、その手を離すと汚れは跡形も無く消え、積もりたての雪の様に元どおり真っ白になっていた。


「私の魔法の一つ"浄化"です」

「ありがとうファヴォリ!」


 ぱあぁっと顔を明るくした紡はファヴォリに抱きついた。突然のスキンシップに若干戸惑いつつも、紡が元気を取り戻しファヴォリも安堵の表情を浮かべていた。


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