枯れた大地に咲かせる花を
「世界が満たされる時、最も美しいキスシーンを」参加作品です。
よろしくおねがいします。
気が付いたら、見知らぬ場所にいた。
足元には魔法陣。
周囲には五人のローブを着た魔術師と思われる人。でも全員疲れきっている。
正面には、金髪碧眼のザ・王子様みたいな人が偉そうに一人だけ座っている。
魔法陣の中には私と女子高生と思われる女の子二人。
二人とも髪を茶色と、一人は金に近い色に染めてガッツリ化粧もしている。
これは多分に巻き込まれ召喚の可能性が高かくなって来たな。
信号待ちの時に足元に召喚陣が現れると言う、べたな展開だったし。
そう思いながらザ・王子様から出来るだけ離れようと後退った。
「ようこそ、神聖帝国グランツへ。僕は第一王子のヴィクトル・グランツだ。僕が君達を――この国を救ってくれる聖女様を召喚した。このように美しい方が二人も来てくれようとは……」
ザ・王子様は本当に王子だったらしい。
しかしこれ、あかん系の召喚じゃないの?
国の重大事に、立ち合いが王子だけって、どんだけ暴走したんだこいつ。
しかも私は完全無視かい。
でもまぁ、この場合はその方が都合が良いかもしれない。
「ぜひ歓迎の宴を……」
とか何とか言いながら、ザ・王子様は女子高生二人を連れて行ってしまった。
ダメだ。
こりゃぁもう、完全にあかん系だ。
さっさと逃げよう。
「私は無関係のようですわね。では失礼させていただきますね」
そう言ってさっさと召喚の間を出ようとした時、へろへろだったはずの魔術師さんに止められた。
ローブを脱いだ魔術師さんはイケメンさんだった。
いや別にイケメンだったから足をとめた訳じゃないよ。うん。
「申し訳ありません、王子の暴挙のせいで貴女を……」
そうか。やっぱり暴挙だったか。
「私は聖女ではなさそうなので、お暇させていただこうかと思ったのですが」
にっこりと社交辞令の笑顔も忘れない。
営業系をなめるな。
「いいえ、異世界から来た貴女が普通に生きていける程この国は平和ではないのです。せめて帰還用の魔力が溜まるまで私の所においで下さい。私は母と二人暮らしです。どうか……」
「それは貴方に迷惑をかけることになるのではないのですか?」
「しかし、それ位はさせて下さい。このような世界に連れて来て、そのうえ王子のあの失礼な態度。許せるものではないでしょうが、貴女はこの世界についてなにも知らない。余計な干渉はしないと誓いましょう。私は神殿の護衛騎士を務めておりますキース・アサエルと申します」
そう言って足元をふらつかせながらも、膝をついて騎士の礼を取った。
うーん、そのまで言われると一人で出て行くのも不安だしなぁ。
「じゃぁ、お世話になります……?」
「ありがとうございます。とりあえずは神殿の聖女の間でお寛ぎください」
「良いんですか? 私は聖女ではないのでは?」
「それはあり得ません。あの聖女の召喚陣から現れたのです。貴女にも聖女の資格が十分にある」
「はぁ。そんなもんですか?」
「では少しの間お待ちください」
そう言って一礼した後、扉を開けて侍女を呼んだようだった。
ここは神殿らしいので侍女じゃなくて巫女さんかな?
「この方のお世話を頼む。他の聖女様候補は王子殿下がお連れになった」
「まぁ! あれほど言ったのに殿下は……」
なんか、あの王子の評価がどんどん下がるな。
「失礼いたしました。私はこの神殿の巫女でございます。どうぞこちらに」
そう言って案内されたのは、そんな広い訳じゃないけど綺麗に整えられた一室だった。
「こちらでキース様が来られるまでお待ちください」
「ええ、それは良いのだけど、それまでこの国の事を教えて下さいませんか?」
にっこり。
要所要所の笑顔は大事です。
「はい。……この国は長く続いた日照りで民は食べるのにも困っています。いつまでも降らない雨に、待ちきれなくなった王子殿下が聖女召喚を強行いたしました。聖女様、もし少しの御慈悲があればこの国に雨をもたらして下さいませ!」
「あの、申し訳ないんだけど私は、前の世界では普通にOL……えーと、事務、えーと、文官系の仕事をしていたのよ。なのでちょっと雨は降らせたことはないかなぁ……」
って言うか、無茶ぶりが過ぎるだろう。
それに雨乞いなら、呼ぶのは聖女じゃなくて竜神なんじゃないでしょうか。
「雨を乞う儀式がございます。聖女様がそれをなさるだけで、普通の神官が儀式を行うよりもはるかに高い確率で雨が降るそうなのです」
「……その儀式って、すぐやれるようなものなの?」
「雨を乞うための祭壇を作ります。小一時間もかからないと思います」
「私は何をするの?」
「その祭壇の前で祈ってもらうだけです。あ、……でも……」
「でも、何?」
「いいえ! 何でもありません。この神殿で祈っていただけでも僥倖なのに、私ってば、……すみません」
「気になるから言ってよ」
さっきからこの巫女ちゃん。何か挙動不審。
儀式って何?
生贄とか言わないわよね?
「……あの、本来はここから馬車で二カ月くらいかかる水の神殿で祈っていただくのが一番良いとされているのです。でも聖女様にそんな長旅は……」
「二カ月……」
確かに短くはない。しかも初めての世界。馬車の旅。きっと辛いものになるんだろう。
「まずは、この神殿で祈っていただいて、様子を見てから決めても良いと思いますし、王子殿下のお連れになった聖女様候補が行かれるかもしれませんし」
「まぁ…… それはそうか。聖女が一度にこんなに何人も召喚されることってあるの?」
「いいえ、おそらく歴史上はじめての事だと思います」
「……と言うことは、三人のうち聖女は一人ってことにはならない?」
「……正直それは分かりません。でも、貴女様が出現された召喚陣は、間違いなく聖女召喚の陣なのです」
この巫女ちゃんは、私が完全に聖女と思っているらしい。
まぁ、気が済むんなら御祈りでも何でもするけどね。
「それ程水に困っているの?」
「はい…… 今年は雨期にほとんど雨が降らずに……」
と巫女ちゃんの顔が曇る。
「でも王子サマは歓迎の宴だって、二人を連れて行ったし、食べ物に困る程ではない……のかな?」
「いいえ!庶民は日々の食べ物を確保するのが精一杯で、このままでは来年植えるはずの種もみにまで手を出しかねません。そうなったら……」
そうね。そうなったらもう国は立ち行かなくなるだろう。
うーん、王子の評価がダダ下がりだ。
「……お部屋に案内する前に、神殿の屋上に上がられて見ますか?」
「うん、じゃぁそうしてもらおうかな。その間に祭壇とやらの準備もしてもらって良い? 偽物でもそれなりに効果はあるかも」
苦笑しながらそう言うと、巫女ちゃんは涙ぐみながら出て行った。
どうしよう。
明らかにあかん系の召喚なんだけど、見捨てるのもなぁ。
それにあの神殿騎士さんが、帰還用の魔力が溜まるまでって言ってたもんね。って事は帰還用の魔力が溜まるまで待てば帰れる訳で。
その間くらい、雨乞いの儀式に参加しても良いんじゃないかな?
私は基本的に困ってる人がいたら助けたくなる性分だ。
しかしそれが私の不利益になったりするようであれば、ばっさり切り捨てられるのも性分だ。
私の不利益にならない様に、頑張ってくれるなら私は協力するよ?
屋上に巫女ちゃんと二人で上がる。
そこから見える光景に、一瞬言葉を失う。
――何よこれ。
緑色がまったく見えない。
山も、立ち枯れているのか完全に茶色一色。
こんな、バカな――――
「この状態で、国民は何を食べて……」
「家畜をつぶしたり、木の皮をはいだり、木の根の柔らかい所を食べたり……」
あんのくそ王子!!
何が宴だ!!
木の皮?草の根??
しかも家畜は収入源だ。それをつぶしてやっと食べてるなんて。
「すぐに、儀式が出来ますか?
私では役に立たないかもしれませんが、試させて下さい」
「はい! はい!! すぐに用意いたします!」
巫女ちゃんは余程慌てたのか、私を屋上に置きっぱなしにして行った。
まぁ、さっきの部屋までなら帰れると思うけど。
改めて周囲を見る。
地球で言う所のサバンナと言った感じだろうか?
枯れ草の広がる間には、点々と大きくはない木が生えている。
しかしその木にも葉は付いていない。
きっと食べてしまったんだろうなぁ。
葉が無くなれば、枯れるだけだ。
「一体ここまで何でほっておいたんだろう……」
誰に聞かせる訳でもなくつぶやいた言葉は、神殿騎士には聞こえていたようだ。
「この国の王族方も貴族も、誰も手を打ちませんでしたからね…… こんな旱魃は極めて珍しいのです。どうにかなると思っていたようですね。しかしどうにもならなかったため、第一王子が聖女召喚に踏み切りました。あんな王子ですが、国の事を考えて召喚に踏み切ったのですよ」
「そのあげく一人とりこぼしたのは、故意か偶然か。まぁどっちでもいいわ。とにかく儀式をしましょう。私にできればの話だけれど」
「感謝いたします」
そう言ってまた膝を突こうとするのを、慌てて止める。
「あ、あのね、私の世界にはそう言った礼をする習慣が無いの。緊張するし心苦しいから辞めてもらえるとありがたいんだけどな」
「分かりました。以後改善します。……ああ、準備が出来たようですね」
階段を巫女ちゃんがかけ上がって来る。
「聖女様、お願いいたします」
「分かった。あ、私は雨竜青葉。青葉で良いよ」
「はい、アオバ様。こちらへ――」
「残り二人の聖女は?」
「王子殿下がお連れになってから、それ以後見かけておりません」
「儀式って三人一緒にやった方が良いんじゃないの?」
「それはそうでしょうが…… とにかくアオバ様お一人でも……!!」
「うん分かった分かった」
スンゴイ必死な感じは分かるんだけど、王族と神殿ってもめてるのかな?
立派な祭壇…… だったんだろうけど、今は塗料ははがれ花の一本も飾っていない。
雨乞いの祈り。
実家は竜神様の神社の氏子だった。私の苗字にも竜の字がある。
無関係ではないはずだ。
祭壇の前に行って跪いた。
自然と、裏山にある竜神様の社がまぶたの裏に浮かぶ。
竜神様。
この国はこんなに雨が降っていません。
竜神様。――――竜神様!
こんな時空の果て、時の、地の果てに来てしまいましたが竜神様、この国を助けて下さい。
竜神様。
竜神様。
どの位そう祈っていたんだろう。
「もういいですよ」
と、神殿騎士の人が優しい目をして立っていた。
「え……?」
「雨が降り出しました」
うっそ――ん。
「ホントに?」
「はい。ご覧になりますか?」
「う、うんそりゃぁ」
そう言ったらまた屋上に案内してくれた。
確かに雨は降っていた。
しとしとと、ゆっくりと大地を潤す。
……でも、これじゃ足りない。
このままじゃ、まだ食料を作れる程の水量は確保できない。
「ホントに、本当に感謝いたします。これでしばらく民が乾きに苦しむことはないでしょう」
「でもまだ駄目だよね」
「え……? いえこれでも十分に……」
「巫女ちゃんから聞いたし。水の神殿に行くんだよね?」
「いけません! あそこまでは危険な道のりになります。これだけでも降れば随分違います」
「でもどうせ、帰還用の魔力が溜まるまですることないんでしょう? 行っても良いよ。あ、それともここで三人で祈るのを試してみるって言うんなら、わがままは言わないけど」
「分かりました。王子殿下の方に話をしてきます」
神殿騎士さんが出て行ったので、私はまた祭壇の所に戻って祈りを再開した。
こんなお湿り程度の雨じゃなくて、土砂降りの雨をください。この国の人が飢えなくて済むくらいの雨をください。
膝が痛くなるまで、跪いて祈った。
外の雨は、少し強くなった気がする。この調子なら、水の神殿とやらに行けば、本当に天候を元に戻せるのかもしれない。
しかし、残りの二人遅いな。
そう思いながらも、祈りながら待っていたら神殿騎士さんが申し訳なさそうに戻って来た。
二人の聖女は、宴のあと御酒に酔ったのか王子と一緒に部屋に帰ってしまい、現在も王子と一緒にいるらしいと言うこと。
…………。
酔った女子高生を御持ち帰りかい、王子サマ。
で?
雨が降ったことにも気付かず、オタノシミだって?
「ねぇ、神殿騎士さん。その人はホントに王子なの? 激しく疑問なんだけど」
「はっ 間違いなく現皇帝陛下の御子様であることに間違いはありません」
「……一回滅びた方がいいんじゃないの? この国は」
「申し訳ありません! 殿下の非礼は幾重にもお詫び申し上げます!!」
騎士さんが土下座の勢いで頭を下げる。
「貴方に謝ってもらっても仕方ないよね。って言うか謝ってもらう理由もないし。――――もういいや。あの二人と王子は無視しよう。行こうか、水の神殿。行って帰る頃には帰還用の魔力はたまっている?」
「はっ…… おそらくは。しかし……」
「厳しい旅? 貴方は一緒に来てくれないの?」
「いえ、一緒に参ります。先ほどの巫女も合わせて三人で水の神殿までお供いたします」
「馬車で二カ月…… って言ったよね。それは片道?」
「いえ、往復で二カ月です。……しかし現状では三人分の食料を二カ月分持ち出すことは……」
なるほど。
「じゃ、二人で行こっか。二人ならどう?私はそんなに食べる方じゃないよ?」
「しかし聖女様に女性が同行しない訳には……」
「そんなこと言ってて国が滅んだら?」
「…………神官長と相談してきます」
「馬車の用意もね。一日遅くなるごとに状況は悪くなるよー」
「はい!」
そこから二人の旅が始まった。
王子に連れて行かれた聖女からは結局何の返答もなかった。
待ってはいられない。私達は砂ぼこりの立つ荒野を、馬車で進んだ。
村によることは出来なかった。
馬車を見ると、村の人が何か恵んでくれと馬車に縋るのだ。
皆痩せこけていて、子供は特にひどかった。
私は神殿騎士――キースに頼んで子供だけにでも食べ物を分けようとしたが、止められた。
私が水の神殿に行くことこそ彼ら助ける方法なのだと言って。
それからは村を迂回して進んだ。
本当に雨が降らない。
私が、キースが馬車に作った簡易祭壇に祈った時だけ、わずかな水を齎した。
村は迂回したけど、村の側で祈ることは続けて行った。
途中で馬車が壊れた。
車輪が大地に出来た割れ目にはまったのだ。
これも渇水の影響か。
仕方なく、私はキースの馬の後ろに乗せてもらった。
祭壇は無くなったけど、私にはもう祭壇なんて無くても雨を降らせることは出来るようになっていた。
食べ物は少しずつ減って行く。
キースが食べなくなっていることに気がついたのは随分前だ。
いくら食べろと言っても聞かない。
その内に私も食べなくなった。
これはキースに遠慮してとかじゃなくて、本当に食べる必要が無くなったようだった。
キースには正直にそう話し、キースにきちんと食べてもらうようにした。
私の体は一体どうなっているんだろう。
馬に初めて乗せてもらった日、あれだけ痛かったお尻と腰は、食べなくなったころと同時期にまったく痛くは無くなった。またこの時期に私の目には水の精霊の姿が見えるようになっていた。
歴代の聖女にはそう言う力を持った人もいたとか。
私は祈らなくても、水の精霊にお願いすれば水を得られるようになった。
水の神殿までもう少し、と言う所で日本の神社で言う所の分社のような神殿があると言う。
せっかくなのでそこでも祈って行くことにした。
そこでの祈りは、周囲のかなり広い範囲に夕立レベルの雨をもたらした。
ここまで来ると、私を目当てにか貴族たちの差し向ける追手がかかるようになった。
どこまで腐ってるんですかこの国は。
そんな中、キースが怪我をした。
慌てた私がとにかく水で、傷口を洗おうとしたら、その水で怪我が綺麗に治った。
どうやら水の治癒魔法を使えるようになっていたらしい。
その貴族との戦闘中に、馬も何処かへ行ってしまった。
でもキースは地図だけは離さなかった。
食べ物も、風の精霊にお願いして果物とかを遠くから持ってきてもらって、何とかやりくりした。
追手を返り討ちにして、または逃げ切り、反対に追手の荷物を強奪して旅を続けた。
ちなみに強奪したのは私だ。神殿騎士様はそんなことはできないらしい。
私も一端の魔術師になっていたんだ。水と風は思う通りに使えた。風で目をまわしてやれば、荷物の強奪なんて簡単なものだった。
何が聖女だ。暗殺者を返り討ちにして身ぐるみをはぐ聖女がどこにいる。
水の神殿が見えたのは、片道一か月のはずの旅が二ヶ月半が経ってた頃だった。
しかも着いたのは夜中も過ぎたころ。私達もぼろぼろだ。
「やっと、ここまで」
「アオバ様、貴女にこんな苦労をさせるつもりは……」
「あーもーそう言うのナシ。貴方は私を良く支えてくれた。守ってくれた。これじゃダメなの?」
上目使いで睨むとキースは苦笑した。
「ダメじゃないです」
「じゃ行くわよ。最後の難関とかあるのかしら」
「神殿自体は普通の神殿です。ですが貴族の私兵がいないとも限りません」
「成程。じゃぁ用心しながらね」
水の神殿。
きっと本来は湖の中にあったのだろう。
でも今は枯れた湖の底を歩いて進める。星明かりで十分だ。
しかもきっと深い森の中にあったろう神殿の周囲は立ち枯れた木々で覆われていた。
鳥も、虫さえいない、生命の気配のしない森。
それがこんなに気持ちの悪い物だとは。
「でも貴族は何故雨を降らせるのを邪魔するのかしら? このままじゃこの国ごと滅んでしまうのに」
「……王位争いも起こっているのです。第二王子を押す一派があって、第一王子はその第二王子が邪魔なんでしょう」
「……だから? 国が滅べば王子も国王も一緒よね。同じ難民だわ」
「少なくとも第二王子に雨を取り戻させるよりはマシだと思っているのではないでしょうか?」
ん? 第二王子が? 雨を取り戻す?
「キース?貴方第二王子派だったの?」
そう聞くとキースはきまり悪そうに目を泳がせた。
「成程。まぁ、残りの二人の聖女候補が第一王子について行ったから、第二王子はあまりものにあたったのね、気の毒に」
「ああ、あの二人は聖女ではなかったようですよ。追手から聞いた情報ですが神殿で儀式をしても雨は一滴も降らなかったって。魔力が溜まり次第帰すって言ってましたから」
「…………お笑いね」
何その結末。何のギャグかしら。
神殿には貴族の追手はいなかった。
アレが最後の抵抗だったのか。
神殿はかなり高い所に建っていた。
まぁ、普段は水の上に浮かぶように立っているそうだから高さがあって当然か。
私は風の精霊に連れて行ってもらった。
キースはさすがに自力で登って来た。
正面の扉を開いて中へ入る。
「扉を……簡単に?」
「何?開かないものなの?」
「はい。厳重な封印が――正当な守護者が顕われるまでは開かないはずですが」
神殿に入ると、自動的に明かりがついた。
「私って正当な守護者?」
「それは私にもわかりません。ですが水の神殿に入ることを許されたものであることは確かでしょう」
「ふーん…… この後どうすればいいか知ってる?」
「祭壇に水を呼んで、水の精霊がそれにこたえれば成功です。アオバ様はもうそれが出来るのですから簡単でしょう」
「祭壇ね」
しばらく歩くとまた扉があった。
気にせず手をかけると、何の抵抗もなく開いた。
その中はホールのように広く、太い柱が何本も進む道を示している様に並んでいる。
その柱の作る道を歩くと、正面に祭壇らしきものが現れた。
「これかしら?」
大きな平たいワイングラスと言うか、細い石柱の上にお皿が乗っていると言うか。
「この上に水を呼べばいいのね」
「多分そうなのでしょう」
「じゃさっさとやっちゃいましょう」
水の精霊に頼んで、上の皿からざぶざぶと水をあふれさせる。
下にも水受けのような皿があったので、こっちにもあふれるほどに水を注ぐ。
「……おかしいな、下の水受けがいっぱいにならない」
「本当ですね。……ああ、これ、ここからどこか他の所に水を流す仕組みになってますよ」
キースの指す方を見ると、確かにこれじゃ水はここにはたまらない。
じゃぁどうするんだ?
「とにかく沢山水を――」
そう精霊にお願いして、水がどこに流れているのか見に行くことにした。
驚くことに柱の裏を通って、外の方に流れ出している。
……って事は。
「ってこの湖いっぱいにしろって言うの?!」
「まさかそこまでは……」
キースはそう言うが、この水路の意図はそう言うことだ。
「ちっ 面倒くさい」
待てない性格の私は、雨を呼んだ。それも思いっきり。この森全体を潤せるような雨を。
酷く強い風が吹いて、ごわごわになってしまった髪を揺らす。
次の瞬間、空が割れるような雷が鳴ったかと思うと、豪雨になった。
これならそう待たされずに湖はいっぱいになるだろう。
「アオバ様…… 貴女は一体……?」
「さぁ? 普通の異世界人」
水と風が操れれば、異世界人ならこんなことは訳ないと思う。
水と風が操れると言うことは、天候操作が出来ると言うこと。
台風だって、高気圧・低気圧何でも作れる。
今はゲリラ豪雨を作るような積乱雲を上空に作っただけ。
しばらく待つと湖はいっぱいになって来た。
あふれてもまた大惨事なのでそこそこで上空の積乱雲は消えていただく。
その後、祭壇の所に行って、祭壇から水が流れているか確認する。
そこには、いつの間にか随分沢山の水の精霊達がいた。
「そこの祭壇の水は常に流しておいてくれるかな?」
私が頼むと、承諾したと言うように頷きが返って来た。
「さて仕事は終わりなんだけどな。……これでこの国は大丈夫?生きて行かれる?」
「……はい。アオバ様には何と感謝すればいいか」
「感謝は最後で良いよ。まだ帰り道があるんだし。あ、でも帰りは私の風魔法が使えるかな?」
キースは優しい笑顔で私を見ている。
「では森の外までは歩きましょうか」
「そだね」
森の中で風魔法で飛ぶ訳にはいかない。
樹にぶつかるからだ。
……? でもさっきから、樹のざわめきが聞こえるような気がするんだけど。
気のせい? 葉のない樹はこんな音を立てはしない。……もしかして……?
「アオバ様、異世界はどんな所ですか?」
「うーん。そうだなぁここより便利だけど、それだけかなぁ。私には家族はもういないし。人が生きる所なんて、きっとそんなに変わらない。誰かが誰かに嫉妬したり、逆に感謝したり。人の世界ってそんな感じじゃないのかなぁ」
「そうですか…… ああ、森の出口が見えますね」
「来た時はあんなに苦労したのに、帰りは小一時間って…… 随分妨害が入ったもんだね」
森を抜けると、そこは別世界だった。
「……え? また違う世界に転移した……?」
「いえ、転移はしていません。そんな魔術の痕跡は無い…… これが、聖女の力……!」
空が明るくなってきているから、遠くまで見えるようになっていた。
森の外は見渡す限りの緑の平原に変わっている。
枯れたとばかり思っていた木々は、青々とした葉を揺らしている。
振り返れば、湖の森も豊かな葉を堂々と揺らしている。
「そんな、バカな。……湖を一杯にしただけで……」
「だから水の神殿なんじゃないんですかね」
「……ファンタジーだわ」
これで世界は生き返ったんだ。
なんて呆気ない。
これからの旱魃対策とかまで考えていた私の時間を返せ。
「ああ、太陽が昇ります」
「本当だ。……朝焼けが綺麗ね。また雨が降るのかしら」
「雨ならいくらでも大歓迎ですよ」
キースと視線があった。
いつも私を見てくれていた優しい藍。
その藍が、ゆっくりと私に近づく。
唇に、優しく触れる、熱。
「アオバ様……貴女を帰したくない」
「……そ、そんなこと急に言われても」
「私と一緒に、ここで生きていだたくことは出来ませんか?」
「あなたと一緒に……?」
「はい。私はこの国の第二王子、キース・グランツが本名です」
はい? 第二王子本人??
じゃぁあの追手はあんたを追って来たのか!
「……いろいろと話し合うことは多そうね」
思わず半目になってしまうのは許してほしい。
「え? 話し合いって、いろいろって?」
「いろいろよ!えーいもうさっさと帰るわよ!」
私は思いっきり風の精霊に頼んで二人の体を上空に飛ばした。
「目的地は王都よ!」
風の精霊も分かってるのか、方角の修正もない。
「アオバ様!! これは、一体?!?」
「風の精霊に運んでもらっているのよ。目を開けたら?」
キースがおそるおそる目を開ける。
「あなたの国よ。蘇ったわ!」
眼下には緑の平原が広がり、どんな魔法か畑の麦も青々とした葉を揺らしている。
キースが目を見張り、その眼に涙がにじんでいる。
「アオバ! 一生大事にします! ずっとここにいて下さい!」
そう言ったかと思ったら抱きしめられる。
もう、仕方ないか。
これはもう絆されたなぁ。
「大事にしないと、承知しないわよ」
そう言って、今度は私から顔を近づける。
唇に触れる冷たい感触。
ああ、風が強いから冷えちゃったね。
地上約百メートル。緑豊かな森の上。元の水量に戻っている川の上。
その上空をキスしたまま風に流される。
朝日が私達を照らす。
美しい世界。
確かに、この世界でこの人と一緒なら悪くない。
【世界満たされた時にキスを】は夕凪もぐら様主催の勉強会短編企画です。
「セカキス」のタグが付いています。
この拙作を見た後では信じられないかもしれませんが、流麗な美しい文章を書かれる方が多くとても勉強になりました。