青と黄
それにしても『よく知っているなぁ』と感心してしまった
「天花は兎も角、名残は日常茶飯事使うじゃないそれに.....」
『それに?』
「.....知り合いの生前の苗字なのよ
だから読み方を以前教えてもらったの」そう話す初夏の横顔は哀しげな痛みをこらえているような表情をしていた
生前その言葉が出ると言うことはその知り合いの人はもう今世には居ないのであろう
『そうか』こんな時なんて言えばいいのだろう気の利いた事も言えず分からずに口ごもっていると目の前に明るい光が差し込みようやく暗い路地裏を抜けた
眩しい...手で傘を作っていると
沈黙を打ち破るような明るい声が聞こえてきた
「あらっ石榴の木だわ!?」
カラカラリンと下駄の鈴の音を鳴らしながら初夏が私の横を抜けていった
ざくろとな?
木の前で枝に手を伸ばしざくろとやらの葉を撫でている初夏に近寄る
『ざくろとはなんだ』実も花もついていない木これがざくろなのか?
「それはねぇ」初夏がこれよと私に向き直るとイヤーカフを指差し浴衣の絵柄をなぞった
ん?これがそうなのか!?玉ねぎのような実とハナミズキの花のようなハイビスカスの花にも見えるこれが?
「石榴って初夏の花でね、花が咲くのは夏で実がなるのは秋なの、この八切れたのは果実ね石榴って甘くって美味しいのよ大好物」
今年も食べるのが楽しみだわ、はしゃぐ初夏の耳元でイヤーカフが春風に揺れた
紅い涙のような実が陽に照らされて黒髪の間からキラキラと光る様子が見える
よほどこの花が好きらしい
彼にとってこの花は特別なものなのだろうか?
「好きよ」『なっ!?』思った事が口に出てしまっていたらしい
しまった動揺して口を抑える私に初夏がクスリ笑う
イヤーカフを耳ごと愛しそうに抑え「好きな人との想い出だもの」伏せ目がちに呟いた
....こんな顔も出来るのか
花のようなふわふわとした初夏の雰囲気が一変し妖艶なものへと変化していった
初夏の琥珀色の瞳には熱い熱が篭っており、大切な人を想う一人の男の顔つきをしていた。