大空に咲いたこころ桜
四季にはそれぞれにいろんなイベントがある。冬の最後のイベントといえばそれは学校の卒業式だろう。
その卒業式が間近に迫った男がここにも一人いた。
***
時間というものは不思議なものだ。楽しい時間ほど早く過ぎ暇な時間ほど遅く過ぎる。三年間の高校生活もそんな具合でもうすぐ過ぎ去ろうとしている。仲の良い友達は皆進路が決まり、四月から始まる新生活に向けて少しずつではあるが、動き出している。かくいう俺もその内の一人だ。志望していた東京の大学にも受かり今は残りわずかな高校生活を大切に過ごしている。
「卒業旅行どこ行こうか?」
「5月のゴールデンウィークにまた会おうね」
教室の所々でそんな話し声が聞こえる。4月から始まる新生活はどのようなものになるのだろうか?楽しいものになるといいな。窓から晴れた空をぼんやりと見ながら俺はそう思った。
「あら、お一人さん?」
振り向くとそこには同じクラスの文がいた。彼女とは中学の時からの知り合いでよく悩み事とかを気兼ねなく相談できるそんな間柄だった。
「うん?なんだ文か。あぁ、今お一人さんだよ。窓から空見てた」
「ふ~ん。今日よく晴れてるもんね。その気持ちわかるよ」
「そう言えば文は高校卒業したら名古屋に行くんだよね」
「うん。私、名古屋の専門学校で美容師の勉強するの。小さい頃の夢だったんだ。美容師になるのがね。そう言えば雄祐は東京の大学だったよね?」
「そうだよ。東京と名古屋…。距離的には今より少し遠くなるね」
話が流れる。お互いの時間を大切にするようにゆっくりと。こうして話してる光景も時が過ぎていく内に思い出へと変わっていくのだろう。そんなことを考えるとなんだか切ない気持ちになった。
「どうしたの?なんか元気ないよ?」
「いや、もうこの学校に来なくていいと思うとなんだか寂しい気持ちになってね。もうすぐ自由登校になるじゃん。だからこうやってこの教室でみんなと過ごすのもあと少ししかないじゃん」
「そうだね。でも仕方ないよ。べつに卒業が永遠の別れって訳じゃないよ」
文の言いたいことはよくわかる。たしかにその通りだ。でも俺のこの複雑な気持ちを理解してくれる人が一人いるということが内心とても嬉しかった。
「今日、西公園に行かない?ジュースおごるから」
「えっ?いきなりどうしたの?」
「ふふ…。来てからのお楽しみ」
文は私の問いに笑顔で答えた。
***
西公園。高台にあるこの公園は俺にとって思い出の場所でもある。小さい頃、父さんと一緒によくここに来てはキャッチボールをしていた。
この公園には悲しい思い出はない。笑って笑顔になったそんな思い出ばかりだ。
「この高台の公園ってとっても景色が綺麗なところだよね。はい、これ約束のジュース」
そう言いながら文は俺にオレンジジュースをくれた。
「ありがとう。でも今日はどうしたの?」
「元気のない雄祐に見せたいものがあって。ほらっ!こっち来て」
文に誘われ俺は柵の前へ1歩足を踏み出した。
雲が重なりあう。
まるでお互いを思いやるかのように。
少し見方を変えると、その重なりあう雲はまるで大空に咲いた桜のようにも見えた。
「この雲のように私達はいつでも寄り添うことができるよ。もちろん高校を卒業してもだよ。だからね、そんな悲しい顔はしないでよ」
「うん…。そうだね。なんか元気出た。ありがとう」
「いえいえこちらこそ。あなた今お一人さん?」
「いいや、違う。お二人さんだよ。横に文がいるから」
「ふふ…。正解!」
この先どうなるかなんてわからない。でも俺はこの雲のように誰かに寄り添えるような存在になりたい。
そう思ったある冬の1日だった。