カラオケの達人編 2
カウンター席は知らない者同士を結びつける事も多い。
まあそれは、良しきにつけ悪しきにつけだ。
「この辺りで、俺にカラオケでかなう奴はいないんだ」
肝臓の具合でも悪いのではないかと思うような浅黒い肌で、小柄な五十代中頃の客が声を張り上げた。
「すごいですね」
旦那が相槌を打つ。
「そうだ、なんたって、有名な作曲家の学校で習ったんだから、俺は上手いんだ」
少し語尾の上がった口調で、瓶ビール一本をお通しと奴だけでじっくり飲みながら、ずっとしゃべっている。
「お客さん、なに歌うんだい」
隣に腰掛けていた初老の紳士が、声をかける。
「○○とか、□□だ。普通の人には歌えないんだ。 いい歌だ」
「昔の歌だね。わたしは新曲しか歌わないから」
「今の歌はだめだ。 やっぱり、昔の歌は良いね。 なあ、マスターもそう思うだろ」
抜けた前歯の間から、細かくなった豆腐を撒き散らし同意を求めた。
「そうですね」
「みんな昔で時間が、止まっているんだよ。 それじゃだめだ、新しい歌歌わないと。 そう言ってもやっぱりわたしは演歌だけどね」
「ああ、演歌はいいね。 でもねぇ、悪いけどおたくより俺の方が、たぶんうまいから」
「わたしは、いつもカラオケで九十点以上出していますよ。 八十六点なんていうとがっかりしちゃうね」
「あの点数はだめだ。 下手な奴の方がよかったりするんだ」
「譜面どおりに歌えなかったらだめなんですから、本当に下手だったら点数なんて取れませんよ。 点数を取る気になったら譜面どおりに歌う、それが出来なかったら本当に実力があるとはいえませんよ」
「そんなに言うなら、よし、これからカラオケに行こう。 よう、ママ勘定!」
会計を済ませると、カラオケの達人達はバトルへと出かけていった。
ぼくはこの後の二人の対決を見てみたいような、見たくないような。
とにかく、すごく気になった。
後日、初老の紳士が店に来た時、ご主人様が尋ねた。
「この間のカラオケはどうでした」
「ああ、あれね」
「お相手の方の歌は、いかがでした」
「まあ、うまかったよ。だが、たいした事ないね」
その後、もう一人の客は現れることはなかった。