店に集う偉人たち〜カラオケの達人編 1〜
ご主人の旦那が脱サラをして、三年前から店を始めたのである。
鳥であるぼくと暮らしていながら、焼鳥屋を始めるとは、人間はなんて残酷な生き物なのだと思った。
だが、鳥といっても鶏なので勘弁してやることにしよう。
ご主人様の家と店とは、かなり離れている。
だから、毎日お昼過ぎにご主人様は、ぼくを自転車の荷台にゲージごと乗せると店まで
かよって来る。
そして、ぼくのゲージは、いつも店の入り口近くレジの上に吊るされる。
ほろ酔い加減で店に入ってきた客は、ぼくを見るなりこんな暴言を吐く。
「この鳥焼いてくれるのかね」
「いやぁーお客さん、その鳥は売り物じゃぁないものですから」
旦那は笑って答える。
そろいもそろって酔っ払いは、同じジョークしか言えないのだろうか。
ところで、この焼鳥屋へやってくる客はやけに偉い人物が多い。
食通に発明王、海外旅行通、とにかく色々なことのスペシャリストがいる。
そんな人々の中で意外に多いのが、カラオケの達人である。
このあたりの人間は、みんな歌手になれるのではないかと思うほどだ。
カウンター席から今日も聞こえてくる。
「そりゃ、彼女の歌はうまいよ。 この辺で一番じゃないかな」
たまたま隣り合わせた古くから知り合いの女性を、その男性は褒めた。
「そういう野川さんもお上手じゃないですか」
「えっ、ぼく? ぼくのことはねえ、どうでもいいの。 やっぱり、きれいな女性が歌っている姿は絵になるよねぇ。
ねえマスター、ここ、カラオケ無いの。 残念だなぁー、マスターにも彼女の歌聞かせてあげたかったなあー」
「野川さん、アカペラでいかがですか? なんていったって、この町の森進一と呼ばれていらっしゃるのですから」
「♪おふくろさんよ〜、おふくろさん、空を見上げりゃ〜、あっ、この歌歌うと訴えられちゃいますからね、最近は歌えないんですよ、ハハハハハッ!」