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ぼくのご主人様

 おならプップップーにプー太郎、そんな連想をさせる聞こえの悪い名前、プー太というのは、小桜インコのぼくである。


 さーて、そんな品のない名前を付けてくれたご主人様、えー、ご主人様と呼ぶほどたいそうな人間とも思えないのであるが。


 まあ、ご主人様の旦那が彼女のことを「ほれ、お前のご主人様が呼んでいるぞ」などとぼくに言うものだから、便宜上とりあえずそう呼んでおくとしよう。


 そのご主人様は、ぼくの前にもプー太という小桜インコを飼っていた。


 ご主人様は、初代のプー太をこよなく愛していたらしい。


 食事の時はもちろん寝る時まで、いつも一緒にいたという。


 だが、かわいそうなことに初代はとても短命で、たった三年しか生きられなかった。


 その時、獣医に注意されたのが、ゲージから長い時間出したり、限られた物以外むやみに人の食べ物を与えたりしてはいけないということだった。


 ご主人様は、ぼくを飼ってからというもの獣医の言い付けを忠実に守った。


 そのためぼくは、ほとんどゲージから出してもらうことも出来ず、おいしい人間の食べ物も知らずに生きてきた。


 そんな御蔭か、無事八歳を迎えることが出来た。


 楽しい思いをして短い一生を終えるか、ごく平凡な日々を送って長生きをするか、まあどっちが幸せなのかわからない。


 だって、ぼくは後者の生き方しか知らないし、まあ大した不満もあるわけで無し、ただ欲を言えばもう少しゲージから出してもらいたいだけだった。


 しかし、そんな平凡な暮らしのぼくにも、命の危機があった時もある。




 ところで、なぜご主人様が小桜インコを飼おう思ったのか。


 それは、以前、ペットショップで小桜インコに一目惚れをしたからだという。


「わー、見て見て、ずんぐりむっくりしていてかわいい」


 ご主人様は、他の鳥を見ていた友達を手招きした。


 テーブルに置かれた雛の入ったゲージを、制服姿の中学生二人は、背中を丸めて頬寄せ合っ

て覗き込んだ。


「ほんとだ」


「小桜インコっていうんだ、セキセイインコと違っておっぽが短い。ねえ、大人もみてみない?」


「こざくらいんこ、こざくらいんこ、こざくらいんこ」


 呪文を唱えるように二人は、大人になった鳥達の入っているゲージを見て回った。


「これだ! こざくらいんこ」


「手のひら位の大きさか、抹茶色のずんぐりした身体、まん丸な黒い目玉は同じだけど、おでこから顔が赤い!」


「雛はグレーっぽい顔しているのにね。でも、この方がきれいじゃん」


「雛の色の方がいいのになぁ」


「そうかなぁ」


 当時、ご主人様は、朱色の派手な顔がおきにめさなかったようだった。




 そして、八年前、ぼくが初めてご主人様と出会ったのも、このペットショップ。


 ご主人様が、結婚した年のことだった。


 ぼくを見たご主人様は、店員にこう尋ねた。


「もう少し幼い雛は、いつ入るのですか」


「まだ若いですよ。こんなに立派な雛はめったに入りません」


 その言葉に首を傾げながらも、ご主人様はぼくを買うことに決めた。


 その時のぼくは、もう大人の大きさになっており、産毛もだいぶ生え替わっていた。


 ようするに、店員の売らんがための嘘にご主人様はだまされたのである。


 しかも、ぼくは病気持ちで、次の日から具合が悪くなった。


 ご主人様はあわてて、近くの動物病院にぼくを連れて行ってくれた。


 普通の動物病院では小鳥の診察をしてくれない、だからそこのところをご主人様はきちんと

電話で確認していた。


 なのにだ、その病院でもらった薬を飲まされても、ぼくはかえって具合が悪くなる一方だった。


 困ったご主人様は、別の病院にぼくを連れて行ってくれた。


 そこは、ちょっと厳しい女の獣医である。


 その獣医は最初の獣医と違って、検便をしたりぼくの体にさわったりして念入りに調べてくれた。


 その時、獣医から、「たぶん、男の子でしょう」と言われた。


 最初の獣医はこの獣医の後輩で小鳥の診察はしていないはずらしかった。


 しかもよこした薬は、今ではめったに使われない副作用の強い物だった。


 副作用どころか、あのまま飲み続けていたら死んでいたかも知れないという。


 まったく、ひどい藪医者もいたものだ。


 診察料さえ取れれば、小鳥の命などなんとも思っていないのだろう。


 もしこれが、人間だったら医療ミスで大騒ぎのところだ。


 それ以来ご主人様は、その病院の前を通るたびに「藪医者め、うちのプー太を殺す気か」と小声で言って通るようになった。


 無論、本人を前に声にする勇気など、ご主人様にはなかったが。


 とにもかくにも、ぼくは新しくもらった薬のおかげで元気になったのだが、その薬の苦いのなんのって半端じゃない。


 薬を飲まされる度に吐き出したり、ご主人様の手に思いっきりかみついたりして大暴れをした。


 そんな日々を送るなか、ご主人様がぼくに薬を飲ませながら、一度だけ涙を流したことがあった。


 その時は、ぼくが噛み付いたために痛かったのかなくらいに思っていたのだが、今になって思うと違うのかもしれない。


 ぼくのためを思ってしてくれていたのに、その思いも通じずに暴れるぼくを見てたぶん悲しかったのだろう。


 今になって少し反省。


 でも、ご主人様は獣医から「よくがんばりましたね。あなただったから、プー太ちゃんは助かったのですよ」と言われた時、少し照れながらも嬉しそうな顔をしていた。


 これが、ぼくの命拾いした時のエピソードである。



 あっ、それからぼくにとって、とっても大切な出来事が一つあった。


 ある日のこと、ゲージをのぞいたご主人様は、信じられないものを目にすることになった。


 それはなんと卵だった。


 もちろん、この家の鳥といえばぼくしかいない。


 だからこれは、まぎれもなくぼくの卵であり、彼氏のいないぼくは無精卵を生んだのである。


 ご主人様は、何度も何度も卵を見ながら驚きの声を上げた。


「えーっ! メスだったの!」

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