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00 Prologue(いのちはめぐる)

 魔族と人の間に生まれし忌み子×××(注:その名自体に呪いが掛かっているとされていたため、伏せられている。発見された全ての古代文献において、その名を正確に記したものは存在しない)は百年もの間、暴虐の限りを尽くしき。偉大なる聖王アウグスト三世は自ら剣を携え彼の魔王が治むる地に遠征を行い、そしてこれを討ち取りたり。(神聖ユーロ帝国史 アウグスト三世の章より抜粋)


 ―—かくして、"暴虐の限りを尽くし"たととされる魔王×××は死に、そして彼の魂は巨大なライフ・ストリーム−−輪廻の輪に回帰する。彼の罪はここで浄化され、輪廻の輪の中で他の魂との境目を長い時間をかけて無くしていき、その記憶を失った後に人間として転生する筈だったのだが―—



「あなた面倒くさいんですう……」



 魔王の魂の前に立つ女―—ピンク色の髪がその大きく膨らんだ胸元を隠す程度まで伸びている。白く透き通った肌、青く澄んだ瞳、高い鼻、薄い桜色の唇。純白のローブを着用していた。その体型はグラマラスで、出るべきところが出て、引っ込むべきところが引っ込んでいるーーが口を「へ」の字に歪めて言った。


 いま、魔王の魂は輪廻の輪の中に居た。辺りでは死んですぐに天使に救済され、輪廻の輪に有無を言わせずぶちこまれた魂たちが自分の死について恨みを叫んでいる光景が多々見られた。しかし輪廻の輪の中は流動しており、恨み言を晴らしている魂も超高速で輪廻の輪を巡る。固定されているのは魔王の魂だけで、他の魂は彼とピンク色の髪を持つ美女の脇をどんどんと過ぎ去っていった。


「人と魔族の間に子が生まれるなんてイレギュラーすぎますし、神様もあたしに対応丸投げなんてそんな殺生ですよう……」


 女の青い瞳に涙が滲むが、「でも泣いちゃいけないですがんばれ神様ちょうキュートな神様あたし」と自分のことを自分で鼓舞する。

 魔王は思考していた。視覚や聴覚は働いているが、肉体を持たない以上、声を出すことは叶わない。自分が死んだことは覚えていたが、ここにどのように来たかは思い出せないし、更に言えばこの女が現れるまで自分が何をしていたかも思い出せなかった。


(状況から察するに、ここは輪廻の輪の中。目の前にいる女はなんだ? どうなってる……輪廻の輪の中で自我を保つことは可能なのか?)

「ほんとは可能じゃないですようだから面倒くさいんですよう」

(……思考が読めるのか)

「読めますよう……一応あたしだって神の端くれですもん」

(神?)

「あ、自己紹介が遅れましたね。あたし、輪廻を司る神、レムリアです」


 魔王は現世においての自分の記憶を探る。輪廻を司る神レムリア。賢く、気高く、美しく、慈悲深い善神であり、種族に関わらず広く信心を集める神である。彼女は死んだ者の魂を救済し輪廻の輪の中に組み込み、そして転生する。


(賢く気高く美しく、か)


 魔王はレムリアを見て、思う。美しくはあるが、その目に涙を滲ませ、自分を「キュートな神様」と鼓舞する彼女を見て「賢く」「気高く」といった要素は見られなかった。


「ひ、ひどいですね!?」

(それでレムリア、俺はどうなる。記憶を失い転生するのか)


 更に瞳を涙で潤ませるレムリアを無視して、魔王は思考でレムリアに語りかける。うう、とレムリアが情けない声を出して、「ちょっとこわいけどがんばれあたしちょうかわいいぐうかわ」と自分を鼓舞して涙を拭い、それから魔王の質問に答える。


「現世で命を落とした者は基本的には輪廻の輪に組み込まれます。それが悪逆の限りを尽くしたとされる魔王だとしても」

(悪逆の限り? 魔王?)

「あなたは魔王として悪逆の限りを尽くしたと後世に伝えられます。人肉で塔を作り、都市の女を全員並ばせ犯したのちに殺し、男は言葉にするのも恐ろしい拷問で殺すなどした魔王として」

(……それは俺の話をしているのか?)

「『神聖ユーロ帝国史 アウグスト三世記』にそのような記述があるんです」


 魔王は自分が生きていた頃にそのような国と、そのような王が居たような居なかったような、という曖昧な記憶をなんとか鮮明な形に変化させようとしたが、無理だった。レムリアに、(その王は誰だ)と問う。


「アウグスト三世はあなたを殺し、"聖王"との名で治世を行いました」

(……俺を殺し?)


 魔王は自分の死を思い出す。

 レムリアがうんうん、と頷く。


「疑問を持つのも分かります。何故ならあなたはアウグスト三世になど殺されていない。あなたは老衰で死にました。魔族と人の忌み子として莫大な魔力を持ったあなたでも、寿命には負けましたね」

(で、何故アウグスト三世とやらが俺を殺したことになっている。と、いうより、俺が魔王?)

「……魔王に魔王の自覚がないとは。あなたは魔族の中で最も強い者であり、魔族はあなたを至る所で信奉していました。心当たりは?」

(時折、魔族を名乗る者に平伏され、人肉を押し付けられたりした。人肉など食わないのに)

「よく気付きませんねそれで!?  辞書の『鈍感』の欄にあなたの名前を書き加えたいくらいです!」

(……で、アウグスト三世は?)

「アウグスト三世は幸運にも、魔族の長とされるあなたの亡骸を発見し、自分が討ち取ったことにしました。人族の魔族に対する憎しみは相当なものです。アウグスト三世はあなたを悪逆非道の魔王に仕立て上げ、人々の魔族に対する憎しみを利用し、魔王を討伐した"聖王"と名乗り、自身の威光を高め、魔族に飽き足らず、人族以外の全ての種族に対する弾圧を行いました」

(優れたプロパガンダだ)

「ええ、アジテーターとしては大変優れていました。人族がむやみやたらに他の種族を殺すから、あたしは大忙しでしたよう……」


 レムリアがふう、とため息をつく。魔王は思考を整理する。どうやら自分は生前、知らず知らずのうちに魔王として崇められ、とんでもない悪党として語られ、終いには死を政治利用されていたらしい。信じられないが、神がそう言うなら、そうなのだろう。しかし気になるのは過去の話より、これからの話である。


「そう、これからの話なんですよう」


 レムリアが思考を読んだのか、泣き顔を魔王の魂に向ける。


「本来なら輪廻の輪に組み込まれた魂は、長い時間をかけて分割されたり他の人の魂と融合したりして、別の魂に変化し、記憶がなくなって転生するんですけど……」

(ですけど、何だ?)

「あなたの魂は分割もできないし、他の人の魂とも混ざらないんですよう。多分、あなたが持つ莫大な魔力だったり、魔族の人のハーフだったりの関係だと思うんですけど……このままじゃ記憶が消えないんですよう」


成る程、と魔王は思う。記憶が残ったままの者ーーましてや(気付いてはいなかったが)魔王として存在していたような者が転生するのは何かしらの不都合が生じるのだろう。


(ならば俺はもう転生できないのか?)

「だから、いま、それを悩んでるんじゃないですかあ!」


 顔を真っ赤にしてレムリアが叫ぶ。


「あなたはどうしたいですか? 転生を望みますか? 一応、意見を伺います」

(……俺は……)

「あなたは?」

(……転生したい。人として、生きたい)


 レムリアは口を開けたまま硬直している。そのような答えが返ってくることを想像していなかったのだろう。数秒の間があって、「理由を尋ねていいですか」と口にする。


(俺は魔族と人の間に生まれた忌み子として生きた。ーー孤独だった。人からは魔族として扱われ、迫害され、魔族からは人として扱われ、襲われた。生きる為に一人を選んだ。魔族に襲われる度撃退しているうちに、いつしか魔族からは魔王として崇められていたようだが、やはり俺はいつだって一人だった。俺は老衰で死んだが、魔力を使って、老いに抗うこともできた。やろうと思えば、不老不死にだってなれた。だがしなかった……生に意味を見出せなかったからだ。もし、転生できるなら、そうしたらーー真っ当な人として、生きたい。友人を作り、みんなで飯を食い、家庭を育み、孤独を感じずに、生きたいんだ。ーー笑うか?)


 魔王の語りが終わった時、レムリアの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。「おおおおう」と奇妙な泣き声をあげるレムリアを見て、魔王は、もし体が存在するのなら、全身を使って驚きを表現していることだろうと思った。


「でん゛ぜい゛じま゛じょう゛! づらい゛ことはわ゛すれてください゛! 」

(……本当か)

「はい゛!う゛ええ〜ん!可哀想だよ゛〜!」


 ひっく、ひっく、としゃくりあげはじめたレムリアに、感謝する、と伝えた。

 ―—かくして孤独だった魔王は転生する。物語の、はじまり、はじまり。

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