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俺の心はここにある

 目が覚めた。いつもの部屋、いつものベッド。なのに頗る気分がいい。

 こんなに目覚めの良い朝も久しぶりだ。

 何の不安もない。朝からやりたい事づくめで、学校に行くのが待ち遠しい。

 学校に行く準備を部屋でしていると、玄関がなにやら騒がしい。

 何かと思って様子を見に行くと、母さんとスーツを着た男二人が揉めている。

 男の一人がドア越しから様子をうかがっている俺に気が付くと、母さんの静止を振り切って真っ直ぐこっちに上がってきた。

「私たちは警察だ」

 そう言って男は手早く警察手帳を広げてみせた。

「一昨日の夕方頃、近くの小売業を営んでいる会社に空き巣強盗が入った。侵入に使用したと思われる工具が付近に捨ててあってね、そこに付いていた指紋と君の指紋が一致するかどうか、検証させてくれないかな」

 口調こそ穏やかだが、一通り説明し終えた男の目は完全に俺を敵視している。

「ちょっと、何かの間違いだと思います。俺がその犯人だって、そういうこと? ありえない! 俺は何もやってないし、知らないよ!?」

「であるなら、君の身の潔白を証明するためにも、指紋を取らせてくれるな? 詳しいことは署でするから、一先ず行こうか」

「でも俺、学校が……」

「こっちの方で学校には連絡するから心配しなくていい」

 有無を言わせない感じで、俺は署に連れて行かれた。

 しかも、その道中ではいくら潔白を主張しても取り付く島がなかった。

 取調室で待っていると、指紋検証を終えたらしい警察服に着替えたさっきの警察官が入ってきた。

「結論から言って、君の指紋と犯行に使われたと思われる現場付近に落ちていたクリッパーの指紋が一致した」

 んな馬鹿な!?

「そんなはずない! 俺はクリッパーなんて知らない!」

「証拠はクリッパーだけではない。襲われた会社の防犯カメラに君らしき人物が映っているんだ。諦めろ。盗んだ金はどこにやった? ん? 学生にはかなりの大金だ、まだ全然使ってないんだろ?」

 おいおい、なんだこの流れは。俺が犯人? その時点で間違っているのに、盗んだ金のことなんか知るはずがない。

 あぁ、まるでリアルな悪夢を見ているみたいだ。

「……俺じゃない、信じてください! 本当に俺じゃない!!」

 たまらず大声を出すと、警察官は面を食らったのか、間を置いてひと呼吸ついた。

「そんな言葉がまかり通るわけがないだろ」

「でも、ほんとに俺じゃないんです」

 じゃあどうしたら信じてもらえるんだよ。

 泣きたい。すごく泣きたい……。

 乾いたノックの音で、しばしの沈黙が打ち破られる。

 中に入ってきたのは、なぜか実里だった。

「誰だ君は?」

「この子はどうしても証言したいことがあるらしいんです」

 警察官が聞くと、実里の後ろから来た別の警察官が答えた。

「証言したいことと言うのは?」

 肩肘張った実里を、今まで尋問していた警察官が促した。

「私聞いちゃったんです」

「聞いた、とは?」

「催眠術なんです! 全部、全部催眠術のせいなんです!」

 部屋いっぱいに響き渡る声で叫んで、実里は滔々と知りうる限りの事の顛末を語り始めた。


 俺にはまったく記憶にないことなのだが、実里は俺と一つ上の先輩の話を盗み聞きして、俺が催眠術にかけられていることを知ったらしい。

 催眠術の話が本当なら、最近ぼーっとしたり記憶が曖昧になることが多かったのも納得できる。

 だけど、そんなとんでも話を信じるほど警察も甘くはなくて。

「そんな荒唐無稽な話を『はいそうですか』と信じることはできない」

「なら催眠術師を呼んでください」

 実里は引き下がらない。

「お願いします。こいつは強盗ができるような人間じゃないんです! 私嘘は言いません、信じてください!」

 全力で頭を下げる実里に、警官たちは頭を掻いて部屋から出ていってしまった。

 俺と実里だけになる。

「実里、俺のためにありがと」

「……私はただ、自分の正義に従っただけよ」

「だけど、よく俺がここにいるの分かったな」

「まあね。あんたんとこの母さんが電話で教えてくれたの。すごく取り乱してたわよ? あんたも親不孝者ね」

「だな、申し訳ない」

 身の潔白を証明できたら、胸を張って母親にただいまを言って、謝罪しよう。

「でも俺が催眠術にかかってたのか、言われても実感ないな」

「過去形じゃなくて、現在進行形だと思うけど」

 じゃあ、今こうしている時も、俺は見ず知らずの女に操られているかもしれないのか!? ……気味の悪い話だ。

 催眠術が本当なら、今すぐにでも解いてもらいたい。

「あんた、あの時言ったこと、覚えてないんでしょ?」

「……えっと、あの時って、どの時のことだ?」

「これで通じないってことは、やっぱりアレはあんたの本心じゃなかったん……だよね。変だと思ってた、うん」

 実里が何を言っているのか、途中から上手く聞き取れなくてわからなかった。


 取調室に閉じ込められてどれくらいの時間が経っただろうか。

 出るに出られず待っていると、ようやく扉が開いた。

 さっきの警察官と、怪しげな雰囲気を放つ中年の男が入ってくる。

「彼は催眠術師だ。今から彼に催眠術を使って、君の催眠術の有無を確認してもらう」

 複雑な心境だ。

 催眠術にかかっていたら、かなりショックだし。そうでなければ、俺たちの主張は嘘ということになり、あえなく俺はこのまま留置場行きだ。

 俺と催眠術師の二人きりになって、緊張の検証が始まった。


 真っ暗な世界が広がっていく。

 頭はくらくらするし、体には力が入らない。

 心だけが静かに落ち着いている。

 頭の上の方から音が聞こえる。

 とても耳障りの良い、楽しくなる音だ。

「クリッパーで鎖を絶ったのは君だね?」

「――はい。俺がやりました」

「会社に忍び込み、現金を盗んだのはだれかな?」

「俺がやりました」

「それは君の意思でしたことなのかな?」

「ち、違う。俺は言われたことをしただけです」

「どうして言われたことをしたのかな?」

「言われたことをすると、すごく気分が良くなるんです」

「君に命令した人の名前を教えてくれるかな?」

「こんの――今野 明美」

 思い出してきた。

 今野 明美、一つ上の学年で、俺はよくこの女にいじめられてきた。

 いつも、いつも、この女と会う度に嫌な思いをさせられてきた。たかり、脅迫、恥ずかしいことをさせられたことも一度や二度じゃない。

 そんなある日、この女に冗談半分でかけられた催眠術で、俺の人生は完全に狂わされた。

 憎い、憎い! できることならこの手で殺してやりたい!

「だいじょうぶ、落ち着いて。心配ないよ、ここは君の世界だから、全て君の思う通りになる。だから興奮するようなことは何一つないんだ」

 頭上から降り注ぐ言葉に心が安らいでいく。

「君の潔白は僕が保証しよう。さあ、そろそろ目覚めるよ。だんだん、だんだん、君は明るい世界を取り戻していく。世界が光に満ちるとき、君は清々しい気分で目を覚ますんだ」

 真っ暗だった世界にぼんやりとした光の揺らぎが生まれていく。光は少しずつ大きくなって、次第に俺の視界を埋め尽くした。


 完全に目覚めた俺は、全てを思い出した俺は、警察に全てを告白した。

 俺が実行犯であったこと。その俺は今野 明美に操られいたこと。できる限り鮮明に説明した。

 俺の話を未だに信じきれていなかった警察も、引っ張ってきた今野 明美が悪びれる素振りもなくあっさりと罪を認めたことで、俺の潔白は確かなものとなった。

 今野 明美が留置場に行く前に、俺と実里は警察から話をする機会をもらった。

 いざこうして向かい合うと、どんな罵りの言葉を言っても陳腐なものになってしまいそうで、中々言葉にできない。

 すると、実里が俺に代わって口を開いた。

「こんな罪を犯してまで、盗んだお金は何に使う気だったわけ?」

「……うーん、ゲーセンとか、ショッピングとか? 短い期間だったけど、お金を持ってるだけで凄い幸せな気分だったわ」

 この女、本当に救いようのない下衆だ。

 こんな人を人とも思わない女と同じ人間、同じ人種だってんだから、虫酸が走る。

「最後に、俺に何か言うことはないのか?」

「あるよ」

 今野 明美は唐突に俺に抱きついた。

 そして、俺の耳元に口を近づけて。

「合言葉”人の心はどこにある?”……ご主人様、またいつでも私を可愛がってください」

 俺にだけ聞こえる小さな声で言い残し、署の奥の方へと連行されていった。


 再び事情聴取のため署に来ることを約束し、俺たちは家に帰ることを許された。

 一歩外に出ると、これまでにないくらいの清々さを感じる。

「ク、ククククク……」

 笑いが止まらない、全てが全て、俺の思うとおりになったぞ!

「クククククッ」

「急にどうしたのよ。頭、大丈夫?」

 これが笑わずにいられるか。

 だがまだだ、ここで笑い転げるのはどうみても不自然だ。

「じゃ、帰ろうか」


 実里を連れて家に帰ると、何事もなかったかのように母が笑顔で出迎えた。

 この薄っぺらい笑顔を見るのはもう何度目か。

 俺が母をずっと見ていると、母の笑顔はやがて口元がぴく付き始める。俺が見続けている限り、母は貼り付けたような笑顔を解こうとはしない。……いや、できないんだ。俺がそうなるよう、母の心の奥深くに事前に命令ているのだからな。

「家事もロクにできなかった無能なクズ親も、今回ばかりは多少は役に立ったな」

「自分の母さんをそういうふうに言うものじゃないと思うけど」

 実里が唇を尖らせるから、俺は頭を撫でて気をなだめた。

「これでも褒めた方だけどな。ククク……。実里、俺の部屋に行くぞ」

「――はい」

 部屋に入ってドアを閉めて、俺はそこで初めて堪えていた笑いの衝動をこの上なく発散した。

「クククククク、アーッハッハッハッハ! 何もかもが! すべて! 順調に! 時計が針を進めるがごとく精密に! 俺の計画した通りだ!」

 腐れ外道女の明美と共に強盗したことはもとより、明美が学校で俺に催眠術を明かしたことも、それを実里が盗み聞きしていたことも、俺が警察に連行されたことを実里がバカ母から知らされたことも、そして実里が警察で催眠術師を呼ぶよう警察に訴えたことも!

 ククク! 唯一の懸念事項は、催眠術師によって心の最深部を暴露させられたり、中途半端に思い出した俺が錯乱して要らないことまで話してしまわないかだったが、どうやら俺の催眠の技術はそんじゃそこらの催眠術師では太刀打ちできないほど強力なもののようだ。

 タンスを開ければ、しばらくは遊ぶ金に苦労しないだけの札束が顔を出す。

 仮にこの金を使い切ってしまっても構わない。

 ここに今野 明美の後釜になってくるれる逸材――もとい使い捨てのコマがあるのだから。

「実里、今回の成功はお前の頑張りのおかげだ、ありがとよ。これからも何か困ったことがあった必ず俺を助けるんだ。いいな?」

「……はい、私のご主人様」

 ククククク! 最高の気分だ。

 今野 明美に、俺に催眠術をかけるよう催眠術をかけることに成功した。

 今回は実験的な意味合いが強かったが、次は何をして愉しもうか。

「俺には金、人脈、そして催眠術がある! ククク、楽しくて愉しくてどうにかなっちまいそうだ!」

読んでいただきありがとうございます!

感想なんぞあれば、まだまだモノ書きの初心者ゆえ、お手柔らかにお願いします(^人^)

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