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塗料が飛び交う戦場で  作者: 伊森ハル
第二章 半人前のつくりかた ―― The Hang of It
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-05-

「……来たか」

 目的地、競技場の側に設けられた、屋根のない平屋みたいな形をした建物――と呼べるほどしっかりした作りでもないけど――の出入り口前で壁に寄りかかり、腕を組んだまま佇んでいた白崎先輩が、僕達に気付いて面を上げた。そのまま僕に視線を寄越す。

「伊坂」

「はい?」

「気遣いができるに越したことはないしが、萩野に懐かれると後々で厄介だぞ。振り回される。……慣れてしまえば問題はないだろうがね」

「聞いてたんですか」

「耳は良い方だからな。会話の内容くらいは聞き取れたさ」

「なるほど。……ん?」

「話はこれくらいにしておこう。入るぞ」

 白崎先輩の言動にどこか言いようのしれない違和感を覚えたが、それを疑問の形で口にするよりも早く、彼女は身を壁から離して囲いの中に入って行った。僕達もそれに続く。

 中は簡素な射撃練習場(シユーティングレンジ)だった。簡素ながら十から四十メートルまで、五メートルごとに人型の的が配置されており、距離ごとの射撃感覚を掴むには十分な設備だ。周囲は簡単な壁で囲われているから、わざと上方に撃ったりしない限りは他の人に迷惑はかからないはずだ。

 射撃地点には銃や道具を置くことのできる、腰ほどの高さの台もいくつか設置されていた。

「へぇ……」

「どうした? 珍しいもんでもあったか?」

「いや、射撃練習なんてしたことなかったんで、ちょっと慣れないっていうか」

「はぁ!? 二年もやってて、一回もか?」

「別な練習っていうか、他のことに時間を割かなきゃ駄目だったから、こういうことはあんまりやってないです」

 おいおいマジかよ、とぼやく彼女を横目に、僕はバッグに入れてあったゴーグルを着ける。トイガンを使用する時にゴーグルを着けるというのもまたプレイヤーの義務だ。玉屋先輩も銃こそ持っていないものの、近場にいるということでやはりゴーグルを装着する。

「あれ? ……変わりましたね、それ」

「あぁ、コレか。前の奴はちょっと古かったし、昨日見てみたらちょっとヒビが入っててな」

 彼女のゴーグルは、黒色だったいままでのそれと違ってレンズの部分が透明になっていた。

「いいんじゃないですか、似合ってますよ」

「そうか? ……そうか。へへ」

 なにやら彼女は上機嫌だった。新しい装備を手に入れたときは誰しも嬉しくなるものだ。昔入っていたチームでも装備を新調した人は皆に自慢して、よくはしゃいでいた。

 鼻歌まで歌い始めた玉屋先輩を眺めながら、ガンケースを開けてM4(ライフル)に手を伸ばす。

「伊坂、射撃にはこれを使え」

 白崎先輩の声に振り向くと、半透明のボトルが放られてきた。

「っと、どうも」

 容器(ボトル)の中に入っているのは生分解性プラスチックで形成されたBB弾だった。厳格な当たり判定を必要としない射撃練習や、一部の草試合などではペイント弾を使用しない場合も多い。

 専用のローダーを使って弾倉に弾を詰め、それをM4の給弾口にはめ込む。戦闘服の腰部バッテリーに二つの識別タグチップをさし込んで、準備は完了だ。

 このタグから発せられる信号によって銃のロックが解除される。銃そのものに付いている安全装置と合わせて二重の安全が確保されるというわけだ。

「できました」

「よし。じゃあ……ひとまず三十メートルの的を撃ってみてくれ。あれだ」

 指示された的の胸あたりに狙いを定めて、引き金を絞る。小気味よい振動が手に伝わり、弾が数発撃ち出される。放たれた銃弾は、まっすぐ的の頭部に命中した。

「ひでぇな」

 間髪入れずに発せられた玉屋先輩の批評が突き刺さる。

「……言わないで下さい、わかってますから」

 テレビゲームならいざ知らず、実際の試合で危険行為(ヘツドシヨツト)を連続で決めた日には、プレイヤーを倒すどころか逆に自分が退場だ。

「なんでか知らないんですけど、いっつも狙ったところより上に行っちゃうんですよね、弾が」

「弱点がわかっているなら克服すべきだろう。……トリガープルのときに肩に力を入れすぎだ。無駄に力んでしまうから腕が緊張してガク引きを起こす。もっと柔らかく、指先だけを動かすように引き金を絞れ。それと……」

 彼女はこちらに歩み寄り、僕の左腕を掴んだ。そのまま左手を被筒部(ハンドガード)へと押しつける。

「いまの君は片手だけで銃を持っている状態とあまり変わらない。左手にもっと重みを任せて撃つといい。添えているだけでは意味がないからな」

「……やってみます」

 指示を念頭に置いて、再びM4を構えた。照準を合わせて、ゆっくりと指だけを屈伸させる。グローブ越しの振動が掌に伝播すると同時、銃口から赤色の弾が発射された。

 弾道に多少のばらけはあるものの、しかし弾丸は過たず的の胸部分に命中した。

「あ、当たった……!」

 いままで意識していなかったことであるだけに、ちょっとした感動さえ覚える。

「少し変えるだけで……ありがとうございます、先輩!」

「ふむ。……なら、ハンドガンの場合も試してみるか。玉屋。カートリッジを貸してくれ」

 柄にもなくはしゃいでしまった。自分の言動を省みて少しだけ恥ずかしくなったが、白崎先輩はむしろ僕の反応に気をよくしたらしく、少しだけ口端を上に曲げた。

「知っての通りハンドガンの射程はライフルに比べて随分と短い。君も一丁持っているようだが、使う機会は少ないだろう?」

「USPは持ってるんですけど、確かにあんまり使いませんね」

「所詮は副兵装(サイドアーム)だからな。有用性は低いとも言える。ただ、練習しておくに越したことはない」

 言いつつ、彼女は台に置いてあったガンケースを開けて、そこからFN5(ファイブ)-7(セブン)を取った。流線形の銃把(グリツプ)が特徴的なハンドガン。フレームにアンダーマウントレールを備えており、オプションの装着選択肢が広い銃だ。白崎先輩はチップを自らのバッテリーにさし込み、弾倉を装填して銃を撃てる状態にすると、再び僕の方を見る。

「ハンドガンの場合はもっと簡単だ。無駄に力まないことだけを考えて撃てばいい。ブローバック型でもない限りは、反動などあってないようなものだしな」

 トイガンの拳銃にはライフルなどの長物と同じく複数の動作形式がある。彼女が言っているブローバック型というのもその一つで、これは撃つ度に遊底(スライド)が後退するタイプのトイガンだ。固定スライド型に比べると扱いづらいから実際の試合ではあまり見ないけど、野試合なんかではリアル志向の人達がこれを好んで使っている場面も少なくない。

「トリガーの引き方も先ほどと同じように、指先だけを動かす形で撃つ」

 言いながら、ファイブセブンを的に向けて撃つ。弾は吸い込まれるように的へ命中した。

「一度わかってしまえばそう簡単に忘れる感覚でもない。やってみるといい」

 僕はうなずいてM4を背中に回し、左腰のホルスターから弾が装填されたUSPを抜いた。これはドイツの銃器メーカーであるヘッケラー(H)&コッホ(K)社製のハンドガンをモデルとしたもので、各種機構の配置などが左右どちらの手でも扱えるように配慮された銃だ。トリガーガードが大きく引き金を絞りやすいため、僕はこれを選んでいる。

 白崎先輩が撃ったのと同じ、十五メートル先の的に照準を合わせて、射撃。弾は的の脇腹近くの空中を通ってから、地面へと落ちた。

「まだ硬いな、手首が緊張してんぞ。……でも、その割に腕は力抜きすぎだ」

 玉屋先輩が横からアドバイスを入れてくる。力を抜けと言ったり入れろと言ったり、どうにも加減が難しい。

「ここの設備も完全ではないからな。壁こそあるが、風は入ってきている」

 トイガン、特にパワーが低いハンドガンの弾道は風の影響を受けやすい。有効射程であるはずの中距離戦でさえハンドガンが敬遠される理由もここにある。精度の点でハンドガンは長物に大きく劣っているのだ。

 幾度か射撃を繰り返してみる。当たったり外れたりだったけど、外れる方が圧倒的に多かった。十五発――ちょうどマガジン一つを撃ち尽くしたところで、白崎先輩が声をあげた。

「こんなところか。……伊坂、君には今日からしばらくの間、ここで射撃練習をしてもらう。もし明日の試合が終わっても、可能なら続けろ」

「可能なら? ここにも競技場みたいに割り当てがあるってことですか?」

「……いや、特に割り当ては存在しない。……君が休んだりしなければ、ここで練習はできる」

 白崎先輩の言葉が微妙に淀んだ。彼女だって特に理由があって言ったわけでもないのに反応されて困ったのかもしれない。

「わかりました。じゃあ、僕はここで撃ってますね」

「あぁ。私達はグラウンドにいるから、なにかあれば来るといい。……と言っても、あと一時間もしたら今日の訓練は終わりだろうが」

 壁に掛かっている時計を見た彼女につられて、僕も時間を確認する。五時も半ばを過ぎようとしているところだった。

「満足したら、頃合いを見て部室に戻ってくれ。その頃には多分、私達も終わっているだろう」

 白崎先輩はそう言い残すと、玉屋先輩の肩を叩いて一緒に外へ出て行った。


 微風が生み出す柔らかなさざめきの中に、乾いた発射音が生まれた。わずかの余韻すら残さずに消えたそれは、穏やかな空気が流れるここではひどく異質な音に聞こえる。

 弾が的の胴に当たったのを確認すると、僕は再度引き金を絞った。微弱な反動と無機質な音を発し、弾丸が銃口から的へ吸い込まれていく。機械的な反復作業。ひたすらにその動きを、身体に覚え込ませていく。

 あの後、僕はずっとUSP(ハンドガン)M4(ライフル)を撃ち続けていた。単調さすら覚える動作を繰り返していると、時間の流れがわからなくなってくる。

 時計に目を向けると、あれから四十分ほどが経過していた。

「……結構、当たるようにはなったかもなぁ」

 徐々に集弾率が上昇しているのが自分でも実感できる。僕はそもそもが射撃のセンスに乏しいと思っていたけど、単にトイガンの狙いの付け方に慣れていないだけだったのかもしれない。

 ゲーム中はこんなにじっくりと狙いを付けている暇なんてない上に、動いている人間に当てる必要がある。この練習がどれだけの成果を発揮できるかは疑わしいけど、ある程度狙ったところに当てられるようになっただけでも十分な上達だ。

 もう一度、手中のUSPを撃ったところで弾が切れた。胸部のホルダーから新しい弾倉を取り出そうとしたが、予備のそれが全てなくなっていることに気付く。ボトルにまだ弾は残っていたが、時間的にもそろそろ終わるのがよさそうだ。身の回りを軽く整理して、銃を二つともガンケースに入れると、僕はそのまま外へと歩を進めた。

「あー、終わった終わったーっと。……ん?」

 練習場を出ると、前方に真乃が寝転がっていた。いや、その表現は適切ではないかもしれない。彼女は地面に敷かれた黒色のマットに、うつぶせに寝そべる形で銃を構えていたのだ。

 L96AWS――オリーブ色をした、ボルトアクション式の狙撃銃(スナイパーライフル)だ。動力源(パワーソース)を電気に頼らないシンプルな構造を有するエアーコッキングライフルは、連射力こそ電動ガンに劣るものの、しかし弾道の安定性は競技用トイガンの中でも随一を誇る。

 彼女のライフルは、先端部に専用の二脚(バイポツド)が装備されていて、精密な射撃を補助していた。

 真乃は透明なタクティカルグラス越しに、銃の上部へ装着したサイドフォーカス式のスコープを真剣な面持ちで覗き込みながら、引き金を絞る。

 軽い空気の振動。二秒後、がいん、という間の抜けた音が耳に届いた。射線上、およそ五、六十メートル先にあるのは、銀色の鈍い光を放つ一斗缶だった。

 あれに当てたのか。有効射程ギリギリの標的にも難なく命中させる彼女の技量に内心で舌を巻く。二年もやっていれば当然なのかもしれないが、射撃技術が皆無の僕からしてみれば驚嘆に値する上手さだ。

 ボルトハンドルを引き、もう一度撃つ。――命中。さすがだ。

 浅く息をついた真乃は、いまになって僕に気付いたらしく、ゆっくりとこちらに顔を向けた。そこに先ほどまでの緊張感はない。

「あれ……陸斗、終わったの?」

「まあね。そっちも射撃の練習?」

「ゼロインの調整してたとこ。試合するのは久しぶりだから、一応やっておこうと思って」

 ゼロインとは銃の照準と着弾地点が一致した状態を指す用語だ。つまり、真乃は自身の銃を狙ったところにぴたりと当たるように調整をしていたというわけだ。

「スコープとか変えたの?」

「ううん。だけど、念のため。……でも、ホップアップの調整は弄らない方がよかったかなぁ」

 トイガンから発射される弾にはホップアップ機構によりバックスピンがかかっている。それに伴って生まれる揚力を利用することで飛距離を伸ばしていて、どれくらい回転をかけるかで弾道の伸びをある程度、調整することが可能なのだ。

「ホップ変えたら悪くなったのか?」

「んー、悪いってわけじゃないんだよ。いままでの設定も特にいいってわけじゃなかったしね。……でも、これはちょっと強すぎたかな。弱めよ」

 真乃はおもむろにライフルを裏返すと、ストックの裏側にあるホップアップの調整ダイヤルを少しだけ回した。

「いいのか? 折角あんな遠くで当てられてるのに」

「遠くに届くのは確かなんだけどね。ホップに任せて飛距離を稼ごうとすると、弾道が着弾点の手前で浮いちゃうから。そうなると、近くの相手に当てられなかったりするんだよ」

「……あぁ、確かに。なるほどね」

 回転によって得る揚力が必要以上に大きいと、極端に山なりな弾道を描くことになってしまう。その上下に生まれる『幅』が狙いを狂わせてしまうということだ。

 銃を元の体勢に戻してスコープを外す。彼女は再び寝そべり、一発撃って、弾道を確認した。

「陸斗、あの一斗缶、五メートルだけこっちに近づけてくれる?」

「あ、あぁ。わかった」

 唐突に頼まれて一瞬だけ驚いたけど、すぐに僕は一斗缶の方へと駆けていった。地面には距離測定のために、ひも式のメジャーが伸びている。缶が置いてあるのは射手から丁度六十メートル。僕の目算は間違っていなかったらしい。

「五メートルだなー?」

 大きめの声で確認すると、彼女は親指を上に突き出して応じた。地を這うメジャーを確認しつつ五十五メートル地点に缶を置いて、僕は脇によける。

 僕が射線から逸れたのを確認すると、すぐに真乃が射撃を再開する。三発ほど撃ったところで、口元に手を添えて新たな指示を出してきた。

「もう一回、五メートル近づけて」

 言われた通りに動かして、避ける。真乃が撃つ。彼女の指示が飛んできて、今度は五メートル遠ざける。スコープを着けて、また撃つ。的を近づけたり遠ざけたり、この動作が往復で四回を数えたとき、ようやく真乃の納得がいく調整になったらしい。

「オッケー。ついでにその缶、こっちまで持ってきてー」

 言われた通りに缶を持って真乃の元に戻ると、彼女は起きあがって伸び(ヽヽ)をした。

「ん、く……ふぅ。ありがと、陸斗」

 満足げに言う真乃の口元は自然と緩んでいた。調整が終わった彼女はいつだって機嫌がいい。同じチームにいた時点でこの作業には付き合わされていたから、それはよくわかっていた。

「どういたしまして。……これで今日は終わり、かな」

「そうだね。わたしの方はおしまいだよ。陸斗は? なにかやらなきゃいけないことある?」

「いや、特にない」

「そ。……じゃ、戻ろっか」

 彼女はL96の二脚(バイポツド)をたたむと、地面に敷いてあったマットの上に寝かせて、三つ折りに包んだ。彼女のガンケースは広げてマットとしても使えるタイプのそれなのだ。

「よいしょっ、と……」

 真乃は立ち上がり、小さく笑う。彼女の髪に反射する夕日が眩しくて、僕はそれを直視することができなかった。顔を背けた僕に向かって、彼女は穏やかに言う。

「なんだか、久しぶりだね」

 その言葉が明日の試合に対してなのか、いまこうして一緒にいることについてなのか、いまいちわからなかったけど、僕はただ黙って首肯した。

 ゆっくりと流れている静かな空気を、少しでも崩さないように。



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