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塗料が飛び交う戦場で  作者: 伊森ハル
第二章 半人前のつくりかた ―― The Hang of It
4/19

-01-

 僕達は校舎裏に設営された競技場(フィールド)へと来ていた。

 空の向こうから、管楽器のぼやけた音が降って来ている。校舎から離れているためか、グラウンドで練習しているはずの運動部の声はほとんど届いていなかった。

 肌にまとわりつく生ぬるい空気の塊と柔らかな陽光。それらが連想させる気怠さとは裏腹に、現在この場にはある種の緊張感が漂っていた。

 ――戦場だ。

 ここは紛うことなき戦場だった。再びこの領域に足を踏み入れたことを今更ながらに認識して、僕はひとり息を飲む。

「……それでは、始めるとするか」

 競技用の保護グラスをかけた白崎先輩の宣言が耳に入る。彼女の制服姿が、ここではまるで場違いだった。

 対する僕が着ているのは、競技用に作られた、戦闘服としては一般的な形のジャケットとボトムスのセットだ。柄は陸上自衛隊の新迷彩を模して作られているため、日本の森林に合わせた模様になっている。靴も動くのに適した頑丈なブーツに替えていた。

 上半身にはY字型サスペンダーを装備しており、それには同迷彩の弾倉嚢(マガジンポーチ)が左右に一つずつ装着されている。また、腰ベルトにはUSP(ハンドガン)が入ったホルスターを通していた。サバゲーの選手(プレイヤー)としては、そこそこ標準的な装備だ。

「伊坂。移動中にも言ったが、これから君の実力を見せてもらう。相手が相手だから勝つのは難しいかもしれないが……ひとまず、手は抜かずに頼む」

「わかりました」

 答えつつ、僕は軽く辺りを見回した。ゴーグルをかけてはいるせいで視界が多少狭まっているものの、グラスは透明だから見える色にさほど違和感はない。

 近場で目に付く主だった遮蔽物は、ベニヤ板で作られた壁やドラム缶など。どことなく小さいころに作った秘密基地みたいな印象を受ける競技場だ。自然の木々も障害物として取り入れられてはいるものの、数はさほど多くない。背丈の高い草などもなく、全体的に背景色としての緑は少なかった。迷彩効果はあまり期待できなさそうだ。

「どのみち、一対一じゃ関係ないか」

 つぶやいて、自分の得物へと目を落とす。

 僕が手にしている黒色のトイガンはM4A1カービンRISモデル。M4はアメリカ軍の特殊部隊を主とした世界の各部隊で使われている銃で、改良元であるM16アサルトライフルに比べて全長が短く、取り回しやすい。それに加えてハンドガード部にRIS――レイル・インターフェイス・システムが搭載されており、スコープやグリップなんかが各人の好みに合わせて装着できるようになっている。拡張・発展性に富んだ人気が高いモデルだ。これには二点スリングを付けているから、バッグのような形で肩に掛けられる。

「ヘイ、リクト」

 前方から声。顔を上げると、少し離れた地点に玉屋先輩が立っていた。はやく始めたくてしょうがないっていう感じだ。僕と誰が戦うかって話になったときも率先してやりたがっていたし、どうも好戦的な性格であるらしかった。

「なんですか?」

「マノと同じチームだったってことは、二年はやってんだろ?」

「まあ、一応はそういう計算になりますけど……」

「じゃ、実力は保証済みってワケだ」

 にっと歯を見せて、嬉しそうに笑う。ゴーグルのせいで口元以外から感情が読み取れない。先ほど部室にいたときと服装は同じだが、頭に被ったフリッツヘルメットが物々しさを増大させている。体格は僕とそう変わらないはずなんだけど、白い肌に金髪という特徴が相まって、なんだか外国の軍人みたいだ。

 先刻は空だったタクティカルベストのホルスターには回転式拳銃(リボルバー)と思しき銃が入っていた。距離も相まっていまいち判然としないけど、特徴的な滑り止め(チェツカリング)が施された銃把(グリツプ)の形から察するに、あれは(スミス)(ウェツソン)M29の初期型だろう。専用の薬莢(カートリツジ)にペイント弾を込める、エアーコッキング式のトイガンで、ゲームにおいては実戦向けというよりも趣味寄りの銃だ。

 彼が肩に担いでいる銃はAK―47。アメリカのM16やドイツのG3、ベルギーのFALと並んで称される世界四大歩兵銃のひとつで、実銃の方は開発後半世紀以上を経た現在でも未だ各国の紛争地帯で姿を見る、タフなアサルトライフルである。

 競技化に伴ってアサルトライフルの弾倉(マガジン)一つに対する装填数が軒並み四、五十発に減少している中、この銃は百二十発の弾を入れることができる多弾装マガジンを搭載可能だ。大容量バッテリーを初期内蔵しており弾切れの頻度が少なく、パワーも平均的なトイガンよりも高いため、弾幕の厚みを維持しやすい。初心者から上級者まで広く使用されている人気の銃である。

 標準ではアクセサリーの類はなにも装着されていないが、玉屋先輩の場合はアンダーバレル部にBG―15(グレネードランチヤー)がセットされていた。

 玉屋先輩は軽く腕の腱を伸ばしながら、僕に向かって言う。

「さぁって、久しぶりの一対一(ワンオンワン)だ。……全力でかかってこいよ、そうじゃなきゃ面白くねぇ」

「はぁ、全力ですか……。多分、五分もしたらそんな台詞は吐けなくなると思いますけどね」

 ため息と共に返した僕の答えを聞いて、彼は意外そうな表情を作った。

「へぇ……? ずいぶんな自信じゃねぇか」

「あ、いや、そういう意味じゃ……」

「ナギ! こいつスゲー余裕みてぇだぞ! さっさと始めようぜ!」

「ん? もういいのか。……それでは、始め」

「え? え? あ、あのちょっと、待っ――」

「ホントに五分もったら褒めてやるよ!」

 開始宣告とほぼ同時、玉屋先輩は手中のAK―47をこちらへ向け、引き(トリガー)を絞った。およそ銃には似つかわしくないほどに軽い独特の駆動音が発せられ、銃口から弾が吐き出される。

「って! いきなり、ですか!」

 僕はどうにか射線から外れ、手近にあったドラム缶の影に隠れた。ことサバゲーにおいて、遮蔽物を利用するのは基本的で重要な戦術だ。

 発射された弾は僕の軌道を追うように地面やドラム缶に当たり、水っぽい音と共に着弾点を赤く染めた。

 現在のサバイバルゲームは従来のプラスチック製BB弾ではなく、特殊な速乾性の塗料が詰まったペイント弾を使用するというルールになっている。自然由来の色素から作られたものだから、環境にも害はない。

「……チッ、かわしやがったか」

 銃撃が中断され、微かな苛立ちを含む舌打ちが聞こえた。次いで、砂地を擦る足音が響く。

 近づいてくる気か。頭を少しだけ露出させて、相手の様子を窺う。

 だが、視界の中に敵影はなかった。

「え?」

 予想していなかった展開に狼狽しかけるが、すぐに思い直して後方へと飛び退く。同じ場に留まり続けるのは明らかに危険だ。

 案の定、銃撃音が聞こえ、いままで僕がいた地点に数点の赤い弾痕が生まれた。間一髪。

「ほらどうした、逃げてばっかじゃ勝てねぇぞ! かかってこいよ新入部員(テンダーフツト)!」

 声がしたのは左方。僕が隠れている間に回り込まれていたらしい。

「よし、来い!」

「く、……そぉっ!」

 悲鳴にも似た声を出して僕は『右』へ方向転換し、全力で走りだした。

「――って、オイ! また逃げんのかよ!」

 落胆したような叫びが聞こえ、その後を追うように発砲音が耳に届いた。しかし弾丸は僕の足下にすら届かない。

 敵に背を向けるなんてのは本当の戦争だったら自殺行為なんだろうけど、生憎とこのゲームでは銃の射程に限界がある。動く標的に狙って当てられる距離は、長くて三十メートル程度。接敵時点での距離にもよるが、数秒もあれば逃げることは可能だ。

 前方に見えた木板の壁に身を隠し、相手方を伺う。

 見たところ玉屋先輩の実力はかなりのものだ。面と向かって戦うのは無理がある。であれば、方法はそう多くない。

 僕だってただ意味もなく逃げ回っているわけじゃない。時機を待っているのだ。

「おいおい、これじゃfight(勝負)じゃなくてhunt(狩り)じゃねぇか。どっちもgameに違いはねぇけど、向かってこなくちゃ張り合いがねぇよ。What's your game(なにをたくらんでやがんだ)?」

 相手の射撃は丁寧とは言い難いものだ。狙いこそ外れてはいないものの、一度にばらまく弾数は多い。よく言えば豪快で、悪く言えば雑。

「あー、隠れてる奴探すのって苦手なんだよなぁ。面倒だし……」

 なら、その荒さを突けばいい。

 意を決した僕は物影から飛び出した。全力で地を蹴り、相手の視界を横切る。

「なっ!? この、急に、出てきやがって!」

 泡を食った玉屋先輩は手中の銃をこちらに向けて発砲する。

「うわッ!? っと、危なぁ……」

 が、遅い。すでに僕が過ぎ去った後の空間を弾丸が虚しく通過する。余勢を殺さず、前方の壁に滑り込んだ。……まだ足りない、もう一度だ。

「おいおい、動いたのはいいけどよ、結局戦わないんじゃ――ッ、またっ……!」

 間髪を入れずに動き出す。物影と物影の間をなるべく最短で移動するように心がける。得てして人は予想外の展開に弱いものだ。意表を突くことができれば、ほぼ確実に相手は動く。

 玉屋先輩の反応速度は随分とよく、僕が動いた軌道を追うように弾が迫ってくる。

 不意打ちが成立するのは突拍子もない行動に相手が慣れるまでだ。いまのように逃げ回っていても、いつかは必ず仕留められる。

 ただ今回は、運は僕の方に傾いたらしい。

 相手の死角に入る瞬間に見えた射撃の後半、ほんの数秒ではあるが、駆動音が聞こえているのに弾が発射されていない時間があった。これがなにを意味するのかは考えるまでもない。

 弾切れだ。

 ――いましかない。

 再装填(リロード)には少なからず時間を要する。防戦一方の体勢を取っていたこちらにしてみれば願ってもない好機。生じた時間の空隙に合わせて僕は突撃を敢行した。

 果たして予想は的中する。視界に入った玉屋先輩はまさに新しい弾倉(マガジン)をベストのポーチから出しているところだった。

Shit(クソッ)!」

 さすがと言うべきか、相手の判断は早かった。すぐさま手中の弾倉を足下に落とし、AKの銃身下(アンダーバレル)部に装着されたBG―15(グレネードランチヤー)に手を掛ける。

「もっ、もらった!」

 焦りから体勢を崩しかけるが、それでも僕はライフルを前方に突き出し、引き金を絞った。一拍おいて相手の武器が僕を捉える。

 一瞬の差。機先を制したのはこちらだった。

 振動が手に伝わり、弾が次々と撃ち出される。赤色の塗料が詰まった弾丸は一直線に標的の頭上へと飛んでいった。

「あっ」「……は?」「うん?」「……あぁ、やっぱり」

 その場にいる誰もが、間の抜けた声を上げた。真乃だけは諦めたように額を抑えていたけど。

 戦闘中である玉屋先輩でさえ戸惑いを露わにしている。しかし、相手の攻撃動作が中断されることはなく――

「しまっ……!?」

 ――大きな破裂音が、肌を震わせた。

 BG―15。

 小銃の銃身下部へ装着が可能な携行型グレネードランチャー。発射用のガスと一緒にペイント弾を詰めた、特殊な砲弾型カートリッジを装填して使用する、高威力・広射程の副兵装だ。

 シャワーのように大量のペイント弾がこちらに殺到する。回避する余裕もなく、僕はその半数以上を身体で受け止めることになった。腕に、胸に、腹に、衝撃が発生する。

 直後、甲高いブザー音が短く鳴り、同時に錠を閉めたときのような硬質音が聞こえた。

 戦死(ヒツト)だ。

 このゲームで使用する戦闘服――ジャケットにボトムス、タクティカルベストなど――には特殊な感知器が付けられており、ゲームに使用するペイント弾の塗料が付着するとそれに反応して戦死(ヒツト)報告(ブザー)が鳴り、ジャケット腰部に備え付けられた小型発信器から無線信号が発信され、使用している武器がロックされる。これが命中の判定となるわけだ。武器が使用不可能になるため、戦死してからも戦場に居座り続けるという、いわゆるゾンビ行為はおおよそ不可能となっている。

(いた)ぁ……」

 勢い余って地面に倒れ込んだ僕の口から、情けない呻き声が漏れた。

 かろうじて守りの薄い顔は腕で防御したものの、服の上からでもやはり着弾の衝撃は来る。弾速に制限がかけられているし戦闘服の材質による衝撃の軽減があるとはいえ、これだけの至近距離で多数、しかも同時着弾ともなればさすがに痛い。

 そんな僕を当惑した様子で眺めながら、玉屋先輩がようやく重い雰囲気を破ってくれた。

「……ヘイ、こいつはどういうことだ。マノ?」

 問いかけられた真乃は諦めたような表情で僕を眺めつつ、答えた。

「正直、こうなるだろうなとは思いましたけど」

「でもよ、二年間の経験(キヤリア)があるってのは? 言っちゃ悪いが、あの距離で外すってのは……」

「はっきり言ってもいいですよー。雑魚(ザコ)いって」

 はっきり言い過ぎだった。

 僕がサバイバルゲームの経験者であるにもかかわらず、サバゲー部への加入を渋った理由の一つに、これがある。

「陸斗が言ったのは嘘でもなんでもないんですけどね。ちょっと語弊があった……って言えばいいのかなぁ……?」

「ゴヘー?」

 そう。

「要するにですね……」

 僕は嘘をついてなんかいない。かつて真乃と共にサバイバルゲームのチームに所属していたのはもちろんのこと、二年間そこで活動していたのも事実だ。ただ――

「つまり、弱すぎるんですよ。陸斗って」

 ――ただ、僕は自分でもびっくりするくらいに弱かったのだ。

「五分経ったらって、そういう意味で言ったのかよ……」

 呆れ半分、驚き半分といった調子で発せられた玉屋先輩のつぶやきが胸に突き刺さる。

「ま、もし陸斗が『叩きのめしてやるぜ』みたいな意味で言ってたんだとしたら引くけどねー。その実力でなに言ってるんだかって」

 その傷口をさらに抉ってくれたのは真乃だった。

「わたしと同じチームでやってたときも、すごく弱かったもんなぁ……」

 注意していなければ聞こえないほどの小さな声で彼女は付け足したけど、完全に聞こえてた。僕を傷つけようとしてるのか傷つけまいとしてるのかがまるでわからない。

「こうなるのは、僕自身わかってたけど……」

 実を言えば、僕はいままでに相手を倒したことが数えるくらいしかなかった。今回は玉屋先輩と一対一での対戦で、他者の参戦があり得ない状況だからこそもう少しで勝てるところまでいけたけど、実際の試合じゃこうはいかない。

「あそこまで条件が整えば、勝てると思ったんだけどなぁ」

 弾切れまで動かなかった理由――正面から戦って勝てるわけがないというのだって、なにも玉屋先輩に限った話ではなく、真乃と一対一で勝負しても勝てるかどうか怪しかった。

「体力はあるはずなんだけどねぇ、どうしてこんなに弱いんだか」

 真乃の言う通り、僕は身体能力に限って言えば悪くなく、体力は人並み以上だ。

 ただ、戦闘に関する技術がまるでない。こればっかりは経験を積んで覚えるしかないんだけど、僕が前線に出張るとすぐにやられてしまうから、いつまで経っても磨きがかからないのだ。

「あ、一応言っておきますけど、わたしも嘘はついてませんよ? 陸斗はゲーム経験者だし、たぶん、この部に必要な戦力です」

「ふむ」

 それまで黙り込んでいた白崎先輩が、つかつかとこちらに歩いてくる。漆黒のポニーテールが、歩調に合わせて左右に揺れていた。僕の側に立った彼女は鋭い目つきを幾分か緩めて、これまでより数段柔らかな声で僕に話しかけてきた。

「その、なんだ、伊坂。……選手の善し悪しは、単なる戦闘能力で決まるものではないぞ?」

「その接し方やめて下さい死にたくなるから!」

「大丈夫だ、日浦の言葉を私は信じる。君はきっと私達に益をもたらしてくれるはずだ。まずは立て、いつまで伏せているわけにはいかないだろう?」

 腫れ物に触れるような優しい視線が逆に痛い。先の二人みたいに率直な感想を述べてくれた方がまだ気が楽だった。

「あぁ……あの、あれだ。そろそろ時間も遅いし、ひとまずは部室に戻るとしよう」

 取り繕うような白崎先輩の言葉に空を仰ぐ。確かにもう夕暮れ時に入りかけていた。

「ほら、立ちなリクト。戻んぞ」

「……どうも」

 玉屋先輩に手を借りて起きあがる。運動部の人間にしては掌の皮が柔らかい。トイガンを使った練習はあまりしないのだろうか?

「なにボサッとしてやがる。さっさと行くぞ」

「は、はい。すみません」

 どうでもいいような細かいところに思考を巡らせてしまうのも、僕の悪癖だ。すでに校舎へと戻り始めている真乃達の背中を、僕は小走りで追いかけた。


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