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陸斗に入部してもらいたいんだよ、と僕の眼前に立っている女子、日浦真乃は言った。
「入部?」
正直いって意外だった。どんなろくでもないことに付き合わされるのか、恐々としてたのに。
「そう入部。部員の数が足りないみたいでさ、このままだと廃部になっちゃうんだって。で、陸斗なら引き受けてくれるかなって。ですよね、白崎先輩?」
疑問系で発しつつ、背後に顔を向ける真乃、その先にはポニーテールの女生徒がいた。白崎先輩と呼ばれた彼女は黙したまま首肯する。それを見て、僕は真乃へと視線を戻した。
「そりゃ、別に入部するくらい構わ……」
答えかけて、止まる。確かに部活に入るくらいはやぶさかではない。僕はまだなんの部活にも所属していないし、なにより旧知の仲である真乃の頼みだ。そう無下にもできない。
ただ、問題なのは――。
「どうしたの?」
「いや……そもそもさ、ここはどんなことやってる部活なのか、聞いてないんだけど」
僕はまだ、ここの活動内容を知らなかった。なにも知らないままに判断を下すことはできないのはもちろんだが、それに加えてちょっとした疑念もある。
真乃がここまで強引な手段を取って僕を加入させようとした部活とは、なんなのか。
いくらなんでも僕が参加を快諾するような部へと勧誘するために、拉致なんて方法を使うわけがない。となれば、まともな部ではないか、あるいは、僕が入るのを躊躇する類の部だということになる。
「いきなり連れてこられて『入部して欲しい』なんて言われても、困るっていうか……」
「え? ……もしかして、わかってなかった?」
対する真乃は疑問顔で問い返してきた。むしろなにを持って僕がわかっていると思ったのか。
彼女は昔から説明を入れるよりも先に行動を取ろうとするし、取らせようとする節があった。なにかにつけて積極的な性格をしているから、それが彼女の性分と言えばそれまでだけど、いかんせん伝達される情報量が少ないものだから、こういう時には具合が悪い。
「ん……あぁ、そっか、まだ見てないもんね」
一人で納得したようにうなずいて、真乃は背後へ顔を向けた。
「……玉屋先輩、ちょっと」
「おう、どうした?」
声をかけられて、反応したのは先刻のテロリスト(冗談)だった。真乃はその玉屋先輩とやらを呼び寄せて、僕の正面に立たせる。
その容姿でまず最初に目を引いたのは、男子にしては少々長めの金髪だった。染めているのかとも思ったけど、地肌が日本人にはあまり見られないような白さを有しているところから察するに、いわゆる白人系の血が流れているのだろう。
頭部にはスキーなんかで使うような形のゴーグルが装着されていた。部屋が暗めなのも相まって薄曇りのレンズに隠された目は窺えないが、しかし口元から彼が笑っていることがわかる。
学校の中でゴーグルを掛けているというだけでも十分おかしかったけど、視線を下げるにつれて、その風貌は特異さを増していった。
「これでわかった? 陸斗?」
「真乃。まさか……ここ、って」
つくづく嫌な予感とは当たるものだ。諦観にも似た思いを抱きながら、呆然と僕はその格好を眺めていた。
そこに立つ玉屋先輩が着ているのは、紛れもない戦闘服だった。砂のようなカーキ色を基調とした、マルチカムタイプの迷彩柄。胴に装着されたタクティカルベストが、物々しい雰囲気を纏わせている。
自分の考えが間違っていることを願いながら、しかしある種の確信に基づいて、僕は頭に浮かんだ部活の名前を口にする。
「ここって……もしかしてサバゲー部?」
わかりきった答えを発した僕に、玉屋先輩は指を鳴らして、人さし指をこちらに向けた。
「That's right(大正解だ)」
そうして唇を微かに湾曲させ、やたらと堂に入った発音でそう言ったのだった。
サバイバルゲームというスポーツがある。
鉛弾の代わりにプラスチック弾を撃ち出す、いわば玩具の銃であるトイガンを引っさげて戦場を駆け回り、設定された勝利条件の達成を目指して戦う競技だ。一昔前までは知名度なんてたかがしれたものだったけど、最近では少し事情が違ってきている。
変革が起きたのは数年前。
それまでのサバゲーの立ち位置、つまりマイナーなスポーツだとか、危険だとかいう認識を覆すべく、関連物品――トイガンや戦闘服、その他小物類――を販売している企業が結託し、様々な宣伝を始めたのである。徹底したマイナスイメージの払拭が功を奏し、最終的には法・条例の改正による規制緩和にまでこぎつけた。
イーストサークルという名称で誕生したその連盟が主催した、中高生を対象とする大会がそもそもの発端と言えるだろう。もちろんながら野球やサッカーのような運動の筆頭格とも呼べる競技に比べればまだまだではあるが、それなりに競技人口は増えた。そして、この競技が市民権を得ていくにつれて、いわゆる『サバイバルゲーム部』というものが方々の学校で設立されるようになったのだ。
「――では、君の答えを聞かせてもらえないか、伊坂陸斗君」
静まり返った部室に、芯のある声が響く。
声の主は正面に座っている、射るように鋭い目つきをしたポニーテールの女子、白崎凪先輩だ。彼女自身にそんなつもりはないのだろうけど、切れ長の目でじっと見られるとなんだか尋問でも受けているような気分になる。
「手荒な手段に踏み切ったのは謝る。私が指示したことではないにしろ、部長として、部員の暴走は私に責がある。すまなかった。……ただ、部員が増えないと、困るのも事実なんだ」
「さっきマノが言った通りだ。明日までに最低でもあと一人。それができなけりゃ、この部はオシマイってワケさ」
玉屋先輩が横から補足を入れてくる。白崎先輩がそれにうなずいて、二の句を継いだ。
「日浦が言うには、それなりの経験者だそうじゃないか」
「いや、そりゃ確かにサバゲーはやってましたけど……」
「そうなんだろう? なら、丁度いいんじゃないか? 君はその実力を存分に振るえるし、私達の部は存続できる。……どうだ、利害関係はこれ以上ないほどに一致しているだろう?」
僕が肯定の意を示した瞬間に、ねじ込むように論を展開する。追弁の隙を与えてくれない。
「……こちらにも後がないんだ。何名かいた仮入部者も他の方に流れてしまったし、いまから新規層を取り込むことも難しい。他にツテがない以上、君が最後の望みということになる」
困ったように小さく口元を下げ、白崎先輩は僕をじっと見据えてくる。
「改めてお願いしたい。……人助けと思って、ここに入部してくれないか?」
彼女らはなにがなんでも僕を入部させたいらしい。向こうにしてみれば部が消えてしまうかどうかの瀬戸際だから仕方ないのかもしれないけど、どう考えてもそこらの悪徳商法とやり口が一緒だった。壺でも売れば確実に一財産築ける。
どう答えたものか、僕が言葉を探すのに手間取っていると、
「――あれ?」
いままで静観を決め込んでいた真乃が、出し抜けに声を上げた。
「どうした、日浦?」
「いや、ちょっと思い出したんですけど……。ね、陸斗」
「なに?」
「わたし達が陸斗を捕まえようとしたとき、サバゲー部の部室の前にいなかった?」
「それは……」
相変わらず、彼女は痛いところを突いてくる。
「なんて言うか……ちょっと迷ってたんだよ、このまま続けるかどうかさ。で、やっぱり帰ろうかと思ったところで捕まったんだ」
できるだけ表情には出さないように努めたけど、そう答えた僕の唇は、きっと苦々しげに歪んでいたことだろう。昔からポーカーフェイスは苦手だ。
真乃にもそれは伝わってしまったようだった。付き合いの長さが、いまは逆に煩わしい。
「……もしかして、迷惑、だった?」
眉尻を下げて、彼女は不安げに問うてくる。
「う……」
――あぁ、もう。どうしてそんな顔するんだよ。
目の前にいる少女がどれだけ他人に気を遣う人間であるかを、僕は知っている。……今日いきなり拉致を敢行したときみたいにやり過ぎることも、相手の都合を考慮に入れず空回りすることも多々あるけど。
それでも、おおよその場合において、彼女の行動原理の根幹に存在しているのは他者を助けたいと思う気持ちだ。この分だと部に入ったのだって、きっと先輩達が困っているのを見かねたからだろう。
そして、強引にでもこの部に僕を入れさせようとしているのも、おそらくは他者(ヽヽ)の抱えている問題を解決したいと思っての行動だ。
「……はぁ」
浅く息を吐いて、僕は顔を上げる。
「いいですよ。入部します」
僕の答えを聞いた真乃の顔がぱっと明るくなった。僕はそれを見て小さく苦笑する。
「どうせ嫌だっていっても、聞かなさそうですしね」
つくづく男って単純だよな、と思う。いや、単に僕がお人好しすぎるだけかもしれない。
「そうか、よかった……。早速ですまないがこれに記入を頼む。気が変わらないうちに、な」
「わかりました」
白崎先輩が出してきた入部届を受け取って、必要な事項を記入していく。それが済むなり手を打って声を上げたのは玉屋先輩だ。
「Yeah! これでお前はめでたくウチの仲間だ。改めてようこそ、日向原高校第三サバゲー部『ドッグフェイス』へ!」
「君のおかげで助かった。ありがとう、伊坂」
安堵の色を声調に滲ませながら、白崎先輩が静かに言った。彼女が頭を下げるのに連動して、長めのポニーテールが揺れる。
面と向かってお礼を言われるのにもなんだか恥ずかしいものがあったし、状況に流されるまま入部したと思われるのも悔しかったから、僕はちょっとだけ言い返してやることにした。
「まだわかりませんよ? やめようと思えば、僕はいつだって退部できます。いまだけ入部するって言っておいて、明日から来ないことだって可能ですしね」
しかし、白崎先輩は僕の反撃をものともせず、むしろ薄笑みをたたえて、
「ふむ、それはどうかな?」
「――え?」
僕がいましがた書き終えた入部届をこれ見よがしに揺らしながら、勝ち誇ったように答えた。
「仮にここから逃げたとしても、君が痛手を被るだけだぞ?」
「ど、どういう意味ですか?」
「そうだな。そんなことはあり得ないと思うが、仮に君がこの部を辞めようというのなら……」
なんだか妙にもったいぶった言い方をする。だけど関係ない、僕は少しでも強気に見せるために、鼻で笑ってから聞き返した。
「そうなら、どうなるって言いたいんですか?」
「明日の朝には君の通称は『変態』か『色情魔』のどちらかになるな。新聞部に所属している友人にあることないこと吹き込めば、校内新聞の号外として大々的に取り上げてくれるだろう」
「は?」
彼女の口から出てきた突拍子もない単語に、一瞬だけ思考が停止した。
「な……なにを、言って」
「これがその『証拠』だ」
反駁しようとした僕の鼻先に、一枚のポラロイド写真が突き出された。主張を遮られたことに腹を立てる余裕もなくなるほどに、僕はそれに見入ってしまった。思わず息を飲む。
写っているのは、二人。
「言っておくが、ばらまく用意はすでにできているぞ?」
僕の幼馴染み、日浦真乃と――その胸に手を押しつけている僕だった。
「明日から女子の冷たい視線を受けつつ楽しい学校生活を送るがいい」
「是非とも入部させていただきます!」
もうダメだ、降伏しよう。最初から僕に勝ち目はなかった。
ふっと目を細めて、白崎先輩は諭すような口調で言う。
「物わかりがいい人間は嫌いじゃない。……利口だな、君は」
褒められてるんだろうけど、全然嬉しくなかった。
なんだここ。真乃や玉屋先輩といいこの人といい、どうしてこの部には悪役しかいないんだ。さっき手荒な手段に出たのは謝るとか言ってなかったか。舌先三寸か。
「まあ、なんにせよ」
彼女、白崎凪先輩は僕に目を合わせ、その顔に艶然たる微笑を浮かべた。
「私達は君を歓迎するよ、伊坂陸斗君?」
それを眺めながら僕は、ぼんやりと、まるで他人事のように思うのだった。
やっぱりあの感触は胸だったんだなぁ、と。