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魔法少女♂ディアスペード

作者: 古月むじな

話にやや唐突なところがありますがご了承ください。


「チキショーッ! 何が『夏祭り』だァ!」

 とある路地裏に怪鳥音じみた絶叫が響く。そこには壁に貼られた夏祭りのポスターに正拳突きをかます、つむじ風を頭に載せたような髪形の軍服を着た青年がいた。

「こちとら見ず知らずの上司のために365日休日出勤有給無しなんだよクソッタレがァァァ! 踊ることも見ることもできねェ奴のことをちったあ考えやがれ歌留多ヶ丘(かるたがおか)商工会の皆さんよォォォォ!」

 壁からポスターをひっぺがし、ぐしゃぐしゃに丸めてみたりびりびりと破いたりするその姿は不審者そのものだったが、人気がなかったため通りすがりの人に通報されりことはなかった。

 彼の名はストレート・J。人の心の闇から生まれた悪の帝国『ノムカウーツ』の誇る三幹部の一人である……のだが、今の彼からはそんな威厳は一切見られなかった。

「ハァ、ハァ……クソッ、メチャクチャにしてやる、何もかもなァ!」

 ボロボロになったポスターをぐしゃりと踏みつけ、ストレートは忌々しげに宣言する。

 この痛々しい青年が、本当に夏祭りを阿鼻叫喚の地獄絵図に変えようとは誰が予想できただろうか……




「お兄ちゃーん! 綿あめ買ってぇ!」

「射的やろーよ! あのでっかいぬいぐるみ欲しい!」

「わかったから落ち着け……そんなに急がなくても、屋台は逃げん」

 男子高校生樹剣(きつるぎ)皐月(さつき)は、妹たちを連れて夏祭りにやって来ていた。

「わたしはあのゴーファイターズの袋の綿あめね!」

「ははん、癒理(ゆり)はまだまだコドモだなーっ! 小四にもなってハイパー戦隊の袋が欲しいんだ!」

「そーゆー寿祢(じゅね)ちゃんだって! 小五にもなってぬいぐるみなんて、幼稚じゃないのぉ?」

「何をーっ!?」

「何よーっ!」

「喧嘩はよせ……俺から見りゃ、どっちもコドモだ」

「「(お)兄ちゃんは黙ってて!」」

「……………………」

「じゅねとゆり、さつきと全然似てないコロね……?」

 皐月の持っていたiPhoneの画面から、耳の長いぬいぐるみのような小動物が頭を出す。まるでアニメのような光景だが皐月はまったく驚かず、妹たちに聞こえないように囁いた。

「本当に……誰に似たかわからないほど元気な奴らだよ。でも、可愛い妹たちだ」

「コロ……さつきはいもうとが大好きコロ?」

「当たり前だ。妹が嫌いな兄貴がどこにいる」

 先日髪を切り損ね、直線になってしまった前髪。後ろ髪を刈り上げているので、髪型がおかっぱっぽくなってしまったのは否めない。それを除けば、そこそこイケメンな部類に入るような顔立ちをしている……樹剣皐月はそんな十七歳だった。

 そして、彼のiPhoneに取り憑くこの小動物はコロロ。人々の夢や希望から生まれた光の王国『アミューランド』の妖精で、皐月にとある力を与えた張本人である。

「コロロはきょうだいいないからよくわかんないコロ。コロロもおにいちゃんやいもうとが欲しいコロ」

「……いつかできるといいな、兄弟」

 コロロの家族はノムカウーツの尖兵たちによって封印されていることを知っている皐月は複雑な気持ちでコロロの頭を撫でた。

「できるコロ! だから早くノムカウーツを倒してみんなを助けるコロ!」

「兄ちゃん、さっきから誰と話してんの?」

 と、いきなり寿祢がiPhoneの画面を覗き込んでくる。慌ててコロロは画面の中に引っ込み、iPhoneの壁紙のフリをした。

「友達……だよ。そいつもこっちに来てるらしくて、合流できないか、って話してた」

「友達ぃ!? 兄ちゃん友達なんていたの!?」

 寿祢が信じられないといった顔で皐月を見る。

「いや……そりゃいるに決まってるだろ。いないと思ってたのか、今まで」

「兄ちゃん、いつも一人で通学してるし。家に誰も連れてこないし」

「家が近い奴がいないんだからしょうがないだろ」

 それに家に連れてくると、この元気すぎる妹たちとそれとは別の意味で厄介な姉がちょっかいをかけてきて遊ぶどころではなくなる気がしている皐月だった。

「お兄ちゃーん! 寿祢ちゃーん! あっちでお神輿やってるってー! 見に行こーよー!」

 少し離れたところから、癒理が綿あめをかじりながら手を振っている。

「お神輿だって! 行こう兄ちゃん!」

「お、おう……」

「さつきのいもうとは本当に元気コロ」

 寿祢に手を引っ張られる皐月を見てコロロはクスクス笑った。




「神輿か……ちょうどいい」

 電柱の上に立つストレートが今まさに担ぎ出されようとしている神輿を見つけにやりと笑う。

「ダークチップ! 心の闇を映し出せ!」

 ストレートがどこからともなくコインのようなものを取り出し、神輿へ投げつける。

「生まれろドボーン! 世界を闇の淵に叩き落とせェ!」

 神輿にぶつかったコインはそのまま神輿の中に沈み込み、同時に神輿がガタガタと一人でに動きだす。

「な、なんだぁ!?」

「神輿が勝手に動いてるぞ!?」

 神輿を担ごうとしていた担ぎ手たちがこの奇妙な光景に狼狽える。神輿は宙に浮かび上がったかと思うとどんどん大きくなり、怪物じみた姿に変わっていく。

『ド~~ボ~~~~~~ン!!』

 神輿は闇の怪物『ドボーン』に変身し、手当たり次第に暴れだした。

「み、神輿が化け物にー!?」

「早く逃げろぉ!」

「ヒャハハハハ! やれドボーン! 夏祭りをメチャクチャにしちまえー!」

 ストレートをドボーンに飛び乗りドボーンを指揮する。ドボーンたちが通った跡は、屋台も神輿もみんなメチャクチャに破壊されていった。




「キャー!」

「うわああああああ!」

「…………悲鳴? 何かあったのか……」

 神輿が通る道に向かっていた皐月たちは、前方からの悲鳴で足を止めた。

「ねえおじさん、何かあったの?」

 癒理が逃げてきた男性に声をかける。

「み、神輿の化け物が暴れてるんだ……! 君たちも逃げたほうがいい!」

「化け物ぉ?」

 寿祢がすっとんきょうな声をあげる。

「何それ、ジョーダンにしてもつまんないよ」

「冗談じゃない、本当だ!」

「さつき……」

 コロロがiPhoneから顔を出して皐月を呼ぶ。

「わかっている。きっとドボーンの仕業だ」

 皐月は頷き、妹たちを歩道の端に寄せた。

「俺が様子を見てくる。お前たちはここで待ってろ」

「えーっ!? あたしも見たいーっ!」

「我慢しようよ寿祢ちゃん……本当に化け物だったら、わたしたち捕まって食べられちゃうかも」

 駄々をこねる寿祢を癒理がたしなめる。

「むむぅ……しょーがないなあ。兄ちゃん、もし本当に化け物だったら写メ撮ってきてね!」

「お、おう」

 本当に、この妹のたくましさは誰由来のものなのだろう。

「撮れたらな……危なそうだったらさっさと逃げるさ」

「むぅーっ、兄ちゃんのヘタレ!」

「寿祢ちゃんったら……」

 ワガママな妹とそれをたしなめる妹を放って、皐月は騒ぎの方へ走り出す。

「さつき、変身するコロ!」

「そうしたいところだが……これだけ人が多いと見られてしまうな。だが、やるしかない」

 皐月は辺りを見渡し、おそらくは案内所か何かだったであろう無人になった仮設テントを見つけ、その中に入った。

「ここなら誰にも見つからないコロ?」

「そうであることを祈るしかないな……よし、変身するぞコロロ」

「コロ!」

 皐月はiPhoneを取り出して天に掲げる。

「ミスティチェンジ、ディアマイソウル!」

 皐月はiPhoneに表示されたコロロの顔のアイコンをタッチし、さらに現れたスペードのマークをフリックした。

「現れろ、剣のスート!」

 iPhoneからスペードのアイコンが大きな光の壁となって飛び出し、皐月の身体を突き抜ける。

 光に包まれた皐月の身体は、十七歳の身体から十四歳程度の身体に幼くなり、さらに髪が伸び、体つきが少年のものから少女のそれへと変わっていく。

 皐月が今まで来ていた服は粒子状に分解され、今の身体のサイズに合ったロリータチックなものに再構成される。傘のように膨らんだスカートとそれをカバーするふわふわのパニエ、上はドレスのように胸が開いたパフスリーブ。スペード型のブローチで留められた大きな青いリボンが胸元を飾る。

 夜空のように黒いロングストレートの髪、海のように真っ青の瞳。青色を基調とした衣装に身を包んだ彼――否、彼女はもはや『樹剣皐月』ではない。

「行くコロ、スペード!」

「ああ!」

 彼女は一飛びでテントを飛び出し、暴れている神輿ドボーンの前に降り立った。

「闇を切り裂く疾風の剣! 魔法少女、ディアスペード!」

 手刀で×の字に切る仕草をし、侍が半身で刀を構えるようなポーズをとって、彼女――ディアスペードはそう名乗った。

 説明しよう! 樹剣皐月は男の身でありながら、魔法の紋章『ディアスート』の力が宿ったiPhoneを使うことにより魔法少女ディアスペードに変身することが出来るのである! ノムカウーツによって侵略されようとしているこの世界を守るため、彼もとい彼女は日夜ノムカウーツと戦うのだった!

「へっ、来やがったな魔法少女」

 ドボーンの上のストレートが忌々しげに呟く。

「やれドボーン! そいつを踏み潰せェ!」

『ドボ~~~~ン!』

 ドボーンが不気味な鳴き声をあげ、ディアスペードに向かって突進する。

「スペード、来るコロ!」

「わかっている!」

 ディアスペードは拳を握り、向かってきたドボーンの顔面に正拳突きした。

「スペード……パアアアアンチ!」

『ドボッ!』

 しかしパンチは軽々と受け止められ、もとは担ぎ棒であったであろう腕で弾き飛ばされる。

「ぐッ…………!」

「スペード、しっかりするコロ!」

「ドボーン! あのオンナをズタズタにしろォ!」

『ドボボォ!』

 地に這いつくばるディアスペードにドボーンの魔の手が迫る。

『ド~~~ボ~~~!』

 ドボーンは深く息を吸い込むとその巨体をさらに大きくし、ディアスペードを踏み潰さんと飛び上がった。

「くそ………………!」

 ディアスペードも立ち上がって逃げようとするが、間に合わない。

「ヒャハハハハァ! 魔法少女せんべいのいっちょあがりだァ!」

「くっ……」

 ストレートが笑い、ディアスペードが目を瞑ったそのとき。

「ハアアアアト、バリアアアアアアアア!」

『ドボッ!?』

 突如ディアスペードの前にハート型の光の壁が現れ、ドボーンの攻撃をギリギリで防いだ。

「なんだとッ……!?」

「コロロ……お前……!」

 バリアを張ったのはコロロだった。ディアスペードの前に仁王立ちし、懸命に光の壁を維持している。

「コロ……今のコロロじゃバリアは長持ちしないコロ……! スペード、今のうちに早く……ッ!」

「…………ああ!」

 ディアスペードは頷き、両手のひらに気を込める。

「はああああ…………ッ!」

 やがて両手を中心に小さな竜巻が現れ激しく渦を巻いたかと思うと、それは青い刃先の刀へと姿を変えた。

「轟け! ウィンディブレード!」

 風の刀ウィンディブレードを手にしたディアスペードは大きく跳躍し、ドボーンのさらに上空で静止した。

「不浄な闇を吹き飛ばせ……!」

 ディアスペードはウィンディブレードの刃先をドボーンの顔の正中線に定め、大きく振りかぶった。

「スペード、スラッシュストリイイイイイイイム!!」

 振り下ろされたウィンディブレードから一筋の風の刃が生み出され、風圧と共にドボーンの身体をすり抜けていく。

『ド…………ドボ~~~~~~~~ン!!』

 ドボーンの身体は真っ二つにされ、断末魔の悲鳴を上げながら爆発する。爆風の中からドボーンの元になった神輿が無傷のまま現れ、地面に落下した。

「チッ! 今日はこの程度にしといてやるよ! 覚えてろ!」

 間一髪で爆発から逃れたストレートが、ディアスペードに捨て台詞を吐きながらどこへともなく去っていった。

「やったコロ! ドボーンを倒したコロ!」

「ああ……」

 ディアスペードは変身を解いて皐月に戻り、ぴょんぴょん飛び跳ねるコロロに近づいた。

「なあ、さっきのあれって……」

「コロ!? ……あ、あれは『ディアハート』に教えてもらったコロ! 今まで隠しててごめんコロ~」

 慌てたように手を振るコロロを拾い上げ、「……そうか」ととりあえず頷いた。

 ディアハート。皐月がディアスペードになる以前にノムカウーツと戦っていた魔法少女であり、コロロいわく元パートナーである。

 ノムカウーツの三幹部の一人、フルハウス・Kにディアスートもろとも封印されてしまい、戦うことが出来なくなってしまった、とコロロに訊いていたが……

(…………もしかして)

(ディアハートの正体は…………)

「さ、さつき! あれは何コロ!?」

 思考はコロロの声によって遮られた。コロロの指す方を見ると、そこには無人のりんご飴の屋台があった。

「あれは……りんご飴だな。りんごを飴でコーティングしたお菓子だ」

「美味しそうコロ! 食べてみたいコロ~」

 ちょうだい? と上目遣いするコロロに、「…………しょうがないな」と皐月はため息をついた。

「店の人はいないが……まあ、代金を置いておけば大丈夫か」

 りんご飴代三百円を小銭受けに置き、皐月はりんご飴を一つ取った。

「ほら」

「わーい! ありがとうコロ!」

 iPhoneの中に入って一心不乱にりんご飴を舐めるコロロに頬を緩め、皐月はもと来た方向に歩き出す。

「早く戻らないとあいつらが待ちくたびれるな。もうそろそろ花火が始まる時間だし」

「花火? 花火って何コロ?」

「見たことないのか? ……まあ、見ればわかるさ。凄いぞ」

「コロ! 楽しみコロ~」

 ドボーンがいなくなり、徐々に人が戻ってきた通りを歩き、皐月は再び考え事に耽る。

(もし本当にコロロがディアハートだったとしたら……)

(……フルハウス。コロロをそんな風にした奴には、注意したほうがいいかもしれないな……)

「あ! 兄ちゃんやっと戻ってきた!」

 皐月を見つけた寿祢が手を振ってくる。

「どうだった!? 写メ撮れた!?」

「いや……逃げるので精一杯だった」

「えーっ!? もーっ、兄ちゃんのヘタレもやしー!」

「寿祢ちゃんってば……」

「ほら、もうそろそろ花火が始まる時間だ。見やすい場所に行くぞ」

「その前に射的やりたい!」

「わたしは金魚掬い!」

「わかったわかった」

 楽しそうにはしゃぐ妹たちを見て、「この笑顔を守りたい。そのためにも、早くノムカウーツを倒さなければ」と決意を一層固くした皐月だった。


(偽)次回予告!

姉妹たちと実家に帰省した皐月。コロロとともに畑仕事や川釣り、山遊びを楽しむが、突如そこにノムカウーツの女幹部、フラッシュ・Qが襲来する。

「田舎は人の心の故郷。つまりここをメチャクチャにしてしまえば、人々の心が荒んで心の闇が広がるに違いないわ!」

重機たちに宿ったドボーンが田舎の風景を破壊していく! 立ち上がれディアスペード! 心の故郷をノムカウーツの魔の手から守るのだ!

ep.XX 田舎を守れ! フラッシュの卑劣な陰謀の巻


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