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ドラゴン・ブースト

作者: 白上 白斗

 こちらの小説は、出版社に投稿しようと思って作成していたのですが、作成に時間をかけすぎてしまい、自分でも良くわからなくなってしまった駄作品です。

 話がわからなくても、スルーしてください。


「一体、ここはどこなんだ」

 出口を求めて三千里。一体ここはどこなのだろうか。なぜ、こんな迷宮に入り込んだのだろうか。

 実は記憶にない。どこなのか、何時からここにいるのかさえ分からず、どうやってこの迷宮に入ったのかは分からない。だが、分かっていることは、

「俺は学校の近くに居たんだな」

 過去を振り返る。

 自分の格好─制服─からして家から出ている。そこまでは覚えている。朝の占いは確か4位だったことも覚えている。靴も履いたし「いってきます」と小さな声だが言った。

 ただ、通学バッグがない。教室に着いたのだろうか。だが、正門をくぐった記憶がない。通学中にこの迷宮に入ったなら鞄はどこへ行った。

 そんなことを考えても意味がないことに気が付く。自分の記憶があやふやになっていく理由が明確にあるから。

「はぁ……。またこの道か………」

 俺はため息をつく。あやふやの理由はこの迷宮にあった。

 どの道も同じ通路の形をしている。それに分かれ道が何度もある。意識して通らないと同じ道を何度も歩いている錯覚を覚えてしまう。

 俺がこのトリックに気が付いたのは、壁に注目したからだ。大体の迷路は壁に添って歩けばいつかは出口に出るものだ。その事を使って右側だけ歩いていた。

 四回右に曲がると元の所に戻ってきたのだ。

 この迷宮は全てが白かった。床と壁の境が分かりづらい。天井もどこにあるかは分からない。だが輝きの源は天井にあったため白い迷宮は輝いていた。それは迷宮だけを輝かせてないのだ。

 手を当てて壁に添って歩くと手の跡が見えるのだ。それで四回曲がると元の場所に戻るということが分かった。これは右側だけでもなく左側も同じだった。

 それが意味することは、右と左、交互に曲がれば進むということだ。

「さっきは右だったから、と」

 いくら交互に曲がれば進むとは言っても錯覚はする。もう何時間も歩いたと思うが、同じ背景だからどうしても錯覚してしまう。

「一体どこまでなんだ…………?」

 ぼそっと呟く一言。反響して余計に寂しさを生む。この孤独感からは早く抜け出したかった。

 さっきとは違う──はずの──角を曲がる。

「…………、いでッ!」

 俺は何かにぶつかった。固いものだと思う。不意打ちを食らった感じだ。

 ヒリヒリする頭を抑えながら衝突物体を見る。それは意外なものだった。

「あん? ドアか? これは」

 中央に月、その周りに龍がある。平面な絵ではなく立体的な彫刻のようなものだ。ちょうどぶつかったのは、龍の頭の所であった。当たる場所が悪かった………。

「この手がドアノブだな」

 一般常識的にドアノブが有ろうとする場所には龍の手があるのだ。それも人間の手でひねりやすそうな形をしている。

 恐る恐るだがノブへ手を添える。一度触って感触を確かめて手を引く。特には変なところはない。次は思い切って握る。

 そしてゆっくり、ゆっくりドアノブをひねってみる。想像していたのよりスムーズに動いた。

「ん?」

 押してみたが動かない。これは引くドアなのか、という想像は出てこなかった。そこで俺はもう少し強くひねってドアを押すがダメであった。

「そうか。このドア引くのか」

 やっと気が付いた。同時にかなり独り言が多いことにも気付く。少し顔を赤く染めて辺りを見渡す。もちろん誰もいない。

 すこしホッとしたがすぐに切り替える。

「よし………」

 気合いを入れてドアノブを回す。そして引く。想像以上に重いドアだったが自力で開けられる程度であった。

 開けたドアの先、光が灯ってない部屋のように暗かった。

 ─────違う。

 暗い部屋ではない。漆黒の空間だった。

「………………ッ!」

 絶句。それ以外の表現方法がない。この地球上にこのような異空間があるのだろうか。

 あまりの恐怖に制服のブレザーのポケットにあるお守りを握る。それは小さい頃にもらったキーホルダー。お守りというより宝物と言うべきか。

「なんだよ、これは」

 今更、異空間に疑問を抱くのはおかしいと思う気がする。さっきまでの迷宮に目線を変える。この迷宮自体も現実的ではない。

 だがこっちの方が気味が悪くなる。

 ポケットから手を出す。出した手を一度見て握りしめる。───やってやる。

 俺は勇気を振り絞って漆黒の異空間に右手を入れる。痛みも、冷たさも無い。違うのは───手が消えた。

 暗い部屋に入れても手は見える。しかしこの場合は暗闇に入ったところから消えている。まるで泥沼に手を入れたように先が分からない。

「一応、中には入れそうだ、なっと。ふうー」

 小さく息を吐く。ゆっくりと目も閉じて落ち着かせる。

(俺の道は今、これしかないんだ。神道龍牙しんどうりゅうが、俺の道は俺だけの道だ! 歩けるのは俺だけで、決めるのも俺だけ!)

 訳の分からないことを自分に言い聞かせる。そして強く目を開く。謎が解けた探偵と同じ目をしている───だろう。

 俺は静かに足を前へ進める。右足の先、左の腕の一部と左肩、頭の先が漆黒の異空間へ入った。目を閉じ、怖い気持ちを打ち払いながら次の足を入れた。

 体が全て入り込んだ時、フワッとした感覚を覚えた。空を飛んだ感じではないし、跳び箱の飛ぶような感覚でもない。無論、走り幅跳びのような感覚でもない。この感覚は……………、

「うわぁぁぁぁーッ!」

 この感覚はジェットコースターのような感覚。俺は今、──落ちていた。

 あまりの驚きに目を瞑った。

 だが、最初の時と感覚が違った。落ち始めの時は風を受けていた。体が上手く動けないほどの突風を浴びた感じであったのに対し、今はフワッとした感覚。宙に浮いたことはないが、重力を感じない───とは言っても重力を感じないでいたことはない。

 風を感じない。気付けば辺りが明るくなっていく。体勢もいつの間にか仰向けから直立している。なんだか体も動く。手を見ながら感触を確かめる。視覚、触覚共に異常はない。一応落ちているため、風を耳でも感じ取れるから聴覚も異常ない。

 足下を見た。遠く、遥か遠くに光が見えた。あそこに着地するだろうと仮定を立てる。

 普通、落下速度は二乗に比例しているはずだが、明らかに遅くなっている。これは感じた、という表現を撤回し感じていると訂正した方がいいだろう。

 そんな事を考えているうちに光の元へ着いた。途端にドンッ! と地面に着地───失敗。急激に重力を感じ、地面に投げ出されたようだ。まるで古いエレベーターに乗ったように頭はグラグラする。この症状は本当に着地失敗という無様な状態と重力が急激に戻ったことを意味するだろう。

「い、いってー」

 立ち上がろうと手をつくが変な感触が手に伝わる。魅惑の感触。優しく、ハリがある。クッション、という人工的なものではない。未知との遭遇とはこのことを表現するのか。

 変な感触の後には変な音。音と言うよりは声といった方が良いのだろうか。よくは分からないが下から聞こえる。小さく、小さく何かが聞こえる。

「…ん、………ん………ぁ…。いてて…………」

 明らかに声であった。声という事は人だ。

 しかし、ここで疑問が生まれる。自分、神道龍牙は地面に落ちたはずだ。それも魅惑の感触が広がる心地よい場所に。なのにそれより下から人間の声がする。

 不思議と感触を確かめる。指をわずかに動かすとなんだか嬉しい気持ちになる反面、危ない殺気を感じた。

「……あんたね…………」

 俺は恐る恐る下に目線を変える。

「………いつまで人の上に乗ってんのよ………。そして、いつまで………」

 怖ろしいことが俺を待っていた。下には女性、俺と同じぐらいの高校生がいる。そして魅惑の感触。心地のよいものは、悪夢を呼ぶものであった。

「いつまで人の胸触ってんのよ!!」

「ああッ!!」

 俺は人間では想像のつかない声を出して彼女の上からどいた。彼女は地面に倒れ込んだまま起きあがらない。

 俺はすぐに人へ謝る時の最大奥義、土下座の体勢をとる。それは更なるあやまちを生むとは知らずにだ。

 顔を下げ、上げようとしたところには白にピンクの模様がついたもの。これも未知との遭遇だが、それはすぐに消え辺りが暗くなり激痛が走る。

「なに人のパンツも見てんのよ、この変態やろうッ!」

 俺の顔面に飛んできたものはローファー、いわゆる靴だ。俺は必死に誤解を解く作戦に出ようとした。しかし、

「目、開けんじゃねーぞ。開けたらテメーをしばく」

「わわわ、わがぎ…………ばじ、だ……」

 靴で顔面をグリグリされているから目なんて開けられない。それに上手く喋れない。一応「わかりました」と全力で言ったつもりだ。

 押しつけているものがなくなりホッとして目を開けそうになるが開けたら殺すとバージョンアップして注意された。俺は固く目を瞑った。

 例の少女が開けても良いわ、と言ったのでゆっくりと目を開けた。開けるとまた酷い目に遭う予感が刹那に漂う。

 見えたのは綺麗な足。だが自然と下を見る。これでまた変な誤解を生まれるとやっかいだからだ。

 自分も下を向きながら立ち上がる。立つ時に制服のズボンに砂ぼこりが付いていた為、立つついでに払った。

 そしてキッチリと立つ。立って分かったことは彼女は予想より背が低い。一五○センチぐらいだ。大体自分の胸ぐらいだった。

 服装はメイドのような格好をしている。朝からコスプレなのか、という勝手な想像をしている。だが、想像はすぐに消え、真実を俺にを伝えた。

 彼女の胸、自分から見て右胸に校章のようなワッペン。これは隣の隣の隣の隣の…………、という感じに全く隣ではない。

 この学校は確か「九童院」という九大私立学校の一つの「新六浦九童院高等部」という名前だった。新六浦しんむつうらとは地名である。ここはかなりの名門校だ。学問・スポーツにおいて、日本では最高クラスと言われるほどの「九童院」の一つでその中でも一番、二番を争うぐらいの所だ。

 だがそんな生徒がこんな所になぜ居る、というよりすごい制服だ。初めて見れたのだから。必然、俺もなぜここにいるのか分からない。

 ただ、そんなことより………。

「いつまでじろじろ見てんの」

 彼女は胸を押さえながら言った。

「そ、そういう訳じゃ、なな、ないんだ。ああ違う、違うから」

「何考えているの、この変態」

 実は押さえているのではなくて、胸のポケットから携帯を取り出しただけであった。ただの考えすぎであったのだ。

 彼女はすこし投げやりに自己紹介を始めた。

「『九童院』は知ってるよね。その新六浦九童院高等部の三年、三咲由菜みさきゆな。あんたは」

「俺は塚下高校三年、新道龍牙」

「へー。こんな変態と同級生かよ」

「なんだその発言! 少しは言葉に気を付けろ」

「じゃああなたは視線に気を付けなさい。変態にしか見えないけど、このドスケベ野郎」

 あまりの言葉に絶句をしまう。そんなことより「変態にしか見えない」とか言っといてスケベとは………、矛盾しているよ。

「そんなことよりさ、ここはどこだ」

「私が分かるわけないでしょ。あんたは分かんないの」

(こいつー、分かんねーから聞いてんだろ)

 かなりむかつく奴と言うのが第一印象だ。外見は悪いというわけではない。麦色のロングヘアーに髪の色より濃いブラウンの瞳。一見穏やかそうな感じだったが、実際はかなりきつい口調だった。

「ここ、携帯はやっぱり使えないんだね」

 三咲は自分の携帯を見ながら呟いた。それは俺に向けてではなく独り言だろうか。

「ねえ。あんた聞いてる?」

 独り言じゃなかった。

 少しゾクッてした。そういえば携帯を見てなかった。俺は右のズボンのポケットに手を突っ込むが無かった。

 そうだ。今日は珍しく左のポケットに入れていたのであった(正直、どうでもいいことだ)。

 俺は携帯の電源を入れる。いつの間にか電源が切れていたが良くあることだったから気にはしなかった。

「あれ、はいんねーぞ」

「やっぱりね。圏外じゃなくて電源が入らないからねー。さっきのジャングルでも入らなかったし、どうなっている事やら」

 ん? 何かおかしいぞ。こいつは今、ジャングルと言った。俺は白い迷宮だった。と、言うことは一人ひとり違うところから来たのか。その事を確かめようと聞こうとしたが、目の前に黄色い文字が現れた。

 そこには『LISTEN』と書かれていた。これは俺だけではなく、三咲の方にも出ていた。

 二人で顔を合わせると、どこからか声が聞こえる。

『うひょひょひょー。さーて君たち、ラブラブタイムはしゅーりょーだよー』

「「どこがラブラブだー!」」

 二人で声がはもる。

『ほらほらー、意気投合! ピッタリではないかー』

「どこがピッタリだよ! こんなやつと」

「なによあんたは! 私じゃ嫌なの!?」

「い、いやー、悪いという訳じゃないけど………」

「そういう風に見てるんだ………、へー」

 彼女は怖い目、なお変な目で俺を見つめる。

『ほらほらー、いちゃつき禁止だよー。はいはい本題はいるよー』

 俺と三咲で反抗する。実際、どこから声が聞こえているか分からないが恐らく上から聞こえる。だから上に向かって叫ぶ。

『君たちには、スゴロクをしてもらう』

「すごろく?」

「それってサイコロを転がして出た目の数、進むっていう大人数でするゲームでしょ? こんな野蛮人と二人で」

 俺はどこが野蛮だと言い返すがあっさりとスルーされてしまう。

『彼女の言う通り、大人数でやるゲームだな。だが、これは一人で進んでいく。早くゴールをしたければ、どんどんサイコロを振って進めば良いんだよー』

 三咲は何かを操作していた。彼女の目の前にはパソコンで見るウィンドウが広がっていた。

「おいそれ、どうやって」

「あんたまだ気付いてないの? 右上に丸っこいの有るでしょ。それをタッチしたの。そーしたらいろんなのが有ったからね、見てんの」

 俺は一切気付かなかった。確かに視界の右上に青く、丸いボタンのようなものがあった。そこをタッチした。

 いろんなウィンドウが出てきた。それは見覚えのあるものであった。

『ちょっとー、話聞いてる? 解説を聞いてるー?』

「あーすまんすまん、ちゃんと聞いてるから」

『ヘイボーイ、適当に答えないでよー。───まあいいや。んで、君らには召喚師になってもらうよー。召喚師とはプレイヤーと同じって考えて良いよ』

「召喚師? プレイヤー?」

 分からないワードがいくつか…………。プレイヤーとはどういう事だ。これじゃ、まるでゲームのようだ。

『まあ、説明を最後まで聞いてっちょー。サイコロを二人で振って、両方の出た数を進めるんだー。3と5なら今居るマスから三個先のマスと五個先のマスの両方に止まれるんだ。ということは両方のマスの指示を受けることが出来るのでアール』

「ようは一人一回分の数、進めるって事だな」

『補足でー、パーティーを組むことによって一度に進める回数が増えると言うことだ。パーティーの人数だけサイコロが振れるのです。まあ、詳しいことは後ほど説明するよー』

 この変なアナウンスを聞きながら俺(と三咲)は目の前に現れているウィンドウを見ている。「マップ」「アイテム」「システム」「パーティー」というバーがある。この辺は一般ゲームと同じようだ。ただし、一番上に「カード」という所がある。これが意味するものは……………分からない。

「このスゴロク、いろいろと大変そうね」

「大変そうって、何がだ」

「分かんないの、ほんと馬鹿だね。召喚師がプレイヤー、このメニューの『カード』っていうところ。かなりおかしいと思うんだ」

 三咲は結構、真面目に考えていた。

「それだけじゃないは。これはゲームじゃないって事ね」

「ゲームじゃない? 一体どういう事だよ」

「メニューバーを見てみなさい」

 言われた通りにメニューバーを見る。上から「カード」「アイテム」「マップ」「パーティー」「システム」だ。ゲームではごく一般の感じだ。

 特におかしな所はない。

「それでも男子? ゲーム初めてどうすんの」

「どうするってクリアに決まっているだろ」

 三咲はため息をついた。俺にはその意味が分からない。なぜため息なのか。

「じゃあさ、クリアできなかったらどうするの」

「クリアできるまで調べて、人から聞いて、あとはー……実践有るのみ? 倒すのが困難なボスをやる時は、セーブしてからやっていくから、クリアはいつかするから…………、ッ!?」

 急いでメニューバーを見直す。「カード」「アイテム」「マップ」「パーティー」「システム」がある。キチンとしている。

 だが、何か一つがない。

「『セーブ』のバーが無い」

「やっと気付いたのか……。本当にゲームやったこと有るの?」

 俺は考えた。思った。感じた。

 ─────これはゲームじゃない。

『さー説明はこれまでにするから、楽しんでー。あ、そうそう気付いていると思うけど、これは現実だから。ゲームみたいに強制退却、いわゆるログアウトは出来ないから。まあ誰かがゴールすれば終わるから安心して。左上のライフが0になったら、強制退却──ゲームオーバーだから』

「なーアナウンスのおっさん。ゲームオーバーになったら、どうなるんだ……」

 俺は低い声で言った。自然と声が低くなった。

『どーなるかなー? まー、ゲームオーバーにならなきゃ、かんけーないから安心しなさーい。んじゃ、頑張ってー』

 目の前に有った黄色い文字は消えた。

「これって、終わったら今までの世界に戻れるのかな? ………ねえ、聞いてる?」

 三咲が俺に声をかけているようだ。俺は無視をしているのではなく、考え事をしていた。

 この世界。見覚えがある。

「なあ、三咲。俺、このゲーム、やったこと、有る」

「え!?」

 予想通りの反応であった。

「どういう事よ、それ」

「しらねーと思うが、………かなり前にテストゲームがインターネット上で話題になったんだ」

「なにそれ、聞いたことないわ。詳しく教えて」

 三咲は俺の方を向いていた。俺は考え込んでいたので下を向いていた。だから顔を上げる途中に三咲の顔があったのだ。位置的にはかなり近かった。

「ま、まあ、話すからさ。まず、そんな目で俺を見ないで。そしてあと、二メートル離れて、頼む……」

 むっとした顔で三咲が言う。

「なんで男はそういう目で見るの。まあまあ離れるから、ちゃーんと話してね」

「ハイハイ分かったから……」

 三咲が離れるのを確認してから口を開く。

「そのゲームは『ドラゴン・ブースト』て言って、かなりの高スペックを必要とするゲームなんだ。テストゲーム、いわゆる体験版で一ヶ月だけお試しで公開してたんだ。だけど、かなりゲームの完成度が高かったんだ」

「その言い方からすると、あんたもやったって事?」

「まあ俺もやってたけど、そのゲームにはこれと一緒で「セーブ」が出来なかったんだ。その代わり、宿が町の至るところにあって、金さい払えば一定時間データ削除が免除されたんだ」

 一度、ここで話を止めて三咲の表情を確認しようとした。三咲の表情を見る限り、悩んでいるのか考えをまとめているのか、または別のことを考えているのか全く分からなかった。

「データが削除? どういうことなの」

「ああ、わりー。……なんか、そのゲームはログアウトが出来なくて、ゲームを止めるとデータが消去されるようになっていたんだ。それを避けるために宿に泊まって五・六時間はデータ削除が免除されるんだ。もちろん、放置しているだけでデータが完全に消去されるんだ」

「あんた……ハァー……話すの下手」

 下手というのにため息が付いている。俺の経験上、この状況はかなり呆れている可能性が高い……。

 彼女は投げやりに言う。

「こーいう事でしょ。──このゲームはドラゴン何とかっていうゲームに似ている。そのゲームは今の状況に似ていてセーブが出来ない。放置するとデータが消える。それを防ぐ方法は一応ある。てな感じね」

 俺はベラベラ語っていたが簡潔にまとめられ、拍手をしてしまった。

「あんたの話でしょ? 人にまとめられているなんてどうなのよ」

「すまんすまん。だけど、『ドラゴン・ブースト』はライフが0になってもデータが削除されるんだ」

 それを言った途端、彼女の表情が一瞬にして硬直する。目の前で大切な物が壊れていくのを、ただ見ることしかできない人のように固まっている。

 彼女の顔からさっきまでの笑顔が無くなった───と言ってもさっきまで笑顔だったとは言い切れないが明らかに表情が違っていた。

 三咲の気持ちは俺にも分かっていた。

 ライフが0になるとデータが消える。この世界で言うなら、自分が消える。この現実世界から消える。

「ね、ねぇ……。そのドラゴン・ブーストだっけ、それとこれの世界が同じなら、ライフが無くなれば死ぬって言うことだよね」

 だが、このことに対しては反論が出来る。確かな理由はないが言い分が俺には有る。

 それを告げるため、俺は喋る。

「あいつは強制退却と言った。俺らが死ぬとは限らない」

「けど、もしライフが0になったら、ドラゴン・ブーストっていうゲームの様に死ぬかも知れないんだよ!」

 熱くなり、叫びとなった声。聞いていてもラチがあかない。この話は終わらないだろう。

「ここで話しても意味無いぜ。俺達が話していてもゴールする訳じゃないし、考えていても意味ないぜ」

 俺はメニューからサイコロを押す。すると目に前に光が現れる。中からサイコロが現れた。それを勢いよく掴み、三咲に向かっていった。

「先に進もうぜ」

 俺は進むべき道を見つめる。

「……ねえ、何でかっこつけてんの……。あんたってそういうキャラ、なの」

 不意につかれた言葉が胸に刺さる。

 俺が反抗しても三咲は聞く耳を持たない。

「けど、あんたの言うことは一応正しい」

 三咲もサイコロを取り出して言う。

「ここで立ち止まっていても意味無いわ。どんどん行きましょ」

 良いところは三咲にとられた(?)。

 このゲーム、一体どのようなゲームなのか分からない。だが危険な現実世界で起きているゲームと言うことは確か。

 ここ、はじまりの街で起きることは全ての『はじまり』を告げた。



 -全てのはじまり-



「それでさ、どうやって始めるんだ」

 実はここ、スタート地点からまだ動いてない。ここに来て数十分、立ち止まったまま。多少は会話をしているが足が(本当に)棒になっている──使い方は全くのように違う。

「サイコロを転がせば良いんでしょ。スゴロクなんだから」

 確かに……。スゴロクというのはサイコロを転がし、出た目の数だけ進み、止まったマスの指示に従っていき、ゴールの順位を競うゲーム。

 簡単だ。実に簡単なゲームである。

 サイコロの出る目は1~6の六通り。全てが運、というなら運でも良いが、希望を乗せるだけで運命は代わる。

 スゴロクとはそういうゲームだ。

「じゃあ、俺から行くぞ」

 そう言いサイコロを転がす。

 足下に落ちたサイコロは、出た目が新しいウィンドウとなってモニターとして現れる。

「俺は4だ。ささ、三咲も転がせよ」

 三咲は少し不安そうな顔で転がす。特に意味はないと俺は思う。

 その間にメニューをいじっていた。

 「システム」というバーをタッチし新たなウィンドウが開く。その中に「ヘルプ」という欄がある。タッチしてみると予想通りの言葉─ログアウト方については見解が出来ません─と書いてあった。

 そのヘルプを見ているが三咲から結果の報告がない。俺は画面──というより空虚にある映像──を見ながら、

「三咲、まだか。ヘルプに書いてあったんだけど、ウィンドウを共有する時は送りたい人に向かってスライドするんだって」

「……………ょ……………」

「ん? 聞こえないぞ。はっきり……」

「だから4!! よーんー! あんたと一緒ですよ!」

 三咲は叫んでいた。そして勢いよくウィンドウが送られてくる。

「ぅ……。んだよ、同じでもいいだろ」

「そ、そうだけどさ……」

 今度は照れ……というのだろうか、とにかく恥ずかしそうであった。

「あー、もう行くよ。ほらほら早く!」

 叫び→照れ→呆れ→怒り。このように感情が動く理由は…………、ツンデレ? よくは分からなかった。

 進もうとすると、サイコロを転がした時は風景なんて何もなく、真っ白の世界だったのが、街のような風景に代わった。

 俺も三咲も風景が変わったことのに一歩目が止まる。

「な、なんだ」

「はじまりの街」

「三咲、なんで分かるんだ」

 俺は少し見覚えがあった。これも『ドラゴン・ブースト』にあった、最初の街 -はじまりの街- に似ていた。名前がシンプルでよく有りそうな名前だったから、俺は覚えていた。

「メニューの上、ちゃんと書いているよ」

 慌てて──というより普通に──メニューを開くと -はじまりの街- と上に現れていた。

「ねえ、これもあのゲームに」

「ああ、有ったぜ。ゲームの拠点でもあったしな。それにこのネーミングセンスといったら……」

「行くよ」

 三咲は俺の話を途中で止めた。そして歩み始めた。俺は少し急いで三咲に追いつく。

 -はじまりの街- ここは『ドラゴン・ブースト』の最初の拠点で多くの商人がいて、アイテムを買ったり売ったり、宿に泊まったり、交流を深めるための施設やバーがあった。

 最初の街、ということで、とても素朴であった。地面は大小異なる固そうな岩を敷き詰めていて、建物は煉瓦と布で作ってあるような物ばかり。

 あの時、テストゲームの時には無かったのは、このマス。自由に動けていたのだが、今回はマスの上しか進めなさそうだ。

 俺と三咲、4マス進み終わると何も書いてなかったマス、空白だったマスが光を放つ。まぶしいというほどではない。

「……ん?」

 右上の青いボタンが赤く点滅している。更に黄色い吹き出しに赤の文字で「!」が現れている。

 俺はそれをタッチしてメニューを開く。

 と思いきや、いつもと違うウィンドウが開く。

「カード、ゲット?」

「英語は読めるんだね」

 そこには「card get!」と書いてあった。メニューにあった「カード」の事だと思う。カードを手に入れることができる、という風に解釈していいのだろうか。というより、他に解釈の仕方がないか。

「あのな、三咲。さすがの俺でも『card get』ぐらいは読めるぞ」

「ごめんなさいねー」

(なにこいつ! めっちゃむかつくな……)

 というのが俺の思い。お嬢様気分な奴とパーティーを組んでしまったことに後悔している。

 そんなこと考えていると目の前に光が集まる。

 螺旋を描きながらカードの形をしていく。光はカードの形となった時、はじけた。

 中からカードが現れる。

 俺も三咲も目の前のカードを手に取る。

「≪プチ・バード・ドラン≫か…………」

 小さいつぶやきに三咲が答えた。

「やっぱり違うね」

「違うって事は……、三咲は何だ?」

「≪ペット・タートル≫よ。まぁカードをいちいち報告してると日が暮れるわ」

「けど、チームプレイするんだから、カードの確認は一応しないといけないと思うぜ」

 三咲は少し悩み混んでいた。ん~、と唸っていた。

 考えがまとまったのか口を開いた。

「あんたがそう言うなら、そうした方が良いわね。けど、あまり時間を食ってる暇は無いから早めでね」

 俺はあぁと頷いてサイコロを取ろうと。こうしている内にカードは光となって、指にはめてあるリングに吸い込まれる。

 その光に目を奪われてしまう。ただ軌道を追いかけただけだったが。

「なあ、カードってどうなるんだ?」

 すると三咲はつまらなさそうに言う──いわゆる、ボー読み──。

「メニューのカードを選択するか、アルバムと宣言する。閉じる時はアルバムを閉じるだけよ。カードは自動でアルバムに登録されるの」

「なッ! なんでそんなことを………」

「ヘ・ル・プ」

 これは一本取られた。

「ささ、どんどん行きましょ。私から転がすわ─────────5だわ。あんたは?」

 言われるがままにサイコロを転がす。

「………、同じ」

「……」

「……」

 沈黙。

 それ以外、表現が出来ない。

 二人は黙ったまま5マス進む。そこでは『SHOP』と書いてあった。

 そこで俺は口を開く。

「ショップだとさ」

「なに? ここにいきなりショップが現れるの?」

 考えていると二人の目の前にウィンドウが現れた。そこには進むか進まないかを選択するようになっていた。

 更に横に視線を変えると緑のラインが引かれている。

「ねえ、このラインを辿るか辿らずに進むか選べるわけ?」

「普通に考えたらそうなるが……」

 俺は辺りを調べるように見渡す。マスから出られないように仕組まれたバリケードがあるのだが、緑のラインの道だけバリケードがない。

「ここは進んだ方が良さそうだな。まあ見るだけ行ってみよう」

 そう言って俺は歩み始めた。それをついてくるように三咲は歩き始めた。

 歩いていると、さっきまで話しかけなかった人々(というよりゲームキャラクター)が次々話しかけてくる。安いだのこんなのがお得だの、商店街と何一つ変わらない。

「店はどこにあるんだ………て何でフランクフルト持ってるの……?」

 俺の言葉通り、三咲は右手にフランクフルトがある。どうやって買ったんだ。

「あんた知らなかったの? サイコロを転がすごとに50P溜まるんだよ。知らなかったの」

 Pとはポイントの事。ドラゴンブーストと同じなら、この世界の電子通貨だ。たぶん、日本円と同じ価値だろう。1円=1Pと言う事だ。

「どうやって、買ったの……?」

「商店街みたいだったから、話しかけたら所持Pのバーが出てきて、買いたい商品を選んだらくれたわ」

 ということは、ここでは好きなように買えるという事だろう、この緑のライン上の店ならば。

 今の俺に答えられるのはこの一言、

「そうか」

 絵文字で表現するならニコニコマークに汗が描かれている。

「あんたは買うの?」

「もう少し見ていく。今後に役立ちそうなものはここで買っておかないとな」

 とは言ったが、今後に役立つ物が何かは分からない。テスト時なら、特には買うべき物は無かったはずだ。

 まあ、回復系のアイテムはゲームの必須アイテムだから買っておくべきだろう。あと使えそうな双眼鏡や植物の種、何となく安かったからパチンコも買った。

「三咲はもう買わないのか?」

「腹さえ満たされれば平気」

 とかいって紙袋の中から色んな食材が飛び出てる。食材と言うよりお菓子だ。パンやチーズやポテチやチョコ。これがいわゆる太りの要因だ。

 余談ではあるが、三咲は太っているわけではない。着やせなのか太らないのかは分からない。聞くとセクハラ容疑で捕まってしまうからな。

 スゴロクのマスの所に戻ると例のウィンドウ、進むか否かのウィンドウが現れた。俺らは迷うことなく進ぬを選択。

 するとウィンドウが消え、緑のラインが薄くなっていく。次第にラインも消える。あの店並みの声は聞こえるが、俺達への声が全て消えた。

「さあ進むか」

 そう一言告げてサイコロを転がす。出た目は1。

 俺に続いて三咲も転がす。出た目は………、

「三咲、どうした?」

「……、」

「まさか1とか……」

「……、」

 そのまさかだったのかと、俺はため息をついた。

 だが、三咲の表情はどちらかというと笑っている。

「………さ……」

「え?」

 あまりの小ささに聞こえなかった。

「……さん………」

「ごめん三咲、全然聞こえない」

「3だよ! やっとあんたと違うのが出た!!」

 大はしゃぎな三咲は大股で前に進む。

 まずは俺の1で止まる。そこではカードを手に入れた。

 次に三咲の3。さっきのショップから3マス進むのだ。そこでもカードだった。

「さあ進むはよ。えーと………よし、6だ。あんたは」

「よっしゃー! 6だぜ!! ………て一緒か」

「は!? またあんたと一緒なの!?」

 なんか分かんないけど、逆ギレされた。

 その後も何度も同じ目が出た。何度もというより半分以上もだ。

 この先、一体どうなる事やら……。



 時にして同じ頃。

 この現実世界、ドラゴンブーストに似た現実世界での最前者、いわゆるスゴロクで今トップにいる人物は火山のふもとにいた。

 どこかの高校生だろうか、学ランを着ている。ボタンは、ほぼ全部空いている。中にはオレンジのTシャツを着ている。腰からは金属の鎖がついている。

 彼はアルバムを広げていた。そこにはギッシリとカードが収納されている。その半数以上のカードが光り輝いている。高価値のカードが多くあるという事だ。

「どこの火山かしらねェーが、カスばっかだなァ」

 彼はバトルマスに止まっていた。バトルマスは強制的にモンスターとバトルをするマスだ。街と違って、ここ火山や草原、森、海などの自然では、カードマスよりバトルマスの方が断然多い。

 先ほども言ったが彼は最前線の地域の中の最前者だ。どこの人よりも強い事は確かだ。

 サイコロを転がしてはバトルマス。青年はマスに止まると姿が消え、バトルゾーンと呼ばれる場所へワープされる。そこでは一人ひとりが召喚師となり、カードのモンスターを召喚し、「攻撃」「防御」を巧みに指示して敵モンスターを倒す。

「んだァ? レベルは84? カスめがッ!」

 そう呟きアルバムからカードを選択する。

 彼の前に3体の影。一つは猿のような大きな体をしている、もう一つは球体、そして竜の3体。敵モンスターはトカゲのような体をしている。大きさは並みではない。というより、並みとは比べられない大きさだ。体中には小さな火山のような突起がついていて、煙が吹き出ている。

 モンスターの名前は≪マグナンド・ドラグーン≫という、火山地区で最も強敵と言われているラスボス級の大型モンスターだ。

 青年は手を開いて敵モンスターの方へ勢いよく出す。それが合図となり、青年のモンスターが≪マグナンド・ドラグーン≫を攻撃する。

 時間にして4秒。一瞬にして戦いが終わった。

 ≪マグナンド・ドラグーン≫は光を放ちながら消えた。そしてカードとなって地面に落ちた。

 だが、青年は拾うことなくその場から消える。元のスゴロクの所へ戻ったのだ。

 彼は火山の頂上を見つめる。このゲームを倒す、クリアしてみせる、といった勇敢で前向きな目線ではなく、どちらかというとだるくてやってらんねーな、という感じだ。

 表情からは何を考えているか分からない。というより、本当は何も考えてないのであろうか。

 つまらなげに笑い、サイコロを転がしてく。すると途中で止まる。彼の意思ではなく、ゲーム上の設定で止まった。

『やあやあ、ついに来たね』

 目の前には「LISTEN」と書かれたウィンドウが出ている。これは、ゲーム主催者のゲームマスターが話す合図だ。

「おい、いったいてめェーは何なんだよ。上から見下ろさねェで、姿出せよ」

『そうカリカリしなさんな。これが今回のラスボスだから。そしてこいつを倒せばゲームクリア、君たちは遂に脱出出来るのさ』

「んだァ、楽しませないで終わりかョ」

 青年はつらなさそうに言う。だが、その表情は挑発をしている。

 そう、この発言はただの挑発。

『そーか、君は今までのゲームを楽しまなかったんだー。あー残念、もう終わっちゃうのに』

「その、うざってェ話し方止めろ! シバクぞッ!!」

『シバクなんて言っても、君は僕の所にこれないんだから。まあ楽しめなかった君に、スペシャルサプライズだ。今まで以上に楽しめる相手を用意したから』

「本当に楽しめるんだよなァ。つまんなかったり、くだらない事でもしたらぶっ殺ス!」

 青年はアルバムからカードを取り出して準備をした。少し笑い、これから出てくる敵と楽しもうとしている。

『君はあくまでプレイヤーさ、いくら一人でモンスターを倒してきても、いくら一発で倒せる力を持っていても、コンピュータの召喚師には勝てないさ』

「んなもん、やってみなきゃ分かンねェだろ」

『君と同じカードを使う相手でもか? 自分と戦った事はあるか? 君は喧嘩とかで自分には負けないとか言ってるが、それは精神的にだよね。現実的にやったらどうなる?』

「現実的……?」

 フィールドは見た事のないところ。今まではその地形にあったステージであったが、どうやらここは空の上だろう。

 右も左も水色の空。雲が床の用に敷き詰められている。そして円形のステージ。ここで戦うのであろう。広くもなく狭くもない。

 この青年は高校では喧嘩ばかりする生徒だった。近くの不良とは夜中によく喧嘩をしていた。夜は視界も暗く、周りの物が近くにあるように錯覚して、戦いにくい事がある。

 だが、まぶしいと言うほどにはいかないが、辺りは明るい。大体、昼の11時ぐらいの明るさ。

 狭い路地などで喧嘩するこの青年、暗いところでやるこの青年から見たら、何とも戦いやすい場所でもあり、初めて戦う場所である。

 奥の方から人影が現れた。

「マジで俺かァ……楽しめそうだなァ」

 それはこの青年と同じ姿をした人物。こいつが最後の敵であろう人、モンスターだ。

 今、最終決戦の火蓋が切られたのであった。



 あれから数分。

 俺、新道龍牙とこのゲームのスタート地点から行動を共にするパートナーの三咲由菜は-はじまりの街-を出ようとしていた。

 ここまでにカードは約7種、ダブっているカードを合わせて11枚。アイテムも回復系の物や自分のカードを強化する物などを手に入れた。

 -はじまりの街-での情報収集の結果は特になし。コンピュータは一定の言葉しか喋らず、このゲームのことについて聞いても話してくれない。

 それよりこの世界をゲームにして良いのだろうか。ゲームマスターらしき人物が言っていた『これは現実』ログアウトは出来ない世界。ゲームオーバーになるとどうなるのかが一切分からない。脱出なのか「死」なのか分からない。

「遂に街から抜けそうだな。カードもそこそこ集まったし、アイテムも揃ったし」

「でもまだ、マスあるよ」

「おまえ、そんな事言うなっつーの。抜けそうだな、って言っただけで抜けたとは……」

「早く行くよ!」

 三咲の一言で話が終わった。俺はうつむいたままサイコロを転がす。出た目は2だ。三咲は5が出た。

 俺達はまず2マス目で止まる。そこでは無地マス、何も起きないマスだった。

「なんか、だんだん無地マスが増えたよね」

「そりゃカードとかアイテムがバンバン手には入ったらゲームになんないだろ」

 すると三咲の表情が少し曇った。

「ねえあんた、さっきからずっとゲームゲーム言ってるけど、この世界はゲームじゃないでしょ! 最初にアナウンスの人も言ってたけど、これは現実なの。ゲームならお腹も空かないし、食べても満腹感は感じない。けど、さっき言った全てを感じるの。だからここは現実世界なの」

 三咲は怒って先に進んでしまった。俺は何も言えず、後を着いていく事しか出来なかった。

「ねえ、『STOP』だって」

「じゃあ街から抜けたって事か」

 すると「LISTEN」というウィンドウが現れた。

『さあさあ遂に街を抜けられるね、君たち。こっから君たちは戦ってもらうよ』

 戦う……? 君たち……?

 俺が三咲と戦うのか。

『変な受け取り方しないでね。君たちが、チームになって戦うのさ。さすがに同士討ちなんてしないさ』

「そんなの分かってるは。で、戦うってどうやって」

『勘違いしないよね。じゃあ彼女の言う通り、戦い方を説明しよう。隣の彼はもう分かってるよね』

「どういう事だ」

『何とぼけてんのさ。君は「ドラゴン・ブースト」を知っているそうじゃないか。各々が召喚師となり、モンスターを召喚する。一度に召喚できる数は3体。もちろんレベルは今回存在しないけど』

 何だろうか。こいつの発言、何か引っかかる。俺の気のせいなのかも知れないが、気に触る発言だと思った。

「つまり、あのゲームと同じなんだな」

『基本はそうだよ。しっかりダメージは自分たちの体に受けてもらうよ』

「まって、自分たちの体ってどういう事……」

 確かに三咲の言う通りだ。自分たちの体。ゲームマスター(らしき存在)のアナウンスからは、架空のダメージではなく、生身にダメージのカウントをするという事だろうか。

『だから言ってるだろ。これは現実だって。ライフは現実の君たちの体力を表している。体力と言うより命を具現化したものさ』

「じゃあ、これが0になったら死ぬ……って事なの」

「あってると思うぞ、三咲。命を具現化したなら、0は死だと思う」

『君たちー、今は私の話を聞く時なんだけど……』

 確かに、0になると死ぬ。これなら話が出来る。

 ドラゴンブーストはゲームオーバーになるとセーブデータが消える。現実世界では命が尽きると死ぬ。

 今、俺達の居る世界はその両方と考えると………。

「もう、死ぬ死ぬなんて言葉使わないでよ!」

「ご、ごめん」

『彼女の言う通りだ、そんな言葉を使うのはいけない。なんか話題それたけど、本題はいるか。詳しい事は彼に聞けばいいよね』

「おい! こんな事になってんのも、お前のせいだろ!! それなのになんだよ、その態度!」

『フィールドには3体まで召喚できるんだ』

「話を聞けよ!!」

 その後も、このアナウンスは続く。俺がいくら言ってもアナウンスは続く。

 アナウンスの内容はしっかりと聞いていた。

 一度に召喚できる召喚獣、さっき手に入れたカードのモンスターは3体まで、途中で入れ替えする事も出来る。そのモンスター達にブーストする事が出来る。ブーストとは他のカードをブーストしたいカードの下に重ねて強くさせる事だ。ブーストすると使用したカードは消滅するが、ブーストされたカードは強くなるのだ。

 3体のモンスター、オレらの場合は3体ずつ出せて、計6体だせる。それらのモンスターで敵モンスターを攻撃する。各モンスターにもライフがあり、それらが無くなるとモンスターは消滅する。

 これまでは「ドラゴン・ブースト」のルール。この世界では、プレイヤーも戦う。

 プレイヤーのライフが0になると自分のモンスターは全て消滅する。

「ねえ、ゲームクリアすると本当に脱出が出来るの」

 三咲が口にした。声色は良いとは言えない感じであった。

『誰かがクリアすれば良いんだよ。おっと、こちらにも用事が出来たから。じゃねー』

 陽気なアナウンスは終わった。

 誰かがクリアすれば良い。みんなが同じ事を考えているなら、街に残って誰かがクリアするのを待つ、という考えが生まれるのであろうか。

 だが、街にはその様な雰囲気は一切無かった気がする…………。そんな事を考えていると、

「ごめん……。さっき怒鳴ったりして……」

 突然の三咲からの謝罪。俺は迷わず答えた。

「気にする事じゃないさ。そんな事より、先に進む事を考えようぜ。──この世界、かなり危険だ……」

「あんたの言う通りだよ。早くクリアしないと……」

 三咲……。こいつ、本当にクリアしようとしているのか。俺も負けまいと気合いを入れ直す。

 何か、この先から感じる。風景も天気も気温も変わってないのに何かを感じる。

「さあ行くか、挑戦に」

「そうね」

 再びサイコロを振り始める。全ての思いを託しながら。

 出た目は2。三咲に確認をとろうとしたが………、表情が暗い。

 俺のサイコロは大きいウィンドウで表示しているから、見えているはず。もしや……、

「さあ行こう……」

「そうね。急がば回れ、て感じね……。トホホ……」

 二人で同時にため息をつく。ゆっくりと足を進めて2マス目で止まる。だが、そこは無地マスだった。

 気を取り直してサイコロを振るが、またもや同じ数字が出た。その後も、その後も……。

「ねえ。なんか無地マス多くない?」

 それは俺も気になっていた。町を出てから結構経つ。後ろを見ると街は遠くの彼方にある。勝手な考えだが、無地マスが少ないとゲームにならないからだと思う。いわゆるオトナノ事情。

「まあ、ゲームってそういうもんだろ。人生にも似ていて、楽じゃないって事だよ」

 三咲は興味なさそうに頷く。

 サイコロを振って前に進む。今度は無地マスじゃないところに止まった。赤でかなり強調されている。バトルマスだ。

「バトルマスか。戦闘って事だな。三咲、準備は平気か?」

「ねえ、あんたは戦闘方法とかよく分かってるよね……?」

「まあ多少な。──もしかして、分からないとか…」

「そ、そんなんじゃ無いわよ! さ、さあ、い、行きましょ」

 本当に大丈夫か……。そんな事はおいといて、戦闘場に移動する。『READY?』と書かれたウィンドウを選択する。

 すると風景が変わる。正しくは地面のマスが消えた。そして、モンスターが現れた。そいつの近くに名前とレベルが表示されている。

 大きな猿の様なモンスター≪ハンモース≫だ。猿よりゴリラの方が似ているかもしれない。それに、両手がバカでかい。まるでハンマーみたいに。

 レベルは17とそこそこだ。実際、自分たちが何レベルで17が高いか分からない。まあ普通に考えたら低いだろう。

 俺はとっさに戦闘態勢に入る。アルバムを開いてカードを選ぶ。三咲は俺を見て準備をする。

 選んだ仲間は、小さな火の鳥の≪プチ・バード・ドラン≫、緑のアルマジロの様な≪L・グリーン≫、そしてRPGの弱い主人公の様な≪ちっぽけな勇者≫、の3体だ。

 それらを、自分の前に並べる。カードが中に浮いている事になるが、なんかのサークルがそのカードを支えている。どちらにしろ、現実的ではない。

 サークルが回転し始めると目の前にモンスター、召喚獣が現れる。

 三咲は≪ペット・タートル≫≪ペット・ファルコン≫≪ペット・キャット≫の3体。ペットの後に付いている名前の動物の形をしているが、体のどこかに丸い真珠が埋め込まれている。色はとても鮮やかすぎて、おもちゃみたいだ。

「三咲、俺は大体分かってる。だから俺の真似を……って、戯れてるし!」

 自分の仲間とコミュニケーションを取るのは良い事だが、三咲の場合は取りすぎと思うぐらい慣れている。まるでペットのように……。

 俺は≪プチ・バード・ドラン≫と≪ちっぽけな勇者≫を前にスライドする。すると2体が前に出る。これで戦闘体勢ができた。

 前に出した代わりに≪L・グリーン≫を後ろに下げる。今度はただ下げるだけではなく、横向きにして下げる。≪L・グリーン≫は横向きで下げる事によって防御態勢に入り、防御力が上がる。≪L・グリーン≫は丸くなり始め、少し大きくなる。

 対する≪ハンモース≫は胸をたたいている。ついでにウホウホ言ってる。

「三咲、お前は無理に攻撃するな。無理なら逃げろよ」

「きゃー、かわいー! もう飼いたいぐらいだわ」

 飼いたいというより、飼ってるだろ……。

 そんな事より、こいつを倒さなくては三咲も危ない。

 前に出した2体を縦に並べいろいろと動かす。すると、≪プチ・バード・ドラン≫が先に攻撃を始めた。口から炎の弾を吐いた。そうしたらすぐに避けた。

 三咲はこの行為を見ていた。特に向こうからの攻撃は無いのに回避をしたからだ。だが、答えはすぐに分かった。

 さっきまで≪プチ・バード・ドラン≫が居たところに≪ちっぽけな勇者≫が入り込んで攻撃を始めた。縦、横、斜めに剣を振り切る。その間に≪プチ・バード・ドラン≫が後ろに回る。

 この攻撃方法を「スイッチ」といい、上級プレイヤーになるほどパーティーとよく使うようになる戦術の一つだ。

 一番簡単な方法が神道のやり方。もう一つスタンダードなのが、溜めている時に他のモンスターで攻撃して溜め終わったら攻撃を止めて溜め技を繰り出すという方法だ。今は関係ない話だが。

 もちろんの事、相手も黙って攻撃を受けるだけではない。向こうも反撃をしてきた。

 攻撃していた2体はすぐに回避し、防御に回していた≪L・グリーン≫を動かす。

 ゴリラの≪ハンモース≫は腕を引き、殴ってくるような体勢をとる。

 だが、≪ハンモース≫に向かって≪L・グリーン≫を当てる。こいつは防御力を上げているから、いいクッションになる。

 敵は≪L・グリーン≫に当たり、ひるんだ。そこを見て、2体の召喚獣で攻撃する。だがそこに、2体のモンスターが横切る。

「ッ!?」

 横切ったモンスターは、三咲の召喚獣だった。

「あんたばかり、良い事しちゃってズルイぞ。あたしも戦う」

 そう言い、戦闘に参加してくれた。三咲の力が加わったのもあって、≪ハンモース≫はすぐに倒せた。

 ≪ハンモース≫が消えていき、その場にカードが残った。俺はそのカードを拾った。

「勇者の剣とペット集結……」

 2つのカード。名前から考えて「勇者の剣」は俺、もう一枚は三咲のになった。

 カードを分けたらいつもの場所、スゴロクのマスに戻った。

「倒したんだよね……、倒したんだよね! やったーッ!」

「けど、ゲームクリアじゃないな」

 いきなり三咲のテンションが下がる。こんなに早くゲームが出来るなら、もうとっくに終わってたかも知れない。

「さあ行こうぜ。パッパと終わらせようぜ、三咲」

 そう言ってサイコロを転がす。



 この世界、ドラゴンブーストに似た世界は大きく5つに別れている。そこで一番強いモンスターが出てくるステージ「火山」では、現在、全体の7分の1の人がいる。

 しつこいようだが、7分の1の頂点にいる男。それが今、このゲームの最終ボスと戦っている。ボス、それは自分。

「くそ! 俺と同じモンスター使いやがって!」

「そうだよ、君と同じモンスターさ。君と同じアルバム、君と同じレベル、君と同じブースト。違うのは、中身さ」

「俺様の中身がカスって言ィてェのかァ!?」

「そう言う事だな」

 青年は怒りに満ちあふれた。素速くカードを操作し、攻撃する。

 周囲はあり得ないほど静か。生き物が居ないようだ。だからここにいるのは青年と青年の姿をした敵の二人だ。

 ここの決戦場の近くにある火山が不気味に煙を上げている。

 青年は次々と攻撃を繰り出す。だが、敵は全てを交わす。

「君に僕との違いが分かるか? それはね、技量なのさ!」

 敵は青年とは違う攻撃を繰り出す。これは青年の攻撃が間違ってると見せつけているようにも見える。

「まだ分かってないようだな、てめェ。俺とおめェの差を教えてやろうか。それは、力だ!」

 青年は攻撃を止めない。「スイッチ」とは違うが、攻撃に無駄がない。しかし、攻撃が避けられ、当たったとしても大きなダメージにはなってない。

 敵は小さなスキを狙って確実に攻撃してくる。スキを確実に攻撃されると、どうしても致命傷では済まない。

「ぅッ! く、クソぉぉぉおおッ!!」

「例え君が攻撃しても、僕にはかなわない。だって、僕は君だ」

「てめェ!」

 そう叫びながら敵の本体に向かっていく。そして、拳を引いた。



 -現実世界への道-



「だいぶ倒したねー」

 結構、陽気に話す三咲。理由としてはさっきのバトルマスで勝てたからだ。

「だから何度も言ってるけど、アレはスライム級の雑魚だぞ。雑な魚でザコって言うんだぞ。あんなスライム級の魚なんて一発で倒せるだろ」

「でもあんたは倒してなーい。だからあんたはザコなの」

 ルンルンうきうきの三咲がこうなるまでを詳しく話そう。

 さっきのバトルマスでは、何かのゲームに出てくるスライム級の雑魚モンスターだった。

 雑魚ザコ言っているが、本当に雑魚だ。≪ファスフィシュ≫という。おそらく、「ファースト・フィッシュ」でファスフィシュだ。ファーストは最初に出てくるような雑魚モンスターだからで、フィッシュは魚だからというのもあり、雑魚でもあるからだ。

 三咲の言う通り、俺は倒してない。正しくは倒させてあげた。あの時は防御だけして攻撃をしなかった。

 俺は三咲がない言おうとどうでも良い。ただ、戦いを経験させてあげられたからそれで良いのだ。

「そんな雑談してないでさっさと行こうぜ」

 サイコロを転がすと三咲が話しかけてきた。

「あのさ、元の世界に戻ったらさ、一緒にご飯とか食べよう……」

 何か少しだけ照れていた。俺は考える事無く答えた。

「三咲がカルチャーショックを受けないなら良いけど」

「は?」

 三咲には何を言っているのか分からなかった。首を軽くかしげながらサイコロを転がした。

 進むと途中で止まる事になった。ストップマスだ。だが、今までのストップマスとは違った。そこは暗い赤色のマスだった。

「BOSS? てことはここをクリアすれば……」

「そんな訳無いでしょ。まだ先にますが続いているし。多分、エリアボスとか、そういう類のモンスターでしょ」

「そうか。三咲、準備は良いか?」

 俺は頷いているのを確認し、呼吸した。そして、READY?を選択しステージが変わる。

 そこには何もなく、静かであった。

「ボスなんて居ないじゃないの、このバカ」

「バカ言うなッ! 多分、アニメーション的なのがあるんじゃない?」

 ここで俺の言うアニメーションとは、ゲームでラスボスの所に来ると、登場してくるアニメーションがあるという事を指している。その方が雰囲気が出るからだと思う。

 俺の考えは的中していて、地面がドスン、ドスンと揺れ始めた。

「な、何!? 地震?」

「違う、モンスターだ」

 ここで常識的に考えるなら大型モンスターが歩いてくるのを想像するが、現れた影が小さい。それに宙に浮いている。

「一体、なんだ……」

「あれが地震の原因な訳なの?」

 やっと俺らは地震の原因が分かった。

「木が……倒れている、──キャッ!」

 いきなり突風が吹いた。地震の正体は突風によって木が倒されていたのであった。俺達は敵の名前とレベルが分かった。だが、それは想像以上の物だった。

 予想としては20レベル、高くても30にはいかないぐらいと考えていたのだが、

「フウオウ……」

「レベル……72!?」

「あんたそれ、おかしいでしょ。今までので一番高かったのでも17だったでしょ」

「あぁ……。何かのミス、いやバグだ。俺達が常識では倒せる相手じゃない」

 すると、横にウィンドウが現れた。

 -ここ、自然の土地は日々平和であった。だがある日、嵐が来た。その嵐が産んだ風の王『フウオウ』。日々進化し続け、この地域では最強の召喚獣となった。もし、見かけたら逃げろ! 危険だ! 近づくと突風で飛ばされてしまう。勇者よ、戦うのなら気を付けろ………-

「どういう事? あんた分かる?」

「詳しい事はよく分かんないが、こいつはとても強いと言う事だ」

 最後の言葉、勇者よ気を付けろ。

「ちょ、あんた震えてるよ」

 俺は震えていた。こんな現実世界、ここで終わるのか。こんな所で終わるのか。ゲームオーバーなのか。これはゲームじゃない。でも、ゲームなら、ゲームなら。

「これは、ゲームだ……」

「え、何?」

「こいつを倒さなきゃ、俺達が生きて帰れる保証はない。三咲、行こう」

 そう自分に自身付け、アルバムを開く。

「あんたの言う通りね。立ち止まっているよりも進まなきゃね」

 三咲もアルバムを開いて、仲間を呼ぶ。基本的には召喚獣は変えてないが、ブーストをして各召喚獣を強化した。

 俺はいつも通り、≪プチ・バード・ドラン≫と≪ちっぽけな勇者≫を戦闘準備し、≪L・グリーン≫を防御態勢を取る。三咲は≪ペット・ファルコン≫を戦闘準備にして≪ペット・タートル≫を防御態勢にして≪ペット・キャット≫は、そのまま動かさない。それには理由がある。

「さあ、行こう!」

 俺は素速くカードを移動する。ブーストしたおかげで連続攻撃が増えた。だが、全く応えてない。

「くそッ! 全く効かない!!」

 来る、敵からの攻撃が。人型の≪フウオウ≫は手を開き、何かを出そうとしている。普通に考えたら、竜巻とかだろう。案の定、両手からは竜巻が出てくる。狙いは召喚獣ではなく、俺らプレイヤー!

「三咲! 逃げろッ!!」

「何のためにキャットちゃんをそばに置いてるの!」

 三咲は≪ペット・タートル≫を自分の前に持ってきて、攻撃を少し防ごうとした。もちろん、それだけでは耐えきれないから≪ペット・キャット≫の特殊効果を使う。

「キャットちゃんは、相手の攻撃を少しだけ自分が受けて、受けたぶんの3倍の攻撃をするの。全ては受け止められないから、カメちゃんが少し受けて残りをキャットちゃんで!」

 作戦通り、防御も吸収も完了。残るは攻撃。

「いっけー、キャットちゃん!」

 ≪ペット・キャット≫はにゃにゃにゃにゃー! と鳴きながら、口から光が出る。それは光線となりレーザービームを作り出した。だが≪フウオウ≫の風で吹き飛ばされた。

「あー!! なんで飛ばされんの!?」

「そんな見え見えの攻撃じゃあ避けられる。もうチョイ考えようぜ」

「あんたは黙ってて!」

 怒鳴りつけたが、三咲はしっかり理解したようだ。この時の三咲の眼は力強く、たくましく、美しく見えた。

 俺は≪プチ・バード・ドラン≫で相手を誘い出し、≪ちっぽけな勇者≫で攻撃するという作戦に変更した。≪ちっぽけな勇者≫は他の召喚獣とは違い、獣のようなモンスターとは違う。そのため他の召喚獣と能力が違い、相性があまりよくない。だが、小型系の召喚獣だと相性が悪いとは言えない。

 このことは、敵モンスターでもとらえられる。モンスターが大きいと≪ちっぽけな勇者≫は相性が悪くなる。

 その反面、小型モンスターが攻撃されると相性の値がリセットされる事がある、というスキルを使おうという考えだ。もちろんの事、小型モンスターの類に≪プチ・バード・ドラン≫は入っている。

 俺はそれを実行しようとカードを動かす。その指示通りに召喚獣が移動、誘導する。≪プチ・バード・ドラン≫は素速く動き周り、敵を翻弄する。残像が何十体、何百体にも見える。

 その間に≪ちっぽけな勇者≫は後ろに回り込んで攻撃タイミングをうかがう。実際、攻撃タイミングの指示をするのは俺本人のはずだが、意思疎通しているようだ。

 三咲は緊迫した眼で俺を見る。焼けに周りの風が強く感じる。これは緊張と集中のせいなのか、≪フウオウ≫のせいなのか……。

「今だッ!」

 そのかけ声と同時に≪ちっぽけな勇者≫が前に突進する。もはやかけ声は俺の声ではなく、こいつから感じた声なのだろうか。

 ≪プチ・バード・ドラン≫を上手く空中回避させ、≪ちっぽけな勇者≫で攻撃する。これなら急所を付けてクリティカルヒットだ、と思った時に、

「い……いない」

 いつの間にか≪フウオウ≫はいなかった。そこには見事に空振りした彼しかいなかった。

「後ろッ!」

 三咲が叫んだ。俺は慌てて後ろを見ると、そこには奴がいた。

 急いで地面に回避しようとしたが、間に合わずに攻撃を受けてしまった。

 俺を中心に竜巻が発生した。大きさ的には力士でもスッポリ入るくらいで、刃で皮膚を切るような痛みを感じた。

 思わず声が出てしまう、声というなの悲鳴が。

 竜巻に飛ばされて、地面に叩き付けられる。体中が悲鳴を上げる。今までに体験した事のない痛み。内臓全てが重力に負けて、下に落ちていくような感覚が残っている。

 自分のライフバーを見ると、半分までは行かないが大きなダメージを負っている。これは精神的にも大きなダメージだ。そして言葉がよぎる。──これは現実──

 三咲が駆けつけてきた。

「あんた大丈夫!? すごいダメージを負ってるし……。今はこれしかないから」

 そう言ってポケットから何かを取り出す。薬草だ。ただの薬草ではなく、完全に体力が回復するという薬草だ。

 それを入手するのは偶々だったが、使うのは勿体ない。だから答えはこれしかない。

「三咲、ありがたいがな、ここで、使うわけには、いかねー、よ」

 息が荒くなって、言葉さえまともに言えない。そんな状態で立ち上がった。足が生まれたての馬のようにプルプルしている。

「何で立ち上がるの!? 何であなたはそこまでして危険に立ち向かうの!?」

 分かってる、分かってるんだ三咲。俺が戦う理由なんてない。怖くない訳じゃない。ただ、負けに行くわけでもない。俺は心で誓ったんだ。俺は俺の心に誓った。俺は自分自身の本当の心に誓った。


『これは、ゲームだ!!』


 俺は歯を食いしばり、目の前の危険と向き合う。≪L・グリーン≫も≪プチ・バード・ドラン≫もアルバムにしまう。その後に召喚獣を出す気配もなく、アルバムを静かに閉じる。そして目も同時に閉じる。

 心を落ち着かせる。それと同時に心の中で誓いを思い出す。「これはゲーム」「ゲーム世界にいる」と心で何度も言い返す。

 落ち着いてきた自分に問いかける。俺が今すべき事、それは……、

「かつッ!!」

 一気にカードを動かす。無謀な攻撃と分かっている。だが、今はこれしかない。このちっぽけな希望に全てを賭ける。

 全ての思いをこの攻撃に、全ての思いをこの剣に!

 ≪フウオウ≫の攻撃を上手く切り裂き、頭上へ舞う。

 これはゲームなんだ。そう考えるだけでこいつに勝てるという自信がついたのだ。

 根拠なんてどこにもない。確かな方程式は組まれてない。

 だけど、俺をここまで奮い立たせてきたのはコレだったんだ。

 ちっぽけな一撃は大きな幕を閉じ、大きな扉を開くカギとなった。



 火山地帯での決戦。こちらでも、幕が閉じ扉が開いた。

 一人の青年が立ちつくしていた。ここでは青年と青年に似た敵が戦っていた。

『勝利を君にあげよう、力原大牙りきはらたいが君』

 この青年、力原大牙は自分に勝ち、ゲームをクリアしたようだ。

『君に良い事を教えよう』

「聞かねェーでも分かるァ。どォせ元の世界に戻れるとかだろ。それか、今までにどっか行った奴は生きてるから安心しろとかだろ。俺には関係ねェ」

『違う』

 だんだんと世界がタイル状になって散っていく。そして、真っ白の世界へとなっていく。

『君が楽しめる話さ』

「どー言う事だァ?」

『神道龍牙って奴なんだが、君に匹敵する強さを持っている』

 力原はそれを聞いて頭にきたようだ。

「俺様に匹敵だとォ? 調子のんじゃねェ。俺様がトップだ」

『その自身はどこから来る事か。とにかくだ、神道龍牙は君にとって楽しめる存在だ』

「ほほォ、言ってくれるじゃねェか、オイ。そいつはどこにいる」

 アナウンスはため息をついた。それもかなり大きいものだった。

『始まりの街さ』

「ふざけてんのかオラッ! そんな奴が俺様と同等だと!?」

『一度会ってみるといいさ』

 会話がここまで進んでくると、当たりは真っ白の世界となった。

「神道龍牙………ぶっ殺す」

 アナウンスはその息だと言って通信を切った。

 力原の言葉。それに迷いはなく、嘘でも冗談でもない。これは彼の本心だ。



 背景が白くなり、スゴロクのマスも消えた。

「ねえ、これってゲームクリアって事?」

「そうなるのかな……」

 俺に三咲、それ以外にも多くの人がいる。ここにいる全ての人がこの世界にいた人だろうか。学生を初め、サラリーマンや主婦など様々な人がいた。

「でも、アレがボスだったのか……?」

「良いじゃん別に、元の世界に戻れるなら」

 三咲は笑っていた。これは現実だったんだ。こんな笑顔はゲームでは見れないだろうから。

 その言葉で安心したし、これで良いんだと思えるようになった。

「ん? 何かメッセージが来てる」

 メニューを開き、メッセージを選択する。題名に『ゲームクリアおめでとう諸君』と書いてあった。きっとアナウンスの奴からだろうか。

 本文にはこう書かれていた。

『おめでとう諸君。君たちはゲームをクリアする事が出来た。一人の青年によってこのゲームは終わった。もちろん全ての人間を元の世界に戻そう。

 あまり長く話すタイプじゃないからそろそろ終わりとしようか。元の世界に戻るにはメニューからログアウトしたまえ。ゲームオーバーになった者はすでに元の世界に戻っている。

 だが、クリアした君たちに褒美がある。今まで手に入れたカードをプレゼントしよう。役に立つ時が来るさ』

「何か意味分かんないね」

「俺らがクリアした訳じゃないようだな」

 正直、こんな事は言う必要がないと思っていた。

 少し周りを見てみた。気が付くと人が少なくなっていた。ログアウト出来る証拠だ。だが、三咲は何か不安な表情をしていた。

「ねえ、本当に戻れるよね……」

 その疑問、少しは引っかかっていた。けど、これは現実なんだと思えるからこそ答えが言えた。

「戻れるよ、絶対に」

 三咲がわずかに頷いていた。表情がよく見えなかった。なぜか後ろを向いていた。

「あのさ、あんたの名前、教えて……」

 こちらに顔を向けずに三咲が言った。最初にも言った気がしたし、今更なんだよと思う気持ちもあった。けど、俺は素直に答えた。

「神道龍牙」

 そう短く言った。そこに、三咲から考えなかった答えが返ってきた。

「ありがとう、龍牙」

 俺は初めて名前で呼ばれた。それが少しだけ嬉しかった。刹那だがそう感じられた。

 気が付けば、辺りには俺らと数人の人しかいなかった。そのどれも、俺らと同じパーティーを組んでいた人たちと思った。それも少しずつ減っていた。

「そろそろ時間だな。もうそろそろログアウトする準備でもするか。三咲ももう戻るだろ?」

 三咲は静かにうなずいた。俺の心の中にも寂しいという感情が生まれた。

 もう、これ以上話す理由はない。俺はメニューを開いた。三咲もメニューをゆっくり開いた。

「じゃあね、龍牙。また今度ね」

 三咲はそう言葉を残してこの場を去った。少しずつ、足元から消えていく三咲。光を放ちながら消えていく。その光は三咲自身の輝きと思えた。気のせいかもしれないが、三咲の顔に一粒の涙があった。

 この空白の世界から、三咲由菜の姿が消えた。それを確認して俺もログアウトしようとした。ログアウトの項目を選択し、自分の足が光を放ちながら徐々に消えていく。

 自分の胸ぐらいまで消えてきたとき、

『……ぶっ殺す』

 その声は、後ろから聞こえた。俺に放たれた言葉じゃないかもしれない。だが、俺に向かって言っているように聞こえた。微かだが、自分の名前が呼ばれた感じがしたのだ。

 周りを見渡すが、誰もが話している。ただの空耳なのかもしれない。そう考えている内に体すべてが消えそうになっていた。

 そして、辺りが暗くなっていった気がした。



 -これが本当の現実-



 気付けば校門の前に立っていた。見慣れた門、風になびく木々の葉たち。何事も無かった様に建っている校舎。普段通りに登校していく生徒たち。

 ここは本当の現実世界。戻って来たのだ、この現実世界に。

 持っている携帯電話で時刻を確認する。液晶には8時18分と表示されていた。登校時間まで余裕がある。俺は学校の敷地内に足を踏み入れた。

 いつも通りに下駄箱を開けて、外履きと上履きを入れ替える。そのまま階段を使って3階まで上がる。そして自分の教室、自分の机に足を運んだ。かばんを置いて椅子に座り込む。

 思い出せない記憶は、本当に思い出せない。どうやってあの世界に入り込んだのか。どうして校門の前にいたのか。どうして俺が立ち止まっていたのを気にしなかったのか。まるで当たり前のように時が過ぎていく感じがした。

 それに、制服のポケットに入っていたリング、いわゆる指輪。こんなものは持っていなかった。これがご褒美なのだろうか。

 ためにに指にはめてみた。そして小さな声で「アルバム」と言った。

 すると目の前にカードが現れた。いきなり出て来てきたから驚いてアルバムを隠そうとした。だが、誰もアルバムの存在に気付いてないようだった。だから俺は隠すのをやめた。

 時刻が8時30分、朝のホームルームの時間になった。俺は少しあの世界が気になっていた。というより、かなり気にしている。

 このクラスには俺と同じ体験をした奴が居なさそうだった。普通に時が流れていって、変わった世界に行った気配を感じなかった。

 その後も授業はいつも通り進んだ。俺のはめているリングにさえ気付く人も居ない。これはあの世界に行った人にしか見えないのだろうか。

 この世界は、あの世界よりも平凡であることを改めて実感した。


 時間は流れていった。変わったことは一つも無く、他人の会話を聞いても変わりなかった。

 何も変わらず、約一週間が経った。あの日から、九童院生から離れて歩くようになった。九童院とは新六浦九童院高等部のことである。その生徒から離れるようになった理由は一つしかない。

 三咲由菜に会わないようにするため。あいつに会ってはいけない、近づいてはいけない、触れてはいけない。そんな気がする。否、そうなのだ。あの印象的な制服を見るたびに歩く道を変えていた。あの美しげな髪に似た人を見かける度に顔をそむけた。

 俺は弱い。小さな存在だからだ。本当にちっぽけだからだ。

 今日もいつも通り、というよりいつも通り避けて帰ることにした。意思は変わらない、会ってはいけない。これが、現実なのだから。

 そう考えて歩いていると、歩道橋に足が運んでいった。ここは、九童院生がめったに来ないとされている場所である。ほとんどに生徒がこの近くの駅に向かうので、この歩道橋に来る生徒は手で数えられるほどしかいない。

 歩道橋を登ろうとしたとき、九童院生達に会ってしまった。俺は焦って下を眺めるように、携帯を開いた。彼女らの会話が聞こえてきた。

「ねえサキ、聞いた? お嬢様の話」

「お嬢様って三咲由菜先輩のこと?」

「そうそう。先週、佐月先輩を振ったらしいの。それも喧嘩とかしてないのにだって。どうしたんだろうね」

「何か、もっと大切な人を見かけたとか言ったらしいよ」

 俺はビクッとした。三咲の話をしていた。

 ん? 待て、この会話、気になる。三咲は付き合っていたのか。だが、俺には関係ないことだと思ったが、少し気になってしまった。俺の心の中には矛盾点がまだあったのだ。

「話変わるんだけどさ、最近『学校荒らし』ってあるらしいね。何か、しんどうりゅうだーとか言ってるらしいよ」

 しんどうりゅうだって、俺のことか……。もしかして、あの世界でログアウトするときに聞こえた「殺す」という言葉を放った奴かもしれない。

 彼女らが歩道橋を降りたのを確認し、気付かれないように後をつけることにした。ただのストーカーになるが、構わない。自分の身が危ないのかもしれないのだから。

「学校に乗り込んでは、男子生徒を脅して名前を聞いていくらしいけど……、女子も名前を聞かれたりするらしいの。それも結構監房に聞くらしいよ。同じ苗字の「しんどう」っていう人を病院送りにしていくらしいよ。もう一三校も被害を受けてるらしくて危険だね」

 俺は立ち止まった。本当に殺される。あの言葉は本当だった。現実がはっきりと見えてくると、俺は怖くなってきた。おそろしい、恐怖、牢獄、地獄、破滅、終わり。どの言葉も当てはまらない。ただ、目の前の絶望が近づいてる気がした。余命が告げられ、心配になる気持ちがわかる。

 ここにいても怖いだけで、走った。走ったところで意味が無い。走ったって、疲れたってこの後に起きることは変わらない。

 歩道橋を駆け上がり、一人の青年とすれ違う。その青年は呟いてた。

「………殺す。絶対に、殺す! 神道龍牙ッ!!」

「やべッ!」

 思わず声を出してしまった。すると青年が勢いよく振り返る。その表情は不気味な笑みを浮かべていた。獲物を見つけた獣のように。

「おまえか、おまえかー!! やっと見つけたぞ! おめェをぶった切るッ!!」

 俺は逃げた。全力疾走とはこのことだろうか。疾風のごとく、俺は歩道橋を駆け上がる。だが、思いもよらぬ出来事が起きてしまった。有ってはいけないことであり、会ってはいけないことだ。

 俺の視界には三咲と同じ制服の女子生徒がいた。視界には入ったが、俺は無視したまま横を駆ける。こうしたところで三咲が気付かぬ訳が無い。

 三咲は慌てた素振りを見せた。その横をもう一人の青年が通り抜ける。

「あれ、三咲? 知り合いなの?」

 三咲の友人が声をかけた。少し焦った状態で、二人が駆けて行った方へ体を向けて言う。

「ごめん、用事できたからさき帰ってて。また今度、帰ろうね」

 早口な口調で言葉を残して去ってしまった。友人さんはクスクス笑いながら帰って行ってしまった。

 そんなこんなで整理すると、俺は青年に追いかけられ、三咲は俺の後を付いて来てると思われる。

 俺は今でも全力疾走、と言いたいが疲れ果てている。もう気付けば隣町に来ていた。後ろを見ると、三咲も俺を追いかけてる学校荒らしはいなかった。そういえばここまでどうやって来たんだろか。この事で、少し前のことを思い出した。

 あの時もゴールが見えなかった。だが、見えたときは嬉しかった。だが、今回はゴールが見えると絶望という感情に押しつぶされるだろう。あの時と違うのは環境だけではない。精神もだ。

 いつのまにかどこかの貨物庫の裏道だった。近くには階段があるだけであって、倉庫に囲まれている。まさかと思うが、階段の上から学校荒らしが来るのではないか。この想像は、本当になった。ゴールが見えてしまったのだ。

「しんどォ、りュうがァ。お前の運命はここまでだァ。ここで、俺のほゥがつェーいことを証明してやるぜ!!」

 青年は勢いよく、階段を駆け下りる。いや違う、飛び降りてきた。俺との距離が一瞬にして縮まった。

 これは逃げなくては危険だ。そう察知した俺は体をねじりながら走り出す。後ろを振り向くと、そこには大きな球体がいた。これは現実のものではない。あの世界の生き物、召喚獣だ。

「ここからは逃がせねェからな。俺はテメェーが俺よりつェー事が許せねェ。だから、俺はテメェーをぶっ殺す」

 こいつは誤解しているのか? こんな俺が、あんなやつに勝てる訳が無い。なのに何故。どうして。根拠は。

 様々な疑問点が多く出てきた。ただ、俺がしなければいけない事が一つだけある。今ここで戦わなくてはならないが……、俺は戦えない。

 俺は疲れ果てた体に、酸素を大きく、多く入れた。息を止めて球体の左側に走る。だが、

「ぅがッ!!」

 球体が突進してきた。口からは血混じりの唾が飛ぶ。遠くに飛ばされた俺の体は、壁にぶつけた湿ってる布のようにゆっくりと落ちていく。

「言ってんだろォ? 逃がさないって。いいかげん俺と戦え。そうすれば、きっと楽になるさァ。こいよ!」

 青年は不気味な声で言う。口調からしても機嫌が良いとは言えない。

 俺の心の中に戦わなくてはいけないと思う気持ちがある反面、逃げたいという本心がある。仮想世界なら簡単に判断できる話だ。だが、これは現実。三咲に会いたくなかったのもこれだ。ゲームでは散々いろんなことを言えたし、色んなことも出来た。だが、現実世界では違った。俺は臆病なのだ。現実が怖かった。

 そう、自分の中でスパイラル、繰り替えされていき、だんだんと悪いほうへ向かっていった。だが、そんな思考を妨げることが起きた。

 俺の後ろの壁が突如無くなた。大きな音を立てて崩れていった。俺は変な声が出てしまった。拍子抜けの声は響くことなく、崩れていく音に吞まれていく。

 転がりながら後ろへ倒れていく。気付けば、倉庫の中に転がっていた。目を開けるとそこには人がいた。何か似ている、あの時と、あの人と。そう、あの時と同じだったからだ。それに、辺りは俺が入り込んできたところではなかった。どこかに移動されたのだろうか

「いつまで寝てんのですか。早く起きてください。話したいことがあります」

 話したいこと。この声は、三咲!? あれ? でもなんで、と疑問点が浮かんできた。だが、三咲の周りには小さな動物がいた。どれにも真珠のような丸い宝石が付いている。これは「ペット」の特徴だ。

 俺は起き上がる。すると三咲が勢いよく、俺に顔を近づけてきた。

「ねえ、何で戦わないのですか? あなたはもっと勇敢なはずです」

 あれ? 三咲なのか? そんな疑問をぶつけてみた。

「おまえ、本当に三咲か?」

「はい、三咲由菜です。申し訳ございませんでした。私はログアウト時に言おうと思ったのですが言えず、会ってお話をしたかったのです」

 本当に三咲だ。言い方は違うが、声の癖は変わらない。疑う点はそれだけで、制服の着方や目の色に髪の質は三咲だった。

「神道さん、提案があるのです」

 提案があるというのはどういうのかと聞いてみると、驚きの答えが返ってきた。

「こうやって一緒にいられたのも何かの縁です。自分を隠していたのですが、あなたに会えなかったら理想の自分、あの世界の自分にはなれませんでした。あなたはあなたのままだった。それが嬉しかったのでもあったのです」

 なので………、

「良ければなのですが、私とお付き合いさせてください」

 いきなりの言葉。この状況でいう言葉ではないと思うし、三咲がこんなことを言うとは。だが、答えはわかっていた。自分も殻の中に居たんだ。籠の中の鳥だった。自分だって隠していた。

「それは無理な答えだ。これはあの世界の俺じゃない」

「何でそういう事言うの!? こ、これで良いでしょ。お互いあの世界のようになろ」

 少し照れながら言ってるが、俺には関係ない。だって、だって………、

「俺には無理なんだッ!! あんなもんと戦えない! 怖いんだよ……」

 そうだ、今言ったように俺は弱い。俺には無理なんだ。怖くて、怖くて、恐ろしい………。あんな怪物と戦えるほうがすごい。今すぐにでも、鍵を閉めた部屋にこもりたい。だが、

「何言ってんの!! あんたは強い。≪フウオウ≫の時だって立ち向かった。なのになんでそうやって逃げるの?」

「あれはゲームだったじゃないか! ゲームなら、理想の自分になれる。現実とは違う自分になれた。でも今は違う、ここは現実。あの世界とは違う」

「矛盾してます。あんたはカッコよかった! あの時、立ち向かうことが出来たじゃない。あの世界は現実ってあなたが言ったのではありませんか!! あなたが現実と言ったから私もこうやって言えてるの。たまにおかしくなるけど、あなたがいたからこそ、こうやって会えて話せてる」

 そうだ。あれは現実だった。現実であったのだ。俺の頭から逃げるという発想が消え、ほかのことが生まれる。俺が今しなくては行けないこと。

 気付けば俺の≪プチ・バード・ドラン≫が出ていた。その周りには三咲の「ペット」達もいる。

 分かってるよ、みんな。俺はリングをはめて起き上がる。そして一言つぶやく。

「すまん三咲」

 その一言で三咲の顔から笑顔が生まれた。

「俺が間違っていた。さあ行こう、三咲。けりをつけよう、あいつと」

ここから先は、皆様のご想像にお任せします。

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