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休日の過ごし方

 休日の日は何をしてるんですか。そんなことを聞かれたことはあるだろうか。その聞いてくる相手は別に休みの日に何をしているのかなんて実際には興味を持ちもしないだろう。他愛のない雑談の一つ。正確に言えばまだ相手との距離を測られている段階だ。どれだけその距離を縮められるか、それはその答え方によって変わる。別にそんなことを聞いてきた相手と距離をとりたいわけでもないんでもない。ただ答えられないし、日曜の夜には自分自身に問いかけてもいる。休日の日に何してるんだろう、と。

 俺は小説を書こうとしている。他人との距離が分からなくなったのが先か、小説を書き始めようと思ったのが先かはよく覚えていない。とりあえず休日には小説を書こうとしている。もちろん他の人に小説を書いてるなんぞ言えるわけがない。いつか言える日が来るとすれば、それは職業を兼業でも物書きと名乗ってよくなった時。そして俺の頭の中にある話は文に起こせば必ず小説家にさせてくれるものであると信じている。自信はある。そう、それを書けているならなんら問題ないのだ。

 道端のカラスを飼育する中学生の話、アルミが枯渇に向かう中での一円玉の話、戦下から現れた地底人のお話、頭の中にそんな話が浮かんでくる。あとはそれを文章にするだけ……するだけなのだ、それだけのはず……

 今時小説を手書きで書く人などいないだろう。まずパソコンを立ち上げないといけない。休日の一日を執筆に捧げる気でいるのだ。もちろん午前中から取り掛かるべきだろう。だが、週末になって顔を出す疲労はいつもより三時間は多く寝ないととれない。そしてその時間から書き始めようとするとどうしても昼時手前で捗り始めたころに空腹で中断を余儀なくされる。それならしない方がましだ。テレビを見ていればいつの間にか長針が二周する。ため込んだ家事をするのに重い腰を上げる。そんなこんなでやっとパソコンの電源が付く。空はほのかに赤い。季節によっては真っ赤に燃える。その時点で書こうとする意欲は太陽と共に落ちる。作業するにはバックに音楽が流れていないと集中できない。探す。何か面白い記事を見つける。参考のためだ。面白いゲームを見つける。まだ時間はあるからやってみよう。ちょっと遅い夕食になってしまったな。パソコンを消す。次に点けられるのは一週間後だ。そうじゃなくともこの日に物語が進むことがない。

 休日の日に何をしているんだろう。満足感など一つもない。やりたいことはなんだっただろうか。毎週同じだ。次はちゃんと書こう。明日は書こう。一月に二百字もかければよい方だ。字数はたまに減る。文字を読むとよくわかる、頭の中が上手く表現できていない。技量が足りないのか。やる気をなくす。何かに邪魔されるのだ。どうしてか書けない。でもそんな状況について何とかしなくてはと考えはするものの焦りはない。だらけるのは大好きだ。書けない理由がこの気力のなさから来てるのだろう。ただ書けなかったことを気に病む。こんな充実しない日々を送る。

 ある週末のことである。小説のネタ探し、そして少しだけ書けていないことについて悩みながら道端を歩いていると如何わしい占い師に呼び止められた。サイズの似合っていなさそうなダブダブの衣装。男性か女性化もよくわからない。ミカン箱をテーブルに、テーブルクロスは母親のパンツのような柄。街路樹と道の境の段差を椅子にして。魔法使いがかぶる様な帽子でこちらから目が見えない上に、焦点の全く合わない虫眼鏡から俺を見てくる。疑ってくださいとしか言えない格好だ。

「失礼ですがあなた、お悩みのようですね」

「……はぁ」

「あなたは今つかれている」

 変なやつに絡まれた。声から察するに女だろうか。長く話せばお金でもとられそうだ。話術は特に上手いようにも思えないが。カモだと思われたのだろうか、腹が立つな。

「そんなこと言われましてもね、誰しも悩みは持ち合わせているものです。特に俺なんかは疲れてることが他の人にも伝わるようにして生活している。だから誰も近寄らないわけだし、そんな奴にお悩みがどうこう言われようと鈍い返事しかできないものですよ」

「つかれているというのは憑りつかれている、という意味ですよ」

「今しがたあなたに憑りつかれてしまいましたね」

「……こんな人の目がある場だから出来る限りオブラートに包んで話してさしあげようとしているのに。その気ならいいでしょう。今ここで詳しく話してあげようか。あなたはいつも休日にしようと思っていることが出来ないでしょう。それはあなたの意思とは別のもの、そいつが憑りついているせいなのです。それなりの金を払ってくれるというのなら別に追い払ってさしあげますが。もちろん料金は後払いでも結構ですよ。実際に取り払われたことを体で感じて……」

「なんだって……」

 なんとも胡散臭い占い師だ。いや、こいつは占いをするわけでもない。詐欺師と言う方が似合いそうだ。しかしどうだろう。俺には騙される気などさらさらない。それにどう転んだとしても小説のネタになるだろう。食いつかないこともない。その上この詐欺師が言うことが本当になればこれ以上嬉しいことはない。

「いつ取り払えるというのだ? それにどれだけの金がいる」

「今すぐにでも……お金は、五千円程度でどうでしょう?」

「よし、ならやってもらうか」

「ではもう少し、こちらに寄ってください。左手を甲を下にしてテーブルの上に乗せて」

「なんだ。ここでもう追い払うことが出来るのか」

 俺は手を差し出す。手首を脈を計るように握られる。そうして誰かに話しかけているかのように言葉を発する。日本語には聞こえず、何か呪文めいたものだのだろうか。

 だんだんと左手が温かくなっていく気がした。そこからエネルギーがしみこんでくるような。その温かみは腕へ肩へと進んでいく。不快感はない。その温かみが胸と頭に達した瞬間急に喉の奥から何かが飛び出してくる感覚に見舞われる。

「おっぅ……あ゛……げぇ!」

 口から何かを吐き出した気がした。猫が毛玉を出すような、きっとそれに似ていた。だが、何も見えない。詐欺師、いや占い師はまだぶつぶつ言っている。呼吸が落ち着いたところで占い師が手を差し出す。

「さあ、終わりだ。これであなたの休日は充実したものになるだろう。もう、変なものに邪魔されることもない。さて、五千円いただこうか」

「……ああ。ありがとう」

 さっきまでの現象はなんだったのだろう。本当に何かが憑いており、それが祓われたのか。いずれにしても貴重な体験をしたはずだ。妙に気分もよくなった。五千円払うことなど何とも思わない。

 色々気になることもあるがあれこれ聞くよりもまず家に帰りたくなった。明日は休日だ。それが嬉しくてたまらない。

 そうして休日。朝はゆっくりと寝ていたい気分はまだあるし、その思いに任せての二度寝は気持ちがいい。今日は一日だらだらと過ごすのがいいだろう……それにしても、どうして俺は小説なんて書こうと思っていたのだろうか。俺に憑りついていた何かは今頃別の人に憑りついている気がする。憑きものを払うことがあんなに安いわけもないだろう。だが、別に腹を立てることもない。あれとはきっと相性が悪かった。無い方がずっといい。

 休日の日はずっとだらだらとしている。これがどれほど素晴らしいことか他の人には理解できてるのか。これから次の休みまでの活力を一気に蓄える気分。休日の日には何をしているのか。そう聞かれたらこれからは堂々とずっとダラダラしていると答えよう。この日の休日は久しぶりに充実したものに感じられた。

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