表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねこじたトリニティ  作者: ニャンコ先生
第01章 猫舌カモミールティー
8/39

第08話 指名

 今夜の夜警担当のものが風邪を引いたらしい。こういった場合、冒険者に警備を依頼することが多いという。ただし、緊急を要することであるし、この小さな村では冒険者も少ないので、大抵は指名を行いその抜けた穴を埋めるのだという。

 そして今回はマリーさんと、そして僕にその指名が入った。


「ハルトしゃんは朝から働きづめにゃ。かわいそうにゃ。それにまだFランクにゃ」

「すまない、それは分かっている。だが人手が足りないんだ。それに働きづめなのはみんな一緒だ。俺もこの後正門側の警備に戻らなくちゃならない。夜間の警備はマリーさん一人にまかせるわけにはいかないんだよ。タミーさん、分かってほしい」

「うにゃ……」

 タミーさんはまだ何か言いたそうだが、とりあえず引き下がった。マリーさんはオルさんと小声で何か話し合っている。やがてマリーさんがこう言った。

「ごめんね。ハルトさん、私からもお願いするわ。引き受けてもらえないかしら」

 そのとき僕は、夜警なんて安全な仕事だろうと思っていた。だからタミーさんがかばってくれたことも、単に僕の負担が大きくならないように気を利かせてくれたのだと考えていた。

 それに、少し前のマリーさんの発言が、胸のあたりに引っかかっていた。それは「村から見ればあなたは余所者」という言葉だ。今度こそ、僕は試されているのかもしれない。そう思えた。

「分かりました。ぜひお手伝いさせてください」

 お世話になっているマリーさんの頼みだし、特に断る理由もないだろう。僕はそう思った。


 僕の返答に満足したのか、オルさんはうなずいた。それから僕の肩を叩き、声をかけた。

「すまんね。それからちょいと男同士で話がしておきたい」

 そう言って扉を出て行く。それについて行き外に出ると、オルさんは暗くなりかけた空を見上げながら、語りだした。

「もう分かっているかと思うが、この村は猫族たちの村だ。ネコビト族、ワーキャット、ワータイガーなど、猫科の獣人たちが集まって暮らしている。人間達から逃げるようにこの村にやってきた者もいて、人を恐れているものも多いんだ。これまでいろいろ観察させてもらったが、お前さんがこの村のことを探りに来たのではないことも、害をもたらそうとしていないことも分かっている。ただ、それだけじゃ納得できないやつらも居るわけだ。それにお前さん、漂流者だっていうじゃないか。村が一時、排除派、穏健派、中道派に分かれしまってな。話し合った結果、お前さんが村のために働いてくれるなら、ということでなんとかまとまりそうなんだ」

 そして僕に背を向け、オルさんは立ち去る。

「マリーさん、タミーさん、そしてアイちゃんに感謝しろよ。じゃあな」

 背を向けたまま片手を振り、オルさんは消えていった。事情はなんとなく掴めた。つまり排除派を説得するための材料が欲しいのだろう。そうと分かれば役に立つ男であることを証明してやろう。


 ギルドに戻ると、大きな盾が用意されていた。僕の身長ほどの長さがある。

「タワーシールドにゃ。貸し出すから、ちょっと重いけど念のため持っていくといいにゃ」

 たかが警備なのに、いったいどんな敵がくることを想定しているのだと思いつつ、ありがたく持っていくことにする。

 マリーさんからも盾を渡された、腕に固定できる小型の盾だ。タワーシールドはどう見ても重そうで、小回りがきかなそうだ。だから小型の盾はありがたいのだが、いくら盾カードを二枚装備しているからとは言え、多過ぎだろう。

「盾は充分なんですが、何か武器を持って行かなくていいんですか?」

「盾二枚差しなら、下手な武器を持つよりこれで殴ったほうが強いわよ」

 そういうものなのか。確かに鈍器として使えそうだが、剣か何かも欲しい。

「下手に武器を持つとどうしても気が緩んで守りが甘くなるのよ。だからそれで充分」

 ということなのだそうだ。何か出ると決まっているわけでもないし、マリーさんも居る。これでいいだろう。


 一旦家にもどり数時間仮眠した後、装備を整える。盾のほかに、さらに胸当てと兜を渡され、それらを身に着けた。タミーさんがいろいろ用意しておいてくれたのでとても助かった。そしてマリーさんと再度パーティを組み、準備は完了した。アイちゃんはタミーさんに預かってもらう。


 長い夜になりそうだ。人気のない道をしばらく歩いた。こちらのほうは人家が少ないのだという。

「こっちの方は寄り合い所とか、倉庫とか、粉ひき小屋とか、いろいろ施設が多いのよ」

 さらに歩く。建物もなくなり、やがて石の門が見えた。男達が二人、警備にあたっていた。

「交代です、お疲れ様です」と声をかけると、「ご苦労さん、お先に失礼」と眠そうな顔で帰っていく。

 しかしひどい状態だ。扉は壊れており、門からは外壁が延びていたが激しく痛んでいる。最近つけられたような傷跡も見受けられた。いくつか壁が崩れているところもある。修復中なのか、材料らしき石材が積んである場所がいくつか見えた。そして僕は、これが危険な任務なのかもしれないと、ようやく気がついた。

「まだ修復が間に合わなくてね。それにこれから収穫の時期と重なってしまって、人手が足りないのよ。『石工』の能力者が少ないのも作業が遅れている原因の一つね」

 しかしこれほどの損害を与えるような敵とは何だったのだろう。

「一ヶ月ほど前だったかしら、村が『分裂者』と呼ばれる一団に襲われたの。元は一人の漂流者だったみたいだけれど、分裂して増える性質を持っていたのよ。それでどこかで数を増やしていたのでしょうね。村は何度も襲撃されたわ。幸いみんなの尽力でなんとか撃退することができたけれど、被害も大きかったの。特にその増殖する性質が分かってからは、残党の掃討にかなりの労力を奪われたわ。村のみんなが漂流者にピリピリしている理由は、そんな経緯があったからなのよ」

 話が少し見えてきた。これまでのことを考えると、オルさんが言っていた『中道派』の意味するところが推測できる。多分、今人手の足りないこの村で、僕を有効に働かせようと考えている人たちのことなのだろう。そういった人たちが排除派と手を組んだら、ひょっとしたら僕は捨て駒として利用されたかもしれない。ちょっと怖いことを勘繰ってしまった。いや、これは少し考え過ぎだろう。

 それよりも、今はいい機会だ。感謝の意を伝えておこう。

「オルさんから大体の事情は聞きました。いろいろ僕のためにしてもらっていたようで助かりました。ありがとうございます」

 マリーさんは間違いなく、僕をかばってくれていたのだろう。おそらくタミーさんも、僕に味方していてくれたのだと思う。午前中のギルド内の片付けなんてことより、外壁の修復など仕事はあったはずだ。タミーさんの目の届く範囲に僕を置いて、守っていてくれたのかもしれない。────────いや、タミーさんは単に楽をしたかっただけかもとも思えてきた………………。少し自信がない……。

「いいのよ。それよりアイちゃんを助けてくれてありがとうね。おそらくあの子もどこか別世界からの漂流者だと思うの。置き去りにせず、一緒に連れてきてくれたことに感謝するわ。本当のことを言うとね、私はあのとき、ハルトさんを村から引き離して、どこか遠くに置いてくるように依頼を受けていたの。だけど子猫を抱いていたあなたを見たら、気が変わってしまったのよ」

 そうだったのか。僕はアイちゃんと出会う偶然がなければ、今頃こうしていられなかったのかもしれない。マリーさんは、僕から顔をそらすと、独り言のようにつぶやいた。


「あなたが私達の仲間を守ってくれたように、私もあなたを守ってあげるわ」


 それからいろいろな話をした。夜は長いのだ。村のこと、季節のこと、僕の居た世界の話、魔法の仕組み、カードの種類、マタータービ語のコツ、ほかに広まっている言語の話、人間や猫たち以外の種族のこと。

 話をするというより、どちらかと言えば教えてもらったことの方が多かったのだが、時には冗談を交え、楽しい会話であったと思う。


 その後、夜食をとった。タミーさんが用意してくれたお弁当である。ウッサーラビットの肉がメインで、パスタらしきものと野菜サラダ、それにスープが付いていた。「タミーさんが作ってくれたのよ」との話に、少し警戒してしまったが、意外なことにどれもこれも美味しかった。


 食事も終わり、警備に戻る。ふと、先ほどマリーさんが言った「私達」という言葉が気になった。

「一つ伺ってもよろしいですか?」

「なあに? あらたまって」

「マリーさんも、猫なのですか?」

 するとマリーさんは、しばらく考えたあと、僕に一枚のカードを見せてくれた。

 そしてそれを解除した。するとマリーさんの頭に、今までなかった猫耳が現れた。

「そうにゃ、私も、猫なのにゃ」

「猫耳、さわらせてもらって、いいですか?」

「お仕置きが必要かにゃ?」

 半分本気だったが、ちゃんと冗談と受け取ってくれたようだ。やさしく微笑むマリーさんの顔を見ていると、少しだけ、距離が縮まったように思えた。


 そしてそれはさらにしばらく経ってからのこと。食物がこなれ、少し眠気が襲ってきたころのことだ。

 二人で先ほどと同じように、いろいろ話をしていたのだが、急にマリーさんが口をつぐんだ。目つきが険しくなり、真剣に遠くを探るように見ている。ただならぬ気配に何事かと思っていると、マリーさんがつぶやいた。


「囲まれているわね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ