第07話 二枚目のカード
そのカードのランクはカッパーノーマルだった。そこには『補助:盾 レベル01/20』と書かれていた。何か特別な高ランクカードを引けたらいいなと、少し期待していたのだがそれは甘い夢だった。高ランクでなくとも、先ほど教えてもらった位置探知か、興味のある魔法系のカードが欲しいところだ。それは先の楽しみに取っておこう、そのうち引けるはずだ。少しがっかりしたが、スロットが被らないし、このカードも悪くないだろうと思い直す。
ついでにスロット内のカードを確認する。
運搬力上昇と自己感知のレベルがいつの間にか上がっていた。パーティを組んでウッサーラビットを倒したからだろう。
タミーさんがまた見せて欲しいにゃとせがんできた。マリーさんは黙ったままだ。まさかまた猫耳をさわらせてなどと言えるはずもない。所持カードの情報は隠せと教わった。しかし今の僕は初心者なので、手札を見せて助言をもらった方が良い気がする。どうしようかと思っていると、マリーさんがタミーさんをたしなめた。
「だめよ、プライバシーは守ってあげましょう」
「うにゃ……。分かったにゃ。あきらめるにゃ」
さすがにタミーさんも、マリーさんには逆らえないらしい。
「でも保護者は見る権利あるわよね」
「そうだにゃー! 保護者は偉いにゃー!」
「にゃー!」二人の攻勢になぜかアイちゃんまで加わった。まだ文字は読めないだろうアイちゃん。
保護者の権利か。そう来たか。マリーさんはともかく、タミーさんはどうなんだろうと思いつつ、半分見せるつもりになっていると、マリーさんが条件をつけてくれた。
「とは言えタダ見もかわいそうね、こうしましょう。さっきもらった私の分のカードをあげるわ。そのかわり、それも含めてスロット全部を見せてもらえるかしら」
さすがマリーさん、飴と鞭の使い方を分かっていらっしゃるようです。でも、スロット全部か。なんとなく恥ずかしい。さらにマリーさんが補足する。
「あまり言いたくないのだけれど、村全体から見れば、ハルトさんは素性の良く分からぬ放浪者、私はそれを引き取っている監督者という立場になるの。つまり私は、村の人に対して、ハルトさんの行動に責任を持たなくちゃいけない。そしてそのためには、ハルトさんの情報をある程度把握しておくことがどうしても必要になるのよ。正当な要求と言ったら言い過ぎかもしれないけれど、そういった事情があることは理解して欲しいわ」
そう言って苦笑いする。
なるほど、そういった理由もあるのか。確かにそうだなと納得する。
カードを見せるから、代わりに助言をもらえたらいいな、などと自分のことばかり考えていたことを反省する。喜んでお見せしましょう。
そんな次第で、僕は二人にスキルスロットの現状を見せることになった。なんだか成績表を見せるようで恥ずかしい。
スロット
成長スロット
基礎 空き:1/1
脚力 空き:0/1
『脚力:運搬力上昇 レベル 02/20』
武術 空き:1/1
魔法 空き:1/1
補助 空き:1/1
感知 空き:0/1
『感知:自己感知 レベル 02/20』
製作 空き:1/1
フリースロット 空き:1/3
『補助:カード操作 特殊』
『補助:マタータービ語 特殊』
保存スロット 空き:2/3
『補助:盾 レベル01/20』
それを見たマリーさんの感想はこうだった。
「オール1だって聞いたときは、まさかと思ったけど、本当だったのね。初めて見たわ」
「そうなのにゃー! 国宝級なのにゃー! この驚きをマリーさんと共有できて嬉しいのにゃー」
この駄猫め……。そう思っていると「ぷ」とタミーさんが吹き出した。
それにつられてマリーさんまで笑い出す。
「だめよ、笑っちゃ失礼よ」といいつつ、笑いの止まらないマリーさん。
マリーさん……なんだかんだと理由をつけたわりに、本当はこれが見たかっただけなんじゃないですか……。先ほどのお話は何だったのですか……。ちょっと感心していたのに…………。
それはさておきタミーさんもひどい。マリーさんには止められているけど、後で何か仕返しをしてやりたい。喉をなでてゴロゴロ言わてやろうか、猫じゃらしで手玉にとってやろうか。あれこれ考えているとマリーさんの鋭い眼差しが飛んできた。すいません、不埒なことを考えてごめんなさい。
僕は話題をそらすことにした。
「そういやカードのレベルが2になったんですよ」
「あらそうなの。随分早いわね。確か、自己感知レベル2で、自分の体力が数値で見れるようになったはずよ」
もう少しいろいろわかるようになるのではと期待していたが、先は長そうだ。
「ちなみに平均は100かな。参考にしてね」
体力の数値は後で見ておこう。平均以下なのは間違いない。見せろと言われず助かった。いや今のこの空気で見せる馬鹿はいないだろう。
「さて、それじゃどうぞ」とカードを渡される。僕はそれに希望を託す。
「いいカードが出ても、返してなんて言わないでくださいね」
「んー。そんなこと言われると返して欲しくなっちゃうなー。まあいいわ、ゴールドまでなら我慢しましょう」
タミーさんから最初に聞いた話では、カッパー、シルバー、ゴールドにランク分けされるという話だったが、超高ランクカードとしてさらにその上があるそうだ。ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンというランクの存在が確認されているらしい。それはさておき、ゴールドが出る確率って確か2500枚に1枚とかじゃないですか。さすがに出ませんよ。
「聞いたかにゃ? あの余裕、あれはおそらくミスリルを何枚か持ってるにゃ」
タミーさんがそっと耳打ちしてきた。そう言えば気前よく猫語のゴールドカードを提供してくれたなと思い出す。『情報共有』もゴールドという話だったし、かなりランクの高いカードを溜め込んでいそうだ。
話が少しそれたが、タミーさんが急かすので、カードを入れてみることにする。
僕はカードを胸に入れる。スロットウィンドウが光り、カードが一枚追加された。
そこにはこう書かれている。
『カッパーレア
補助:盾 レベル 01/20
衝撃軽減追加+10%』
カッパーレアだ。「すごいにゃ」と声が上がる。確率は7枚に1枚だから、順当かな。しかし盾カードが被ってしまった。無駄になるのではないかと二人に尋ねてみる。
「むしろ同系統のカードが引けたのはいいことよ。二枚差しで効果が重複するから、レベルが低くてもそこそこ使えるようになるわ。それに不要になってもカード融合できるから無駄にならないのよ」
カード融合とやらを行うと、カードレベルを合成させたり、レベルの最大値を上げたりできるそうだ。ただしカードレベルの合成は同系統でないとできないらしい。
「『盾』のカードには、レベル1で衝撃軽減10%の能力がついていたと思うわ。だからカッパーレアのほうは素の能力と合わせて20%になりそうね。仮に二枚装備したとすると、この場合加算ではなく乗算になるから、衝撃を72%にまで減らせる計算になるわね」
72%にまで減った衝撃を、さらに盾で受け緩和する。それでかなり楽になるそうだが、そのあたりは実際に体験しないと分からない領域の話だ。
「すごいにゃー、重戦士になれそうにゃ」
僕の想像だと、重戦士はスロットがたくさんないとつらいのではないだろうか。僕の限られたスロット数だと、ちょっと固い遊撃くらいのポジションが精一杯だろう。
そうやってあれこれ話しているとき、突然、アイちゃんが言った。
「にゃ、オルにゃんが来たにゃ」
アイちゃんはどうやら足音で誰が来たのかわかるらしい。さすが猫だ。それよりなぜオルさんを知っているのか尋ねると、午前中ギルドであったのだとか。一度会っただけで覚えてしまったアイちゃんに感心する。アイちゃんは僕の知らぬ間にギルドですっかり人気者になっていたらしい。
「みたいね」「みたいだにゃ」と二人もうなずく。マリーさんは探知の能力で分かるのかもしれないけれど、タミーさんも耳がいいのか。猫耳おそるべしである。
やがてアイちゃんの予想通り、オルさんがやってきた。
「オルにゃん。こんばんはにゃー」
「やあアイちゃん、元気にしていたかい?」
オルさんは挨拶をすませてから、僕達にすまなそうに言った。
「急で申し訳ないのだが、今晩の夜警を頼みたい」