第05話 初めての報酬
「さて、報酬のカードが何だったのか聞くのは、基本マナー違反なのにゃ。それに限らず、自分の持っているカードは教えちゃだめにゃ。カード構成を知られると言うことは、弱点をさらすのと同じにゃ。もし誰かに聞かれても、これからは言っちゃだめにゃ。もちろん聞くのもやめておいた方がいいにゃ」
ふむふむ、確かにそうだ。しかし、そう言いつつ猫耳がそわそわと動いている。今差し込んだカードが何なのか興味があるようだ。ランクだけでも教えておくか。
「残念、ただのカッパーコモンのカードでした」
「そうなのかにゃ。ちなみになんだったのにゃ?」
言っていることがきれいさっぱり矛盾している。ここは試されていると見るべきだろうか。単純にタミーさんがそういう性格なのか。教えてしまったてもいい気もするが悩む。
「先ほど教えちゃだめと習いましたので、秘密です」
「……う、うにゃ。それでいいにゃ。よく覚えてたにゃ……えらいにゃ……」
耳がしょぼんとうなだれる。ものすごくしょんぼりとした雰囲気がただよう。少しかわいそうになって思わずつぶやく。
「知りたいですか?」
「教えてくれるのかにゃ?」
耳が元気に反応し、こちらを向いた。期待にうちふるえる眼差しがまぶしい。ふと、昨日スロット数のことで、少しコケにされたようなことを思い出した。仕返しとは言わないが、ちょっといじわるをしてやろう。
「じゃあちょっとだけその猫耳をさわらせてもらえませんか」
耳がびくんと振るえ、後ろを向く。
「にゃ……、それは…………うにゃにゃにゃ……」
「タミーさんみたいな立派な猫耳って初めて見るんですよ。ほら、僕ってこんな耳でしょ? だからすごく興味があるんです」
多分今僕はすごくずるそうな表情をしてそうだ。タミーさんはそんな僕を上目遣いに見て、仕方なさそうに言った。
「うーん、ちょっとだけにゃよ?」
ひょっとしたらいろいろ誤解を生んでしまったかも知れない。だけどいい。ゆっくりと手を伸ばし、タミーさんの猫耳に触れる。緊張しているのかピクピクと震えている。そのままそっと撫でる。
「うにゃ……。楽しいかにゃ?」
「はい、とっても」
「そうかにゃ……。じゃあ今日はここまでにゃ!」
そう言ってタミーさんは逃げるように後ろに飛び跳ねる。しまった、もう少しさわっていたかったのに。
「さあ約束のものを出してもらうにゃ! 嫌とは言わせないにゃ」
まだ耳が倒れている。よっぽど恥ずかしかったのだろうか。それを隠すようにちょっと強気を装っているようだ。
「はい、ちょっと待ってくださいね」
そう言って僕は先ほど引いたカードだけを目の前に表示させた。マリーさんから教わったやり方だ。ウインドウを表示する機能を一部分解除して、特定のカードだけを表示させる方法である。『カード補助』の能力を使っても少し難しい。上級者向けの操作だ。
「にゃー! もうそんなやり方覚えたのかにゃ! すごいにゃ」と感心したあと、「どれどれ、よく見せてみるにゃ」と隣に擦り寄ってくる。
タミーさんが顔を寄せて覗き込む。そこにはこう書かれていた。
『カッパーコモン
脚力:運搬力上昇 レベル 01/20
注記 フリースロット不可』
「おー、これは当たりだにゃー!」
「そうなんですか?」
「たくさん運んでもらえるにゃ」
当たりというのはタミーさんにとっての話なのだろうか。本当は魔法のカードが欲しかったのだが、これはこれで便利そうだ。早速それを脚力スロットにセットしてみた。心なしか身が軽くなったような気がする。いや、5分後に効果が出るんだったか。
フリースロット不可というのが少し気になる。そういえばこのカードはフリースロットではなく保存スロットに入っていた。おそらく脚力スロット専用なのだろう。念のためタミーさんに聞いてみた。
「フリースロット不可のカードはフリースロットに入れられないにゃ。脚力のカードは不可になっているものが多いにゃ。ほかにも時々フリースロットに入れられないカードがあるみたいにゃ。そうそう、魔法カードもほとんど不可だにゃ」
なるほど、脚力と魔法は特別なのか。これは覚えておこう。
「にゃ。それから判別済みのカードはフリースロットに優先で入るけど、未判別のカードは保存スロットに入るのにゃ」
そういったわけで、保存スロットがいっぱいになっていると、未判別のカードは入れられないらしい。そう言えば最初にマリーさんがカードを入れる仕草を見せてくれたとき、カードがマリーさんに入らなかったのは、おそらくこの応用だったのだろう。
「ちなみにこれってどのくらい効果があるんですか?」
「にゃー。10パーセントくらいかにゃあ。カードによって効果量が違ったと思うので詳しくは分からないにゃ。感知系のカードレベルが高くなると、詳しい効果がわかるようになったりするから、それまでお預けにゃ」
僕の持っている『自己感知』のカードでも、レベルが上がれば詳しい数値がわかるという。しかしレベルが上がらない。成長スロットにカードをさしているだけで、勝手にレベルが上がるが、スキルを使ったりモンスターを倒したりすればその分早く成長するという話だった。まだ二日目、もう少し気長に待ってみるか。
「脚力系は便利にゃ。レベルを上げておいて損はないにゃ。特に運搬力上昇は重装備ができるから戦士系に人気にゃ。それ以外でも運搬用に需要は高いにゃ」
なるほど、少なくとも汎用性の高いカードだ。しばらくはこのカードで十分だろう。
さて報酬ももらえたし、そろそろ帰ることにする。もらったお金をポケットにしまい、アイちゃんを探す。
「そう言えばアイちゃんはどこですか?」
「遊びつかれてベッドで寝てるにゃ」
僕はタミーさんに挨拶をして、かごのベッドごとアイちゃんと家に戻る。タミーさんはアイちゃんと離れたくないようだった。ギルド前まで見送りに来てくれた。もちろんアイちゃんのためにだが。
おそらくタミーさんは、アイちゃん目当てで夕方ごろまた来るだろう。何か理由をつけて。そんな気がする。
戻るとマリーさんが食事の用意を済ませていてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
アイちゃんはまだ寝ている。テーブルの上にそっとベッドを乗せ、手を洗い、僕も席に着く。
「それで午後はどうしましょうか」
「うーん、掃除とか洗濯とかでもしてもらおうかと思ってたんだけど、食料の備蓄が足りないのよね。だから予定変更。午後はアイちゃんを預けて、二人で狩りに行きましょう」
そうだろうな。今までマリーさん一人分で済んでいたところに、僕とアイちゃん、タミーさんまで加わったのだ。あっという間に食料が減るだろう。
「でも、タミーさんから聞いているかと思いますが、僕は役に立ちませんよ」
「荷物持ちにはなるでしょ? 大丈夫よ、危険なところには行かないから」
ちょうど運搬力上昇のカードも引けたところだ。荷物持ちなら任せてください。そう言いたかったが黙っていることにする。カードの能力があるとは言え、どう考えても僕の素の能力はこちらの世界の人と比べて低そうだ。見栄を張るのはやめておこう。
そういったわけで、午後は急遽狩りに行くことになったのだった。