第04話 カードランク
マタータービ語とは、つまり猫の言葉らしい。最初にマリーさんと出会ったとき、子猫に「にゃーにゃー」と言っていたのは、子猫が話せるかどうか確認するためだったそうだ。すでに子猫は「ごはんが食べたい」とか「ねむい」とか簡単な意思伝達ができるという。
しかし、猫語を覚えないとスロットが空かないのか。試しにカードを外してみたら「にゃー」としか聞こえないし、難易度が高そうだぞ……。
「一つ一つ簡単な単語から覚えていけばいいわよ。それよりもカード操作の練習がまず先ね」
そう言えばパパとか呼ばれたことの方が気になる。追求しようかどうか迷っていると子猫がまた喋った。
「ママー! ごはん食べるにゃー!」
はいはい、とマリーさんは子猫を運ぶ。僕がパパでマリーさんがママか。いつの間にそんな関係になったのだろう。これからマリーさんをなんて呼べばいいのか悩むな。
嬉しいような困ったような複雑な表情をしていたのだろう。マリーさんが睨んでいる。
「アイちゃんのために、私がママ、あなたがパパということになったけど、変な気は起こさないように」
でっかい釘を刺される。しかもいつの間にか子猫の名前も決まってるみたいだし……。
「とりあえず、ハルトさんの部屋はそこね。好きに使っていいけど、汚さないように」
「はい。ところで子猫の名前、決まったんですか?」
「うん、アイちゃんだよ」
「にゃー! 呼んだー?」
「違うの、ごめんね、アイちゃん」
せっかくいろいろ名前を考えていたのだが、もう認知されているみたいだしあきらめよう。それにしてもまだ何もしていないのに、既に尻に敷かれているような気がするのは何故だろう。やはりカード枠が少ないからか。いやそれは関係ない。ちょっとコンプレックスを持ちすぎだ。
割り当ててもらった部屋には、ベッドと机と椅子があった。壁にはいろいろ収納できそうな棚もある。あちこち部屋を確認していると、聞きなれた声の人が玄関から飛び込んできた。
「こんばんはにゃー。遊びに来たにゃー」
「あらタミーさん、仕事はもう終わり?」
「うん、今日は早仕舞いしてきたにゃ。子猫に会いにきたにゃー。違うにゃ。そうじゃないにゃ、冒険者カードができたので届けに来たにゃー」
「そう、じゃあせっかくだし今日は泊まっていくといいわ」
「そうさせてもらうにゃー」
「どうぞにゃ」と渡された冒険者カードを受け取る。そこには注記としてこう書かれていた。
注記:村外に出るには保護者いずれかの同伴が必要
保護者 マールマール、ターマターマ
ターマターマとはタミーさんの名前らしい。初めて知った。それはともかく保護者って表記はどうにかならないのか。
タミーさんは子猫と遊んでいる。それを見ながら僕はカード操作の練習に励む。先ほどマリーさんに教えてもらった練習方法だ。まずは『カード操作』の能力でカードを移動し、感覚をつかむ。慣れてきたら無効にして自力で動かしてみる。動いたらそのまま反復練習。動かなかったらまた有効にして動かす。というやり方だ。注意点として、できたと思っても油断しないようにと言い渡された。何か別のことに意識がそれると途端にできなくなるという。
「ハルトしゃんは何やってるのにゃ?」
「カード操作の練習中です。難しいですね」
「がんばってるにゃー。えらいにゃー。そういえば依頼なかったから、明日はギルドの雑用をしてもらおうと思ってるにゃ」
僕が戻ってからわりとすぐにギルドを出たのだろうから、依頼など来るはずもなかろうとも思ったが黙っておく。
「わかりました。ちなみに報酬はどのくらい戴けますか?」
「ハルトしゃんはお金とスキルカードだったらどっちが欲しいにゃ?」
「最初のうちはスキルカード優先でほしいですね。ただお金も少しはあった方がいいのかな」
「じゃあ、半日くらい働いてもらうにゃ。今回は大サービスでカード1枚に10カリカリつけるにゃ」
カリカリというのはお金の単位らしい。それにどれくらいの価値があるのかはまだ分からない。しかし出された条件で引き受けた。新米のこの僕が半日働いたくらいでスキルカードをもらえるというのは、おそらく言葉どおり大サービスなのだろう。そうなると10カリカリはお小遣い程度と思ったほうがよさそうだ。
その後みんなで夕食を食べ、順番にお風呂に入った。寝るまでの時間どうするか迷ったが、もらったノートでマタータービ語の学習をすることにした。まずは挨拶などの簡単な単語を書き出していく。その横に日本語で対応する語を書く。そして最後に発音の仕方を書く。問題はその発音だ。
「スキルカードの『聞き取り』の機能だけをオフにして、言葉を発してみてね。その言葉を聞こえたまま書けばいいわ。逆に『発音』だけをオフにして、自分で話しているのを聞いてみれば、発音矯正もできるはずよ」
マリーさんはそう言っていたが、スキルカードの一部分機能の停止が難しいことと、『聞き取り』機能を解除すると「にゃーにゃー」としか聞き取れないことからこの作業は難航した。違いが分からない。どうにも一人では無理だ。また後でマリーさんにコツを聞いてみよう。
猫語の勉強はあきらめ、カード操作の練習をすることにした。いろいろ試しているうち、眠くなってきたので寝ることにする。慣れないところに来たせいか、一人で寝るのが少しばかりさびしい。しかしいろいろあったせいで疲れていたのか、わりとすぐに寝てしまったようだ。
翌朝。猫さんたちはすごい早起きだ。
「まだ寝てるのかにゃー! 起きるにゃー!」
「にゃー! 起きるにゃー!」
感覚で言うといつもより二時間くらい早い気がする。大きな猫さんと小さな猫さんに起こされ、顔を洗い、いつの間にか用意されていた朝食をみんなで囲む。昨晩の夕食もそうだったが、どの料理も適度にぬるい。猫舌の僕が嬉しがるくらいなので、世間の常識からすればもう少し温かいほうがいいのだろう。
今日の僕の予定は、午前中ギルドで雑用をこなし、お昼に帰ってきて休憩後、家の雑用をすることになっている。子猫のアイちゃんの予定は、午前中ギルドでタミーさんに遊んでもらい、お昼に僕と帰ってきて、午後からマリーさんに遊んでもらうのだそうだ。
「肉体労働だけどがんばるにゃ。鍛えておいて損はないにゃ。冒険者は体が資本にゃ」
そんなことを言われ、荷物の大移動をさせられた。書類が多いのかやけに重い。休憩を挟みながら午前中いっぱい働いた。まだ荷物が半分以上残っている。
「いやー助かったにゃ。明日もまたやってもらうにゃ」
「パパおつかれにゃー」
「さて、報酬を渡す前に、今日はカードランクの説明をしておくにゃ」
聞いた話をまとめると、スキルカードには『ランク』があるという。低いほうから並べるとカッパー、シルバー、ゴールドとなっている。さらにそのそれぞれで、コモンとレアに分かれる。つまりカッパーコモンからゴールドレアまで6段階あるということだ。当然上のランクのカードの方が強いカード、便利なカードになるという。
「報酬で獲得できるカードはすべてのランクの中からランダムにゃ。だから運がよければすごいカードを手に入れられるかもしれないにゃ」
ちなみにカッパーレアの出る確率はだいたい7分の1だそうだ。一つ上のランクのカードが出る確率は7分の1ずつ減少し、シルバーコモンが出る確率はおよそ50枚に1枚。ゴールドコモンなら2500枚に1枚だという。
それを聞き、手持ちのカードを確認する。『カード操作』と『自己感知』がカッパーノーマル、そして『マタータービ語』がゴールドコモンのランクだった。ひょっとしてすごい価値のあるカードかもしれない。2500枚に1枚のカードだ。早いところ言葉を覚えて返したほうが良さそうだ。そのあたりのことをタミーさんに聞いてみることにした。
「言語のカードは需要があるからお高いにゃ。商人をはじめ必要としている人は多数にゃ。『マタータービ語』のカードの相場は知らないけど数万カリカリの価値があると思うにゃ」
そんな高価なものだったのか。マリーさんに感謝せねばなるまい。
「ただ、一度カードをインストールしたら、再度カード化するにはコストがかかるにゃ。一般的な方法だとカード化用のアイテムを使うにゃ。でもそのアイテムのお値段はお高いのにゃ。ゴールドコモン用再カード化アイテムだと、数千カリカリくらいしたと思うにゃ」
これははじめて聞く情報だ。そう言えば昨夜、カード操作の練習でカードを外に出してみようとしたとき、できなかったのを思い出した。寝る前で疲れていたのでそのまま忘れてしまっていたが、カードを出せないのはそういう仕組みだったからか。
カードのランク説明も一段落ついた。「それじゃあこれにゃ」と何も書かれていない、両面が黒いカードを渡された。
「入れてみるまで何のカードが入っているかわからないにゃ。幸運をいのるにゃ」
僕は早速、それをそっと胸に差し込んだ。