第39話 モロコシ○
その日ネコ柳は、不意打ちでとんでもないパフォーマンスを披露してくれた。
生徒指導室で借りてきたバリカンを使い、みんなの前で頭を丸めたのだ。
あまりにも急な展開だったが、それは俺達という目撃者対策のようだ。
変な噂がでまわらないうちに、既成事実をつくってしまえということらしい。
その即興劇の筋書きは、屋上で聞かされたものよりもめちゃくちゃだった。
筋書きがめちゃくちゃでも、結果が分かっているのなら思い切った行動が取れるようだ。
ネコ柳が何か格好よさげなセリフを叫んでいた気がするが、よく覚えていない。
みんなにはとても受けていた。
確かにみんな、ドラマチックな展開に飢えていたようだ。
ただネタが分かっていた俺にとっては、猿芝居もいいところだ。
だけど結末が分かっているから、安心して見ていられるという利点もある。
『あそこまでやってもし振られたらかわいそう……』などと、余計な心配をしなくてすむのだ。
たまになら、こういう三文芝居もいいものだ。
拍手が鳴り響いた。
俺も一緒に手を叩いた。
城鐘さんと目が合ったが、すごく恥ずかしそうに目を背けられた。
まああんな現場を目撃されたらそうなるよね。
横を見るとマタタビさんが珍しくにこやかな顔で拍手をしている。
城鐘さんがすごくくやしそうにマタタビさんを見ている。
みんな幸せなんだから、城鐘さんも笑えばいいのに。
授業開始の鐘が鳴ったが騒ぎは収まらない。
「やれやれ、何の騒ぎだ」
モロコシ先生が入ってきた。
この前、城鐘さんたちと教室移動中に話をした時、モロコシ先生のあだなの由来を教えてもらった。
一応準備はしてあるけれども、ひょっとしたら今日その話が出るかもしれない。
ざわつきが収まるのを待ってから、モロコシ先生が話し始めた。
「そうかなるほど、そんなことがあったのか。
さて、恋の話といえばこんなことがある。
事実かどうか信憑性が薄いと言われているが、有名なエピソードだから覚えておきなさい。
その昔、かの夏目漱石が、生徒に課題としてアイラブユーという言葉を翻訳させたそうだ。
生徒は、我君を愛すと訳した。
だが、漱石はそれをよしとしなかった。
ここまで言えば知っている人は思い出しただろう。
漱石は『月が綺麗ですね』くらいが丁度良いと指導したそうだ。
それで相手には伝わるのだと言う。
現代ではどうでしょうかね。
それだけでは伝わらないかもしれません。
さて話を元に戻しますが、現代の恋する若者がどんな言葉で気持ちを伝えたのか教えてくれませんか」
また拍手が沸き起こった。
ネコ柳は「勘弁してください」とモロコシ先生を拝んだ。
「恥をかかせてしまったようで申し訳ない。
そのお詫びになるかわかりませんが、なぜ私がモロコシ先生と呼ばれているかを話しましょう。
どういった経緯かは忘れましたが、以前ネコがとうもろこしを食べるということを話したことがあるんですね。
ところがその時、生徒のみなさんは誰もそれを信じてくれなかった。
それでわたしも少しばかり感情的になってしまいましてね。
ネコを飼ってらっしゃる生徒さんが何人かいらしたんですが、みんな口々に否定するんですよ。
いやー、くやしかったですねー。
でもね、わたしは見たんです!
こう、バリバリと食べるのを見たんですよ! ネコが! モロコシを!
あ、いやー、またつい感情的になってしまいました。
さて、それを踏まえてみなさんにおうかがいします。
この中でネコを飼ってらっしゃる方、手をあげてください」
俺とマタタビさん、そして何人かの生徒が手をあげる。
猫がとうもろこしを食べるかどうか、そんなことはネットで調べればすぐに分かる話だ。
だけど、これがこの先生の持ちネタになっているらしい。
「では、その中でネコがとうもろこしを食べるところが見たことある人、そのまま手をあげて!」
俺以外のみんなが手をおろす。
一人残った僕にみんなの注目が集まる。
「おお、すばらしい。
今年の生徒は優秀だと思っていましたが、わたしの目にくるいは無かったようです。
先生、とても嬉しいです。
では、えーと、クロネコくん、みんなに証言していただけますか。
ネコがとうもろこしを食べると」
「あ、はい。うちの猫はとうもろこしが好きですね。
だけどそんな証言よりも、これを見てもらったほうがいいと思います」
そう言って俺は一枚の写真を出してみせる。
「それは何かね」
先生が興味深げに近寄ってきて、それを覗き込む。
「どうぞ」とそれを手渡すと、先生は嬉しそうをそれを凝視する。
そこには我が家の黒猫がとうもろこしにかぶりついているところを見守る俺の姿が写っている。
「これは素晴らしい、証言だけでなく、物証もあります!
えーと、これは回してもいいかな?」
「はい、かまいません」
「では廊下側のそちらから見てもらおうか。
えーと、そうすれば最後にクロネコくんに戻りますね」
俺がうなずくと先生は嬉しそうにスキップしながら廊下側の席の前の子に渡した。
「この写真どうしたんですか?」
「あ、それはえーと……」
「いや、大丈夫、みなまで言わずともわかっています。
ネコを飼っている方は、愛猫の写真を肌身離さず持ち歩いているものなのです。
これはごくありふれたことなのです。
そしてその写真でネコちゃんがとうもろこしを食べています。
そうです、それもまたごくありふれたことなのです。
ネコがとうもろこしを食べるということ、それは先生の思い込みなどではなく、普遍的な事実であることがここに証明されたわけです……」
先生はとても上機嫌だ。
しばらくすると写真がめぐりめぐって戻ってきたけれど、そのままトラネコさんに進呈した。
前にもらった、トラネコさんと虎猫の写真のお返しだ。
※ここからまたちょっとゲームの話です
何十行か先の『それから数日経過した』のところまで飛ばしてください
さて今日はトリニティのラスボスの話を聞ける日だ。
「さて、ラスボスの話だったね。
その名前を聞けば、だいたいのことは察してもらえると思う。
ラスボスの名前は『カードイーター』と呼ばれている。
そのラスボスが持つ能力は、その名前が示している。
何種類かのカードドレイン攻撃を行い、対象者のスキルカードを経験値ごと奪うというものだ。
一人、いやそれどころかパーティを組んで挑んだとしても、おそらくあっという間にカードを取られて丸裸にされてしまうだろう。
恐ろしいことに、この攻撃で奪われたカードは永久に消失する。
……ここだけ聞いたら、それじゃクソゲーだろって意見が出るかもしれない。
何ヶ月もかけて積み重ねた努力の結晶が一瞬で水の泡になるのだからね」
会場はざわついた。
誰かが一人声を上げた。
「でも、倒し方はあるんですよね?」
「その質問に答える前に、一つ警告しておこう。
これから話すことはネタバレが過ぎるので、これ以上聞きたくないという人は耳を閉ざしてくれ。
コンフィグから消音モードにできるはずだ。
倒し方を説明した後、こちらでボリュームを元に戻す」
何人かは言われたとおり、消音モードに切り替えたようだ。
それを見届けてから、おっちゃんがまた話し始める。
「ここからは、ランクFの『一人前の冒険者:カード操作を覚えよう』というクエストを終えている前提で話すぞ。
もしまだの者は急いですませてきてくれ。
サーバー移転のためには必要不可欠なクエストだ。
さて、あのクエストをやってみると分かるが、スロットの種類によってそれぞれスキルカードの付け外しに微妙な違いが設定してある。
成長スロットは外すのも付けるのも手間がかかる。これは安定していると言える。
保存スロットは簡単に付け外しできる。これは不安定とも言える。
ここまでヒントを出せば、もう分かった者もいるかもしれない。
つまり保存スロットはドレイン攻撃の影響を受けやすく、成長スロットは受けにくいということだ。
そしてカードドレイン攻撃も、一度に全部のカードを吸えるわけではない。
保存スロットに不要なカードをたくさんセットして近付き攻撃し、数枚吸われた所で離脱する。
これを繰り返すことによって、理論上大切なカードは守ることが出来る。
これが対カードイーター戦での基本戦術だ。
もちろんその作戦では、何人ものプレイヤーとたくさんのカード資源が必要だ。
さらに統率が取れていなければ、人の出入りでもたつき、犠牲が出るだろう。
結論を言えば、各サーバー内ほぼ全員の協力が必要になるはずだ。
個人、あるいは仲間内だけでどうこうできるレベルではないから覚えておいてくれ。
そしてもう一つ重要な情報がある。
それは、ある程度ならばカードドレインに『カード操作』のスキルで対抗できるということだ。
カード操作スキルをセットしていなくとも、自力である程度防ぐことも可能だ。
だが注意力を必要とするので、自力でやるよりもカードの能力に任せた方が安定するかもしれない。
そういうわけで『カード操作』は不要になったからと言って、融合に使わず残しておいて欲しい。
俺から言える情報は今上げた二つだ。
繰り返しになるが、これらの対策をとっていたとしても、カードイーターを倒すためにはサーバー全員の協力が必要だ。
それほど強大な敵なのだ。
だから間違ってもサーバーマスターの許可なしに突撃してはいけない。
しつこいようだが繰り返し警告する。
カードイーターにはサーバーマスターの指示無しで近寄ってはならない。
念のため近付い時に警告が出るようになっているが、それを破ってカードを吸われたとしても、運営は何も救済措置はとれない。
以上で倒し方については終わりだ。
なおこの話については、残念ながら質問は受け付けられない。
それじゃあ消音にしていた人のボリュームを戻そう」
会場は再びざわめきはじめた。
混乱を静めるためにか、サーバーマスターのおっちゃんが話し始める。
「ああ、追加情報だ。
今話したのはラスボスの話だが、ゲーム内ではその眷属が何体か出現する。
ゲームを進めていくと、ある場所にカードイーターが出没するという情報を得られるはずだ。
そしてカードイーターを倒し、その場所が通過できるようになれば、新たなる都市や冒険の地への道が開けるだろう。
先程も伝えたが、ゲームマスターの指示無しでそこに近寄ってはいけない」
それから数日経過した。
今日はマタタビさんの家にお呼ばれしている。
俺がメインのお客さまというわけではない。
今日はもう一方が主役だ。
俺はあくまで単なる付き人である。
門前に着くと、妹さんが出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいませ。はじめまして、アカリといいます!
お姉ちゃん! いらしたよ!」
アカリという名のその妹さんは、俺達をみるなりそうやって姉のユカリさんを呼んだ。
物怖じせずよく喋る元気な女の子だ。
ユカリさんはちらりと顔だけ出して俺たちを見たが、恥ずかしそうにまた隠れた。
この正反対とも言える二人が、マタタビ家名物のカリカリ姉妹らしい。
さてそういうわけで、今日はマタタビさんのことをユカリさんと呼ぶ。
二人とも同じマタタビさんなので、まぎらわしいからね。
俺は一礼して家に上がらせてもらい、アカリさんの案内でユカリさんの部屋へと向かう。
「粗茶ですが、どうぞ」
「あ、これはどうもご丁寧に」
俺はアカリさんの出してくれたお茶をいただく。
しかしそこで予想外の質問が飛んできた。
「それで、お兄ちゃんはお姉ちゃんの彼氏さんなの?」
「え? あ、いや、その……」
ユカリさんは複雑そうな顔でアカリさんをにらんでいる。
アカリさんはそれにもへこたれず、「どうなの?」と俺につめよる。
困った。どうすればいいのだ。
その瞬間、俺はささやかな仕返しを思いついてしまった。
仕返しとは言っても、いじわるなアカリさんにではなく、ユカリさんにだけどね。
だけど実行するには、本人に確認をとるべきだろう。
「ユカリさん、いつぞやの借りをお返ししてもいいかな?」
それで通じるかどうか、微妙なところだったが、ユカリさんはしばらくしてからうなずいた。
念のために俺はもう一度尋ねる。
「二人で追いかけっこしたあの日に約束した借りのことだよ。
本当にいいんだよね」
もじもじしながらも、もう一度ユカリさんはうなずいた。
これで間違いない。
「ねえ、借りって何のことなの?」
アカリさんが俺たちに尋ねる。
「ああ、なんでもないよ。それよりさっきの質問に答えなきゃね。
俺達は、えーと、『交際中』なんだ」
それを聞いた瞬間、アカリさんはお刺身を貰った猫のような嬉しそうな顔をして部屋を飛び出していった。
「おかーさーん! やっぱりあのお兄ちゃん、お姉ちゃんの彼氏さんなんだって!」
大声でそんなことを叫びながら、ドタバタと階段を駆け下りる音が響いてきた。
「訂正しなくても大丈夫かな? ユカリさんに迷惑じゃなかった?」
その質問にユカリさんは少し照れながら、首を振って答えた。
本当はもう少し反応を楽しみたいところだけど、これ以上は危険だ。
本題に入ろう。
ユカリさんちの虎猫さんは、嗅ぎなれぬ匂いに驚いたのか、やや距離を取っている。
だけど俺が何もしてこないというのが分かると、警戒を解いたらしい。
そして好奇心の方が勝ってきたのか、だんだんと近付いてくる。
さて、キャリーバッグの中の黒猫さんはどうだろうか。
覗き込むと隅っこで小さくなっている。
ひとまず隠し布をとって、バッグ越しに対面させてみる。
最初はお互いひどく驚いて固まっていたが、虎猫さんの方がゆっくりと近付いてきて匂いをかいでいる。
喧嘩になるような雰囲気ではない。
「お互い覚えてるのかな」
「多分」
俺の家の黒猫さんとユカリさんちの虎猫さんが姉妹だと分かったのはつい先日のことだ。
猫の写真のことから話が膨らみ、どこからもらってきたかという話になって判明した。
さてこうしてご対面させてみるというのは、黒猫さんたちには迷惑な話だったかもしれない。
それを口実にしてユカリさんちに来てみたかったというのが、正直に言えば俺の本音だ。
ただ万一相性が悪かったら、さっさと連れてかえる事には決めている。
だけど幸い二匹とも穏やかで、しばらくするとバッグ越しに寄り添い、甘えるようにニャーニャーと鳴き始めた。
「これなら大丈夫だろうか。少し出してみても良いかな?」
ユカリさんがうなずいた。
そっとキャリーバッグを開けると、二匹で幸せそうにお互い寄り添っている。
虎猫さんがお気に入りらしいクッションまで移動し、黒猫さんを呼ぶようにニャーと鳴いた。
黒猫さんは見知らぬ部屋にとまどい少しぎこちなく動きながらも、誘われるままにその隣におさまる。
二匹の邪魔をしないようにするためか、あるいは猫達の様子を眺めるのに良い位置に来たかったのか、ユカリさんが俺の隣に移動してきた。
そして偶然か必然か、俺の左手の小指にユカリさんの小指が触れた。
これは無口な彼女の意思表示かもしれない。
指がかすかに触れたまま、沈黙が続く。
この幸せを長く感じていたいけれど、そういうわけにもいかないだろう。
いつまたアカリさんがやってくるとも分からない。
多分これはチャンスなのだ。
だからこそこの瞬間に、俺は言わなくてはいけない。
チャンスの神さまに後ろ髪はないそうだ。
同じように、チャンスの猫さまの尻尾は短いそうだ。
いや、猫さまの尻尾なんかつかんだら怒られちゃうけどね。
「ここは部屋の中で、今は昼間だ。
お月様なんか見えやしない。
だけどもっと美しいものがある」
前置きが長くなったせいか、ユカリさんは少し不思議そうな顔で俺を見ている。
そこから俺は勇気を振り絞ってつぶやいた。
「猫が、綺麗ですね」
それまで触れ合っていた指が離れる。
もしや拒絶されたのか。そう思って俺の心は張り裂けそうになる。
だけど次の瞬間、俺の手の上に暖かい感触が伝わってきた。
「そうですね」
消え入りそうなほどかすかな声で、ユカリさんがそうつぶやく。
俺は手を返して、彼女と手をつなぐ。彼女も俺の手をしっかりと握る。
猫達にもその声が届いたのか、二匹の綺麗な猫耳がシンクロするようにまたたいていた。
第02×02章はこれで完結ですニャー
ごニャン読ありがとうございましたニャー
2015.02.22 ニャンコ先生




