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ねこじたトリニティ  作者: ニャンコ先生
第2×2章 猫耳シンクロニシティー
34/39

第34話 ボス○

 次の授業は別の教室で行われる。前の休みの時間のことがあったので、俺は警戒しつつあまり目立たぬようにして廊下に出た。するとそこでクラスの女子たち数人にとり囲まれた。おそらく俺が出てくるのを待ち構えていたのだろう。

 今度は何がはじまるんだ。そう思い少し戸惑っていると、その中の一人がゆっくりと前に出てきて俺に微笑んだ。どことなく気品を感じさせる女の子だ。左右にお下げした髪をいわゆる縦ロールにしていて、まるでどこかのお嬢様のような雰囲気がある。そのお嬢様がささやくように話かけてきた。

「ちょっとお時間いいかな。ええと、クロネコくんて呼んでもいい?」

 繰り返しになるが、俺は先刻のネコ柳との件があったため心に壁を築いていた。そんな状態のところで、突然女の子に取り囲まれたのだ。いい気持ちにはなったが、厳戒態勢は崩せない。そう思って気を引き締めていた。

 しかしその儚げな声の調子と裏表のなさそうな笑顔が、その警戒心を打ち砕いてしまった。硬くなっていた全身の筋肉が、ゆるやかに緊張をときほぐしていく。今の俺なら、何をお願いされても雰囲気に流されてウンウンとうなずいてしまいそうだ。


 そんな風に一瞬我を忘れかけたものの、俺はすぐさま自分自身を戒めた。油断するとどういうことになるか、考えただけでも恐ろしい。こういうときはひとまず落ち着いて、自分が置かれている今の状況をもう一度確認するのが良さそうだ。

 この子は女子たちのリーダーっぽい存在らしい。これまで数ヶ月クラスの様子を見ていてなんとなくそれは分かる。まわりの女子たちもみんなかわいい上にそれぞれ存在感があり、俺の記憶に残っている。少し背の低い腕白そうな子、眼鏡をかけたショートヘアの子、長身で長髪のお姉さまっぽい子。彼女たちからふわーっと漂ってくる何かの花のやさしげな香りが俺を包む。改めて見わたすと、にこにこ笑う女の子たちがそこにいた。敵意や悪意のようなものは感じられない。むしろまるで日の光を浴びてふかふかになったバスタオルに包まれている子猫のような気分になる。

 なんだか先程まで警戒していた自分が馬鹿らしくさえ思えてきた。そしてこうして視野を広げてみると、この子の名前が思い出せないことに気がついた。この子だけでなくほかの子たちの名前もうろ覚えというのが実際のところだ。俺は一計を案じて、彼女自身にその名を語らせることにした。やや間があいたものの、そんなに不自然ではないだろう。

「えーと、その呼び方でかまわないよ。それで、俺はなんて呼べばいいかな」

 俺がそう言うと、彼女は俺をやさしくさりげなくじっと見つめる。そして目と目が合ったところで、再びにっこりと微笑んできた。つい見とれてしまいそうになる笑顔だ。彼女はそうやって少し間を置いてから口を開いた。

「ありがとうね、クロネコくん。わたしのことは普通に城鐘って呼んでもらえると嬉しいな。じゃあ歩きながら話そっか、教室移動ってワクワクするよね」

 その子が名乗ってようやく思い出す。城鐘こまち。記憶が正しければそんな名前だった筈だ。


 俺が歩き出すと、そうするのが当たり前のように城鐘さんが横に並んでくる。その後ろを他の女子たちがついてくる。なんだかお供を従えているみたいで、こそばゆい感覚が全身を包む。

 だがその感覚も束の間で吹き飛んだ。城鐘さんがやけにぴったり寄り添ってきたからだ。そういう状況だから、一歩踏み出すごとに腕と腕があたりそうになり、そして実際にかるくふれ合う。こんな状況は普通の高校生なら日常のことなのかもしれないが、俺はあまりこういうことに慣れていない。その上相手はとてもかわいい女の子だ。腕があたるたびに心臓の鼓動が速くなっていく。

 この前何かで読んだ話だが、自分の周りに他人が踏み込んで良しとする距離を、パーソナルスペースとか言うらしい。その距離は相手との新密さによって伸びたり縮んだりするそうだ。

 一般に女子のパーソナルスペースは男子のそれと比べて狭いそうだ。それは知っていたのだが、それにしてもこれは近い。近すぎる。不愉快ではないのだが、落ち着かない。嬉しいのだが、刺激が強い。話したこともほとんどないのに、こんなに近付いちゃっていいのかなという軽い罪悪感さえ感じる。

 余談になるが、パーソナルスペースを一番分かりやすく感じるのは猫さまである。初見の猫さまに会ったときは、だいたい遠くからご尊顔を拝見できるくらいの距離までしか近付かせてくれない。敵意のないことを示し足繁く通いつめて顔を覚えてもらうと、少しずつ近くまで許していただけるようになる。だんだんと心を許す距離が縮んでいくのを肌で感じられる。その距離がゼロになった瞬間の満足感は、筆舌に尽くし難い。

 ごく稀にやたら人懐こい猫さまが、初顔合わせにも関わらずに擦り寄ってこられることがある。これはまさしく僥倖である。至福のひと時である。ただし帰宅後に、匂いで浮気をしたとばれるのが難点だ。

 今俺に起きている出来事は、ある意味その初見の猫さまに懐かれた時のものに近い。

 距離を置くことも考えたが、嫌がっていると受け取られるのも悪いのでそのままでいることにした。絶対に不埒な考えからではない。俺なりに気を使った結果だ。誰だって自分が避けられたと感じたら悲しい気持ちになる。そうさせないための心配りというやつだ。


 心臓の鼓動もどうにか落ち着き、黙って歩くのも変だなと思いはじめたころ、城鐘さんの方から話を振ってきた。それは前の授業の感想からはじまり、先生のあだ名の由来とか、授業中指名してくる規則性とか、そんな方向に話が膨らんでいく。しばらくそんななんでもない話が続く。そのなんでもなさが楽しい。


 しかしこの状況はどういうことだろう、ひょっとしてアレだろうか。彼女ができると連鎖的にモテるとかそういう話をきいたことがある。一瞬そんな気になったのだが、『彼女』という言葉から連想して委員長のことを思い出す。そしてそのおかげで、俺は目が覚めたように正気を取り戻した。続けざまにいろいろあったせいで、気持ちがお花畑で猫を抱いたような状態になっていたようだ。かぶりを振って思いを正す。

 そうして少し冷静になってみると、この子はかなり頭が良いと思えてきた。単に勉強の成績が良いという意味だけではなく、頭の回転が速く、その上気が利いていて察しが良い。俺は日常会話があまり得意ではないのだが、うまく会話をつなげてくれる。それでいて彼女が一方的に話し続けることもない。これは才能だと思う。

 会話はキャッチボールみたいなものだというが、彼女の投げる球はとても受け取りやすく、投げ返しやすい。話は簡潔で、分かりやすい。オチがきちんとついていて、感想もつけやすい。話題も野暮なものではなく、スッキリとしていて厭味がない。

 逆に俺の投げる球も、彼女は上手に拾ってくれる。あまりいい球を投げ返せているわけではないと思うのだが、きっちりキャッチしてくれる。いきなり話題がずれたり、少し頓珍漢な受け応えをしても、彼女はその話にうまくのってきてくれる。それに加えて、俺が名前を思い出せずに、アレとかコレとか指示語を多用しても、ソレをちゃんと分かってくれる。ソレで続いてしまうから、つい楽をして指示語が増える。

 そんなこんなで努力もせず会話が弾む上に、さらに節目節目で俺を褒めてくれるのだ。自分自身のことを話し上手なのだと、誤解してしまってもおかしくはない。この子となら高度に知的な会話ができる。俺のことをわかってくれるのはこの子だけだ。相性ぴったりだ。そう思ってしまってもおかしくはない。おかしくはないのだ。


 さて。

 そんな頭の良い子、悪く言えば計算高い子だ。こうして俺に接触してきたことにもおそらく理由があるのだろう。女子のボス猫みたいなポジションに納まっているのは伊達じゃないはずだ。

 それが前の休み時間にあったことに関連しているということは想像できるのだが、それ以上は分からない。そうやって少し悶々としていると、目指す教室が近づいてきたからか、ようやく城鐘さんは本題を切り出しはじめた。

「ところでさ、クロネコくんとネコ柳くんは仲がいいんだよね、お友達なんだよね」

 今この場面でネコ柳のことを話題に出したのは、そこからの話の広がり方を考えれば核心に近付くための前振りと考えてよいだろう。

「ああ、うん、そうだね」と俺は少し歯切れ悪く返事をする。

 それを認めるのはなんとなく心に引っかかるものがあるのだが、ここで変にこだわるのもどうかと思えたのでそれくらいの肯定の仕方をした。それにネコ柳から親友宣言されたのだし、そういうことでもいいかもしれない。

 城鐘さんはゆっくりと核心の部分に近付いていく。

「男の子同士の友情っていいよね。憧れるな。さっきもすごく仲良さそうに話してたもんね」

 その言葉にはいろいろと思うところがあった。彼女には先刻のやりとりがそんな風に見えたのだろうか。周囲から見たらそういうものなのかもしれない。しかしアレが仲の良いやりとりと受け取られるのは、なんとなく面白くない。納得がいかない。

 どういう返事をするべきか、そう思って少し沈黙していると、彼女は言葉を継ぎ足した。ひょっとしたらそんな俺の気持ちが表情に出ていたのかもしれない。

「えーと、実はね、そのさっきの休み時間のことだけど、悪いのはわたしなの。わたしがネコ柳くんに無理に頼んだのよ。だからそのことでネコ柳くんのことを悪く思わないでね。

だからもし誰かを恨むのならわたしにしてね」

 なるほどこの子が黒幕だったか。でもこんなふうに面と向かって謝られたら許さないわけにはいかない。それにもし誰かが悪いのだとすれば、ネコ柳の方だろう。もう少しスマートなやり方があったはずだ。残念ながらそれがどういうやり方なのかと聞かれたら、うまく答えられないのだが。

 だけどそんな細かいことを言うのはどうにも格好が悪く思えた。

「いや、気にしなくていいよ。誰のことも怒ってない。ネコ柳ともこれまで通りだよ」

「ありがとう、クロネコくんてやさしいね。本当はね、前から一度、クロネコくんとお話ししてみたいなって思ってたの。でもわたしの想像以上に、クロネコくんは素敵な人だったわ。もっと早くこんな機会が欲しかったな。うん、股旅さんが彼氏に選ぶだけのことはあるわ。股旅さんがうらやましいな」

 股旅さんとは委員長のことだ。彼氏だとか言われると照れてしまう。いや、この照れは面と向かっていろいろ褒められたからだろうか。

 そんな恥ずかしさもあって少し口ごもっていると、城鐘さんは俺を少しからかうようにささやいた。

「本当はね、前から怪しいと思ってたんだよ。クロネコくん、クラスの仕事を手伝ったりしてたでしょう。いい雰囲気だなーと思って見守ってたんだけど、やっぱりそうだったんだね」

 俺はうめき声をもらしてその場で固まる。そう言われればそんなこともあった気がする。ただの親切のつもりだったのだが、まわりはそういう解釈で受け取るのか。下手に親切にするのも考え物なのかもしれない。

 そうやって困っている俺を見かねてか、女の子たちはにっこりと微笑むと、「それじゃ今日はありがとうね、面白い話がいっぱいできてとても楽しかったわ。またお話させてね」と胸元で手を軽く振って、揃って教室へと入っていった。俺も手を振り、遅れて入って自分の座席を目指す。


 そうして一人になってみて、舞い上がっていた気持ちが落ち着いてくる。それとともに、浮かれていた自分が少し恥ずかしくなってくる。決していいように手玉に取られたわけではないと思うのだが、むしろそうされたかったと思う自分がいるのが怖い。彼女たちに翻弄されるのなら、それも悪くないと考えてしまう自分が恐ろしい。俺も健全な男子高校生だから仕方ない。

 そういう風に考えてしまうのは、きっと俺だけじゃないはずだ。ネコ柳のやつもその境地に達していたのかもしれない。そう思うと憐れにも思えてきた。甘い言葉と色気に惑わされ、出来もしないことを大見栄張って安請け合いし、進退窮まってあんな暴挙に出たんじゃないのか? うんうん、手に取るように分かるぞ。もっとも俺はすんでのところで危機を脱したのだがな。

 そうやってネコ柳の状況を推測していると、だんだんと奴に対しても親しみが沸いてき

た。

 よしネコ柳、今日のことは許そう。お前が俺のことを親友と思っているのなら、俺もそうしよう。たとえそれが俺の警戒心を解くための方便だったとしてもかまわない。同じピンチを乗り越えた仲だ。とりあえず今度、どうやってあの子達にたぶらかされたのか詳しく話を聞かせてもらおうじゃないか。


 そうやって冷静さを取り戻すうちに、自然と委員長のことに考えが及ぶ。

 先刻まで気持ちが舞い上がっていたのでつい見落としていたが、よくよく考えれば俺と委員長は付き合っているわけではない。いい雰囲気になったことはあったが、それだけだ。それなのにみんなの前で付き合っていると宣言されてしまった。ひょっとして、思い込みが強すぎるとかそういうタイプのいわゆる怖い人なのだろうか。

 今日、ネコ柳が俺を親友宣言し、続けて委員長が俺を恋人宣言した。どちらも似ているが、全然違う話だ。親友とか友達とかいう関係は、通常は両者で確認し合わない、と思う。恋人という関係は、二人が合意して成立するもの、のような気がする。

 いや、ひょっとして友人関係というものは、みんなこっそり合意して確認しあっているのかもしれない。俺に友人がいないのはそのせいだと考えれば納得がいく。先刻ネコ柳に親友だと言われて、ようやく俺はそう認識しはじめた。いろいろ考えたが、今ではその関係で良いとさえ思える。

 だがそれは友人関係に限った話だ。

 今回のことは委員長に問い正そう。委員長が下手に出てきて、「順序がおかしくなったけど付き合ってください」と頼まれたなら、そうしてやらないこともない。俺の懐が深いところをそのくらいは見せてもいいはずだ。

 だけど委員長の申し開きを聞いてもし納得がいかなかったら、残念だが交際を絶つ。そのくらい強気に出てもいいはずだ。

 それに今まで散々いじり倒されてきた分、お返しをする権利が俺にはある。今度はこちらがおしおきする番だ。二倍とまではいかないが、二分の一くらいは仕返しさせてもらおう。

 計画を少し軌道修正することになるが、宿題を一緒にやろうとでも誘って二人きりでその話をしよう。


 待ってろよ委員長、今日こそはギャフンとかニャフンとか言わせてやる。




トウモロコシを食べる猫のことを語るモロコシ先生というのを登場させる予定だったのですが話が複雑になりそうなので見合わせました

今日は猫の日ですにゃー

2013.02.22 猫

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