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ねこじたトリニティ  作者: ニャンコ先生
第2×2章 猫耳シンクロニシティー
33/39

第33話 ○柳

 それはその日二回目の休憩時間のことだ。俺にとっては珍しい出来事が起こった。あまり喜ぶべきことでもないのだが、クラスメートから話しかけられたのだ。

「よう、クロネコ。昨日ばっちり見させてもらったぜ。なんだか噂になってるみたいだぞ」

 こいつはネコ柳と言って、高校での数少ない顔見知りの一人だ。むろんネコ柳もクロネコも本名ではなく、それぞれ名前をもじってつけられたあだ名である。俺は気に入っているのだが、学校で俺をクロネコと呼ぶのはこいつだけだ。残念なことにあまり普及していない。

「お前ってこういうのに関心なさそうだったから、みんな興味津々みたいだぜ。委員長もその辺のことには疎いと思われてたみたいだしな。そんなわけで意外な組み合わせってこともあるし、さらにこのクラス初のカップル成立かどうかってこともあるしで、みんな注目してるんだよ。それでだな、今お前ら二人がどんな感じなのか、俺に本当のところを教えてくれないか」

 ネコ柳はかなりの変人として知られており、それゆえまわりから少し避けられているようだ。人当たりは良く、それなりに人付き合いはあるのだが、普通でないという理由で浮いているらしい。俺はその逆で普通だが社交性がない。普通なのだ、そう思いたい。

「頼むよ、俺とお前の仲だろう、話を聞かせてくれよ。ここだけの話だけどさ、実は委員長って密かに人気あるんだよ。だからみんな知りたいのさ。それで誰か直接話を聞いてこいってことになって、当然の如く親友の俺にお鉢が回ってきちゃったんだ」

 ネコ柳は、手のひらを広げて肩をすくめるというややオーバーな動作をしてみせた。まるで仕方なしにやっているんだとでも言いたげなようだ。それともお互い困った立場だよねと仲間意識を強める作戦だろうか。

 しかし、こいつと俺はそんなに仲がいいとは思えない。体育などの授業で生徒同士二人組みをつくるときに、お互い相手がいないので必然的にペアなるということをこれまでに何度か繰り返してきた。そうしているうちに、なんとなくお互いを相方として認識するようになった。だがただそれだけの仲で、それ以上になることもそれ以下になることもなかった。そもそも、こんなに話したのは今日がはじめてだ。

 いずれにしろそんなペラペラと話せる内容でもないし、もちろん話す気もない。噂になってしまっているということだから、なおさら口を堅くせざるを得ない。どういう事態になっているのかよくわからないのだし、ここはひとまず知らないフリをしてもう少し状況を探ってみよう。

「えーと、なんのことかな」

「待て待て、ここまできてとぼけるなよ。昨日雨の中、二人で仲良く相合傘で帰ったそうじゃないか。肩寄せ合ってすごく親しげに歩いてたって聞いたぞ」

 お前が見たんじゃないのかよ。どっちなんだよ。それはともかくとして、やはり見られていたのか。変な話になっていなければ良いのだが、困ったことになったぞ。

「ああ、そのことか。傘忘れてきたので、俺が無理を言って入れさせてもらったんだ。雨が強くなってきたから、特に意図せずお互い濡れないようにしてたんだろう。それが遠目からはそんな風に見えただけじゃないのかな」

「いやいや、ネタは上がってるんだ。傘の中、親しげに腕を組んでたって証言も取れてる。ただの友達がそんなことしないだろう? 他にもあるぞ。写真をもらってたのを見たとか、教室で仲良さそうに話をしてたとか。あれだよ、枚挙にいとまがないってやつだ。さあ白状しちゃえよ、楽になれるぜ」

 ネコ柳は先ほどまでとは打って変わり、自信ありげに力強く俺を指差し、したり顔でそう言った。それまでおしゃべりをしながらこっそり聞き耳を立てていた女子たちが、あからさまに静まり返る。どうやら俺は窮地に追い込まれたらしい。

 そこまで知られていては、白を切り通すのが難しくなった。俺一人のことだったら答えられるけれど、相手がいることだから変なことは言えない。それにそもそも、俺と委員長は交際しているわけではない。二人の関係を表現するなら、交際前の微妙な関係とでも言うべきか。だからといって、そう説明しても納得してくれそうもない雰囲気だ。むしろそんな答え方をしたら、逆に気があるのかどうかとか根掘り葉掘り探られそうだ。

 俺が答えあぐねていると、ネコ柳はそれを見てチャンスと判断したのだろう。声の調子を落としながらもしたたかに畳み掛けてきた。

「オーケーオーケー、答えにくいみたいだから質問をシンプルにするぜ。とりあえずはそうだな。付き合ってるのかそうじゃないのか、そこから聞こうか。イエスかノーで答えてくれよ」

 そう言われても困る。どう答えても先ほどの懸念どおり、詳細なところを詮索されるに決まっている。こうなったら時間稼ぎでもするしかないだろう。終わらない休み時間はない。いずれ授業が始まる。次の休憩時間からはトイレにでも逃げ込むべきか。

 いやここは、怒っても良い場面かもしれない。おいネコ柳、さすがにちょっと失礼だろう。それを教える義務も義理も俺にはないんだぞ。そうやってガツンと言ってやるか。しかしそんなことをしたらまわりからどう思われるだろう。普段は大人しいのに突然キレる人だ、などと評判になってはたまらない。そんなことよりも、それが原因でこいつと疎遠になったら、これからの高校生活がやりにくくなりそうだ。この案は却下だ。

 それでも増長しているネコ柳に、軽く「しつこいと怒るよ」くらいは言ってもいいような気もする。しかし会話というコミュニケーションに不慣れが俺が、それをうまく表現できるかどうかは怪しいところだ。それは上級者向けのやり方だろう。笑いながら言えばいいのだろうか。だけど笑顔の練習なんかしたことないぞ。顔がひきつって変な空気になりそうなのは目に見えている。

 逃避するように窓の外を眺めながら、どうやってこの場を凌ぐかそうやって思案していると、俺たちの後ろで誰かがぽつりとつぶやいた。

「邪魔」

 その声につられて振り返ると、そこには委員長が立っていた。彼女の席は俺の前だから、ネコ柳が道を塞いで通れないのだろう。わざわざ遠回りする気もないらしい。

 それよりも、今の話をどこまで聞かれていたのだろうか。さすがのネコ柳も無口な委員長は苦手らしく、おびえたように「す、すまない……」と詫びて道を譲る。

 委員長はつかつかと席まで歩いて椅子を引くと、ふいにこちらを振り向いた。そして眼鏡のつるを指でくいっと上げながら、また一言だけぼそっとつぶやいた。

「交際中」

 委員長はそれだけ言うと、何事もなかったかのように席に着き、次の授業の準備をはじめた。

 まわりで聞き耳をたてていた女子たちが黄色い歓声をあげる。声につられて俺の顔が赤くなっていくのを感じる。叫びたいのは俺の方です。どこからともなく「男らしい」とか「かっこいい」とかささやき声が聞こえてくる。残念なことにそれは俺のことではなくて委員長のことなのだろうけれど。

 ネコ柳が変な笑顔を浮かべて俺の背中をどんどんと叩く。顔がどんどん赤くなっていくのを感じる。机の上に両腕で枕をつくり、そこに突っ伏して顔を隠す。このまま授業がはじまるのを待とう。

 聞きたいことを聞けたネコ柳は「お幸せにな」と一言残して去っていく。近くにいた女の子たちも噂を広めにどこかに行ったようだ。遠くの方でキャーとかエーとかいう声が聞こえてくる。

 ひとまず深呼吸だ。かなり動揺してしまったが、俺は自分の両腕の中で少しずつ落ち着きを取り戻していく。顔のほてりはようやく薄らいできた。まだ少し混乱しているが、俺たちは付き合っているらしい。それを思うたび、ネコ柳の変な笑い顔が伝染したみたいに口元が緩む。委員長ってかわいいし、頭も良さそうだし、頼りになるし、話をしていても面白いし、何より一緒にいて楽しいし──────要するに、多分俺は委員長のことが好きなのだろう。この気持ちはそういうことなのだろう。委員長に『交際中』と言われて俺は嬉しかったのだから。

 そうだよな、もし俺が委員長のことをなんとも思っていなかったら、ネコ柳の質問に「ただの友達だよ」とあっけらかんに答えられたはずだ。それができなかったということは、好意を抱いていたということだ。

 そうやって自分の気持ちを見つめなおしていると、また顔がほんのりと赤くなってくるようだった。

 そっかー、苦節十ウン年、やっと俺にも春が来たのか。

 いや、素直に喜んでいいのだろうか。うんそうだ。念のために、今日ゲームの中で詳しく話を聞いておこう。ぬか喜びはごめんだ。それにネコ柳も言っていた────『委員長は人気がある』と。そういった方々の嫉妬心をあおらないようにするためにも、できるだけ平常心を保たねば。

 そうやって気を引き締めてみたものの、前の席の委員長を見るたびについ頬がゆるむのを感じる。このままだと一日中にやけたオーラを漂わせることになりかねない。どうにかせねば。勉学に集中して気を紛らわせよう。高校生の本分は勉強だからな。そうだ、一緒に宿題でもやろうと誘っててみるのはどうかな。俺たち付き合っているのだしな。それにそうすれば邪魔も入らずゆっくり話せるだろう。よしそれがいい、そうと決まれば後はどうやってお誘いするかだ。


 俺ははやる気持ちを抑えつつも授業そっちのけで、作戦を何度もあれこれと練り直すのだった。




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