第32話 謝り方
二人の姿が見えなくなり、出発しようかとした矢先、マリーさんがコタローの首ねっこをつかみあげた。
「さて、そのシルバーカードを手に入れた経緯を話してくれるかしら」
マリーさんは口調だけやさしくそう言った。
観念したコタローが洗いざらい白状する。
「もう! そんなことがあったのなら早く言ってよね。あやうく恥かいちゃうところだったじゃない。念のためにちょっと多くカードを置いてきたから良かったわ」
「にゃー、すいません。だって姐さんにスキル全部見られちゃってるし、何か秘密が欲しかったんです」
「でもハルトさんには見せたんでしょう?」
「兄貴との秘密の共有なら大歓迎です!」
「うふふ、コタローはかわいいわねー」
「姐さんほどじゃないっすよー」
「かわいいのはこのおくちかなー?」
「いたたたた! やめてくださいにゃー!」
その後の僕たちは、そうやって軽口を言い合いながら、他には何事もなく宿場村に帰れた。
部屋に入ると僕は荷物を置き、僕は早速ベッドに横になった。この二日で想像以上に歩いたせいか、足が限界に近い。マリーさんは散歩してくるといって部屋を出て行った。コタローは荷物を整理し終えると、僕の足をマッサージしてくれた。
「ありがとうねコタロー」
「どういたしましてっす。お役に立てて光栄っす」
「あんまり気持ちよくて、このまま眠っちゃいそうだよ。もし寝ちゃったらコタローも暇だろうし、散歩にいってくるなりするといいよ」
「何言ってるんすか。一緒にいるっすよ」
「う、うん…………」
旅の疲れもあってか、程なく僕は眠ってしまったようだ。
目を覚ますと既にあたりは薄暗くなっており、うっすらとランプの灯りが見えた。部屋の片隅でマリーさんが本を読んでいる。コタローの姿が見当たらない。散歩にでも行ったのだろうか。
「あら、起きた?」
「ええ、どのくらい寝ちゃってましたか?」
「んー。おそらく三時間くらいかな。大丈夫? 疲れてない?」
「コタローのおかげでなんとか。ところでコタローは?」
「今夕食を取りに行ってもらってるの。すぐに戻るわ」
僕は大きく背伸びをして立ち上げる。やがて部屋の扉が静かに開き、そーっと静かにコタローが入ってきた。
「あ、兄貴、もしかして起こしちゃったすか」
「いや、さっき自然に起きたところだよ。気を使わせちゃってごめんね」
「夕食いただいてきたっす。みんなで一緒に食べるっす」
僕はふと猫村での出来事を思い出した。アイちゃんがご飯を食べる時、僕を呼んで食べるの見ていてほしいとせがむのだ。逆に僕が一人で何かを食べていると、それに気付いたアイちゃんがじっとみつめてくる。食べたいのかと思って尋ねると見ていてくれたお返しだという。気持ちは嬉しいけれど、あんまり見つめられると逆に落ち着きませんよ。それとは別の話になるが、タミーさんからも似たようなことをされている。疲れて食欲がないと言っているのに無理矢理同席させられたのだ。アイちゃんのことがあったので詳しく話をきくと、猫族の人たちは中の良い人とともにご飯を食べるのを好むようだ。本能的に安心するらしい。
そんな事情が分かっていたので、それほどお腹はすいていなかったが夕食をいただくことにした。片づけが面倒だろうし、後で食べるにしてもその間コタローに監視されそうな気がするし。
メインは昨日とったワニ肉のステーキだ。独特の風味のあるソースがよく合っていて、起きたばかりでそれほどでもなかった食欲がだんだんとわいてきた。
ふと違和感を感じてコタローを見る。あまり元気がないようだ。寝起きの僕を気遣って静かにしていたようだと思ったが違ったようだ。マリーさんは普段どおりのようだし、いったいどうしたのだろうか。
いろいろ考えてみたが、原因はあれしかない。やっぱり仲間と別れたのがつらかったのだろう。
「元気がないな、コタロー。さびしいのか」
「はい、ちょっとだけ。兄貴が寝付いた後一人になったら、ついいろいろ考えちゃいまして。それで少し感傷的になっちゃったみたいっす。で、でも今は兄貴たちがいるから平気っすよ」
そうやってしおらしく振舞うコタローがいじらしく思えて、今朝僕の牛乳を物欲しげに見ていたことを思い出し、僕の分をくれてやることにした。飲み物はお茶があるからいいだろう。
「いいっすよ、もらってばかりで悪いっす」
「いいから飲め。それで元気出せ。コタローがそんなだと調子が出ない」
「にゃ、兄貴、ありがとうございます」
コタローはそう言って受け取ったが、ふいにぽたりと一粒涙をこぼした。
「違うっす。これは嬉し涙っす」
僕は何も言わずに、コタローの頭をそっと撫でてやった。
「ちょっくらお邪魔するよ」
突然そこへ宿屋のおかみさんが荷物を山ほど背負いやってきた。部屋の隅にそれらをどすどすと音を立てて並べていく。やたら重そうなので中身を聞いてみると、主にチーズやら何やらの乳製品が入っているそうだ。
「食事中のところ悪いね。これ、食べ終わってからでいいから確認しておいてね。それじゃ、ごゆっくり」
にかっと笑っておかみさんが出て行く。ふとコタローを見ると、またいつもの元気さを取り戻していたようだった。
この晩も昨夜に引き続きいろいろあったのだが、それはさておき、朝である。
眠い目をこすりながら周りの様子を確認すると、テーブルの上には瓶入りの牛乳がたくさん並んでいた。道中冷やしておくための氷も用意してある。昨日マリーさんが散歩に出たときに調達しておいたのだそうだ。猫村へのおみやげにするらしい。
さすがに荷物の量が多すぎるようで、僕もそれなりに担がされる。茶葉とか医薬品とかそういった軽いものを配分してもらったが、量があるのでそこそこに重い。コタローは牛乳やらチーズやら重いものを重点的に持ってくれた。本当に助かる。
お世話になりました、とおかみさんに挨拶して宿場村を出る。
再び湿地帯に入るときはコタローが不思議そうにしていたが、マリーさんがごまかした。
「この先に用事があるのよ。それにコタローの魔法があるから安心だものね。なんなら試してみる?」
「いや無理っすよ。それにこれ以上荷物が増えたら持って行けないっす」
そういえばコタローには結局、いまだに猫村やタミーさんのことは話していない。もう話してもいいんじゃないのかと思うのだが、今さらという気もするし、マリーさんもそのことは黙っているのであわせることにした。
タミーさんといえば、一時は猫村のお姫様かと思っていたときがあった。お姫様という言葉で僕は元の世界で好きだったお茶を思い出す。お昼にでもみんなで飲んでみよう。ちょうど牛乳も茶葉もたくさんある。
湿地帯を無事に抜け、森の中に入る。少し遅くなったが来るときに昼食を取った沢までたどり着いた。僕はマリーさんに作り方を説明してまかせることにした。コタローは解けてしまった氷を魔法で冷やして再び凍らせている。僕は昼食の準備をする。パンや干し肉を切り分け、器を並べる。
危険地帯を抜けたからか、みんなリラックスして昼食を取っている。食後の例のお茶は、二人にとても好評だった。
「話を聞いたときはすごい贅沢に思えたけれど、これはクセになるわね。おいしいわ」
「気に入ってもらえて光栄です。でも、お茶に詳しいマリーさんだからこの味が出せるんですよ」
「ありがとう。この味は研究してみたいわね」
「これおいしいっすね。何杯でもいけるっす」
「コタローも気に入ってくれたか。それじゃあコタローがお姉さんと会えたとき、お祝いで飲もうな」
「楽しみにしてるっす」
「逆に言うと、それまではお預けよ、コタロー」
「姐さん、そんなぁ! こんなにたくさん運んでるんですから、ちょっとくらいいいじゃないですかー!」
「だめったら、だめよ。大切な商品なの」
コタローが僕に視線で訴えかけてくる。僕はそれに首を振って答える。
「マリーさんの言うとおりだな、仕方ないよコタロー」
コタローは両耳を倒してとても残念そうにうなだれた。
大丈夫だよ、コタロー。もうすぐ会えるんだ。
やがて僕らは猫村に帰ってきた。
「こんなところに村があったなんて知らなかったっす」
門番のソラさんがコタローを見て何か言おうとしたが、それをマリーさんが咳払いで制する。
「こんにちは、ソラさん、この子は新しい下僕なの」
「なるほど、ちょっと待っていなさい」
何かを察したソラさんが、扉の向こうに合図を送る。しばらくして扉が開き中に入れたが、ソラさんたちのほかは誰も見当たらない。いわゆる人払いみたいなことをしてくれたのだろう。
「それじゃあわたしはギルドに荷物を届けてくるわ。二人はそちらの荷物を例の家に運んでもらえるかしら」
「分かりました」
多分マリーさんの家に向かえばいいのだろう。マリーさんが小走りで先を急ぐ。
「ごめん、コタロー。少しゆっくり歩いてもらっていいかな。マリーさんの前じゃ言い出せなかったけれど、実は足が痛いんだ。」
「了解っす。兄貴も姐さんがこわいんすね、うんうん、よく分かるっす」
さっきのやり取りのことを言っているのだろうか。僕は苦笑いをして話をあわせた。
あまり時間は稼げなかったと思うが、僕らは家に帰ってきた。
着いたはいいがどうしたものかと少しためらっていると、家の戸口の隙間からアイちゃんがにょろりと這い出てきた。そしてそのまま僕に走り寄ってくる。
「パパー! おかえりにゃー!」
「ただいま、アイちゃん」
僕はアイちゃんを抱きかかえる。それを見ていたコタローは少しばかり混乱している。
「え……? パパ……? 子猫が……? どういうこと……?」
そこに背後からマリーさんが現れ、僕らにマタータービ語で話しかけてきた。
「ハルトさんがパパなら、ママは誰でしょうね」
「え? え? なんで姐さんが猫語を話してるんすか?」
タイミングを見計らったかのように扉が開き、タミーさんが飛び出してくる。
「あなたー! おかえりにゃーん」
「タ、タマねえ……」
ここで姉と弟の感動の再開になるはずだったが、タミーさんはコタローを意に介さず僕の腕にしがみつく。
「さびしかったにゃーん、もう離れちゃいやにゃーん」
「タ、タマねえ、お元気でしたか……」
「あら、コタローいたの?」
タミーさんはコタローにけんもほろろで、それだけ言うと僕にべったりである。
そんな中、アイちゃんが僕の腕の中から抜け出てタミーさんにしがみつく。
「ママー、パパ帰ってきたにゃー」
「良かったにゃー、これで親子三人水入らずで暮らせるにゃ」
アイちゃんに演技はまだ無理だろう。タミーさんは僕たちがいないのをいいことに、アイちゃんにママと呼ばせていたに違いない。タミーさんはアイちゃんのことが大好きだったから、それは大いにありうる。密かにそのポストを狙っていたようだ。
それにしても僕の予想していた展開と大幅に違っている。僕はどう振舞えばいいのだ。
「コタロー、紹介するわね。こちらわたしのだんな様のハルトさん。それでこの子が二人の愛の結晶のアイちゃん」
「アイにゃー、よろしくにゃー」
「あ、愛の結晶……」
コタローはその言葉に雷にでも撃たれたかのようなショックを受けたようだ。
「そうよ、名前の由来は愛の結晶から取ったのよ」
名前をつけたのはマリーさんですよ。それらしく話をでっちあげないでくださいよ。それ今思いついたんですよね。
そんなことを考えていると、タミーさんが僕の耳に顔を近づけ、そっとコタローに聞こえないようにささやいた。
「ハルトしゃん、コタローのシスコンをなおすのに協力して欲しいにゃ。荒療治だけどこのまま話をあわせて欲しいにゃ」
なるほど、そういうことですか。それじゃ仕方ないか。僕も何かそれらしいことを言ったほうがいいのだろうか。どうしよう。
そうやって迷っていると、それまで様子を見ていたマリーさんが忍び寄ってきた。
「ハルトさーん、タミーさんにばかりかまってにゃいで、わたしのことも見てほしいにゃ。ほら、この前約束したにゃー。ネコミミさわってほしいにゃ」
今まで聞いたこともないような甘えた声を出してマリーさんが反対側の腕にからみつく。その頭にはネコミミが現れている。それを僕に向けて、いかにもさわって欲しそうにぴくぴく震わせている。
そうですね、ネコミミさわらせてくれるって約束しましたよね。でも今ここでそれをやれというのですか。みんなの前でそんなことをする度胸は僕にはありませんよ。
主役のコタローの様子を見ると、あまりにもいろいろなことが短時間にありすぎて考えるのを放棄しているようだ。マリーさんの甘えた声に一番驚いたのは僕ですけれどね。
タミーさんもマリーさんに負けじと猫なで声を出す。
「タ、ターマのネコミミもさわってほしいにゃ。あのときみたいに、やさしく撫でてほしいにゃ」
そんな誤解されるようなことを言わないでください! コタローが首をかしげているが、だんだんその角度がおかしなことになってきている。
「だめにゃー! マールの方が先におねだりしたのにゃー」
「ずるいにゃ! マリーさんはハルトしゃんとずっと一緒だったのにゃ。だからわたしが先なのにゃ」
そこまで言われては仕方ない。据え膳食わぬはねこじゃらし。そう思って手を動かそうとしたのだが、僕の両腕は二人によってがっしりとホールドされていた。さわってほしいと言いつつもさわらせない気だ! なんたるコンビネーション! 騙された!
僕はため息をつき、演技を続ける。
「いや、ほら、コタローも見てるし」
「見せ付けてやればいいにゃん」
「そうにゃそうにゃ! ほら、ハルトさんからも何か言ってやるにゃ」
コタローはギルドでも見せなかったくらいに大きく口を広げ、茫然自失を通り越してよく分からない状態になっている。
もう充分だろう。さすがにコタローがかわいそうだ。そろそろネタばらしにしよう。それにさわれないネコミミを中途半端に見せられ続けるのは僕もつらい。
「コタロー、ごめんな! 今までのは全部嘘だ!」
その言葉にようやくコタローの目に生気がよみがえってきた。
「え……嘘……?」
「ああそうだよ。ほら、タミーさんもいつまでもふざけていないで本当のことを言ってやってよ」
「にゃー、もうちょっと続けたかったにゃー。ごめんにゃコタロー、今のはお芝居だにゃー」
「う、うにゃああああーん」
両目に涙を浮かべ、コタローが駆け寄ってくる。タミーさんがしぶしぶと両手を広げて待ち構える。しかし涙で見えなかったのか、あるいは何を間違えたのか、コタローは僕の胸に飛び込んできた。まだ混乱しているようだ。あんなに色々あってはさすがに無理もないか。
「にゃーん、うにゃにゃにゃーん、よかったにゃーん」
むせび泣くコタローの頭をみんなで撫でてなぐさめる。
「お帰りにゃん、コタロー。でもここはわたしに飛びつくところにゃ!」
「お帰りにゃ、コタロー」
「お帰り、コタロー」
「お帰りにゃー」
「うにゃああーん」
まだこれから荷物を片付けたりなんだりといろいろやることはあるけれど、それはさておきコタローがタミーさんと会えたお祝いをしようか。
そうだ。一先ずは約束どおりねこじた御用達のぬるめのロイヤルミルクティーをいれて、みんなでゆっくり楽しもうか。
第03章完結しました
2012.07.08 猫




