第30話 答え方
簡単なクエストというが、いったいどんな内容だろうか。
僕はマリーさんとのやり取りを思い出していた。もし万一、ギルドランク確認のためにスキルカードの提示を求められたときの切り抜け方を教わったのだ。そのときは手持ちのゴールドカードを小出しに一枚ずつ見せていけば良いという。さらにマリーさんがフォローしてくれるとも言っていた。しかし、彼女は今この場に居ない。もしそうなったらそれだけでごまかせるだろうか。
いったいどんなことを要求されるのかと緊張していると、セバスさんがそれを解きほぐすように朗々と解説をはじめた。
「誤解なきよう事情を簡単に説明させていただきます。マールさまは当ギルドにおきまして大切なお客様でございます。今後も安定した取引を続けさせていただきたいと考えております。もちろんマールさまの同行者でいらっしゃるハルトさま、コタローさまにつきましても、僭越ながら当方で用意できる最上級の待遇をさせていただきます。しかしながらわたくしどもは不勉強のためにお二人のことをよく存じ上げておりません。それゆえ失礼なきように、お二人のことにつきまして勉強させていただきたいというのが今回の趣旨でございます」
このギルドにとって、マリーさんが大事なお得意様だというのは分かった。それゆえの接待という理解でいいのだろうか。こういったことにあまり馴染みのない僕は、正直のところどう振舞ったら良いのか分からない。コタローは喜びを身体全体で表現しながら僕とセバスさんを交互に見ている。僕がどうしようかと迷っているとセバスさんはすらすらと流れるように淀みなく説明を続ける。
「質問をいくつか用意させていただきましたので、そちらに回答いただければ幸いでございます。もちろんお答えしにくい件につきましては、お答えいただかなくても何ら問題ございません。たとえ全ての質問を無回答にしていただいても、あるいは途中でこの依頼を放棄されたとしても、それはこちらの質問や応対に失礼があったということですので、報酬はそのままお納めいただきたいと思います」
セバスさんの話をまとめると、クエストといっても形式だけのもので、簡単なアンケートに答えるだけでいいのだという。しかも答えたくなければ回答しなくて良いのだ。それだけでスキルカードが一枚手に入る。すごくいい話だ。猫村でカード一枚もらうのに半日肉体労働をさせられたことを思い出す。いやいや、あれも新米の僕を救済するための優遇措置だったのだろう。今こうして泊りがけで買出しに同行して、ようやくスキルカード一枚の報酬だ。コタローの喜びようから見ると、それも良い条件なのかもしれない。いずれにしろ今回は破格すぎる。
そうだ、どうにも話がうますぎる気がする。ひょっとしたら何か裏があるのかもしれない。むしろそう考えるのが普通だろう。裏があるとすれば何か。それを考えようとしたとき、僕の顔色を見てそれを察したようにセバスさんは続けた。
「ご不快に思われぬよう先に申し上げて起きますが、これはあくまでサービス向上を目的としております。例えば仕入れルートなどを探ろうといった下心は一切ございません。そういった点に関わる質問は省いておりますが、こちらの意に反してそれに近づく答えになると判断されたときは、先ほど申しましたとおりご返答いただかなくて結構でございます。わたくしどもの一番の懸念は、当ギルドにご不満を抱かれて取引に支障がでることでございます」
ここまで先を読まれて話をされると、逆に自分の考えをまとめるのに苦労する。どうするべきか、僕は少し考える時間をもらうことにした。
コタローは一瞬不服そうな顔をみせたが、それをさっと隠して今はにこにこしながら、セバスさんと一緒にいれたてのお茶を飲んでいる。こうして見ていると、コタローの性格がうかがい知れるようだ。たまに嘘をつくことはあるものの、基本無邪気で素直な性格であり、悪く言えば騙されやすい。マリーさんと比べて商談や交渉ごとなんかには向いていない。観察しているだけでそんなことが分かる。
ふと、セバスさんと目が合う。セバスさんもコタローをそんな風に思っているのだろうか。いや違う。どんな風に僕のことをみているのかが問題だ。そうだ、僕は今、セバスさんから値踏みをされているのだ。『質問』は既に始まっていると考えるべきだ。サービス向上が目的というのは見せかけで、僕やコタローの人となりを調べるのが本当の目的だとすればいろいろ納得がいく。
それにマリーさんが去り際に残していった言葉も気になる。あまり考えたくはないが、ひょっとしたら僕らをつけていた連中と、セバスさんがつながっている可能性もある。いずれにしろあまり見くびられるような態度は取るべきでない。
今僕は、『スキルカード一枚への対応』がいかなるものか、それを見定められているのだ。クエスト自体断ってしまうことも考えたが、ここは敢えてそれを受け入れよう。
「セバスさん、本当にそれだけでカードをいただいてしまってよろしいのですか?」
「ええ、ただし一つだけ条件があります。この場でスキルカードを使っていただいて、中身をわたくしにも見せていただくことです。よろしければ、今ご覧いただいても問題ありません」
それを聞いて、僕はまた少し考えてから、コタローに話しかける。
「コタロー、ただでカードをあげるのはあまり良くないことなのだと思うんだが、いろいろ考えてもいい案が浮かばなかった。だから今回はコタローが仲間になったお祝いということにしておこう。そのカード、コタローがもらっていいよ」
「ほ、本当でやんすか! で、でも……、いいんすか?」
「気にするな。もしそれでコタローの気持ちがおさまらないというなら、明日僕の分の荷物を少し肩代わりして運んでくれればそれでいい。それに、いまさら僕がカッパーカード一枚増えてもあまり意味はないんだ。駆け出しのコタローがそれで強くなれるなら、その方が効率的だろう?」
「それくらいなら喜んで。で、でも、もしかしたら珍しいカードが出るかもしれませんよ」
「んーそうだな。ゴールドカードまでだったら、コタローがそのまま持っていていいぞ」
僕は少しばかりマリーさんの口調を真似てそう言った。
「ゴ、ゴールドまでいいって……、兄貴、さすがBランクっすね。わかったっす。ではありがたくいただくっす」
コタローは喜び勇んでカードを入れる。コタローが開いた一枚分のスキルウインドウに、じんわりとスキルカードが浮かび上がる。
『シルバーコモン
魔法:冷 レベル 01/20』
「やったっす! 兄貴! 大当たりっす! 二枚目のシルバーっす! しかも魔法です!」
うわわ、何だそれ。カッパーランクならまだいいかと思って、涙を飲んで譲ったらこれだよ。いいなあ、すごく欲しい。五十分の一の確率がこんなところで出るなんて。できるなら僕の光の魔法ととりかえてほしい。成長プラスとか範囲プラスとかそういった表記がないってことは、完全に格上のカードなんだろうな。うん、うらやましい……。
するとコタローが僕を見て、すごく残念そうな顔をしながら言った。
「兄貴、やっぱりこれ、返しましょうか」
「ああ、ごめん、欲しそうな顔してたか。いや、ほら、ネコマネキ草を取るとき、あったらいいなと思っていた魔法なんだよね。あの場所ではその魔法が使えるといろいろ便利だろう?」
なんとか冷静さを取り戻して、僕はそうとりつくろった。
「そうでやんすね。でも兄貴、そんなこと言いながら一撃でやっつけちゃったじゃないっすか」
やっつけたのはマリーさんです。僕はほとんど何もしてません。
「そうだけどね。えーと、うん、創意工夫が大切なんだよ。他のやり方を試してみて、どちらが負担が少ないかとか、安定するかとか、いろいろ比べるんだ。それで良ければそちらに切り替える。コタローだって無意識のうちにそれに近いことをしてるんじゃないかな。だけどそれを意識的にやることが重要なんだ。そういう試行錯誤って疲れるからね。そこから逃げずにむしろ楽しめるようになったら一人前だよ」
「なるほどー、そういう日々の絶え間ない努力が大切なんすね。勉強になるっす」
うんうん、自分でも何を言っているのかわからなくなったが、なんとかごまかせたようだ。
セバスさんはそんな僕らをにこにこと見守っている。よっぽど嬉しいのか、コタローがしまりのない笑顔でカードをセバスさんに再度カードを見せに行く。それにセバスさんは「おめでとうございます。コタロー様は強運でいらっしゃいますね」と満面の笑顔を返した。
ひとまずこれで冒険者ランクBとしての振る舞いはできたであろう。少なくとも疑いを抱かれることはなかったと思いたい。
そのやり取りでセバスさんが満足したのかどうか分からないが、その後の『質問』は簡単なものが続き、拍子抜けするほどあっさりと終わった。特に注意が要るようなものはなかった。ひょっとしたら僕の考えすぎだったのかもしれない。今さらながらカードを手に入れたコタローがうらめしい。
それではお邪魔しましたと、セバスさんが引き上げる。入れ替わるようにマリーさんが帰ってくる。無事に用事は片付いたらしい。行くときはほとんど手ぶらだったのに、何と交換してどう調達したのか分からないが、山ほどの荷物を背負ってきた。
そしておそらくどこかの屋台で買ってきたのだろう、マリーさんはできたての料理をコタローに手渡す。お弁当として持ってきたパンやら何やらもテーブルに並べて僕たちは昼食を取った。
「コタロー、何かいいことでもあったの? 機嫌いいじゃない」
「ふふふ、内緒っす」
マリーさんは笑顔のまま、コタローの皿からお肉を奪った。しかしそれでもコタローはにこにこ顔のままである。
「んもー、姐さんはしょうがないっすねー」
今までマリーさんに対して反抗的な態度をとってきたコタローのこの反応は珍しい。これ以上は無理だと思ったのか、マリーさんはやや唖然としながら僕に尋ねてきた。
「ハルトさん、コタローに何かあったの?」
「うん、まあ、ちょっとね」
すいません、僕からは言いたくないです。
しかし煮え切らないその返事が不服だったのか、マリーさんは僕のお肉も狙ってきた。なんとかそれをかわしたが、納得していない様子だ。コタローのお肉をもらえたんだし、いいじゃないですか。逆に僕がもらいたいくらいです。
中庭に開かれた窓から昼食の香りが出て行ったころ、セバスさんが再び現れた。おそらくマリーさんが時間を指定していたのだろう。大きなテーブルに向かい合って座り、約束されていた取引がはじまった。
「それではご注文の品を並べさせていただきます」
もうすぐ100,000字になるのでそれを目標に調整していたら、思ったよりも増えてしまいました
30話でこの章を終える予定でしたが、さすがに長すぎるので分けることにします
ご感想や評価などいただけるとありがたいです
「にゃー」と一言だけでも結構です
むしろそれがご褒美です
2012.07.04 猫




