第03話 おかえりにゃ
なぜ僕が冒険者を目指すのか。
正対するタミーさんの態度を見ていると、この質問には真面目に答えるべきなのだろうと直感した。しかし、この単純な質問には、少し複雑な答えが必要だ。僕は少し時間をもらい、マリーさんとの会話を思い出して考えをまとめる。
二、三分考えていただろうか、二人を包んでいた緊張がこころなしかほぐれてきたころ、僕は話し始めた。
「理由は三つあります。まず、スキルカードを獲得できるチャンスが増えるということです。冒険者であれば、クエストの報酬の一環として、スキルカードをいただけると聞きました。冒険者以外と比べて、圧倒的にカードを得る機会が増えるというのは、カードをほとんど持っていない僕にとって、とても魅力的です」
うなずき静かに聴いているタミーさん。クエスト報酬以外にもカードを手に入れる手段はあるというが、それは非常に限られているという話だ。購入することも可能らしいが、一般に冒険者が報酬として得る場合と比べて、かなり割高なやり方になるという。
「次の理由は、生活のためですね。マリーさんに伺ったのですが、冒険者になれば手っ取り早くお金を稼げるとのこと。特別な技能もスキルカードも何もない僕が、真っ当にお金を稼ぐ手段はこれがベストだという話でした」
うなずくタミーさん。マリーさんの話だと、雑用などを含めて冒険者ギルドに持ち込まれるかなり仕事は多いそうだ。真面目にやればまず食いっぱぐれないと聞いた。
「最後の理由ですが、僕自身が、冒険者になることに少しあこがれているということです。僕がいた世界では冒険者という職業がありませんでした。それはおとぎ話の中にだけある存在でした。幼いころ読んだそれは、危険ではありましたが非常に魅惑的でした。将来は冒険者になるという夢を描いたこともありましたが、あきらめざるを得ませんでした」
うなずきを止めるタミーさん。やりたいと言うだけでは説得力は低いか。
「つまるところ、効率的なカード収集、金銭的問題の解決、それから僕自身の意思、この三つが理由です」
タミーさんはうにゃうにゃ言いながら何か考えている。
「正直に言って、冒険者はあまりお勧めできないのにゃ。冒険者はカードの枠数が強さに直結するにゃ。時として命に関わる職業を選ぶよりも、比較的安全な他の道を選んでもいいのにゃ……。とは言え、スキルカードもぜんぜん持ってないみたいだし……、うにゃにゃ…………」
そして少々もったいをつけるように言った。
「しょうがないにゃ、条件をつけるけどそれでもいいかにゃ?」
「はい、ありがとうございます。それで、どんな条件なんですか」
「まず、通常の冒険者はランクをEからスタートするんだけど、Fランクからはじめてもらうにゃ。Fランクってのは、病み上がりとか、義務違反ペナルティとかの特別な理由がある冒険者がなるもので、いろいろ制限があるにゃ。とりあえず村の外に一人で出るのは禁止にゃ。受けられるクエストもこちらで制限させてもらうにゃ。討伐系の依頼なんてもってのほかにゃ。しばらくの間、雑用をいろいろこなしつつ、カードを集めて強くなってもらうにゃ」
「わかりました。しばらくの間っていうのはどれくらいでしょうか」
「にゃー。そうだにゃー。半年くらいって考えとくにゃ。様子を見てテストをして、合格したらEランクに昇格にゃ」
思ったよりも長そうだ。半年が指し示す期間が分からない。『マタータービ語』のカード能力ではここまでが限界のようだ。地球の半年と違っていそうだが、あいまいな期間設定をこれ以上明確にするより、ぼかしておいたほうがいいだろう。後でマリーさんに聞いておこう。
「分かりました。勝手に村から出ないことと、受けられるクエストに制限があるってことですね」
「だいたいそうにゃ。冒険者カードに書いておくから、こっそり村の外に出ようとしたって無駄なことにゃ」
それから冒険者の義務やらギルドの仕組みやらを教えてもらい、ひとまず冒険者登録は終わった。冒険者カードは後から届けてくれるという。
さて質問はないかと言うので、気になっていたことを聞いてみることにした。
「枠を増やす方法ってないんですか?」
「いくつかあるけどどれもすごい手間がかかるにゃ。手っ取り早いのは薬で増やす方法にゃ。レアな秘薬を飲むと保存枠が一つ増えるにゃ。それと同じくらいレアなお薬を飲むと、保存枠一つをフリー枠一つに変更できるにゃ。そしてもう一度別のお薬を飲んでようやく成長枠に変更できるにゃ」
「成長枠一つはお薬三回分ってことですか。ちなみにそれらのお薬ってどれくらいレアなんですか?」
「レアとは言っても街で売ってるニャ。ただし、普通の人が真面目に働いてお金を貯めて数年で買えるくらいのお値段にゃ。自力で手に入れるのは難しいからあきらめたほうがいいにゃ」
なるほど、大きな目標ができた。枠を増やすことだ。とは言えお金がそうとうかかるらしい。ひとまずお金を稼ごう。ちなみにこの方法で増やしたり変更したりできるスロット数は、薬によって増やせる限度数が違うという。例えばある秘薬なら全枠合計20枠になるまで保存枠を増やせる。しかしそれ以上増やすなら、別のもっと入手難度の高い薬を使う必要がある、というようになっているそうだ。
「いや待つにゃ、確か合計16枠まで保存スロットを増やせる方法があったと思うのにゃ。それほど難易度も高くなかったと思うから、そのうち挑戦するといいにゃ。ハルトしゃんは、ええと、オール1で7、足す6で合計13枠だから……、なんと3回も使えるにゃ! 後で調べておくにゃ。めったに使わないから忘れてたにゃ」
ちょっとばかり馬鹿にされたような気もしたけど、悪気はないものと信じたい。苦笑しつつ僕はお願いした。
「ありがとうございます。おねがいします」
質問タイムも終わり、早速何かクエストを受けてみたいと希望してみた。
「初級者向けのクエストで手ごろなのが見つからにゃいにゃ。村から出ればいくつかあるんだけどにゃ。だからまた明日にでも来るといいにゃ。依頼がなかったら何かギルドの掃除でも用意してもらうにゃ」
掃除か。想像していたものとまったく違うが、しばらくは下積みだ。それでカードがもらえるなら喜んでやろう。
「それよりとりあえず宿題を出しておくにゃ」
言い渡されたそれは、『カード操作』の能力を使わずに、カードを自由に操作できるようにすることだった。これができるようになればスロットが一つ空くので、必然的にその分強くなれるという。今はまだそもそもスキルカード自体がほとんどないのだが、早めに空けられるようにしておいて損はないだろう。
「説明が難しいけど、『カード操作』の能力で、『カード操作』のカードの能力を使わない設定にしてから、カードを操作するにゃ」
「うん……、うん……?」
「……まあいろいろ試してみるといいにゃ。念のため警告しておくけど、しばらくの間『カード操作』のカードは外してしまわないように気をつけるにゃ」
これはなんとなく分かる。カード操作ができなくなって詰む、ということだろう。ちょっとばかりタミーさんの説明が頼りない気もしてきたので、後でマリーさんに聞いてみよう。
しかしカード枠が空けばその分強くなれるというなら、マタータービ語も自力で習得した方がよさそうだ。それを聞いてみると「もっともだにゃ」と返された。課題が増えた。
登録も終わり、質問も終わり、宿題を出され、用事はなくなった。では戻りますと言うと、迷子になったら送ってあげるから戻っておいでにゃと軽口を返された。迷いませんよと答え、言葉どおり迷うことなく無事マリーさん宅に戻ると、子猫がマリーさんと遊んでいた。こちらに気がつき、マリーさんが「おかえり」と声をかけてくれた。
それに「ただいま戻りました」と僕が返すと、驚いたことに子猫が喋った。
「パパー! おかえりにゃー!」