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ねこじたトリニティ  作者: ニャンコ先生
第03章 猫舌ロイヤルミルクティー
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第29話 頼み方

 夜は夜でいろいろと騒動があったのだが、あまり言及しない方がいいだろう。

 それはそれとして朝である。今朝こそはゆっくり起きれるかと思っていたのだが、考えが甘かった。

「兄貴、兄貴、朝ですよ、起きてくださいよ、朝ごはんもありますよ」

 マリーさんは既に身支度をすませていた。どうやら寝ているときに出る猫耳は見られなかったらしい。

 テーブルにはパンと牛乳が並んでいる。どちらもこの村の名産だそうだ。

 牛乳はやけにうまかった。熱処理していない牛乳はおいしいと聞いたことがあるが、それだからなのだろうか。いわゆる生乳というやつだ。ゆっくりと味わうように飲んでいると、コタローがものほしげに見つめてきた。やらないぞ、これは僕のだ。


 腹ごなしもそこそこに宿を出る。酪農を営んでいるだけあって、まだ朝も早いというのに村は活気に満ち溢れている。

 午前中のうちに街へと向かい、用事をすませ、夕方にはこの村に戻ってくるのが本日の予定だ。明日に備えてできるだけ早く帰り、体を休めようということで話がまとまったのだ。そうしてもらえると僕としては助かる。足に疲労がたまっているからだ。

 とは言え、昨日とは変わって足場がしっかりしているし、荷物もほとんどないので昨日に比べればかなり楽である。僕の荷物は少しばかりの手荷物とネコマネキ草くらいで、槍やら何やらの方が重たいくらいだ。

 そういったわけで、少なくとも行きは会話を楽しむ余裕があった。もっとも到着間際には、ほとんどコタローとマリーさんだけが話していたのだが、二人との会話は旅の疲れを忘れさせてくれた。


「実は数日前、気になる夢を見たんです。タマねえがどこぞのウマの骨とも分からぬやからに手篭めにされておりやした。それが妙に鮮明でして、きっとこれはお告げかなんかではないのかと」

 なんだって、それは聞き捨てならない。そういう予感を信じるわけではないが、万が一ということもある。詳しく話を聞こう。

「ど、どんなことをされていたんだ」

「それが、そのやからは嫌がるタマねえを脅してふるえさせ、その耳を無理やりに撫でくりまわしておりました。そしてあろうことか、最初は拒んでいたタマねえも、やがて自分から、せ、せがむように猫耳を差し出して……」

 それを聞いて、僕はコタローから顔を逸らした。どう考えても僕のことである。いや、タミーさんは自分からせがむようなことはしていなかったと思う。だから事実無根だ。

 コタローはふーっと大きなため息をついた。

 それを静かに聴いていたマリーさんが、こらえきれずにぷっと吹き出した。やめてくださいよ、話をややこしくしないでくださいよ。ここは聞き流すべきところですよ。

 コタローは非難を込めてマリーさんを見る。

「ご、ごめんね。すごく深刻そうに話していたから想像していたのと落差がひどくてつい」

「落差ってなんすか」

「えっと、ほら、もっとひどいことされてるのかなって」

 珍しくコタローが真剣である。コタローがシスコンだということはさておき、しばらく会っていないお姉さんについてのことなのだ。怒るのもまあ無理はない。

「そんなことないっす。けがれを知らぬタマねえの柔肌を汚した罪は重いっす」

「ごめんごめん。ところで念のために聞きたいんだけれど、もしもその不逞なやからをみつけたらどうするの?」

「へい。二度とそんな気を起こさぬよう、ボッコボコのギッタンギッタンにしてやるつもりです」

 それを聞いて再度マリーさんがぷっと吹き出す。

「もう、なんなんすか。そりゃあわたしは姐さんや兄貴に比べたらひ弱なお子ちゃまかもしれませんが、やるときゃやるっすよ」

「わかった、わかったわ。もしそれができたらコタローを男として認めてあげる」

「言ったっすね、言質とったっすよ」

「あら、それはこっちのセリフよ。本当にできるの?」

「できるっす! 何が何でもやるっす!」

 やめてください、そんな約束。不毛です。それが履行されたらヌッコヌコのニャッフンニャッフンにされるのは僕なんですよ。

 マリーさんはやれやれという感じに両手をあげ、話を僕に振ってきた。

「ねえ、コタローがあんなこと言ってるけど、ハルトさんはどう思う?」

「あ、いや、男なら許すことも大事だと思うよ。それにそもそもそんなことはなかったんじゃないかな。思い過ごしだよ」

「だったらいいんだけどねー。犯人は意外と近くに居るのが定番よ」

 本当にやめてください。思わせぶりなことを言って僕を見ないでください。僕はわざとらしく咳払いをして話を続ける。

「そ、そんなくだらない約束よりもだな、コタロー! 僕ともっと別の、男と男の約束をしようぜ」

「にゃ、突然なんでやんしょう」

「僕が必ずコタローをお姉さんに会わせてやる。だからそんな夢の話は忘れるんだ。そして、もしそうなったなら、僕のことを一生兄貴と呼んでくれないか」

「兄貴はもうわたしの兄貴っすよ」

「いや違う、そういうことじゃない。これこそたとえ何があっても守るべきことなんだ。俺は約束を守る! 絶対にだ! そうだ、男ならこういう約束こそするべきなんだ」

「兄貴……」

「だからそんな本当にあったかどうか分からない夢のことなんか忘れてしまって、どこかでコタローを待っているお姉さんの手がかりを探すことを考えよう。心配するな、僕が必ず見つけ出してみせる」

「にゃるほど、絶対とかそういう言葉はそういうことに使うべきなんすね。兄貴の言葉信じます! 感動したっす! 一生ついていくっす」

「ああ、たとえ何年かかっても、必ずな」

 そうだそうだ、たとえもうどこにいるのか分かっていようと、たとえ僕がFランクだろうと、たとえタミーさんの猫耳にイタズラをした犯人が僕だろうとだ。

「あらうまく逃げたわねー」

 マリーさん、そんな余計なことを言わずに、今の約束の証人になってくださいよ。

 しかしマリーさんはにこにこと笑うだけで、ことの成り行きを楽しんでいるようにしか見えなかった。


 そうこうしているうちに、やがて大きな湖が見えてきた。そのほとりに目的地である街があるのだという。弧を猫くように湖畔を歩いていくと、次第にその姿が現れてきた。

 周囲をぐるりと外壁が囲み、そこに貼りつくように屋台が並んでいる。おいしそうな香りが鼻をつき、それにつられてぐうとお腹のなる予感がした。ゆっくり見て回りたいところだが、時間もないのであきらめて街に入る。

 目指すは冒険者ギルド、そこでスロット拡張薬の調合を依頼する。ご飯はその後だ。

 あらためて街を見渡すと、普通の人だけではなく、いろいろな人が歩いていた。爬虫類っぽい人や、獣っぽい人。耳が長かったりなんだりと、あまり目にかかったことのない方たちがいる。そういった方たちの首には、コタローと同じ、下僕の首輪がついていた。それを見て僕は少し不安になり、コタローの手を握ってたぐり寄せた。

「迷子になるなよ」

「にゃ」

 僕の緊張が伝わったのだろうか、コタローはか弱く返事をした。


 そんな心配をよそに、僕らは無事にギルドに到着した。猫村のギルドと違い、やけに人が多い。壁一面に依頼が張り巡らされ、冒険者が押し合うようにそれらを物色している。いくつも並んだテーブルには、人待ちなのかそれとも単に時間をつぶしているのか、こわもての力自慢の方々や海千山千のしたたかそうな連中がたむろしている。

 そんな雰囲気に呑み込まれそうになり、僕とコタローが借りてきた猫のようにおとなしくしていると、マリーさんはつかつかと受付に向かい、何かを話している。

 やがてこちらを見て、来るように合図をする。

「個室に行くわよ」

 僕たちはそのまま、あまり目立たぬように静かに奥に通された。事務所部分の廊下を通り、再奥の応接室らしき部屋に案内された。三人で待っているとやがて一人の物腰柔らかそうな紳士が現れた。

「これはこれはマールさま、よくお越しいただけました。本日はどういったご用件でしょうか。おや、お連れの方々はお初にお目にかかります。わたくしセバスと申します」


 お互いの自己紹介が終わり、再び席に着くと、間をおかずお茶を持った女性たちが現れ、そっと「どうぞ」と音も立てずにお茶やら茶菓子やらお手拭やらを並べていく。

 この歓迎されぶりはなんだろうか。マリーさんが重要人物として扱われているのは間違いない。

「お久しぶりです、いつも突然でごめんなさいね。実は少しお願いがあって来たの」

「マールさまのご要望であれば喜んで承らせていただきます」

「ありがとうございます。ではまず一つ目ね。グレード1のスロット拡張薬がいくつか必要になったの。在庫はございますかしら」

「グレード1ですか、確認させますが需要がないので確実にあるとは申し上げられません」

 セバスさんは部屋の入り口に立っていた秘書らしき女性に合図を送る。すると彼女は軽く会釈をしてそっと静かに部屋から出て行く。

「そうですよね。念のために材料も取ってきたのだけれど、これで調合をお願いしても大丈夫かしら」

「これはわざわざありがとうございます、お急ぎでしょうか」

「大変申し訳ないのだけれど、午後一番で街を出たいのよね。間に合うかしら」

「はい、大丈夫でしょう。グレード1の薬ですし、今から急ぎで作らせれば十分に間に合います」

「悪いわね、ではお願いします」

「お預かりいたします」

 やがて先ほどの女性が「失礼します」と報告に戻ってきた。僕らに一礼してからセバスさんに小声でなにやらささやく。セバスさんはうんと頷き、ネコマネキ草の花かごを手渡し指示を出す。秘書は一礼し、また同じように静かに部屋を出て行った。

「やはり在庫を切らしていたようです。午前中には出来上がりますので、お時間をいただけますでしょうか」

「助かります」

「いえいえ、お役に立てれば何よりでございます。さて他にご入用のものはございますでしょうか」

「ええ、もう一つ。できればでいいのだけれど、お昼まで部屋を一つ貸していただけないかしら。わたしが用事をすませている間二人に休んでいてもらいたいのと、昼食をとれる場所を探しているの。そしてお昼の後に、いつもの取引をお願いしたいのですが」

 セバスさんは「さようですか」と言って、僕とコタローを見てにっこりと微笑んだ。

「なるほど、それでしたらこのままここをお使いください。こちらの部屋でしたら安全でございます」

「ありがとうございます」

 そう言ってマリーさんは頭を下げた。僕も感謝を込めて一礼する。街中に出るのなら、コタローを置いていった方が無難だろう。安全だという一言は、そのあたりのことを察して言ってくれたのかもしれない。それにここで休めるのは、少し疲れている僕にはとてもありがたい。


「さて、それでは他の用事をすませないといけないのでわたしはこれにて失礼します。二人をお願いします。お昼前には戻りますので、何かありましたらその時にお知らせください。ハルトさん、コタローをよろしくね。コタロー、おとなしくしていてね」

 そう言ってマリーさんは立ち上がる。僕らも立ち上がって見送ろうとする。

「部屋の外に人を置いておきます。御用がありましたらなんなりとお申し付けください」

 セバスさんは僕らにそう告げると、扉に向かいその前でマリーさんを待つ。

 しかしマリーさんはすぐにその後を追わず、とても気になることを僕に耳打ちしていった。

「実はね、心配させまいと思って黙っていたのだけれど、ここに来る途中、わたしたちの後をつけている連中がいたのよ。だから念のため、ハルトさんも気をつけてね」


 どういうことなのか詳しく聞きたかったのだが、マリーさんはそのままセバスさんとともに部屋を出ていった。その言葉に少し不安になったものの、コタローの悩み事のなさそうな顔を見ていたらそれも薄らいだ。

「兄貴、何かあったんすか? 足でも揉みましょうか」

 セバスさんが言っていた通り、この部屋なら大丈夫だろう。

「ありがとう。村にもどったらお願いするかもしれないけれど、今はまだ大丈夫だ。それよりコタローが今までしてきた冒険の話でも聞かせてくれよ」

「へい、喜んで、どのあたりから話しましょうか」


 そうやって半時ほどすぎたころ、部屋にノックの音が響いた。マリーさんかと思ったが、それはセバスさんだった。中にはいってもらい、先ほどのように対面して話をする。

「ご休憩中のところ申し訳ございません。簡単なクエストがあるのですが、よろしければ引き受けていただけないでしょうか」

 僕らにはあまり時間がない旨を告げる。

「はい、存じております。お時間はさほどかかりません。ちなみに報酬は些少ですがこちらになります」


 そう言ってテーブルの上にスキルカードを一枚置いた。コタローがごくりと生唾を飲んだ。




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