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ねこじたトリニティ  作者: ニャンコ先生
第03章 猫舌ロイヤルミルクティー
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第28話 泊まり方

 そんなこんなで僕らはやっと湿原を抜けた。

「ここでいったん休憩しましょう」

 荷物を倍近く増やされてよたよたと歩いていたコタローは、それを聞いて倒れるようにへたり込んだ。僕も疲れていたのでコタローの横に座り、よしよし頑張ったなとコタローの頭を撫でてやる。

「ふにゃー。さすがに疲れました」

 コタローは甘えるようにゴロゴロと喉をならしている。荷物やら何やらをほどいたり、楽な恰好ができるように計らったりしてやった。

「兄貴ー、ありがとうございますー」

 コタローは幸せそうに目を細めた。マリーさんの命令とは言え、荷物を持ってもらい楽をさせてもらったのだ。コタローをいたわってやっても罰はあたるまい。


 そんな僕らを尻目にして、マリーさんは荷物をごそごそと探っている。何か食事でも用意してくれているのだろうか。やがて何かを見つけ出すと、それを持って僕らの背後に回りこんだ。

「コタロー、そのままじっとしていなさい」

「は、はい……」

 マリーさんはコタローの首に何かをつけている。

「こ、これって下僕の首輪じゃないですか!」

「そうよ、何か問題あるかしら?」

「あ、ありません……」

 コタローは不服そうにしながらもそう答えた。

「まさかの時のために持ってきておいてよかったわ、備えあれば憂いなしね」

「姐さん、こんなのいつも持ち歩いているんですか」

「そうよ、何か不満あるかしら?」

「い、いえ……ありません」

「分かってると思うけど、もしコタローが誰かに捕まった時は、首輪を見せてちゃんと『わたしはマリー様の下僕です』って言うのよ」

「はい、『わたしはハルト様の下僕です』と言います」

 にっこりと笑うマリーさん。にっこりと笑い返すコタロー。このあと二人の掛け合いが続いたが、結果は予想通りマリーさんの勝ちであった。

 そんな二人の会話やコタローの様子からの推測だが、下僕の首輪には特別な意味があるらしい。少なくともそれを身につけている者は、誰かの下僕であるという印になるようだ。気休めなのかもしれないが、街に出たときの保険になるのだろう。コタローには悪いが、もしもの時には所有権を主張できる。


 ひと時の休憩も終わり、出発の準備をする。

「ありがとうなコタロー。正直に言うと僕は歩くのが得意じゃなくてね、コタローがいてくれて助かったよ。今日は朝から歩き通しだったので、実際もうくたくただったんだ」

「いえいえ、兄貴のお役に立てるなら本望です」

「マリーさんがコタローに荷物をたくさん持たせてるのも、そんな僕を見かねてのことだと思うんだ。だから悪く思わないでやってくれないかな」

「兄貴……、やさしいっすね」

「マリーさんほどじゃないさ。それにしてもそんなに荷物を持って歩けるなんてコタローはすごいな。脚力スロットが二つもあるのは伊達じゃないんだな」

「へへーん。もっと褒めてくれていいっすよ」

「うんうん、コタローはすごいよ」

 こっそりとそんな会話を猫語で交わす。多分マリーさんには筒抜けであるが、聞こえていないフリをしてくれた。


 藪のような林を抜けるとむき出しの地面が細く長く延びていた。街道に出たらしい。そのまましばらく歩くと、やがて小さな村に到着した。

「今日はここで一泊するわよ」

 マリーさんはコタローに向けてそう言ったが、実際にはそれを僕に教えるためだったのだろう。僕たちが目指していた街はここかと思ったが、どうやら違うらしい。門番に冒険者カードを提示して村の中に入る。村の規模は猫村と同じくらいだろうか。あたりをきょろきょろと見回しながら、僕はそんなことを考えていた。

 マリーさんの先導の下、僕らは小さな建物にたどりついた。中は酒場だったようで、すでに酔っ払いたちが陽気に酒を酌み交わしていた。喧騒の中、マリーさんが店のマスターらしき人に話しかける。体格の良い優しそうな女性だ。話が終わり、上へ行くよう促された。二階が宿屋らしい。


 部屋で荷物を整理していると、やがて先ほどのおかみさんがやってきた。

「お茶を持ってきたよ、いつもどおりぬるめにしておいたけどよかったかい」

「ありがとうおかみさん」

 おかみさんはテーブルにお茶を置き、そのまま椅子にこしかける。マリーさんも隣に座ると、二人でとりとめのない会話をはじめた。

 僕とコタローは荷物の整理も終わり、お茶をいただくことにした。二人とも楽しそうに話をしているので、それを邪魔しないように少し椅子を離して座る。コタローもそれに習い僕の横に席を取る。

 こうして人心地付いたところで喉の渇きを感じた。ぬるめという言葉を信じてカップに手を伸ばしてみたが、思いのほか熱い。多分飲めない。伸ばした手のやりどころに困っていると、それを見ていたコタローがささやいた。

「兄貴、ひょっとして熱いの苦手ですか?」

「うん、あまり得意じゃない」

 そう言うとコタローは勝ち誇ったような顔をして、ぐいとカップをたぐり寄せ、えいとお茶を飲み干した。

「コタローは平気なのか? 意外だな」

「へっちゃらっす」

 コタローは得意気にお茶の入っていたカップをもてあそぶ。タミーさんも猫舌だったから、コタローもそうなのだろうと思っていたが違うのだろうか。子猫のころから慣らしていけば、普通の猫も猫舌にならないという話をきいたことがある。一瞬それを連想したが、どうやら違うようだ。何か裏がある。

 いろいろ考えて、ようやくその謎が解けた。それを言うべきかどうか迷ったが、荷物を持ってもらった恩がある。ここはコタローに花を持たせて、気が付かなかったことにしておこう。


 マリーさんとおかみさんのおしゃべりは止まらない。僕とコタローもぽつりぽつりと言葉を交わしているが、よくもあれだけ続くものだと感心する。

「ところで、わざわざぬるめにしてもらってるってことは、ひょっとして姐さんも猫舌なんですか?」

「あ、ああ。あんまり熱いものを取る習慣がなかったからな」

「へー、そうなんですかー」

 そう言って何か企んでいそうな目つきでマリーさんを見た。おいやめておけ。俺でも気が付いたんだ。マリーさんなら多分すぐさま見抜かれるぞ。


 その視線に気が付いたのかどうだかわからないが、マリーさんがこちらを向いた。

「コタロー」

「は、はい」

「あれとこれとその荷物を持って付いてきてちょうだい」

「はい姐さん、わかりました」

 マリーさんに僕はどうしましょうかと視線を送ると、その意味を勘違いしたようで説明するようにこう言った。

「うん、商談が終わったのよ。とりあえずこちらの分を納品しちゃうわ」

「それじゃあごゆっくり」

 おかみさんは僕らに微笑んで部屋を出て行く。

 商談と言われても日常会話にしか聞こえなかった。女性同士の会話というものがときどきまったく理解できないのは僕だけだろうか。そんなことを考えていると、僕の思い迷った表情を見たのだろう、さらに補足してくれた。

「明日、街まで行って取引してまたこの村に帰って一泊。夜に品物を受け取って次の朝にこの村を出る予定よ」

 それを聞いて、とりあえず僕はうなずき、コタローを手伝うことにした。

 マリーさんが指示したあれやこれやの荷物には、とれたてのワニ肉を含めてほとんどの商品が含まれていた。物々交換が基本だと聞いていたので、街での取引はどうするのだろうと、さらなる疑問がわいてきた。

 あれこれの荷物をコタローに持たせてやると、残りは着替えやら何やらの日用品がほとんどである。僕はそれらの荷物番として部屋に残り、二人を見送った。


 ようやくお茶が飲み頃になったころ、コタローとマリーさんが戻ってきた。ついでに夕食を持ってきてくれた。

「少し期待していたんですが、さすがに今日はワニの肉はおあずけですね」

「料理の仕込みとかあるでしょうしね」

 ちなみにカード化されたお肉は、熟成などの手間まで省いてくれるのだという。便利である。

「そういえばハルトさん、さっきわたしを不思議そうに見ていたけれど、その答えはあれでよかったのかしら」

 あの不思議なやり取りのことか。商品がほとんどないのに明日どうするのかということも気になったが、それをコタローの前で言うのも不自然な気がした。それでもう一つの疑問の方を口に出してみる。

「商談が終わったっておっしゃってましたけど、そういうやり取りがあったように思えなかったのですよ」

「なるほどそれで怪訝な顔をしていたのね。ええとね、お互い相場は分かっているし、付き合いも長いのよ。だからああやって取引に関係のない話だけのときは、いつもの相場でいつもの分量という暗黙の了解みたいなのができてるの。それに商談ということにしておけば、おかみさんも息抜きができるし、わたしも女性との会話を楽しめるしね」

 マリーさんはそう言っててへっと下を出した。そういうことだったのか。納得がいった。


 コタローが料理を並べ終えた。皆でテーブルを囲む。

 料理はどれもできたてでほかほかと湯気が立っている。これを食べたらやけどしそうだ。僕やマリーさんが手をつけずにいると、コタローがへへーんと自慢げにフォークを手に取る。しかしコタローの出鼻をくじくようにマリーさんが言った。

「コタロー、無理はしなくていいのよ」

「にゃ、なんのことですか」

「熱いものを無理に食べなくていいの。みんな猫舌なんだから、ゆっくり食べましょう。ハルトさんも本当は分かっていたんでしょう?」

「えー!」

 コタローが口をあんぐりとあけてこちらを見た。おかみさんと会話を楽しみつつ僕らの様子も観察していたのか。マリーさんおそるべし。

「うん、ごめん、なんとなくね。熱耐性のカードを使っているのかなと思った」

「うにゃにゃ、気が付いてたんですか、これは恥ずかしいっす。しかしさすがはSランク、隠し事はできないっすねー」

 いやいやSランクじゃないから。しかしFランクの予想とは言え、思っていたとおりコタローは熱耐性のスキルカードで猫舌をカモフラージュさせていたようだった。

「そういう使い方を思いつくなんてすごいなと感心していたんだ。今度僕も試してみたいな。一度熱いのを思い切り良く頬張ってみたかったんだ」

「そんなおだてにゃいでくださいよー。それに熱いのはいいんですが、あんまり味がしなくなるしそんなにいいもんでもないっす。それにしても気付いてたんなら言ってくれれば良かったのに、兄貴も人が悪いっすよー」

 そこにマリーさんが口をはさむ。

「も? 兄貴も? それってひょっとして」

「何言ってるんすか姐さん! そんなの言葉のあやですよ。訂正します。正しくは、兄貴も姐さんほどではないが人が……、わ……」

「どうしたの? 最後まで続けていいのよ」

「にゃ……にゃーん」

 コタローとマリーさんのじゃれあいは続く。本人たちも楽しそうだからいいか。マリーさんは優しい人だよと教えたからだろうか、だんだんコタローが打ち解けてきた気がする。

 そんな二人の話を聞いているうちに、いつの間にか料理が食べごろのあたたかさになっていた。


 そろそろ食べようかとコタローとマリーさんが示し合わせて僕を見る。いつの間にか僕の気持ちもほんわかとあたたかくなっていた。




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